第27話 婚約
「どういうことだ!? オリヴィエ!」
「説明致しますから、お部屋に戻りましょう」
オリヴィエは嬉々としてそう言うと、オージェの腕に自分の腕を絡ませ、まるで凭れるように身を寄せる。
「お、おい!」
「皇太后様もお待ちですから、早く行きましょう」
「分かった……」
オージェは皇太后の名前が出ると、仕方ない様子で頷く。そうして一瞬エステルを見たが、何を言うこともなくオリヴィエと宮殿の方へ去って行った。
木立の中で一人取り残されたエステルは、呆然と二人の背中を見送る。
「どういうこと……?」
思わず声が漏れる。
オリヴィエは確かにオージェに触れても平気そうだった。だがオリヴィエの魔力でそんなことできる訳がない。
エステルはしばらくぐるぐると考えていたが、今は考えても答えは出ないと溜め息をつくと、クロトの部屋に戻った。
◇◇◇
次の日、クロトが皇太后に呼ばれサロンに行くと、そこには数名の貴族たちが集められていた。
どうして集められたのか皆知らないようで、誰か何か知っているかと噂している。
「なんだろうね、突然」
クロトもソファに座り不思議そうに首を傾げる。
エステルは昨日のことをクロトに話していない。まだどういうことか理解できていなかったし、何となく口にしたくなかったのだ。
「エステル、何か知っているかい?」
「私は、何も……」
なんだかとても胸騒ぎがする。よくないことが起こるような気がして、そわそわと皇太后を待っていると、しばらくして姿を現した。その後ろにオージェとオリヴィエがいて、エステルは眉を顰めた。
「集まっているわね」
皇太后は集まった貴族たちに目をやると、にこりと笑ってオージェに視線を移す。
「今日はお知らせがあって、急遽集まってもらいました。正式な発表はまだ先だけど、まずはここにいる皆に知っておいてもらいたい」
(まさか……)
エステルが眉を歪めてオージェを見ると、オリヴィエがその視線に気付いた。今までなら睨みつけられていたが、オリヴィエは余裕の笑みをエステルに向ける。
「オリヴィエが陛下の婚約者に内定しました」
皇太后の言葉に貴族たちは驚きの声を上げる。
「おめでとうございます。ですが、オリヴィエは陛下の魔力と釣り合っていなかったように思うのですが」
クロトが静かな声で問うと、皇太后は笑顔を向ける。
「では、まずは見てもらおうかしらね。オリヴィエ」
皇太后に促されると、オリヴィエは得意満面の表情でオージェの腕に自分の腕を絡めた。
その様子に全員がまた驚きの声を上げる。
(本当に平気なんだわ……)
オリヴィエは嬉しそうに笑みを浮かべてオージェの顔を見つめる。オージェはその腕を振り払うこともなく、オリヴィエと目を合わせた。
エステルはその顔を見て、なぜか酷く胸が痛んだ。
(なにこれ……)
二人が並んでいる姿を見ていられない。エステルは俯いて視線を床に落とすと、顔を歪めた。
「実はここ数日で、オリヴィエの魔力が驚くほど増えたのです。見ての通り陛下に触れてもまったく平気です。宮廷魔法使いたちもこれならば皇后としてやっていけると言っていました」
「おめでとうございます、陛下! オリヴィエ様!」
オリヴィエの取り巻きたちが歓喜の声を上げる。男性たちも顔を見合わせ大きく頷き合っている。
「色々あったけれど、これでベルダは安泰だわ」
「おめでとうございます、陛下、皇太后様!」
周囲の者たちから祝福の言葉を受け、皇太后は満足げに頷く。
エステルはオージェを見ることができず、なんとなく皇太后に視線を向けていたが、ふいにクロトがその場を離れ慌てて後を追った。
「エステル」
「は、はい!」
廊下をしばらく進み、足を止めたクロトが振り返る。
まだ胸がもやもやとしていたエステルは、名前を呼ばれハッと意識を戻した。
「どう思う?」
「どう、とは?」
まさかクロトに自分の心の動揺を悟られているのかと慌てる。
「魔力が突然増えるなんてこと、あると思うかい?」
「そうですね……、10歳頃に突然魔力が跳ね上がる者は稀におりますが……」
「成長期の段階ならそういうこともある。けれどオリヴィエは18歳だ。この年齢で魔力が増えるなんて話、聞いたことがない」
「前例はありませんが、絶対ないとは言い切れないのでは? 私が見た限り、確かにオリヴィエ様の魔力は飛躍的に増えています。あれなら、十分に……」
皇后になれると言おうとしたが、エステルは言葉にできず声を途切らせた。
「どうした? オージェの結婚が決まって、落ち込んでいるのか?」
「まさか!」
思ったよりも大きな声で否定してしまい自分自身が驚いた。そしてクロトの言葉で、自分は落ち込んでいるのだとやっと理解した。
クロトはエステルのそんな様子をじっと見つめたあと、また口を開いた。
「オージェに想い人がいるのを知っているかい?」
「え?」
突然話が変わってエステルが戸惑った声を漏らすと、クロトは苦笑して肩を竦める。
「幼い頃に出会った女の子のことを、いまだに想っているんだよ」
「幼い頃に……」
「初恋の君ってやつだよ。ずっと探していたんだけど、このままオリヴィエが皇后になるなら、ついに諦めるのかな」
クロトの言葉になんと返していいか分からず黙っていると、クロトはそれ以上何も話さずまた歩きだした。
その後、部屋までクロトを送り届けたエステルは、それで今日の仕事は終わりとなった。挨拶をし部屋を出ると、自室に戻る。
なんだか色々と頭に巡るのに、何を考えていいか分からない。自分の気持ちもよく分からず暗い顔で歩いていると、廊下の角からオリヴィエが現れた。




