第23話 訓練
次の日、早速エステルはオージェの執務室に向かうことになった。
自分からオージェの元へ行くのは初めてで緊張したまま廊下を進むと、ドアの前にいる騎士に声を掛けた。
「エステル・オーベリンです。陛下に呼ばれて来たのですが」
「少々お待ち下さい」
騎士はそう答えると、扉をノックし声を掛ける。中から返事がすると、騎士がこちらを向いた。
「中へどうぞ」
「は、はい……」
どもりながら返事をしたエステルは、覚悟を決めるとドアを押し開ける。オージェは大きな机に座り書類に目を落としていたが、エステルが近付くと顔を上げた。
「来たか」
「ごきげん麗しゅう存じます、陛下」
騎士服のままなので男性のように頭を下げると、オージェは書類を机の上に置き立ち上がる。
「すまないな、無理を言って」
「いいえ。お役に立てるのであれば、喜んで馳せ参じます」
「昨日の話の続きだが、その魔力の制御というのをすることで、私のこの力は落ち着くのか?」
「はい。魔力の制御というのは、魔力を一定量に安定させるということなんです。これができるようになれば、陛下は誰も傷つけることはありません」
エステルが説明すると、オージェはどこかホッとした顔をして小さく頷く。
「そなたはそのやり方を知っているのか?」
「知っています」
「教えてくれるか?」
「もちろんです」
迷いはなかった。これこそ自分がしたかったことだ。皇后になることよりも、ずっと前向きに考えられる。
「良かった……。よし、じゃあ、すぐに始めよう」
「分かりました。……では、外に行きましょうか」
「外?」
「はい。庭の方がきっと上手くいきますから」
「分かった」
エステルはオージェと共に庭に出ると、オリヴィエの護衛たちと戦った辺りまで歩いた。木々は紅葉が始まり、葉が少しずつ黄色になり始めている。風の音とそばを流れる小さな川の水音が聞こえる。
気持ちの良い自然の音を耳にしながら、エステルは足を止めた。
「ここでいいでしょう」
「どうしてここなんだ?」
振り返ったエステルは、オージェと少しだけ距離を置いて立つ。
「魔法の基本を少しだけおさらいさせて下さい。私たちの持つ魔力は、自然の力に影響を受けています。大抵の人は地、水、風のどれかの影響を受け、その性質になります」
「ああ、この世界に常にある自然の力だからだろう?」
「そうです。陛下のように特別な力を持つ方もおりますが、それらもすべて自然にある力です」
「雷や火の力だな」
オージェの言葉にエステルは笑顔で頷く。
「ですから魔力や魔法を学ぶのなら、自然の中で行うのが最も良いのです」
「だが、魔法学院では教室で授業をしているぞ?」
「そうですね。今では魔法も体系化されて、教え方も確立しているので、教室でもじゅうぶんに学ぶことができます。ですが、魔力の制御はもっと根本的なものですので、こういう場所の方が上手くいくと思います」
「そうか……」
「陛下の今の状況は、簡単に言うと魔力過多です」
「魔力過多?」
エステルはオージェの身体の中から溢れる魔力を見つめる。普通の魔法使いには他人の魔力を感じることはできても、正確にその量を量ることはできない。だからオージェのこの状況を宮廷魔法使いたちは、単にオージェが怒りにまかせて魔法を放っていると思っているのだろう。
今までオージェの状況が改善されていないところを見ると、そういうことなのだろうと思った。
「はい。本来、人は自分の魔力の器より多い魔力を持つことはできません。ですが陛下は器の量を超えて体内に魔力を持っています。その溢れている魔力が、感情などに誘発されて雷撃となって放たれてしまっているのです」
「魔力が溢れている……」
オージェが自分の手を見つめ呟く。
「陛下が習得しなくてはいけないことは、その溢れた魔力を減らし適正量に落ち着かせることです」
「それは……、適度に魔法を使えばいいということか?」
「それでも解決はしますが、あまり現実的ではありません。魔力は休息によって回復してしまいますから、その度に意味もなく魔法を使うのはどうかと思います」
「それもそうか……。ではどうしたら?」
「まずは陛下がご自身の器に入る魔力の量を、正確に把握する必要があります」
「正確に、か……」
エステルの言葉に、オージェは眉を顰める。
「大抵の人間は自分の身体の中の魔力がどれだけあるかというのは、感覚的にしか分かっていないでしょう」
「ああ、確かに……。もうすぐ魔力が底をつくということくらいは、大体分かるが……」
「まずは魔力の量を正確に把握するやり方をお教えします。その後、魔力を調整するやり方をお教えします」
「それで、私は普通の生活ができるようになるんだな?」
「はい、陛下」
エステルがはっきりと頷くと、オージェは安堵したように息を吐き微かに笑った。
(笑った……)
本当に微かに口元を上げただけだったが、エステルはその顔にとても驚き見入ってしまう。
「では、早速始めよう」
オージェの言葉にエステルはハッと意識を引き戻された。もう真顔に戻ってしまった顔を見ながら咳払いをすると、気を引き締める。
「両手を、お出しください」
「手を?」
手のひらを上にして両手を差し出したオージェに、エステルは笑い掛けてその手をそっと掴む。指先を上に向けさせ、手のひらをこちらに向ける。その両手に自分の手をそっと重ねると、オージェの顔を見上げた。
「今から私がゆっくりと陛下の魔力を吸収します。陛下は自分の魔力をしっかりと観察して下さい」
「観察? どうやって?」
「目を閉じて下さい」
素直に目を閉じるオージェに微笑むと、エステルはゆっくりと魔力を吸収し始める。
5分ほどして手を離したエステルは、そっとオージェの腕に触れた。
「目を開けて下さい。どうですか?」
「どう、と言われても……」
目を開けて首を傾げるオージェに、エステルは微笑み掛ける。
「いつもより手足が軽く感じませんか?」
「あ……、そういえば、なんだかすっきりしている……」
「雷撃を放った後の感覚に似ていませんか?」
「確かに……」
オージェは自分の手を見ながら頷く。エステルは上手くいったことに安堵し、小さく息を吐いた。
「余分な魔力が身体に停滞していると、手足が重く感じるものです」
「そういうことだったのか……。いつも身体がだるい感じがしていたんだ。だが医者はどこも悪くないと言うし……。ついイライラしてしまって……」
心から納得がいったという表情のオージェに、エステルは優しく頷く。
「今の状態が魔力の器の適正量です。この身体の感覚を覚えて下さい。明日になれば魔力は元に戻ってしまうでしょうが、しばらくはこれを繰り返して、自分ではっきりと適正量が把握できるようにします」
「分かった。よろしく頼む」
真摯な眼差しを向けそう言ったオージェに、エステルは少し驚きながらも、にこりと笑って頷いた。




