第22話 二度目のダンス
エステルはオリヴィエがまた何かしてくると警戒していたが、とりあえず5日間は何事もなく過ぎた。そうして、その日の夜、今期最後の大きな舞踏会が宮殿で開催された。
皇帝も出席する舞踏会はこれで最後となるため、会場にはかなりの数の貴族が集まっている。エステルはクロトのお供で会場にはいるが、いつもと同じ騎士服でいるため、踊る必要もなく気楽な気持ちでその場にいた。
クロトが美しい女性と楽しそうにダンスをするのを何となく見ていたエステルは、ふと奥の方に座るオージェに視線を向けた。
オージェの隣でオリヴィエが笑顔で話し掛けている。それほど会話は弾んでいるようには見えないが、それでも空気が冷えているという感じでもない。
(踊れないのに、舞踏会に出るのはつまらないわよね……)
周囲が楽しそうにしているのに、自分だけがその輪に入れないというのは、一人でいるよりも孤独感が強くなる。ましてや皇帝という立場で、全員から注目されている中、何もできないのは歯痒いだろう。
エステルがぼんやりとそんなことを考えていると、なぜかクロトが近付いてきた。
「暇そうだね、エステル」
「どうしました? お飲み物でもお持ちしますか?」
何人か連続で踊っていたから休憩するのかと思い訊ねると、クロトは笑顔で首を振りスッと手を差し出した。
「一曲、踊ろう」
「は?」
「そんなところで立っているだけでは暇だろう? 僕が出席する舞踏会は今日で最後だし、ね?」
「そう言われましても、こんな格好では踊れませんよ」
何を言っているんだと呆れて答えるが、クロトはエステルの手を掴むと強引に歩きだしてしまう。
「ク、クロト様!」
「大丈夫、皆そんなに気にしないさ」
クロトは笑ってそう言うと、エステルの腰を捕まえて自然な流れでダンスの輪に入ってしまう。
騎士服を着ていては、まるで男性同士で踊っているように見えてしまうだろう。明らかに周囲の目がこちらを向いていて、エステルは恥ずかしさにクロトから離れようとするが、クロトはそれを許さず腰に当てた手に力を込める。
「クロト様……、恥ずかしいです……」
「舞踏会なんてものは、楽しんだ者勝ちだよ。周囲の目なんて気にする必要はない。思う通りにすればいいのさ」
「それはクロト様だから言えるんですよ」
「そうかな」
エステルの言葉に肩を竦めたクロトは、結局エステルを放すことはせず、一曲終わるまでしっかりと踊り切った。
優雅に挨拶をするクロトを見て、やっと終わったと安堵の息を吐いたエステルだったが、その背後にオージェが近づいてくるのが見えて、顔を強張らせた。
「エステル」
「陛下……」
まっすぐに見つめてくる視線を受け止め切れず、伏し目がちに視線を外す。
クロトは振り返ると、オージェを見て大袈裟に驚いてみせた。
「陛下、どうしました?」
「エステルを借りたい」
「どういう風の吹き回しでしょう」
クロトがからかうように言うと、オージェは眉間に皺を寄せてクロトを睨みつける。するとクロトは、軽く笑って頷いた。
「ま、いいでしょう」
「え? いえ、私は……」
「一曲、いいか?」
オージェに手を差し出されて、驚いたエステルは目を見開く。どうしたらいいか分からず棒立ちでいると、クロトが背中を押した。
「エステル、陛下に恥をかかせちゃいけないよ」
「で、でも、こんな格好じゃ……」
「クロトとは踊っていたじゃないか」
「それは……」
オージェのむっとした顔を見上げ、エステルは断る方が失礼になるのならと、おずおずと手を伸ばしオージェの手に重ねた。
オージェと共に広間の中央に歩いていくと、クロトの時よりも一層大きなざわめきが起こる。皆がどんな目で自分を見ているのか確かめるのも怖くて、エステルはもう周囲を見るのをやめた。
「その格好も随分見慣れた」
「すみません、こんな格好で」
「いいさ。護衛が仕事なら、妥当な格好だろう。そなたは本当に剣の腕が立つようだな」
「そんなことは……」
ゆったりと踊りだすと、オージェは思ったよりも穏やかに話し掛けてきた。機嫌が悪いと思っていたがそうでもないようで、エステルはホッとした。
「クロトが腕を買って雇ったと言っていたが、そなたをそばに置きたいだけだと思っていた」
「クロト様は面白がっているだけだと思いますが、私としては雇って頂けただけでありがたく思っています」
「そうか……」
オージェは静かに返事をすると、少しだけ口を閉じた。
エステルは自分から何かを話し掛けることはできず、オージェが口を開くのを待っていると、少ししてまた視線が合った。
「以前、そなたと踊った時、魔力の制御の話をしただろう?」
「はい、いたしましたね」
「あの話を宮廷の魔法使いたちに聞いてみたんだが、誰もそんなものは知らないと言っていた」
「それはそうでしょう」
エステルの返事にオージェが怪訝そうに首を傾げる。
「なぜだ?」
「普通、自分の器以上に魔力を持つことはできません。ですから溢れる魔力を制御するなどということは、考える必要がないのです」
「なるほど……。ではなぜそれをそなたが知っているのだ?」
「私は……、兄に魔法を教えていた先生がそういうことを研究している方だったので、色々と教えてもらったのです」
「その者はまだそなたの家にいるのか?」
「いいえ。兄が士官し騎士となった後、家を出て行ってしまわれて。今はどこにいるのか……」
「そうか……」
残念そうにオージェが呟くと、そこでちょうど曲が終わった。
挨拶を交わし、背中を向けたエステルは、クロトの元に戻りながら口元を綻ばせる。
(なんだかずっとしゃべってたな……)
内容はどうあれ穏やかに話し続けられたことに、エステルは嬉しさを感じた。会うたび、話すたびに、オージェのことが分かってくる。最初は不愛想で気難しい人かと思ったけれど、魔法に翻弄されているだけで、本来は優しい人なのだと今なら分かる。
クロトを捜して周囲を見渡すと、長椅子にゆったりと座ってお酒を飲んでいるのを見つけた。エステルがそちらに歩きだすと、突然手を掴まれた。
「エステル」
驚いて振り返ると、オージェがエステルの手を掴み真剣な目を向けている。
「は、はい」
「もう少し、話がしたい」
「え?」
「魔法の制御のことをもっと知りたい。そしてもしできるというなら、私に魔法の制御を教えてほしい」
「陛下、それは……」
オージェの言葉にどう答えたらいいか迷っていると、クロトがゆっくりと立ち上がりエステルの手を引かせる。
「陛下、エステルは僕の護衛ですが」
「分かっている。エステルの仕事を邪魔するつもりはない。手が空いている時でいい」
オージェの言葉に、クロトは少し驚いた顔をした後、小さく頷いた。
「そこまで言うなら、いいでしょう。僕が会議に出ている間はエステルも手が空く。その間だけならエステルをお貸ししますよ」
「分かった」
エステルの戸惑いをよそに、クロトが勝手に交渉してしまうと、オージェはそれで納得し背中を向けて行ってしまった。
「クロト様……」
「陛下のご所望だし、断れないだろう?」
「オリヴィエ様がどう思うか……」
遠目でもオリヴィエがものすごい形相でこちらを睨んでいるのが分かる。クロトがそれを見て、クスッと笑った。
「まぁ、オリヴィエの嫉妬はしょうがないさ。それより陛下ときちんと向き合いなさい」
「陛下と向き合う?」
クロトの言っている意味が分からず問い返すと、クロトはエステルを見て穏やかな表情で頷く。
「君のためにも、そうした方がいい」
「私の、ため……」
クロトはにこりと笑いエステルの肩をポンと叩く。
エステルはクロトの顔を見て、確かにその通りかもしれないと頷いた。




