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第19話 再訪

 次の日から早速仕事が始まるかと思ったが、エステルはそれまでと同じように客人のように扱われた。

 クロトと一緒に食事をしたり、お茶を飲みながら話したりする日々を過ごし、さすがに暇になってきた頃、クロトが家に戻ると告げた。


「家とは、ベルオードの首都にあるお城ですか?」

「そう、ベルオード城だね。あちらに着いたら、君にも働いてもらうと思うから」

「分かりました」


 こうしてラダロックに2週間ほど滞在した後、馬車に乗り込みクロトと共にベルオードの首都へ向けて旅立った。

 ベルオードの城下町は王都のように区画整理された新しい都市ではなく、昔ながらの街並みが美しい古都で、その中心にある城も、高い尖塔がいくつもそびえる重厚で堅牢な様子は年代を感じさせるものだった。

 高い城壁に守られた城に入ると、エステルはメイドに案内され、美しい部屋に通された。


「ここがエステル様のお部屋でございます」

「こんな綺麗な部屋……、いいのかしら……」


 ラダロックで過ごした部屋よりも、さらに豪華な部屋に感じる。どう考えても客室のような気がして、案内してくれたメイドの顔を見るが、メイドは別段表情を変えず、部屋を歩くとクローゼットを開けた。


「こちらに護衛の制服がございますので、ご試着をお願い致します。なにか問題がありましたら、なんなりとお申し出下さい」

「分かったわ」

「では、失礼致します」


 メイドが部屋を出て行くと、マリーがクローゼットから制服だという服を取り出してベッドに置いた。


「これはなかなか……」

「どうしたの? マリー」


 エステルは帽子を脱いでテーブルに置くと、ベッドに寄って目を見開く。


「なに、これ……」


 それは制服というには派手過ぎる、白い騎士服だった。

 護衛というからにはドレスじゃないことくらい分かっていたが、男装をするにしてもこれでは目立ちすぎる。他の従者たちと同じ黒や紺のような地味な色だと思っていたのだが、クロトがそんな常識的なことをする訳がなかった。


「派手ですわねぇ」


 マリーは金の飾り紐を手に取り、その先の青い宝石を目の前に持ってくる。


「サファイアでしょうか」

「こんな飾り立てた服を着て、クロト様の後ろに控えるの?」

「男装の白い騎士が護衛、確かに派手で素晴らしく目を引きますわね」

「クロト様らしいわ……」


 この2週間ほどでクロトの趣味嗜好はだいぶ理解した。派手好みで人と同じことをとても嫌っている。

 この格好は、確かにクロトの好みだろう。


「とりあえず、着るしかなさそうね」


 クロトは雇用主だ。主人の命令に逆らうことはできない。

 エステルは肩を竦めてそう言うと、仕方なく騎士服を手に取った。

 ドレスを脱いで騎士服を着てみると、エステルの身体にぴったりと合っていて驚いた。ロングブーツを履いて鏡の前に立つと、それなりに似合っているように感じた。


「どう? 変じゃないかしら?」

「お似合いですよ。お嬢様の男装は剣の稽古で見慣れておりますが、白い騎士服がこんなにお似合いになるとは思いませんでした」


 マリーの誉め言葉にエステルは照れ笑いを浮かべる。


「さ、こちらにお座り下さい。髪を纏めましょう」

「うん」


 腰まである長い髪を三つ編みで一つに纏めると、見た目だけは立派な騎士になった。

 


「さて、クロト様に見せに行こうかな」


 エステルは立ち上がり魔法剣を腰に下げると、部屋を出てクロトの私室に向かう。ドレスと違いとても身軽で歩きやすい。自宅以外でこんな格好になることはなかったから、なんだか少し恥ずかしい気もしたが、これが毎日になるのだから慣れなければと胸を張って歩いた。


「失礼致します、エステルです」

「入りなさい」


 ドアの前で声を掛けると、すぐに返事がくる。室内に入ると、クロトは机で何か書き物をしていた。下を向いたままだったので、とりあえず机の前まで行くと、顔を上げてくれるのを待つ。


「部屋は気に入ってくれたかい?」

「はい、もちろんです。ありがとうございます、クロト様」


 クロトはさらさらと羽ペンで最後の署名をすると顔を上げた。エステルの姿を見ると、パッと笑顔になる。


「ああ、騎士服を着てくれたんだね。とてもよく似合ってるじゃないか」

「クロト様のお好みに合ったようで良かったです」


 クロトは席を立つと、エステルの周りを回りながらじっくりと見つめる。


「君の魔法剣は青いから、宝石をサファイアにしてみたけど、ぴったりだったな」

「護衛にしては派手なように感じますが」

「僕の後ろにいるんだから、派手でいいんだよ。髪は下ろしておいた方がいいかな。その方が素敵だ」

「それでは何かあった時に、髪が邪魔になります」

「君はまじめだな」

「護衛ですから」


 エステルが当然だという顔でそう言うと、クロトは肩を竦めて席に戻った。


「じゃあ、仕事の話をしようかな」

「はい」

「今週は領内を数ヶ所回るから、それについておいで」

「分かりました」

「来週は、皇都の宮殿で仕事だ」

「私も行く、んですよね……?」

「もちろん」


 なんとなく宮殿に行くというのが引っ掛かって訊ねると、クロトはにこりと笑って頷く。

 クロトの護衛をするのだから、宮殿に行くのはなんとなく分かっていたことだが、いざまたあの場所に行くと思うと、少しだけ憂鬱な気持ちにった。



◇◇◇



 一週間後――。

 クロトと共に皇都に戻ってきたエステルは、馬車を降りると強張った顔で美しい宮殿を見上げた。


「そんなに緊張するかい?」

「まぁ……、宮殿ですし……」


 クロトと共に宮殿の中に入ると、行き交う貴族たちが皆足を止めて頭を下げる。


「大丈夫さ。今日は会議だけだし、君は控室で暇を持て余すだけだよ」

「そうですね……」


 通りかかる人たちがエステルをじろじろ見ていく。その視線を感じながらも、エステルはできるだけ平静を装って歩いた。

 会議室の前には貴族たちが数人立ち話をしていて、クロトがそばまで行くと、全員が頭を下げた。


「ベルオード卿、今日はお早い到着ですね」

「おや、随分珍しい従者を連れていますな。女性の騎士とは」


 エステルに視線を向けた男性が笑顔で言うと、クロトは嬉しげに笑って頷く。


「華やかで良いでしょう?」

「従者に女性なぞ、ベルオード卿くらいしか思いつきませんな」


 お世辞なのか嫌味なのか、それとも本気なのか、表情からはまったく分からない。

 エステルは年配の男性に愛想笑いを向けながら、クロトの背後に隠れるように一歩下がった。


「皇帝陛下のおなりです!」


 エステルは飛び上がるほど驚き、慌てて廊下の端に寄ると頭を下げる。


(ど、どうしよう……)


 こんな姿でここにいるのがなんだかすごく恥ずかしい。けれど他にも従者はいるし、紛れてしまえばきっと見つからないだろうと、オージェが通り過ぎるのを待つ。

 けれどその願いも虚しく、通り過ぎたと思ったオージェはぴたりと足を止めた。


「まさか……、エステル?」


 小さく名前を呼ばれ、エステルは恐る恐る顔を上げる。


「どうして……そなたが……」


 オージェは驚いた表情のまま、エステルの顔を見つめ呟いた。

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