第16話 謝罪
「なぜそなたがここに……?」
「あの……」
「僕が呼び寄せたのですよ」
「クロトが?」
エステルが答える前にクロトが口を挟むと、オージェの眉間に皺が寄る。その顔を見てエステルはやっと金縛りが解けて腰を下げた。
「お、お久しぶりにございます、陛下」
「これはどういうことだ、クロト。お前があの時のことをちゃんと説明すると言うから、ここまで来てやったというのに」
オージェはエステルを一瞥しただけで、クロトに視線を戻すと話し掛ける。
「説明はしますよ。その前に皆の挨拶を受けて下さい」
クロトが周囲に目配せすると、声を掛けようと様子を窺っていた貴族たちが周囲に集まってくる。
オージェはそれを無視するわけにもいかず、仕方ないという様子で対応し始める。エステルはその隙にそそくさとその場から離れると、壁際に逃げた。
(まさかこんなところでまた会うことになるなんて……)
いまさら胸がドキドキしてくる。もう二度と会うこともないと思っていたので、まったく心構えもできず、動揺が収まらない。
(これがクロト様の狙いだったの? でもどうして……)
クロトのやりたいことが何なのかまったく分からない。最初は自分との腕試しをまたしようとしているのかと思ったが、それも違うということか。
オージェと自分を会わせて、何がしたいのだろう。それともこれに意味はないのだろうか。
(ぜんぜん分からないわ……)
いくら考えてもこれだというものに思い至らない。広間ではダンスが始まっていて、クロトは見知らぬ女性と楽しげに踊っている。その姿を見つめて深い溜め息をついた。
「エステル」
しばらく物思いに耽っていると名前を呼ばれた。何気なく左を向くと、オージェが立っていてエステルは慌てて腰を落とした。
「陛下!」
「挨拶はいい。それよりなぜここにいる?」
「それは……」
「あんなことがあったのに、なぜクロトの招待に応じたんだ」
機嫌の悪そうな表情を見ながら、エステルは姿勢を元に戻すとおずおずとこれまでのいきさつをを話した。
「兄が怪我をしたという知らせは、リナックの砦から出されたものだったので、つい信じてしまいました……」
「随分簡単に騙されたな」
オージェは溜め息をつきながら呆れたように言う。責められているように感じて、エステルは「申し訳ありません」と頭を下げた。
「クロトはまだ3ヶ月前のことを詳しく説明していないんだ。あいつめ、どういうつもりだ……」
「それじゃあ今日いらっしゃったのは……」
「いくら宮殿に呼んでも来ないから、わざわざ私がこちらまで来たんだ」
いくら幼馴染といっても、皇帝の要請を無視するなんて信じられない。
「クロト様が何を考えているのか、私にはさっぱり分かりません」
「私もだ」
独り言のように呟いたエステルの言葉に、オージェが同意した。初めて意見が一致して、エステルが思わずオージェを見ると、オージェは少しだけ気まずい顔をしてからまた口を開いた。
「クロトはあんな性格だから、皆からは煙たがられているが、別に悪い奴じゃない」
「それは、なんとなく分かります……」
短い付き合いだが、悪意があって行動しているように感じたことはない。
「まぁ、大抵やり過ぎるから、結局私が止めに入る羽目になるんだが……」
「それも、分かります」
エステルがクスッと笑い頷くと、オージェはエステルに視線を向けた。
「……あれから変わりはないか?」
「日常に戻っただけです。何も変わりません」
「いまさらだとは思うが、母のしたことを許してほしい」
「許すだなんて、そんなこと……。国の未来を思う皇太后様のお気持ちは、痛いほど分かります」
「私がもっとしっかりしていれば、母が口出ししてくることもないはずだ……」
オージェが眉間に皺を寄せ下を向く。その表情を見て、エステルは思わずオージェの腕に手を添えていた。
「まだ20歳になられたばかりではありませんか。これから成長していけばいいのです」
「エステル……」
「私も謝ります。以前、陛下に出過ぎた事を申しました。何も知らないくせに、つい感情のままに……。申し訳ありませんでした」
エステルが深く頭を下げ謝ると、オージェは弱く首を振った。
「色々と振り回して悪かった。私も謝る。だからこれでおあいこだ」
「陛下……」
穏やかな表情でそう言うオージェに、エステルは笑みを返した。
クロトに騙されたと思った時は、ここに来たことを酷く後悔したが、オージェと思いがけずもう一度話す機会が持てて本当に良かった。
二人で目を合わせ微笑み合うと、ちょうど音楽が終わりダンスが一段落した。クロトが踊っていた女性と別れこちらに歩いてくる。
「なにやら随分話し込んでいたようだけど、二人で何を話していたんだい?」
「私たちのことはどうでもいい。それよりお前はまず説明しろ。エステルを呼び出したのはなぜだ?」
オージェが問い質すような口調でクロトに詰め寄ると、クロトは笑顔でエステルを見た。
「それはもちろん、求婚するためですよ」
「は!?」
「え!?」
二人が同時に驚きの声を上げる。クロトは笑みを浮かべたまま、エステルの前に片膝をついた。
周囲がざわめく中で、エステルの右手を取る。
「エステル、僕と結婚して欲しい」
「はぁ?」
およそ求婚をされた女性とは思えない声を上げたエステルは、唖然とした顔でクロトを見つめた。




