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第15話 再会

「久しぶりに会ったというのに、挨拶もなしかい?」


 クロトは笑って言うと、ソファにゆっくりと腰を下ろす。


(な、なんでここにクロト様が!?)


 まったく予想しておらず、動揺したエステルは、ただじっとクロトを見つめる。


「そんなところに立っていないで、こちらに座るといい」

「ど……、どうして……、クロト様が? 兄……、兄は無事なんですか?」


 クロトの突然の登場にうっかり忘れるところだったが、アランのためにここに来たんだと思い出し訊ねる。

 クロトは肩を竦めて笑って見せた。


「君の兄ならリナックでぴんぴんしているから、心配しなくていい」


 エステルはクロトの言葉に唖然とした。


「まさか……、だましたのですか?」

「だましたなんて、ちょっとした茶目っ気だよ。普通に誘っても、どうせ君は断るだろうと思ってね」


 軽口をたたくクロトをエステルは睨み付けたが、まったく気にしたそぶりもなく笑顔を向けられる。


「私をここに呼ぶために、兄の名を使ったんですね?」

「そう怒るな。さぁ、座りなさい。長旅で疲れただろう?」

「帰ります!」


 踵を返そうとすると、背後にさきほど案内してくれた男性が立ちはだかる。穏やかな表情だが、絶対に通してくれそうにない雰囲気に、エステルは仕方なくもう一度クロトを見た。


「私に何の用でしょう?」

「まずは一緒にお茶をしよう。その後は、すぐそばの湖に行って散策だ。とても美しい景色なんだ」

「クロト様!」


 まったく会話が成立せず、エステルが声を上げると、クロトは少しだけ考えてからもう一度口を開いた。


「じゃあ、こう言おうかな。兄を思うなら、僕に従え」


 にこやかに、けれどその目はまったく笑っているようには見えず、エステルは奥歯を噛んだ。


(ここはベルオード領……、それをもっとちゃんと考えるべきだった……)


 宮殿での出来事がもう夢の中のことのように思えていたエステルは、まさかクロトともう一度会うことになるとは思いもしなかった。

 警戒もせず、のこのこ来てしまった自分が恥ずかしい。けれどうかつにクロトの機嫌を損ねれば、アランの立場が悪くなってしまうかもしれない。そう考えると、これ以上強い態度に出ることはできなかった。


「……私でよければ、お茶のお相手を致します」

「賢い判断だね」


 エステルは浅く溜め息をつくと、クロトの正面に座る。

 マリーは心配そうな顔をしながらも、男性と共に部屋を出て行った。


「古い城だろう? この城はまだベルオードが王国であった時、王家が避暑で使っていたものなんだ」

「町の人が言っていました。百年以上も前の城だと」

「そうなんだ。古すぎてちょっと使い勝手が悪いんだけどね」


 クロトは背もたれに背を預け、エステルを見つめて話す。


(何のために私を呼んだのかしら……。もしかして、また私と腕試しがしたいのかしら……)


 以前クロトとした腕試しは、結局野盗たちが途中で乱入してきて、うやむやになってしまった。

 元々どんな意味があったのかも分からないが、まだこりもせずそんなことを考えているなら呆れた人だ。


「そういえば、オージェにあの後、酷く怒られたよ」

「陛下に?」

「ああ。勝手に宮殿の馬車を使ったこととか、女性に剣を向けたこととかね。なんであんなにオージェは怒ったんだろうね」

「それは……、まぁ、普通は怒るものでしょう……」


 悪びれない様子のクロトに、エステルは心底呆れてしまう。


(本当にこの人は、自分の物差しの中でしか生きていないのかも……)


 常識とか他人からの意見など、まったく気にしていないのかもしれない。

 ならばまともに相手をする方が馬鹿を見るだろう。


「オージェはああ見えて、争いが嫌いだからね」

「……私は、『雷帝』という名の印象のままに、陛下の人柄を考えていました」

「ああ、大抵の人はそうだろうね。誰よりも魔法が強く、怒りにまかせて雷を落とす、猛々しい皇帝。誰もオージェの性格なんて知ろうとしない」


 クロトの言葉に、エステルは自分の手を見下ろす。


「臣下たちはあの強い力に畏怖とともに尊敬を抱いている。けれどその反面、迷惑にも思っている……」

「まぁね。怒られるたび、雷を落とされていては、命がいくらあっても足りない。戦争であればあれほど頼もしい人はいないけれど、日常生活では迷惑この上ない力だよ」

「クロト様は幼馴染でいらっしゃいますよね? おそばにいても平気なのですか?」

「僕は慣れているからね。あの程度の雷撃はガードできるし、何とも思わないけれど、如何せん本人が一番気にしてしまっているからねぇ……」


 クロトは苦笑して肩を竦める。

 エステルはオージェの顔を思い出す。自分が書斎で止めに入ったあの時、オージェは確かに一瞬しまったという顔をした。

 その表情を見落として、自分は怒鳴ってしまったのだ。


「あんなこと言うんじゃなかった……」

「ん? あんなこと?」

「宮殿で……、自分の感情を制御することを学べと、怒鳴ってしまったことです……」

「ああ、あれか」


 クロトは思い出して、楽しげに笑いだす。

 エステルはその顔を見て、頬を膨らませた。


「笑い事じゃありません。陛下はちゃんと人の痛みが分かる方だったのに、私ったら一方的に怒鳴ってしまって……。宮殿から追い出されて当然でした……」

「いやいや、オージェに面と向かってあんなこと言う人はいないから、ちょうどいい説教になったんじゃないか?」

「ちょうどいいって……」


 エステルは盛大に溜め息をつくと、この話はもうやめようと他の話題にすることにした。


「クロト様、そういえばあの野盗たちは何だったのか、分かったんですか?」

「うーん、調べてはいるようだけど、まだ詳しくは分からないようだよ」

「私を待ち伏せしていたようなことを言っていた気がしますけど、何だったんでしょう」

「さぁね。あ、そうだ。明後日、ここで舞踏会が開かれるから、君も参加するんだよ」

「は!?」


 突然クロトが思い出したと手を打って言った言葉に、エステルは間抜けな声を上げる。

 クロトはにこにことしたまま、話を続けた。


「この周辺の貴族たちを集めた小規模な舞踏会なんだ。皆気軽に来るから、エステルも気負わずに参加するといい」

「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで舞踏会なんて……」

「ドレスや装飾品は全部用意してあるから気にしなくていい。他に必要なものがあるなら、何なりと言ってくれ。すぐ用意するから」

「クロト様!」


(ああ、これは……、何を言ってもだめなやつだわ……)


 いくら呼びかけてもまったく聞く耳を持ってくれないクロトに、エステルは途方に暮れると、盛大に溜め息をついた。

 段々とクロトの性格を把握してきた自分が嫌になりつつ、すぐには帰れないことを悟り仕方なく口を閉じたのだった。

 ――その日の夜、客室に通されたエステルは、母に向けて手紙を書いた。


「とりあえずお兄様が無事だって、お母様には伝えておかなくちゃね」

「クロト様はなかなか一筋縄ではいかない御方ですわね」

「そうね……。陛下よりよっぽど扱いが難しいわ……」


 色々と話したのに、肝心のどうして腕試しをしようと思ったのかを聞きそびれてしまった。

 オージェのことが少し分かったのは良かったけれど、この状況はやはりあまり嬉しくはない。


「舞踏会はできるだけ大人しくして、早く家に帰りましょう」

「そうなればよろしいんですが……」


 マリーが溜め息をつきながら、不穏な言葉を呟く。

 エステルもなんとなく平穏には終わりそうにない予感を胸に抱きながらも、手紙には『すぐに帰る』と記したのだった。



◇◇◇



 2日後、クロトが用意した華やかなドレスを着たエステルは、仕方なく舞踏会が開かれる広間に向かった。

 すでに広間には数十人の貴族たちが来ており、エステルを見ると笑顔で挨拶をする。


「ああ、エステル。来たね」

「クロト様」

「ドレス、よく似合っているじゃないか。君は淡い色のドレスが好みのようだけど、そういう濃い色も似合うと思っていたんだよ」


 エステルが着ている紫のドレスは、いつものドレスよりもかなり華やかで、最初は着るのを躊躇ってしまった。アクセサリー類も明らかに高価なもので、付けているだけで緊張してしまう。


「ありがとうございます、クロト様」


 とりあえずドレスを用意してくれたことには感謝しなくてはとお礼を言うと、クロトは満足げに笑う。


「もうかなり人が集まっているようですけど、これで全員ですか?」

「いや、肝心の客がまだ――」


 クロトがそう言い掛けた時、廊下の方が騒がしくなった。


「ああ、来たようだね」


 クロトがそう言って入口の方を向くので、エステルも同じようにそちらを見ていると、開かれたままの扉から誰かが颯爽と入ってきた。


「皇帝陛下! お目に掛かれて恐悦至極に存じます!」


 入口のそばにいた貴族たちが、深く腰を落とし次々と挨拶していく。


(陛下!? なんでここに……)


 あまりの驚きにエステルが呆然としたまま立ち尽くしていると、クロトが恭しく頭を下げた。


「陛下、よくお越し下さいました」

「なぜベルオードの城ではなくラダロックにいるんだ?」

「今年は暑いですから、ラダロックの方が涼しくていいと思いましてね」

「なんだその理由は……」


 オージェはクロトと話しながら、ふとエステルに視線を向けると目を見開いた。


「エステル……?」

「陛下……」


 驚いたまま固まるオージェに、エステルは戸惑ったままその顔を見つめた。

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