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第13話 オージェとの対話

 馬車が走りだすと、正面に座ったマリーが頭を下げた。


「お嬢様、申し訳ありませんでした」

「マリー?」

「お嬢様をお守りするのが私の役目ですのに、お怪我をさせてしまうなんて……」


 しょんぼりとしたマリーの様子に、エステルは笑みを向け首を振った。


「謝る必要なんてないわ。あなたはよくやってくれた」

「ですが……」

「あなたは私の侍女という理由だけで、私に付き合わされて剣技を覚えた。本来はただのメイドとして働けば良かっただけなのに」

「いいえ! 私は私の意志で戦い方を覚えたのです。お嬢様をお守りするために……」


 マリーの言葉にエステルは微笑むと、右手を差し出しマリーの手を握った。


「ありがとう、マリー。いつもそばにいてくれて」

「お嬢様……」

「あなたがいてくれるから、私は頑張れるのよ」


 エステルがそう言うと、マリーは目を潤ませて弱く首を振った。


「腕の傷は痛みませんか?」

「大丈夫よ、ホントにかすり傷だから……」


 それからエステルは疲労からか、馬車の揺れにうつらうつらしてくると、宮殿に着く前に眠ってしまった。

 そうして目覚めると、ベッドの中だった。


「ここは……」


 ポツリと呟き、視線を横に向ける。そこは昨日まで暮らしていた部屋で、一瞬、自分がどうしてここにいるのか理解できなかった。


「お嬢様、起きられましたか?」

「マリー……、私、どうして……」


 起き上がろうとすると、そばに寄ったマリーが肩を支えてくれる。


「随分お疲れだったのでしょう。馬車で眠ってしまわれたあと、宮殿に到着してから一度も起きずにいたのですよ」

「あ、そうか……」


 マリーの言葉にやっと記憶が戻ってきて、左腕を見る。夜着の袖をめくって確かめてみると、そこにあった傷はすっかり無くなっていた。


「宮殿にいる治癒師が治してくださったのです。他にも小さな傷がありましたが、それらもすべて綺麗に治してくださいました」

「そう……」

「陛下が、直接治癒師に指示を出されていたのですよ」

「え……?」


 マリーの言葉に顔を上げると、マリーはふふっと笑って立ち上がる。


「眠っているお嬢様の顔を見て、それはそれは心配そうな表情をされていました」

「ここにいたの!?」


 まだぼんやりとしていた頭が、突然はっきりとすると、エステルは両手で頬を押さえた。


(寝顔を見られたってこと!? 恥ずかしすぎる……)


「今日はゆっくりするようにと――」


 マリーが話していると、ドアからノックの音が響いた。言葉を途切らせたマリーが返事をしドアを開けると、慌てて頭を下げた。


「エステルは起きているか?」

「は、はい。今しがた……」

「そうか。入るぞ」


 オージェの声が聞こえ、エステルはあまりの驚きにあたふたとしてしまう。このまま会うのはあまりにも失礼だとベッドから出ようとすると、その前にオージェが衝立の向こうから姿を現した。


「そのままでいい」

「ですが……」

「まだ休んでいろ」


 優しい声に押し留められて、エステルは戸惑いながらもベッドに戻った。

 オージェは枕元のイスに座ると、じっと顔を見つめてくる。


「その……、具合はどうだ?」

「もうすっかり良くなりました。魔法で治療して下さったと侍女から聞きました。ありがとうございます」

「いや……」


 オージェが言葉を途切れさせてしまうと、少しだけ沈黙が落ちた。

 エステルはオージェがいつもよりもずっと落ち着いているのを感じホッとした。


「……まさか、直接お助け下さるとは思いませんでした。どうしてあの場所が分かったのですか?」

「側近の者が宮殿の馬車が隔壁の外に出ていくのを見掛けたと言っていたんだ。昨日は王族の誰も馬車を使っていない。おかしいと思って調べたら、馬車が一台勝手に使われているのが分かった」

「それで陛下が?」

「……乗っているのがお前、……そなただと知って、私が突然家に帰れなどと言わなければ、こんなことにはならなかったのではないかと……」


(自分のせいでこうなったと思って、直接助けに来てくれたのね……)


 オージェの優しさが嬉しくて、エステルは笑みを浮かべる。


(それに『そなた』って言ってくれた……)


 今までずっと『お前』と呼ばれるのが嫌だったから、呼び名を改めてくれたのが本当に嬉しかった。


「陛下のせいではありません。あれは偶然私が馬車に乗ってしまったわけではないのです」

「え? 王族を狙っていた輩ではないのか?」

「それが……」


 これを言っていいものかと少し悩んだが、エステルはクロトのことをすべて話すことにした。

 馬車に乗ってからの一部始終を話すと、オージェは眉間に皺を寄せて首を捻った。


「クロトがなぜそんなことを……」

「私と腕試しがしたかったと言っていました」

「腕試し……。そなたはなぜ剣を使えるんだ?」

「魔法が使えないことを家族が心配して、護身用にと習いました」

「そうか……」


 オージェは小さく返事をすると、枕元のテーブルに置かれた魔法剣に目をやる。

 エステルの使う魔法剣は刀身の長さを自在に伸縮できる。今は短剣ほどの大きさしかない。


「その魔法剣は?」

「これは我が家の家宝です。本来は騎士である兄が持つべき剣なのですが、兄は私にと……」

「妹思いなのだな……」


 オージェの言葉にエステルは笑みを浮かべて頷く。


「魔法学院には登録してあるのですが、帯剣をしたまま宮殿で過ごしていたことは罪になりますか?」


 ふと疑問が湧いて訊ねると、オージェは首を振る。


「いや、宮殿内は帯剣が許されている。大抵の者はお飾りだが、別に女性でも禁止はしていない」

「そうですか……、良かった……」


 男性と違って女性は、騎士以外剣を持つ者などいない。特にエステルはスカートの中に隠し持っていたから、もしかして罪に問われるかと思ったのだ。だがオージェはあっさりと否定すると、魔法剣を手に取った。


「あれだけの人数に囲まれて、よくあの程度の傷で済んだな」

「クロト様が倒して下さいましたから」

「クロトか……。あいつには真意を聞かねばならないな……」

「今は宮殿にはいらっしゃらないのですか?」

「ああ。どうやら領地に戻ってしまったらしい」


 眉間に皺を寄せて溜め息をつくオージェに、エステルは少し考えてから手を差し出した。

 それに気付いたオージェが、魔法剣を返してくれる。


「陛下が来て下さって、とても嬉しかったです。あれ以上、私は戦えませんでした。本当にありがとうございました」


 エステルが心からの感謝を伝えると、オージェは表情を緩めエステルを見つめた。

 まっすぐに見つめられて、また胸がドキドキしてくる。


「いや……、助けが遅くなって、その、すまなかった……」


 オージェの謝罪に、エステルはとても驚いた。オージェの今までの言動や行動から、他人に謝ることなど絶対にしないと思っていたのだ。けれどオージェはとても素直に謝罪を口にした。


(本当は素直で優しい人なのかも……)


 居丈高で、いつもイライラとしている人だったけれど、ほんの少しだけでも違う一面が見えて、エステルは嬉しく思った。

 そうして次の日、エステルはオージェに手配してもらった馬車に乗り込み、無事に自宅に戻ったのだった。

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