第12話 野盗との戦闘
「やれやれ、困った者たちだ。エステル、君との腕試しはこの者たちを倒した後にしよう」
「ええ、分かりました」
クロトの言葉に頷いたエステルは、マリーと視線を合わせる。
「この坊ちゃん、俺たちを倒す気ですよ、お頭」
「いい度胸じゃねぇか!」
頭目が大声でそう言うと、クロトに切り掛かる。それと同時に周囲の男たちが一斉に魔法を放った。
「マリー!」
「はい!」
マリーが防御の魔法で3人を守ると、エステルが走りだす。目の前の男に一撃を食らわせると、男が叫び声を上げて倒れた。
「き、貴様!」
倒れた男を見て、他の者たちの目の色が変わる。余裕の笑みが消えて、エステルを睨み付ける。その強い視線など物ともせず、マリーの放つ魔法に合わせてエステルは攻撃を繰り出した。
(野盗みたいに見えるけど、私に用があるってどういうこと?)
一瞬クロトの仲間かと思ったが、戦っている様子から見てクロトもまったく知らない相手だろう。
実力はそれほどでもないが、それでも多勢に無勢ですぐに倒せそうにもない。ちらりとクロトを見ると、頭目の男と、明らかに手を抜いて戦っている。
「お嬢様!」
ふいにマリーの声に意識を戻すと、男の剣先が左腕を掠めた。
「くっ……」
腕から血が流れ落ちて、ドレスのスカートにポタポタと染みを作る。深手ではないが、ピリピリとした痛みが伝わってエステルは顔を顰めた。
「大丈夫ですか!? お嬢様!」
「平気よ。掠っただけ」
剣をしっかりと持ち直して答える。
「おいおい! 女を殺すんじゃねぇぞ!」
頭目ががなり声を上げると、クロトが隙をついてエステルのそばに走り寄る。
「怪我をしたのか?」
「油断しました」
「……よくないね」
クロトの声が一段低くなったと思った瞬間、周囲が燃え上がった。
数人が火に巻き込まれ叫び声を上げる。
「クロト様?」
「レディを傷つけるなんて、お仕置きが必要だな」
クロトはそう言うと、それまでとは打って変わって激しい攻撃を繰り出し、一人また一人と倒していく。
(私とも本気じゃなかったのね……)
剣の一撃で男が吹き飛ぶのを見て、エステルは苦笑する。それを見て頭目が歯をぎりぎりさせてクロトに襲い掛かる。
「誰の命令でここに来たのかな?」
「てめぇに言うわけねぇだろうが!!」
「仕方ないね」
クロトは呆れた声を出すと、頭目に向けて火の魔法を放つ。だが頭目はそれを避けることもせず、真っ直ぐに突っ込んできた。
恐ろしい声を上げて剣を大きく振り上げると、その勢いのままクロトの頭に振り下ろす。
エステルは一瞬心配したが、クロトの剣が頭目の腹を貫いているのを見て、詰めていた息を吐いた。
頭目が声もなくどさりと地面に倒れるのを、クロトは冷徹な目で見下ろす。
「さて、君たちの頭目は死んだようだけど、まだ続けるのかい?」
「くっ……、ふざけるなよ……」
まだ生き残っている男たちは怯んだ様子ではあったが、撤退する気はないようだった。
エステルとマリーを囲んでいた者たちが、クロトへとじりじりと近付いてくる。
その時、激しい馬の蹄の音が近付いてきた。
「何をしている!?」
明らかに兵士の格好をした者たちが次々に現れて、男たちは慌てふためいた。
「兵士!? なんでこんなところに!?」
「に、逃げろ!」
バラバラと散り散りにその場から走り出した男たちを追って、兵士たちが剣を抜き追い掛ける。
「兵士? 助かった……」
エステルは安堵して大きく息を吐いた。
もう体力の限界が近く、足がガクガクしている。もう少し戦っていれば、危なかっただろう。
立っていられずその場に膝をつこうとすると、ふと背後に気配を感じた。
必死の形相で男が剣を振り上げている。エステルは完全に油断していた自分を呪いながら、どうにか剣を避けようと体勢を崩すように前に倒れた。
「エステル!!」
その時、剣がぶつかる激しい音が耳のそばで聞こえた。
「大丈夫か!?」
「陛下……?」
地面に倒れたまま首を巡らせると、そこにいたのはオージェだった。
雷撃を纏った白銀の美しい剣を一閃させると、目の前の男を切り伏せる。
(嘘……、なんでここに……?)
「怪我をしたのか!?」
「あ、いえ……、これは……」
オージェは男を倒すと、その場に膝をついてエステルを抱き起こしてくれる。
「陛下! 全員倒しました!」
「逃げているやつがいないか、周囲を探れ! 倒れている者で息がある者は縛り上げろ!」
兵士に的確に指示を出すと、オージェはまたエステルに目を向けた。
「酷い傷だ……」
「平気です。もう血も止まっています」
ドレスの左側が血塗れではあるが、それほどの傷ではない。
オージェは無言でシャツの袖を引きちぎると、エステルの腕に巻き付けた。
「へ、陛下! 大丈夫ですから……」
「平気なわけがないだろうが……」
オージェはそう言うと、心配そうに腕を見つめる。
その顔を見て、エステルはこんな時なのに、いつもとは違うオージェの表情に目が離せなかった。
(いつも険しい表情ばかりだったから、なんだか新鮮だわ……)
「陛下。どうやらこれで全員のようです」
「分かった……。侍女の娘も無事だな」
「はい」
「エステル、こ奴らを二人だけで倒したのか?」
「いえ……」
エステルはそういえばクロトはどこに行ったのかと、視線を巡らせる。
兵士たちがうろついているが、その中にクロトの姿はない。
「あれ……、いない……?」
「まぁ、いい。説明は後で聞く。まずは怪我を治療しなくては」
「だ、大丈夫ですから!」
これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないと、エステルは立ち上がろうとしたが足に力が入らない。
するとオージェがエステルを抱き上げた。
(う、嘘……!?)
あまりの驚きに硬直してしまう。
オージェはまっすぐ前を向いたまま歩くと、乗り捨てられたままだった馬車にエステルを乗せた。
「宮殿に着くまで安静にしていろ」
穏やかな声でそう言うと、オージェは微かに口元を緩めた。
その顔にエステルは今度こそ目を奪われたのだった。




