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第1話 皇太后からの呼び出し

新しいお話です! よろしくお願いします!

 エステル・オーベリンの何十回目かのお見合いが失敗したのは、夏の盛りの頃だった。


「エステル……、またお断りの手紙が来たわ……」

「そう……。ごめんなさい、お母様……」

「あなたが謝ることじゃないわ……」


 母はそう言いながら溜め息を吐く。読んでいた手紙を置くと、心を落ち着かせるようにお茶を一口飲んだ。


「今度こそはと思ったのだけど……」

「仕方ないわ……。私は魔法が使えないのだもの。貴族で、いいえ、平民でさえ、受け入れてくれる人はいないと思うわ……」


 エステルは無理に笑ってみせたが、隣に座る兄アランは顔を曇らせ首を振った。


「そんなことを言うな、エステル。お前のことをちゃんと見てくれる人が、必ずどこかにいるはずだ」

「お兄様……」


 アランの言葉にエステルは頷くことができず下を向いた。

 エステルが住むベルダ帝国は、誰もが魔法を使える。生活に魔法が根付いていて、魔法が使えなければ何もできない。身分が高ければ高いほど魔力は大きくなり、魔法が使えない者などいないに等しい。そのためお見合い相手の釣書には、どの程度の魔法が使えるかが書かれているほどだ。

 エステルは子爵令嬢ではあるが、まったく魔法が使えない。そのため年頃を過ぎて24歳になった今も、嫁ぎ先が見つからず落胆の日々が続いている。


「エステルは器量が悪い訳じゃない。柔らかい金の髪も、琥珀色の瞳も、十分に美しい。派手ではないが控えめな小花のような奥ゆかしさがある。なぜ皆そこに気付かないんだ」

「お兄様ったら、それは身内の欲目というものよ。金の髪といったって、こんな褪せたような髪色、殿方はあまり好きではないでしょう。それに見目が良かったとしても、やっぱり魔法が使えない女性なんて、結婚できるわけないわ」

「魔法が使えなくて、それがなんだっていうんだ……」

「アラン、親が魔法を使えなければ、生まれてくる子供も同じように魔法が使えないかもしれない。貴族にとってそれだけは避けなければならないことくらい分かっているでしょう?」

「それはそうですが……」


 自分以上に落ち込んでいるように見えるアランに、エステルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。父はすでに他界し、この子爵家はアランが家督を継いでいる。爵位があるとはいえそれほど裕福でもない我が家は、アランが騎士として働いている給金でやりくりしている。そんな中で、いつまでも結婚できず、家に居座る自分が大きな負担になっているのは分かっている。


「さすがにもう初婚の方を探すのは無理かしらね……」

「母上、まさか後添いなんて言うんじゃないでしょうね?」

「もう跡継ぎがいるご家庭なら、もしかしたら……」

「やめて下さい! エステルには私が必ず良い相手を探しますから!」


 エステルは口を出すこともできず、二人が話しているのを聞いていると、居間に侍女のマリーが入ってきた。

 慌てた様子でアランに近付くと、持っていた手紙を差し出した。


「失礼致します! 旦那様、宮殿から使いの者がこれを……」

「宮殿から?」


 アランは驚いて手紙の封を切ると、中を見て目を見開いた。


「皇太后様からエステル宛だ……」

「私!?」


 アランの仕事関係かと思っていたエステルはまさか自分とは思わず、声を跳ね上げる。


「皇太后様って……、どういうこと?」

「今すぐに宮殿に来るようにと……」


 そう言って手紙を差し出すので、エステルはおずおずと受け取ると中身を確認する。

 手紙には確かに自分の名前があって、宮殿へ来るようにと書いてある。文章の最後には皇太后のサインがあり、偽物ではないように見えた。


「な、なんで? 舞踏会じゃないわよね? なんで皇太后様が直接私を呼ぶの!?」

「分からない……。とにかく、今すぐに来るようにと書いてあるということは、急ぎの用なんじゃ……」

「私に急ぎの用ってなに!?」

「と、とにかく! マリー! 一番上等なドレスを出して!」

「わ、分かりました!」


 マリーが慌ててバタバタと居間を出て行く。母は立ち上がるとエステルの腕を引っ張った。


「エステル! 急ぎなさい!」

「は、はい!」


 何がなんだか分からなかったが、エステルは急いで支度をすると迎えの馬車に飛び乗った。



◇◇◇



 エステルは通された宮殿の廊下のあまりの美しさに、ぽかんと口を開けて立ち尽くした。


(なんて豪華絢爛なの……)


 今まで宮殿には数回しか来たことがない。宮殿で行われる舞踏会に招待されることは稀で、一年に一回開催される皇太后主催の大規模な舞踏会に辛うじて滑り込める程度だった。

 その時は、舞踏会のあまりの人数の多さと、華やかな雰囲気に気圧されて、宮殿全体を見る余裕などなかった。


「どうなさいましたか?」


 足を止めて天井の絵画を見上げていたエステルに気付き、案内の男性が振り返る。

 エステルはハッとして男性に駆け寄った。


「ご、ごめんなさい」

「どうぞ、こちらです」


 男性は柔和な笑顔でそう言うと、また歩きだす。

 宮殿の奥に進むにしたがって、緊張が増してくる。すでに舞踏会では入れない区域に入っている。

 エステルはキョロキョロと周囲を見ながら進むと、ついに男性は大きな扉の前で足を止めた。


「エステル・オーベリン子爵令嬢をお連れ致しました」


 男性が扉の前に立つ騎士に告げると、騎士が同じ言葉を扉に向かって言う。すると中から「入れ」と返事がして扉が開いた。

 エステルはあまりの緊張に吐き気を覚えながらも、勇気を出して室内に入ったが、数歩歩いただけで足を止めてしまった。

 正面に大きなイスが二つあり、片方には皇太后、そして正面には皇帝が座っていたのだ。


(こ、皇帝陛下がいる……!)


 皇太后だけでも会うことに緊張していたのに、まさか皇帝までいるとは思わず、エステルは固まってしまう。


「エステル様、どうぞ玉座の前までお進み下さい」


 案内をしてくれた男性が、背後から小さな声で助言してくれる。エステルはコクコクと言葉もなく頷くと、どうにか足を前へ出した。

 二人の座る場所は数段高い場所にあり、エステルはその手前までぎこちなく進むと、下を向いたまま足を止めた。


「エステル・オーベリン、で、ございます。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」


 深く腰を落とし震える声で挨拶をする。


「あなたがエステルね。顔を上げてちょうだい」

「は、はい……」


 元の姿勢に戻り、話し掛けられた皇太后にゆっくりと顔を向ける。

 皇太后は銀髪に緑色の瞳を持つ美貌の人で、まもなく40歳とは思えないほど若く見える。思わずじっと見てしまうと、刺すような強い視線とぶつかって、エステルは慌ててまた視線を下げた。


「突然呼び出されて驚いたでしょう。どうしてもあなたに会いたくてね」

「わ、わたくしに……、なぜ……」

「エステル。こちらに」

「え?」


 意味が分からず声を漏らすと、皇太后は持っていた扇で手招きする。

 エステルはどうしようかと思いながら、3歩ほど前に出た。


「段を上がって陛下の前へ来なさい」

「お、恐れ多いことで……」

「いいのよ。さ、遠慮しないで」


(ど、どういうこと!?)


 皇太后の意図が分からずうろたえていると、皇太后はにこりと笑ってまた手招きする。

 エステルは意を決して段を上ると、恐る恐る皇帝の前に立った。


「こ、皇太后様、あの……」

「エステル、陛下の手に触れてみて」

「え!? そ、それはどういう……」


 動揺してしまいつい皇帝の顔を見てしまうと、まっすぐ目が合った。

 間近で見た皇帝は皇太后にそっくりな銀髪に、氷のような瞳がとても美しかった。今年20歳になったばかりの若き皇帝を、エステルはこの時初めて近くで見た。

 皇帝は眉をひそめてエステルを睨むと、大きな溜め息をついた。


「母上、私はまだ了承していませんよ」

「そんなこと言わないで、オージェ。さぁ、エステル。陛下の手に触れてみなさい」


 エステルはもう皇太后の言う通りにするしかないと覚悟を決めると、おずおずと手を差し出しそっと皇帝―オージェ―の手の甲に指先を触れた。


「エステル、何ともないの?」

「え? は、はい。何とも、と言いますと?」


 皇太后はなぜかとても嬉しそうに笑うと、扇を振った。

 それが『下がれ』ということだと理解したエステルは、慌てて段を下りる。


「やはり、調べさせた通り、この娘はあなたに触れても何ともないわ」

「母上、ですから私は、」

「いいえ。あなたはもう20歳なのよ? もう母は待てません」


 そう言うと、皇太后は立ち上がりエステルを見下ろした。


「エステル・オーベリン。あなたに皇帝の妻、皇后になることを命じます」

「え……!?」


 皇太后の言葉に、エステルは間抜けな声を上げると、オージェの顔を見つめたのだった。

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