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第8話

 ファッジ様は口数が少ない人だ。彼の言葉をそのまま書いても状況が伝わりにくい。なのでこれは、わたしが想像で補った話だと前置きしておく。


 わたしと別れたファッジ様は、騎士寮へ向かった。

 当初の予定では「騎士団長に会いに来た」と寮の中へ入り、団長の部屋まで行き、カギを使ってこっそり入る計画だった。

 その作戦に、わたしはひとつ改善案を出した。「騎士団長に預けた書類の回収に来た」ということにするのだ。ビスケットからカギを預かったことにすれば「許可は得ているのだろう」と思ってくれる。部屋を漁っても疑われない。


 騎士寮の表口から中へ入る。守衛などはいない。騎士たちとは何人もすれ違ったと思うが、誰も呼び止めたりしなかっただろう。ファッジ様は無口だし、ただの騎士が気安く話しかけられる相手ではないのだ。「なにか用事があるのだろう」と勝手に納得したはずだ。

 なにごともなく団長室の前までは来ることができた。ここまでは予定通り。起こりそうなトラブルはあらかじめ予想して、どう対処するか考えてある。

 ところが、ここで想定外のトラブルが発生してしまった。

 団長室の扉の前に、うずくまっている女がいる。こんなこと、さすがに予想できない。


「具合でも悪いのか?」


 ファッジ様なら、たぶんこんな感じで話しかけただろう。

 女が顔をあげる。女騎士のエクレア様だった。


「すいません。剣士長どの。団長でしたら、今は留守にしています」


 エクレア様は立ち上がったが、扉の前から動こうとしない。これでは中へ入れない。

 怪しまれているのだろうか?

 いや、彼女も団長をたずねてきたのだろう。扉を叩いても無駄だと知っているから道を開けなかっただけだ。


「留守なのは知っている。騎士団長に預けた書類の回収に来た」


 そう言ってカギを見せる。

 エクレア様が扉の前からどいた。

 作戦は上手くいったが、エクレア様のおかしな様子が気になった。


「何かあったのか?」


 もう一度たずねた。ファッジ様らしい態度だ。わたしが体調を崩しているときも、よく心配してくれる。無口なだけで冷血漢ではないのだ。

 女騎士は何か言おうとしたが、思いとどまり「問題ありません」と気丈な態度で答えた。

 問題ないなら、何なんだ?

 あきらかに問題があるようにしか見えない。こちらの目的がバレているとか、疑われているとは思えない。

 なら体調が悪いのか? はたまた他の理由だろうか?

 しかし、今は重要な作戦を遂行中だ。時間はあまりない。エクレア様を廊下に残して、部屋の中へ入った。その間もずっと、エクレア様はこちらを見ている。あきらかに変だ。扉をしめる。

 扉ごしに、まだエクレア様の視線を感じる。少し待ってみたが、彼女が動いた気配がない。まだすぐそこに居る。

 あまり派手に探しものをすると、その物音を聞かれてしまう。

 内側からカギをかけるか? かえって怪しまれるか?

 なぜ扉の前を動かないのだ?

 しかし迷っている暇はない。ひとまず机の周りから探してみよう。引き出しに手をかけた瞬間に、コンコンと扉がノックされた。


「少し待ってくれ」


 そう答えたが、扉が開けられた。

 エクレア様が入室してくる。


「剣士長どの。折り入って聞いてもらいたい話があるのです」


 そう言って部屋のカギをかけた。

 どういうことだ?

 迷っていると、エクレア様はおずおずと近寄ってきた。

 嫌な予感がするが、こちらから攻撃するわけにもいかない。少し後退する。

 さらに近寄ってくる。背後は壁だ。完全に追いつめられてしまった。

 息がかかるくらいの距離まで接近すると、女騎士は耳元で「ファッジ様」と囁いた。自分の服の中に手を入れまさぐる。

 そして一通の手紙を取り出した。


「さきほど、ビスケット様から渡された手紙です」


 その手紙の内容こそが、エクレア様の苦悩の原因だったのだ。

 ここで回想は終わり。舞台はオペラ様の屋敷にもどる。


「これがその手紙だ」


 ファッジ様から手紙を受けとった。

 わたしは「失礼します」とことわりをいれてから、手紙を開いた。

 ざっと目を通す。内容はエクレア様にかけられた死神剣士の疑惑と、軍司令への昇進の話であった。


「わたしはキミを死神剣士だと疑っているわけではないが、そう疑う人間が大勢いることが問題なのだ。潔白の証明が難しいことも理解している。かといって疑惑のあるものを軍司令にするという判断は、軍団長の立場ではできない」


 ファッジ様から「もっと先だ」といわれ、便箋をめくった。


「だからこそ、わたしはキミに提案がある。わたしたち二人の関係を深めるため、一夜の寝床をともするというはどうだろうか。わたしとキミの間に立つ壁を取り払い、心と身体の結びつきを深める時間だ。これは下心からの提案ではない。命をかけて戦う騎士の世界は、心の結びつきが必要不可欠なのだ。男の騎士たちとは当たり前に寝食をともにしている。つれだって便所にもいく。つねに絆を深め合っている。しかしキミは女だ。これまでは性別という壁が邪魔をしていたが、これはチャンスにもなると思うのだ。つまり女だからこそ、わたしの全てを受け入れ、深く結びつき信頼しあうことができる。もちろん強制はしない。キミがひとりで出した結論なら、わたしは無条件で尊重しよう。返事は急がない。来週まで良く考えてほしい」


 そのときドカンと大きな音がしてテーブルが揺れた。

 国王陛下が拳を打ちつけたようだ。


「ビスケットめ。騎士団の旗に泥を塗ったか」


 苦々しく言うと立ち上がった。


「どうするつもりです?」

「生かしてはおけん」


 オペラ様の質問にそう答えると、足早に屋敷を出た。

 わたしたちも追いかける。


「騎士団長を呼べ! 火急の用件で王が待つと伝えよ! 場所は礼拝堂だ。近衛を集めよ!」

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