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第7話

 夜がやってきた。わたしがどんな気持ちだろうと、夜はいつもと同じ顔でやってくる。

 ミルクには「友達と一緒に食べなさい」とお弁当を持たせてやった。フルーツのサンドイッチだ。少しの時間稼ぎ。最後の悪あがき。もう、それくらいしかできない。


 ミルクが出たあとで、少し時間をあけてファッジ様と一緒に館を出た。それぞれ行き先は違う。

 ファッジ様は騎士寮へ。

 わたしはオペラ様のところへ、暗殺を待ってほしいと告げに行くのだ。

 足早に城の裏手の塔へ向かう。オペラ様の屋敷の前に、近衛兵が二人立っている。どういうことだ?


「オペラ様、トフィーです。お話しがあって参りました」


 外から叫ぶと、扉が開いてオペラ様があらわれる。


「入りなさい」


 微動だにしない近衛兵の間を通って、室内へと入る。


「お義兄にい様が来ています。失礼のないように」


 オペラ様が囁いた。

 義兄とは国王陛下のことだ。オペラ様はもともと国王陛下の弟君と結婚していたらしい。王弟殿下は病気で早くに亡くなったが、魔術師の仕事には王家とのつながりが必要になる。それで第二王妃となったのだが、昔のくせが抜けないのか陛下を兄と呼ぶことがある。

 いつものテーブルに国王陛下が座っている。こんなに近くで見るのは初めてだ。目鼻立ちがファッジ様に似ている。


「国王陛下。お初にお目にかかります。わたくし剣士長の館で召使いをしています。トフィーと申します」


 スカートの裾を持ち上げ礼をする。


「なるほど、トフィーか。良く知ってるよ。妻と息子から聞いている。堅苦しいのはやめにしよう。今日は王としてここにいるわけじゃない」


 そう言うと、懐からドクロのマスクを取り出した。


「死神剣士!」

「誰ひとり、正体がワシだとは気づかなかったな」


 驚愕の告白だが、タネ明かしをされた瞬間にすべてが繋がった。


「もしかして変身の丸薬ですか?!」

「その通り。仮面はブラフだ」


 そうだ、仮面があったせいで、間違った方向に推理を誘導されてしまったのだ。ルックスを無視して考えれば、国王陛下は候補の上位になっただろう。

 たとえば国王陛下は近衛兵にガードされている。それを素人が突破して直訴に成功するなんて、そもそも不自然なのだ。陛下の護衛にミスがあれば、誰かしら処分されるはずなのに、それもなかった。わざと素通しして、話を聞いてやったに違いない。

 正体を隠す必要があるのは要職や貴人、つまり偉い人だ。この国で一番偉い人が誰か、言うまでもない。

 それに国王陛下はファッジ様の剣の師匠でもある。強くて当たり前だ。


「つまり騎士団長に死神剣士の討伐を命令したのは……」


 国王陛下が「ほう」と目を細める。


「ラミントンの言う通り、頭の良い娘だな」


 死神剣士の討伐は暗殺の布石だ。

 おそらくビスケットを城に呼び出して「死神剣士を発見した」「古井戸のあたりに追いつめた」などと言って、近衛と一緒に追いかけさせる。死神剣士と戦っている最中に、後ろからブスリ。刺客は近衛兵だ。

 死神剣士と戦って死んだなら名誉の戦死になる。「生け捕りにしろ」と命令しておけば、国王みずから囮になっても安全だ。

 よくできた作戦だ。

 って、こうしてはいられない。その作戦を待ってもらわないと。


「国王陛下。お願いがございます」

「なんだ? いや待て、当ててみせよう。トフィーはオペラの手伝いを熱心にやっているとラミントンから聞いている。うん。わかった。ファッジのメイドをやめて、オペラの助手になりたいのだろう? ちがうか?」


 陛下があごヒゲを触りながらそう言うと、オペラ様が「義兄にいさん!」と叱った。


「ミズ・トフィー。あなたが良ければ、また仕事の手伝いをお願いしようと話していただけです。魔術師にしようという話ではありません。早とちりしないように」


 わたしがオペラ様の助手?

 興味深い話だが、ファッジ様のメイドはつづけたい。今はひとまず考えない。


「お願いしたいのは騎士団長のことです。作戦を少し待ってください。いまファッジ様が騎士寮の団長室に潜入して証拠を探しています。最後のチャンスをください」


 オペラ様が目を丸くしてこちらを見た。予想外だったのだろう。

 逆に国王陛下は平然としている。


「かまわんよ。証拠が手に入るなら、ビスケットを殺さずにすむ」

「あの男が改心するとは思えません」


 陛下とオペラ様の意見がわれた。

 そして、ふたりの言い合いがはじまってしまった。


「改心させずとも良いのだ。ビスケットには国のために働いてもらう。これまで以上にな。不義の証拠を握っていれば、逆らうことはない」

「その条件を飲ませるには、秘密が守られる必要があります。騎士団長はワッフルとミルクを殺せと言うはずです」

「そこは魔術でなんとかならんのか? ようするにビスケットを納得させる、口封じのアイデアがあれば良いのだ」

「ビスケットが殺せと要求するのは、こちらを共犯関係にするためです。お互いに弱味を握って、裏切れない関係でなければ、手を組んだりしません」


 ビスケットの弱味を握るという国王陛下の作戦は、なかなか名案に思える。誰も殺さずに、平穏に事件をおさめられるかもしれない。

 しかしオペラ様の話を聞いていると、そんなに上手くはいかない気もしてくる。

 どちらが相手を説得するのか、そう思って聞いていると、外から声がした。


「剣士長様がまいられました!」


 陛下とオペラ様は話すのをやめた。ファッジ様の結果によっては、議論の意味がなくなるからだ。

 話し声が消えた部屋は、少女が眠るガラスの棺のようだった。

 時計の秒針の音が聞こえる。

 静かに扉を開閉する音。

 そして規則正しい足音。

 わたしは部屋の入口の方へ向きなおった。

 扉が開いてファッジ様があらわれる。


「すまないトフィー。捜索は失敗した」

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