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第6話

 それから数日。わたしたちの日常に変化がおきた。「騎士寮の手伝いは不要となった」とファッジ様が告げたのだ。

 メイドたちは安堵しつつも、理由がわからず困惑もしていた。

 そしてさらに翌日。


「今日の午後にビスケット様がここに来ることになった。ショートケーキ様もご一緒だ。もてなしは不要と言われている」


 ファッジ様からそう聞かされた。

 ショートケーキ様とビスケットが、いったい何の用件だろう?

 ファッジ様と話があるなら、城で一緒になった時に済ませれば良い。ここに訪ねてくるのは初めてのことだ。

 もてなしは不要という話だが、社交辞令の可能性もある。簡単なお茶の準備だけして待つことにした。

 ところが、ビスケット夫妻は応接間への案内をことわると、手のあいているメイドを食堂に集めてくれと言ったのだ。


「まず、このたびの協力に感謝を伝えたい。本当にありがとう。それから、騎士の頼みをメイドが聞くのは当然であるという態度と、それによって過度の負担をしいたことを謝罪したい。大変もうしわけなかった」


 ビスケットのスピーチは意外すぎる内容で、メイドたちを困惑させた。

 わたしだって混乱していた。たしかに礼節は騎士の矜持だが、彼らは貴族であり兵士だ。平民の女なんか、同じ人間とは思っていない。有事には命がけで戦ってくれるのだから、それくらいは仕方ないと思っていた。


「それもこれも、騎士団だけで祝宴を仕切ろうとしたのが失敗だった。祝宴は王太子夫妻が後援につき、商人組合から人材と資金の援助を受けることになった。これは貴族と騎士と平民の協力を目指すという方針で、君たちの仕事に不満があったわけではないので安心してもらいたい。本当に感謝している」


 ビスケットがショートケーキ様を見た。

 ショートケーキ様は夫が喋っている間、ずっとその顔を見ていた。その満ち足りた横顔、水晶のように澄んだ瞳。まるで絵画の中の聖女のようだった。

 わたしは思わず拍手していた。それに続いてほかのメイドたちも拍手する。

 美しい光景だった。

 ほとんどすべてショートケーキ様のアイデアだろう。本当に素晴らしい人だと思う。そして妻のアイデアを素直に聞き入れるビスケットも素晴らしい人だと思えた。

 理想の夫婦だ。

 ビスケットの裏の顔を知っていても、なお理想の夫婦にしか見えない。

 わたしは感情がぐちゃぐちゃなって、泣きそうになってしまった。


 スピーチを終えたビスケットは、メイドたち全員に豪華な焼菓子を配った。なんでも祝宴で配る物の試作品らしい。

 それからショートケーキ様はわたしを呼ぶと、珍しいペンダントを取り出した。船のいかりの形をした銀のペンダントだ。


「お礼をすると言ったでしょ? これは伯父からいただいたもので、船の錨は『人知れず働く者』の象徴なんですって。わたしより、あなたに相応しいわ」

「わたしなんか、そんな、いただけません。恐れ多いです」


 わたしが遠慮するとショートケーキ様は笑って、こう言った。


「そうかしら? あなたより相応しい人がいる? じゃあもし、あなた以上に『人知れず働く者』を知っていたら、その人にあげてちょうだい」


 わたしの手にペンダントを握らせた。

 あんまりことわるのも失礼かと思い、深い感謝をつたえて受けとった。


 二人が帰ったあとも、わたしは動けずにいた。

 わからない。

 オペラ様は「ビスケットが不貞をはたらく理由を知らなければ、旦那に浮気される」と言った。

 理由さえわかれば、悲劇を回避できるというのだろうか?

 こんなに完璧な女性なのに、それでも裏切られる。

 そして最愛の夫を失う。

 たしかに、わたしは人知れず働いていた。ショートケーキ様の夫を殺す。その手伝いをしていたのだ。


「大丈夫か?」


 顔をあげる。

 ファッジ様だった。

 わたしは泣いていたようだ。


「泣くな。まだ終わってない」


 まだ終わってない?


「今夜、騎士団長がミルクと会っている間に、騎士寮の部屋に忍び込んで証拠を探す」


 無理だ。騎士寮には大勢の騎士がいる。夜遅くまで、明かりが消えることはない。


「オレなら正面から堂々と入れる。騎士団長に会いに来たと言えばいい」


 団長の部屋には鍵がかかってる。


「鍵ならある。騎士寮のマスターキーは城にある。父上の部屋だ。くすねてきた」


 部屋を漁れば、騎士団長は異変に気がつく。


「騎士団長はもう部屋に帰らない」


 もう帰らない。

 つまり今夜、騎士団長は暗殺される。

 これが本当のラストチャンスだ。

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