最終話
あの夜から一週間くらいが過ぎた。
ビスケットは地下牢に投獄され、国王陛下とオペラ様に断罪された。
表向きには「死神剣士に殺された」ということになった。
騎士団長ビスケットは名誉の戦死。ショートケーキ様の名誉は守られた。そしてミルクとワッフルにだけ「不義の天罰は必ずくだる」と釘がさされた。つまり、もともとオペラ様の計画していた通りの展開だ。
予定されていた祝宴は、そのまま国葬に変更された。遺体は死神剣士が持ち去ったことになっている。英雄の棺には、折れた剣とマントだけがおさめられていた。
そして、ビスケット本人にくだされた処罰はというと、なかなかに過酷なものだった。
まず二度と過ちをおかせないよう、男性としての機能が奪われた。古い魔術の薬によるもので、オペラ様が用意したらしい。男の身体の仕組みはよくわからないが「もう一生立たない」と聞かされている。
それから顔を変え、まったくの別人にされる。これも変身魔術の応用だ。
別人となって、北の岬の修道院で残りの人生を過ごす。神への祈りと、過酷な労働と、厳しい冬。それだけが繰り返される場所だ。そこで一生懺悔を続ける。
そして国王陛下の命令があれば、危険な任務を遂行するエージェントにもなる。
こんなに重い贖罪をビスケットが受け入れたのは、意外な理由があった。
それはあるひとつの条件が、彼にとっては罰ではなかったからだ。
「修道院で懺悔を続けると約束するなら、あなたの男性としての機能を取り除いてあげましょう」
オペラ様がそう提案すると、ビスケットは涙を流して感謝したらしい。
「ありがとう。やっと本当の自分に戻れる」
抑えきれない性欲という自分の中の獣。それに最も苦しめられたのは、彼自身だったのかもしれない。
それから、わたしは一度だけ、修道院に旅立つ前のビスケットと面会した。どうしても話したいことがあると、彼から面会を希望されたのだ。
地下牢の鉄格子の中にいるビスケットは、すでに別人みたいに見えた。まだ顔は変えていないらしいが、ギラギラと強気な印象は消えていた。
「あなたにお願いがあるのです。今すぐという話ではなく、何年か後でかまいません。わたしが罪を償って、新しい人生を歩んでいると感じたら、アレをいただきたいのです」
喋り方まで別人のようだ。
「アレというのは?」
「妻から受けとられた、船の錨のペンダントです。人知れず働く者。あのペンダントに相応しい人間になれたらと、今はそれだけを考えています」
この男は本当にショートケーキ様を愛していたのだ。そう思うと胸が熱くなった。
わたしは「かならず」と答えた。
ちなみに、この約束が果たされたのは、それから5年後のこと。北の街道に凄腕のレンジャーがいるという噂話が聞こえてきたのだ。そのレンジャーは槍一本でグリフォンを倒し、旅人たちを救ったのだという。彼は名前をたずねられると「誰でもない」と答えた。けして名乗ろうとしないのだと。
もしかしてと思い、わたしは北の岬へ向かったのだが……
この話は長くなるので、またの機会にさせてもらおう。
もう少しだけ、わたし自身の後日談につきあってもらいたい。
今回の事件でわたしが得た教訓は三つある。
ひとつめは手紙だ。直接では話しにくいことでも、手紙なら相手に伝えられる。
「毎日会っている相手から、急に手紙をわたされたら驚くかな?」
そうフェンネルに聞いてみた。
「わからない。経験がない」
「想像で答えて。たとえばわたしが手紙をわたしたら?」
「……かなり、嬉しいと思う」
そこでわたしはファッジ様に手紙を書いてみた。恥ずかしいので文面は秘密にさせてもらう。
今では文通のようなことをしている。仲の良かった子供の頃に戻ったみたいに感じる。もちろん表向きは主とメイドとして過ごしているが、わたしだけが本当のファッジを知っていると思うようになった。
そしてふたつめの教訓は、自分の気持ちを偽らないことだ。
あれからオペラ様の手伝いを続けている。勉強すること。本を読むこと。新しいことを知って、自分で考えて行動すること。そういうことが楽しい。もっと挑戦したいと思っている。自分の気持ちに気づいてしまったのだ。
そこでオペラ様に頼みこんで、本格的に魔術師の見習いにしてもらうことにした。
ファッジ様のメイドでいられるのは本当に嬉しいし、不満はまったくない。けれど自分の気持ちを無視していたら、いつか爆発してしまう。道を踏み外してしまうかもしれない。あのビスケットのように。
「オペラ様が『理由を考えなさい』と言ったのは、こういうことですよね?」
自信のある答えだったが、オペラ様は首をかしげた。
「そういう解釈をしましたか。それも間違いではないですが…… いいでしょう。合格とします。あなたをわたくしの弟子にしましょう。ただし、ファッジ王子とよく話し合って、許可を得るのが条件ですよ。もちろん国王陛下とラミントン王妃への報告も忘れないこと」
「わかりました! さっそく話してきます!」
しかし、すぐに呼び止められる。
「お待ちなさいトフィー。ひとつだけ助言を与えます。手紙も良いですが、こういう大切なことは顔を見て、直接話すのです。良いですね」
「はい!」
ここからは思い出すのも恥ずかしいので、かいつまんで報告させてもらう。
わたしが「オペラ様の弟子になる」と告げると、ファッジ様はこう言った。
「魔術師になるというのは、オレと結婚することになるが、それは大丈夫か?」
そうか。魔術師は王族と結婚する。その相手はファッジ様になるのか。
国王陛下から「魔術師になりたいか?」と聞かれていたので、かえって思いつかなかった。あれは「ファッジ様と結婚したいか?」という意味だったのか?
もちろん結婚したい。しかし、そんなことを望んで良い相手じゃない。ファッジ様はこの国の王子で一番の剣士。そして剣士長という役職にもついている。平民のメイドとは身分が違いすぎるのだ。
「それは構わない。オレが未婚なのは魔術師と結婚するため。これも王族の役割だ。その相手がトフィーなら、悪くはない」
王族の役割なら、ファッジ様の気持ちはどうなるの?
「オレが強く望むか、強く拒否すればトフィーは逆らえない。無理に結婚を迫りたくはない。やりたい仕事があるなら邪魔もしたくない。男としては情けないかもしれないが、オレから気持ちを伝えることはできない。トフィーが決めてくれ」
そう言われて、わたしは泣いてしまった。
今のわたしには、ファッジ様の性格が昔のままだとわかっている。ずっと深い愛情で接してくれていた。だからこそ、わざと無関心な態度でいたのだと。
わたしは勇気をだして、自分の気持ちを伝えることにした。
さすがに言葉の内容は伏せさせてもらう。他人に知られるのは恥ずかしいというのもあるけれど、これは二人だけの思い出なのだ。
さて、最後の教訓はもちろんこれだ。
返せないほど大きな恩に報いる方法は、勉強することしかないということ。
わたしとファッジ様の結婚を認めてくれた国王陛下。婚約を報告すると、泣きながら祝福してくれたラミントン様。それから良き師匠であるオペラ様。もちろんファッジ様にも。
わたしには返せないほど大きな恩がいくつもある。この恩に報いるには、わたし自身が良い魔術師になるしかない。
というわけで、この話はここでいったん終わりにさせてもらう。続きはいずれまた。
オペラ様の弟子になったわたしは、おかしな事件にたくさん出会っているのだ。




