表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

最終話

 あの夜から一週間くらいが過ぎた。

 ビスケットは地下牢に投獄され、国王陛下とオペラ様に断罪された。

 表向きには「死神剣士に殺された」ということになった。

 騎士団長ビスケットは名誉の戦死。ショートケーキ様の名誉は守られた。そしてミルクとワッフルにだけ「不義の天罰は必ずくだる」と釘がさされた。つまり、もともとオペラ様の計画していた通りの展開だ。

 予定されていた祝宴は、そのまま国葬に変更された。遺体は死神剣士が持ち去ったことになっている。英雄の棺には、折れた剣とマントだけがおさめられていた。


 そして、ビスケット本人にくだされた処罰はというと、なかなかに過酷なものだった。

 まず二度と過ちをおかせないよう、男性としての機能が奪われた。古い魔術の薬によるもので、オペラ様が用意したらしい。男の身体の仕組みはよくわからないが「もう一生立たない」と聞かされている。

 それから顔を変え、まったくの別人にされる。これも変身魔術の応用だ。

 別人となって、北の岬の修道院で残りの人生を過ごす。神への祈りと、過酷な労働と、厳しい冬。それだけが繰り返される場所だ。そこで一生懺悔を続ける。

 そして国王陛下の命令があれば、危険な任務を遂行するエージェントにもなる。


 こんなに重い贖罪をビスケットが受け入れたのは、意外な理由があった。

 それはあるひとつの条件が、彼にとっては罰ではなかったからだ。


「修道院で懺悔を続けると約束するなら、あなたの男性としての機能を取り除いてあげましょう」


 オペラ様がそう提案すると、ビスケットは涙を流して感謝したらしい。


「ありがとう。やっと本当の自分に戻れる」


 抑えきれない性欲という自分の中の獣。それに最も苦しめられたのは、彼自身だったのかもしれない。


 それから、わたしは一度だけ、修道院に旅立つ前のビスケットと面会した。どうしても話したいことがあると、彼から面会を希望されたのだ。

 地下牢の鉄格子の中にいるビスケットは、すでに別人みたいに見えた。まだ顔は変えていないらしいが、ギラギラと強気な印象は消えていた。


「あなたにお願いがあるのです。今すぐという話ではなく、何年か後でかまいません。わたしが罪を償って、新しい人生を歩んでいると感じたら、アレをいただきたいのです」


 喋り方まで別人のようだ。


「アレというのは?」

「妻から受けとられた、船のいかりのペンダントです。人知れず働く者。あのペンダントに相応しい人間になれたらと、今はそれだけを考えています」


 この男は本当にショートケーキ様を愛していたのだ。そう思うと胸が熱くなった。

 わたしは「かならず」と答えた。

 ちなみに、この約束が果たされたのは、それから5年後のこと。北の街道に凄腕のレンジャーがいるという噂話が聞こえてきたのだ。そのレンジャーは槍一本でグリフォンを倒し、旅人たちを救ったのだという。彼は名前をたずねられると「誰でもない」と答えた。けして名乗ろうとしないのだと。

 もしかしてと思い、わたしは北の岬へ向かったのだが……

 この話は長くなるので、またの機会にさせてもらおう。

 もう少しだけ、わたし自身の後日談につきあってもらいたい。


 今回の事件でわたしが得た教訓は三つある。

 ひとつめは手紙だ。直接では話しにくいことでも、手紙なら相手に伝えられる。


「毎日会っている相手から、急に手紙をわたされたら驚くかな?」


 そうフェンネルに聞いてみた。


「わからない。経験がない」

「想像で答えて。たとえばわたしが手紙をわたしたら?」

「……かなり、嬉しいと思う」


 そこでわたしはファッジ様に手紙を書いてみた。恥ずかしいので文面は秘密にさせてもらう。

 今では文通のようなことをしている。仲の良かった子供の頃に戻ったみたいに感じる。もちろん表向きはあるじとメイドとして過ごしているが、わたしだけが本当のファッジを知っていると思うようになった。


 そしてふたつめの教訓は、自分の気持ちを偽らないことだ。

 あれからオペラ様の手伝いを続けている。勉強すること。本を読むこと。新しいことを知って、自分で考えて行動すること。そういうことが楽しい。もっと挑戦したいと思っている。自分の気持ちに気づいてしまったのだ。

 そこでオペラ様に頼みこんで、本格的に魔術師の見習いにしてもらうことにした。

 ファッジ様のメイドでいられるのは本当に嬉しいし、不満はまったくない。けれど自分の気持ちを無視していたら、いつか爆発してしまう。道を踏み外してしまうかもしれない。あのビスケットのように。


「オペラ様が『理由を考えなさい』と言ったのは、こういうことですよね?」


 自信のある答えだったが、オペラ様は首をかしげた。


「そういう解釈をしましたか。それも間違いではないですが…… いいでしょう。合格とします。あなたをわたくしの弟子にしましょう。ただし、ファッジ王子とよく話し合って、許可を得るのが条件ですよ。もちろん国王陛下とラミントン王妃への報告も忘れないこと」

「わかりました! さっそく話してきます!」


 しかし、すぐに呼び止められる。


「お待ちなさいトフィー。ひとつだけ助言を与えます。手紙も良いですが、こういう大切なことは顔を見て、直接話すのです。良いですね」

「はい!」


 ここからは思い出すのも恥ずかしいので、かいつまんで報告させてもらう。

 わたしが「オペラ様の弟子になる」と告げると、ファッジ様はこう言った。


「魔術師になるというのは、オレと結婚することになるが、それは大丈夫か?」


 そうか。魔術師は王族と結婚する。その相手はファッジ様になるのか。

 国王陛下から「魔術師になりたいか?」と聞かれていたので、かえって思いつかなかった。あれは「ファッジ様と結婚したいか?」という意味だったのか?

 もちろん結婚したい。しかし、そんなことを望んで良い相手じゃない。ファッジ様はこの国の王子で一番の剣士。そして剣士長という役職にもついている。平民のメイドとは身分が違いすぎるのだ。


「それは構わない。オレが未婚なのは魔術師と結婚するため。これも王族の役割だ。その相手がトフィーなら、悪くはない」


 王族の役割なら、ファッジ様の気持ちはどうなるの?


「オレが強く望むか、強く拒否すればトフィーは逆らえない。無理に結婚を迫りたくはない。やりたい仕事があるなら邪魔もしたくない。男としては情けないかもしれないが、オレから気持ちを伝えることはできない。トフィーが決めてくれ」


 そう言われて、わたしは泣いてしまった。

 今のわたしには、ファッジ様の性格が昔のままだとわかっている。ずっと深い愛情で接してくれていた。だからこそ、わざと無関心な態度でいたのだと。

 わたしは勇気をだして、自分の気持ちを伝えることにした。

 さすがに言葉の内容は伏せさせてもらう。他人に知られるのは恥ずかしいというのもあるけれど、これは二人だけの思い出なのだ。


 さて、最後の教訓はもちろんこれだ。

 返せないほど大きな恩に報いる方法は、勉強することしかないということ。

 わたしとファッジ様の結婚を認めてくれた国王陛下。婚約を報告すると、泣きながら祝福してくれたラミントン様。それから良き師匠であるオペラ様。もちろんファッジ様にも。

 わたしには返せないほど大きな恩がいくつもある。この恩に報いるには、わたし自身が良い魔術師になるしかない。


 というわけで、この話はここでいったん終わりにさせてもらう。続きはいずれまた。

 オペラ様の弟子になったわたしは、おかしな事件にたくさん出会っているのだ。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 納得出来るし、まとまっていて楽しく読ませて頂きました。 [気になる点] ネーミング意味があってやってるのでしょうか? もっと普通の名前だったら引っ掛からずに読めたのですが。 [一言] 今後…
[良い点] とても面白かったです。 英雄ビスケットとショートケーキ様。 現実世界の某芸人さんと美人女優さんを想起しました。 男性は不思議ですね。 誰もが羨むような妻を持ちながら不倫をする。 素敵な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ