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28.仕方ないニンゲンだもの

「申し訳ありません。不快にさせてしまい」

「いや、そんなことはないんだけど……そ、そうだ。このシーツを上から羽織って。いや、そのままで」


 目を逸らしたのは俺が苦手にしている、と勘違いしたらしいディスコセアは水たまり状のスライム姿になっていたのだ。

 いいような、もったいないような。


「マスターの想像するニンゲンとは異なったようですね」

「想像する人間に近い姿だったよ。目を逸らしたのは嫌とかではなくて、何も着ていなかったからなんだ」


 ハッキリと言わないと誤解が解けないと判断した。

 「撫でる」行為についても一から説明しなきゃ伝わらかなったものね。

 何やら考えているのかもしれないけど、水たまりの姿じゃまるで分らん。こちらから続けるとしよう。

 

「人間のような姿になったパックを見たことがあったかな?」

「はい、一度拝見いたしました」

「パックはカモメの姿の時は服を着ていないけど、人間の姿の時は服を着ているだろ? 服というのは今俺が着ているような体を覆う布みたいなものだよ」

「理解しました」

「服がどういうものか、ってことを理解したってことかな?」

「おっしゃる通りです。服の機能について理解しました。体を保護するものですね。ニンゲンは毛皮がありませんので」


 う、うーん。きちんと説明したつもりでもやはりズレがある。

 熊は毛皮があるのでトゲトゲの枝とかにひっかかっても傷がつかない。確かにそうだ。

 パックやさっきディスコセアが形を変えた耳の長い女の子のことから鑑みるに、この世界には人間に見た目が近い別種族がいる。

 ファンタジーでよく見るエルフとかドワーフといった類いの種族と言えばいいか。


「人間は毛皮の代わりに服を着るんだよ。着ていないと恥ずかしいというか」

「マスターは先ほど服を脱いでみなさんの前でベアを洗っていたじゃないですか」

「あ……そうね。服を着たままじゃ体を洗えないだろ。それ以外の時は服を着るものなんだ」

「そういうものですか。服を着ていないと見るに堪えず目を逸らしたということなのですね」

「そ、そういうわけでも。ま、まあ、人間の姿の時は服を着てくれると嬉しい。服はあるから準備するよ」

「承知しました」

 

 何で俺が女性ものの服を持っているのかと疑問が浮かんだかもしれない。

 それがあるんだよね。ふふ。家の中にはないのだけどさ。

 箱マークの地下に装備がいろいろあっただろ。そこには俺がピックアップしたもの以外にも沢山の装備があったのだ。

 いずれ残りも取りに行こうと思ってたんだよね。ちょうどいい、明日にでも取りに行くか。

 女性ものの装備もあったからね。

 

「覚えているエピソードでしたね」

「ちょ! 何でまた……」

「マスターのおっしゃっている意味が分かりません。『ニンゲン』は常に服を着るとお聞きしましたが、わたしはニンゲンじゃありませんので」

「いや、今は人間の姿じゃないか」

「この姿はニンゲンではありません。ハイエルフという種族です」

「お、おんなじだってばよお」


 シーツをぶん投げて長い耳の先が尖ったハイエルフの姿になったディスコセアに被せる。

 肝心の彼女は不思議そうに首をかしげるばかりだ。

 ペタンと座り、シーツが被さっているもののなんとか大事な部分が隠されている状態である。

 

「マスターがこの姿のハイエルフのことを知りたいとおっしゃったので」

「姿を変えずとも話はできるんじゃ?」

「記憶にある人物の姿を見たいのではと愚考した次第です」

「確かに。姿を見るのは服を用意してから頼もうかな」

「承知しました。では、戻ります」


 ぼふんと煙があがり、ディスコセアがタヌキの姿になった。

 ふう、タヌキの姿なら服を着ていなくても気にならない。なんて勝手なんだ俺って奴は……。

 これでようやく話ができる。

 ん、しばらく待っていても彼女から何も言ってこないな。

 ……。なるほど、姿を見ることと過去の出来事を話すことがイコールになっているのか。

 再度説明してもいいけど、何のかんので彼女と話をしたし急速に眠くなってきた。

 今日も一日濃密だったものな。


「ふああ」


 スマートフォンの電源を落とし、シーツを元の位置に戻してっと。

 シーツを掴んで寝ころんだら、すぐに意識が遠くなった。

 

 ◇◇◇

 

 さっそくやって参りましたよ。箱マークこと鉄扉の奥にある地下に。

 フェンリル(仮)が鎮座していた台座も像もそのままだ。

 鉄扉を忘れずに閉じていったので中に虫とかが入った気配もない。今回はランタンの代わりにフェンリルの耳ライトだから両手も開いて快適である。

 フェンリルの耳ライトは指向性がなくぼんやりと全体を灯す。

 部屋の間接照明的に動いてもらえば、全体をくまなく探索することができるのだ。


『兄ちゃん、天井の灯りつけないの?』

「忘れてた」


 訂正。天井の灯りがあったので、耳ライトは必要無かった。

 ちょっとしたおちゃめがあったが、一度探索をしているので、目的の箱へ一直線に向かう。

 箱を開け、中に入っている装備類を全て再構成して袋に詰めていく。

 箱の中にもズタ袋があったので助かったよ。おかげで全て持ち出すことができる。見分は戻ってからでいいだろ。

 ちゃんと女性用の装備もあったので目的は達成した。

 

「マスター、あの奥は調べられましたか?」

「ん? 奥って? 壁に見えるけど……」

『何かあるのー?』


 タヌキ姿のディスコセアの言葉にパックが興味津々と言った様子で嘴を上にあげる。

 箱の奥へ向け右前脚をあげる彼女であったが、俺の目には壁にしか見えない。

 手を当てて、コンコンしてみたがやはり壁だよな。


「下です」

「下?」


 タヌキがのそのそと進み、俺の足もとをへ鼻先を当てる。

 しゃがんで彼女の鼻先を見てみたら、小さなでっぱりがあった。親指の先ほどしかないでっぱりは、僅かに他と色が違っている。

 

『兄ちゃん、任せて。突っつけばいいんだろー』


 得意気に嘴ででっぱりを突っつくパック。

 ま、また勝手に。

 慎重にと言いたいところだけど、これを我慢するなんて俺も無理だよ。

 でっぱりを突っついた直後、カチリと音がした。


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