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〜俺が英雄にしてやるよ〜



   ◇◇◇【SIDE:リーシャ】



 ――王都「冒険者ギルド」



「お前も追放だ、クソ女」



 ネロは私を睨みつけながらニタニタと気持ち悪い笑顔を浮かべた。


 追放……? 私が……?

 別に……。全然いいけど……?

 "アルにい"がいないパーティーに興味ない……。


 私は心の中で答えながら、装備していた「耐魔のローブ」を脱いで丁寧に畳み、「加速補助のブーツ」も脱いで綺麗に並べた。


「……どこまでもふざけた女だ」


 ネロは信じられないと言ったように眉間に皺を寄せているけど、


 ん? 私、なにかおかしい事をしたかな? 私も追放なんだよね……? この剣はパパの形見だし……。


 両手の腕輪はアル兄に貰ったものだし。


 私は「まだ何かあるのか?」と首を傾げる。


「ネ、ネロ! リーシャはいいんじゃねえか?」

「そ、そうだよ! スピード特化の【瞬歩シュンポ】はなかなか使えるじゃん」


 ゴードンとカリムが少し慌てた様子で口にするけど、ネロは言葉を遮るように私の前に立つ。


「リーシャ……お前は、スピードしかない。剣技も大した事はない、魔物を斬り捨てる腕力も足りない!」


「……そう思うの?」


「あぁ……。俺が稽古をつけてやるって言っても、いつも断りやがる」


「……? 別に私には必要ないから」


 ネロから学ぶものなんて一つもない。

 それより、至近距離で唾を飛ばされて不快でしかなくて、少し距離をとる。


 今、なんの時間なんだろう?

 アル兄は……、あぁ。よかった。

 まだ入り口の所に座ってる。


 私はギルドの入り口でニヤニヤと上機嫌なアル兄を見つけてホッと胸を撫で下ろす。


「……なんなんだよ、お前! いっつも、いっつも澄ました顔しやがって!! その態度が気に入らねーんだよ!」


 ネロが叫ぶと同時にざわざわと騒ぎ始めたギルド。



「……マ、マジかよ。リーシャちゃんも追放?!」

「お、おい! ネロ! 何でリーシャ様も……」

「バッカ!! ほっとけ! ウチに誘うんだからよ!」

「ふざけんな! リーシャちゃんはウチに入るんだよ!」


 ゴードンとカリムはキョロキョロと辺りを見回し、「おいおい……リーシャはまだ使えるぜ」なんて呟いて、クレハは何やら口を抑えてプルプルと震えている。



「うるっせぇえんだよ!! ザコ共!」



 シィーン……



 ネロの怒号にギルド内は一瞬だけ沈黙するが、ざわざわとする音量が下がっただけだったらしい。


「……クククッ……どうする? お前にはSランクパーティーの称号は必要だろ? その態度を改めるなら、置いてやるが?」


 ネロはなぜか勝ち誇ったように小さくつぶやく。


 正直、まったく意味がわからなくて小さく眉間に皺を寄せることしかできない。


「お前には、必ず見つけ出して、ぶっ殺したいヤツがいるんだろ? 小さい頃からバカみたいに剣を振ってたが、お前に俺のような才能はねぇ!! 『最高の助力』と『Sランクの恩恵』が欲しけれりゃ、俺に頭を下げるんだよ!! リーシャ!!」


 ネロのこういうところが嫌いだ。


 恵まれたスキルを持っていても……、天才だ、神童だと賞賛され、いつも人に囲まれていても、この男が昔から大嫌いだ。


 どうして、こんなに傲慢でいられるのかな? アル兄がいないと何もできないくせに……。世間の女性は、なぜこんな男に恋するのかな?


 確かに顔は整っている。

 でも、性格の悪さを詰め込んだような……、見るからに傲慢で邪悪な目つき。全てが自分を中心に世の中を見ているのが顔に滲み出ている。


 私にはただのゴミクズにしか見えない。


「なんとか言ったらどうだ? 今なら許してやるぞ?」


 ネロは口角を吊り上げて試すような視線を向けてくるけど、私は「ん?」と首を傾げるだけ。


 謝るも何も、アル兄がいないなら意味がない。それより、勘違いしすぎてて、鼻で笑っちゃいそう……。


 って、そもそも……、


「……私、あなたに許して貰うようなことしたかな?」


 私は意味がわからなすぎて、ネロの言動の全てが謎すぎて眉間に皺を寄せる。


「……ぁあ? なんだと?」


「……私、迷惑をかけるような事してないと思う」


「こっ……、このクソ女!! とことん、俺をバカにしてくれる! お前に力を貸してやろうって、手を差し伸ばしてやってんだぞ!?」


「……私にあなたは必要ない」


「……本当にバカな女だ! お前は……、たった今、全てを失うんだよ!!」


「さっきからずっと……、何を言っているの? 私、なにも失ってないけど?」


「この"能面女"が……!! Sランクの恩恵も、富も名声も……爵位も! 『俺』という絶対的な英雄の助力も失うんだよ!!」


 ネロの血走った瞳に私は正面から睨み返す。


 確かにSランクパーティーになると権限が与えられる。


 世界各国の渡航許可や「魔境エリア」の探索許可、全世界の迷宮ダンジョンの攻略許可。


 『Sランクパーティー』


 それは、冒険者に更なる自由と権力が与えられる。


 それにあわせて、このアメストリ王国ではS級冒険者となったネロには、"子爵位"も与えられるらしいけど、コレは別にどうでもいい。



 ……私には必ず見つけ出し、必ず殺さなければならない「男」がいる。「魔境エリア」と「全ての迷宮ダンジョン」の探索許可。


 確かに、この2つは私にとって必要なものだ。


 あの男を殺すため。そのためだけに私は生きて……、あっ、いや、違うかな? 私は、「アル兄のピアノ」と「復讐」のためだけに、生きているんだ。


 アル兄が居ればいい。

 アル兄さえ居てくれれば、私は絶望しない。


 ――ポローン、タンタンッ……


 あの『音』が好きだ。

 アル兄のピアノが私は大好きだ。


 両親を殺され、表情が思うように動かなくなった私にとって、アル兄のピアノだけが心を動かしてくれた。


 辛い鍛錬の日々も、挫けそうになる心も。アル兄のピアノだけが私を救ってくれた。



 全てを失った私にとって、アル兄の存在がどれほど支えであったのかを、つい先ほど実感した。



 ――じゃあな! 頑張れよ!



 ずっと一緒にいると信じて疑っていなかったんだ。


 いつも前向きで、本当は少し押しに弱い。


 めんどくさがり屋でも、根は真面目で、憎まれ口を叩いても義理堅くて……、目的のためには手段を選ばないところもあるけど、ピアノにだけは誠実で努力を惜しまない。


 演奏前のひどく集中している姿は誰よりもかっこいいと思う。無造作に伸びっぱなしになっている黒髪の隙間から怪しく光る紺碧の瞳は、誰よりも、なによりも、美しい。


 兄と呼ぶには似てなさすぎて、友人と呼ぶには足りない。ピアノに打ち込む姿勢は、私の道を照らしてくれる羅針盤のようで……。


 複雑に絡み合っている関係に名前なんてつけることはできないけど、"兄妹"ではなく"家族"って言葉が1番近いように感じている。


 どちらにせよ、私にとっては、切っても切れない存在なのは確かだ。


 そんなアル兄の「決別の言葉」に焦燥にかられ、ネロの「追放だ」という言葉に深く安堵した。



 私はアル兄の横で私は強くなる。

 きっと、アル兄の横でしか強くなれない。アル兄の助力こそが、私にとって唯一必要なもの。



 Sランクの恩恵?

 アル兄と"今の私"ならすぐに手にできる。


 『俺』という絶対的な英雄の助力?

 笑わせないで。あなたはただの裸の王様。


 あなたたちが落ちぶれていくだけの日々に付き合ってられるほど、私、暇じゃないの。

 

 私は眉間に皺を寄せてネロに軽蔑を示す。


「……もう行っていい?」


 剣を抜かないだけありがたいと思って欲しい。アル兄が侮辱されて、とてもイライラしてるんだから……。



 ネロはピクピクと顔を引き攣らせると、


「こ、この"容姿"だけのクソ女が!! 何もかもが足りないお前のためを思って、俺が手取り足取り教えてやろうって言ってるのに断りやがって! お前のその澄ました顔がムカついて仕方ねぇんだよ!」


 叫びながら私の胸ぐらに手を伸ばしてくる。


 私は即座に剣に手をかけ、一瞬にして手首を斬り飛ばしてやろうとしたけど……、


 ガシッ……!!


 その手は、綺麗に手入れされているピアニストの左手に掴まれ、私に届く事はなかった。


「…………えっ?」


 私の目の前には、自信満々の瞳をしたキラキラした笑顔。


「ハハハッ! リーシャ。俺と来い! 俺がお前を英雄にしてやるよ!」


 差し出された右手の指は長くしなやか。

 傷ひとつない。


「……"アル兄"」


 思わず、"昔の呼び方"をしてしまい、恥ずかしくなって顔が熱くなる。


 アル兄が「ハ、ハハッ……」と少し苦笑すると、



「「「ぷっ、アッハハハハッ!!」」」



 冒険者ギルドが揺れるほどの大爆笑に包まれた。



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