第1話
全てが終わってしまった……それが今の俺の正直な感想だ。
俺、水神慎二はクラスメイトの七海美玖さんに今日までずっと片思いをしていたわけだが、どうやら七海さんに彼氏ができてしまったようなのだ。
七海さんの彼氏は俺のクラスメイトでもある雨宮光らしい。
雨宮は顔もイケメンで身長も高く、サッカー部のエースであり、更には成績も上位という完璧を絵に描いたような人間であり、情けない話だが俺が彼に勝っている要素は何一つ無い。
らしいという曖昧な表現になっているのは七海さんに彼氏ができた、その彼氏は雨宮だという噂が朝から学校中に広まっているからだ。
ただクラスで質問攻めにあっていた雨宮が否定しなかった事を考えると、恐らく事実なのだろう。
美人でスタイルも良くて、誰にでも優しい七海さんに今まで彼氏がいなかった事の方が不思議なくらいだが、今更そんな事を考えても仕方がない。
一つ確実に言える事は、俺の恋は成熟しなかったという事だ。
深い絶望感に襲われた俺は教室にいるのが辛くなってしまい、もうすぐ1時間目が始まるというのに出て行く事にした。
教室を出ようとすると扉の前で今一番顔を合わせたくない人物と遭遇してしまう。
「あっ、水神君おはよう」
それは登校してきてちょうど今教室に到着した七海さんだった。
本当は声をかけるだけでも相当辛いが、無理やり作り笑いを浮かべて震える声で話しかける。
「……七海さん、彼氏できたんだね。おめでとう」
「えっ、それってどういう……」
「あっ、美玖おはよう。聞いたよ、遂に光と付き合い始めたんだって」
俺の言葉を聞いた七海さんは何かを言おうとしていたわけだが、彼女の友達に捕まって教室の中へと引っ張られていく。
「……辛いな」
俺はそう一言つぶやくと教室を出ていき、1時間目の開始時間ギリギリになるまで教室へは戻らなかった。
授業中、七海さんが何かを言いたそうな目で俺の方をチラチラ見ていたが、顔を見るだけで辛くなりそうだったので全て無視する。
そして休憩時間になると同時に俺はトイレに駆け込み、教室へはギリギリになるまで戻らないようにした。
その理由は簡単で七海さんと雨宮についての話題をどうしても聞きたくなかったからだ。
現実逃避をやめろと思う人もきっといるだろうが、今の俺の心はそこまでしなければ崩壊してしまいそうなくらいには脆い。
結局、4時間目の途中で体調を完全に崩してしまった俺は人生で初めて学校を早退した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
七海さんに彼氏ができたという噂が流れてから1週間後、俺は久々に学校へ登校している。
早退したあの日から38度を超える熱が続いてしまい1週間学校を休んでしまっていたのだ。
ようやく現実を受け入れられるようになった俺だがまだ辛い事には変わりないため、夏海さんの事を忘れるために必要最低限しか関わらない事を決めた。
靴箱で靴を脱いでいると突然後ろから話しかけられる。
「水神君、元気になったんだね。ずっと休んでたから心配してたんだよ」
なんと後ろから俺に話しかけてきたのは七海さんだった。
以前までの俺であれば話しかられただけで舞い上がりそうになったわけだが、今はそれが苦痛で仕方がない。
「うん、ありがとう」
俺はそう一言だけ雑に返事をすると七海さんを残して教室へと向かい始める。
すると七海さんは急いで追いかけてきて俺の横に並んだ。
そして少し気まずそうな表情でゆっくりと口を開く。
「……あの、この前の事なんだけど」
この前の事と聞いて、例の噂の件だと気付いた俺はこれ以上話を聞きたくないと思い話を強引に遮る。
「七海さんには彼氏ができたんだから今みたいに俺なんかと2人でいたら色々と誤解されるぞ。だからもう俺とはあまり話さない方がいいかも」
「待って、それはちが」
一方的に冷たくそう言い残すと俺は驚いてその場に立ち止まって何か言いかけていた七海さんを残して教室の中へと入っていく。
教室の中に入ると雨宮の表情がめちゃくちゃ暗い事以外はいつもの光景が広がっていた。
1週間も休んでいれば誰か心配して話しかけてきそうなものだが、クラスで俺はぼっちであり七海さん以外に話す人がいなかったため誰からも話しかけられない。
周りに耳を傾けると誰も七海さんと雨宮が恋人になったという話をしていなかったが、あれから1週間も経っているため話題にすらならなくなったのだろう。
聞きたくもない話を聞かずに済んで俺は安心していると暗い表情をした七海さんが教室へと入ってくる。
すぐに友達が心配して七海さんに駆け寄っていたが、彼女は大丈夫と一言声を発した後に自分の席へ着いていた。
七海さんが教室に入ってきた瞬間、雨宮が怯えたような表情になっていたが、もしかして喧嘩でもしたのだろうか。
だがカップルが喧嘩する事はよくあると聞くので、どうせすぐに仲直りしてイチャイチャしだすに違いない。
七海さんと雨宮が教室でイチャイチャする姿を一瞬想像した俺は虚しくなってしまったので、すぐに思考を中断した。