【幕間】:確認事項と筆頭聖女の思い付き(ヴィクトル視点)
「幾つか確認したい事があるんだが…入っても良いか?」
日が暮れ野営の準備がひと段落した後、その辺りをウロウロされたら困るという事で幌馬車の中に押し込んでおいたレティシアの嬢ちゃんに声をかけて……。
「はい、どうぞ」
まあ、ラークジェアリーからやって来る聖女の為に空けていた荷馬車を寝台用に流用した物なので押し込めているというのも少し違うんだが、とにかく護衛に立っている奴らに一声かけてから確認を取ってみると、意外と涼やかな返事が返って来てホッと胸をなでおろした。
「急ぎの用事っていう訳でもないんだが…っと、悪い…邪魔したか?」
幌馬車の中に乗り込むと奇妙に心地よい微風が吹いている事と直立不動の姿勢で寛いでいるレティシアの嬢ちゃんに驚く事になったんだが……。
「いえ?構いませんよ…のんびりしていただけですから」
慌てて立ち上がったという感じでも無いし、俺の言葉に対して「おっしゃっている意味が分かりません」みたいな顔をしながらニッコリと笑っているんだが……本当にただ何となく突っ立っていましたという可能性があるのが恐ろしいところなんだよな。
(悪い奴ではないと思うのだが…どこかズレているんだよな)
マリアン然りアインザルフの第三聖女や第五聖女もなかなかの曲者揃いで……ある程度の実力者になってくると癖が強くなっていくような気がするんだが、そういうものなのだろうか?
「そ、そうか…まあなんだ、聞きたい事っていうのは…」
とにかく魔法のあれやこれやについての質問をしてみる事にしたんだが、まず最初にラークジェアリーだとああいう教え方が普通なのかと訊いてみると『選定の聖玉』というマナを引き出すアーティファクトがあるようで……って、そんな物があるんだったら聖女の数も多いし魔法の技術も進んでいるよなっていう感じだったんだが、国防を司る者としては他国との技術格差がありすぎて頭が痛くなってくる。
「説明を省いたせいでわざわざお越し頂く事になってしまい…申し訳ありませんでした」
そんな話をしながら諸々の元凶がケロッとした表情で頭を下げてくるんだが、本人的には悪気がある訳では無いようで……とにかく魔法についての質問を幾つかしていると、突然レティシアの嬢ちゃんが奇妙な事を言いだした。
「それで…魔法の練習はどうしますか?ヴォルフスタン皇帝もああ言っていましたし、余裕がある時におさらいをしておいた方が良いと思うのですが」
「?て~…事を誰かが言っていたのか?」
最初はその辺りでウロウロしているマリアンの奴や第一騎士団経由で何かしらの伝達事項が伝えられたのかと思ったんだが、俺が疑問を口にした瞬間レティシアの嬢ちゃんがキョトンとした後に「またやっちゃいましたかー」みたいな顔をしながらモゴモゴしていて……少し間を開けた後にゆっくりと口を開いた。
「馬車に戻られる前にヴォルフスタン皇帝がおっしゃっていましたよね?まずはヴィクトル様が魔法を使えるようになっておくように…と」
「言って…いたか?」
「はい、魔法を使えるようになったら良いな~っと…直接おっしゃってはいなかったのですが、そういうニュアンスっぽい事は?」
「ニュアンスっぽい事…って」
全然それっぽい事を言っていた記憶がないのだが、困ったように眉を下げるレティシアの嬢ちゃんが嘘を言っているようにも思えず……俺は口を噤んでしまった。
(ヴォルフの奴とも会話が成立していたようにも見えたし、ラークジェアリーには読心術とかそういう類の奇跡でもあるのか?)
長年の付き合いでヴォルフの顔色がわかるといってもある程度である事には変わりが無く、知識的な格差みたいなもんを叩きつけられた後だからそういう奇跡でもあるのかと勘繰ってしまったんだが……。
「ない、と…思いますよ?でも陛下は顔に出やすいといいますか、わかりやすい部類だと思いますけど?」
「思いますけど…って」
まるで俺の考えている事がわかっているように笑いながら「アインザルフの方ならわかっていて当然ですよね?」みたいに言われて驚いてしまったんだが……ニコニコと会話を続けるレティシア嬢の笑顔にゾワリと背筋が寒くなって身構えると、ヘラリとした弱々しい笑みを浮かべられてしまった。
「ああいえ…また、すみません、そうですね…いらぬお世話かもしれませんが、すれ違っている人達を見ていると何ともいえない気持ちになってしまいますので…話を聞かない人でも無いと思いますし、ヴォルフスタン皇帝に向き合ってあげてはどうですか?」
何でもない事のように苦笑いを浮かべるレティシア嬢は色々とおかしいんだが、こうなったら言いたい事を言っておこうといったように話を続けて……。
「そ、そうか…善処しよう」
指摘自体は皇帝陛下と俺達の間でコミュニケーションがうまくいっていないのでは?という真っ当なものだったので頷いておいたんだが、多分この辺りは俺達が口数の少ないヴォルフの奴に慣れてしまっていたというか、それが当たり前になりすぎていたのが原因なのだろう。
とにかく他国の人間に皇帝陛下との距離感についての疑問を呈される事になったのだが、残っている仕事もあるのでヴォルフの事やら魔法の事やらについてはまた明日という事で会話を切り上げて……何とも言えない気持ちになっていた俺は馬車を降りてから大きく息を吐き出したんだが、顔を上げると少し離れている所に突っ立っているマリアンの姿が目に入った。
「どうした…サボりか?」
仕事自体はまだまだ山積みなんだが、この気持ちを誰かと共有したいような気がして話しかけると、ぼんやりとしていたマリアンが振り返り……。
「ヴィクトル…?ああ、うん、違うけど…ちょっとだけ考え事を」
「何でもない」みたいな事を言いながら深刻そうな顔をしているマリアンは面倒くさい堂々巡りに陥っているようで……俺は頭をガリガリと掻きながら息を吐くんだが、コイツの腹違いの兄貴も求められている役割を果たそうとしすぎているというか、コイツもコイツでふざけているように見えて根が真面目すぎるから考えすぎてしまっているのだろう。
(同業だからな、コイツの方がラークジェアリーとの格差を実感してしまったのかもしれないが)
俺達は精一杯頑張って来た……そう断言できるだけの努力はして来たし、結果も出して来た。それでも助けられなかった連中というのは大勢いて……救援が間に合わずに蹂躙され尽くした廃墟を見た時の無力感や目の前で「ありがとう」と呟きながら息を引き取る連中が冷たくなっていく時の絶望感は筆舌に尽くしがたく、レティシアの嬢ちゃんのような知識と技術があったら助ける事が出来た人達がいたのではないかという事で思い悩んでいるのかもしれないが……。
「いくら他の連中が見張っているからって護衛対象から目を離すな、あと…驚く時に目を見開く癖が出ていたぞ?ここに居るのは事情を知っている奴らばかりだし気が弛んでいるのもわかるが…明日からはドヌビス入りだからな、気を付けないと不味いぞ?」
このまま悩み続けていても意味が無いし、腑抜けたままだと困るので部隊を纏める立場としての忠告をしておくのだが……マリアンの奴は軽く息を吸ってから小さく頷いた。
「ごめん…気を付けます」
“黄金の瞳”を持っているという事が知れ渡ると色々とややこしい事になるのはマリアンの奴もわかり過ぎる程わかり切っているし、今更思い悩んでも仕方がないという事はわかっているのかもしれないが……。
「まあ、なんだ…レティシアの嬢ちゃんには驚かされたっていうのはわかるが、ヴォルフの駄々洩れの魔力にも怯える事なく接する事が出来て、無表情で何を考えているのかがわかりづらいヴォルフの奴と対等に渡り合える女性っていうのはお前の求めていた人材なんじゃないか?」
コイツの夢は自由になる事なんだが、その為にはヴォルフの血を継ぐ正統な後継者が生まれる必要があって……それがなかなか頭いの痛い問題だった。
(まあコイツだけの問題というか…アインザルフ全体の問題でもあるんだが)
ドヌビスに勝利したからといって丸っと綺麗に収まるという訳ではないし、神でも不老不死でもないアインザルフ唯一の後継者という事になっているヴォルフスタン皇帝が倒れた後は血で血を洗う内乱状態になるのが目に見えていたんだが……もしかしたらレティシアの嬢ちゃんはそういう頭の痛い問題をまるっと解決してくれる救世主になってくれるかもしれない存在だった。
「それに…なんだったらお前もラークジェアリー式の奇跡を教えてもらったらどうだ?聞いたら教えてくれる感じだっ…てぇ!?いつもいつも足癖が悪くないか!?」
「うっさい!ヴィクトルに言われなくたってそんな事はわかってる!!」
つー訳で、しょぼくれているコイツを励まそうとしてみたんだが……いきなり顔を上げたかと思うと向う脛をおもいっきり蹴っ飛ばしてきやがった!?
「わかってんならいちいちガキっぽくしょぼくれたりするなよ!?お前もいい加減いい歳でそれなりの立場に居るんだから落ち着きとか威厳というものをだな!?」
地味に滅茶苦茶痛かったんだが、こうやって怒鳴り散らしている方がコイツらしくて……。
「ッ!?誰のせい…って、でも…うん、確かにヴィクトルの言う通り…………かもしれない」
「な、何だって?」
ほんの少しだけ涙目になりながら痛みに耐えていると、マリアンの奴がボソボソと呟いていたんだが……またいつもの如く碌でも無い事を考えているのだろうか?
「ヴィクトルが言っていた通り、レティシア様は…うん、いけるかもしれない!」
コイツの調子が戻って来たのは喜ばしい事なんだが、考え込むようにニヤニヤしているのは本当に不気味だからやめてくれ。
「程々にしてくれよ、お前の尻拭いをするのは大変なんだから」
要らない事を言ってしまったかもしれないとため息を吐くんだが、マリアンの奴が元気になったのだったら……まあ、よかったのだろう。
そう思っていたんだが、コイツは俺が思っていたより直接的な行動をとる事となり……後々頭を抱える事になるんだが、本当にコイツらの考えている事はよくわからん。
※相手の発している魔力やマナといった物をごくごく自然に認識しているレティシアの感性は人と比べて少しだけズレており、同期の見習い聖女達からはよくわからない人物という扱いを受けていました。そしてすぐさま上のクラス(実力や習熟度別に分けられており、レティシアはすぐさまそちらのクラスに移る事になります)に移動した事もあり、同年代の同期達とは大した交流も無いまま疎遠になりました。
そういう対人経験の不足もあってコミュニケーション能力が育たず色々と壊滅的ではあったのですが、ある程度の年齢が離れてくると優しすぎる真面目な優等生に見えなくもないようで、先輩聖女(リヴェイル先生達の年代)やある程度歳が離れた後輩聖女からは慕われているという奇妙な立ち位置にいました。
そして“レティシアは同期の見習い聖女達と疎遠だった”というのがラークジェアリーにとっての悲劇へと繋がっていくのですが、その辺りのお話はまた別のタイミングで書いていこうと思います。