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6:魔法

「その、何だ…俺が魔法を使えるっていうのは本当なのか?」

 まるで一世一代の大告白といった顔でそんな事を言ってくるヴィクトル様なのですが、失礼ながら質問の意図がよくわからなかったのでキョトンとしてしまいました。


(そう、いえば…少し前にそういう話をしていたような?)

 3日くらい前、ヴィクトル様の事を「魔法剣士」と言って顰蹙を買ってしまい……その時はヴィクトル様の切り札の一つだから秘密にしておこうという話で纏まったような気がするのですが、今更どうしたというのでしょう?


「え…っと?」

 よくわからずマリアンさんに視線を向けてみる(助けを求める)と、隣で話を聞いていたマリアンさんが深々と溜め息を吐き出しており……。


「何を言っているの?」


「何を、って…魔法だぞ魔法!そんなものが使えたら凄くないか?」

 マリアンさんがよくわかっていない私に代わって「何を馬鹿な」みたいな顔をしながら言い返してくれたのですが、ヴィクトル様は諦めきれないといった様子でバタバタと腕を振り回しており……私は『身体強化』の魔法を使いながら駄々をこねているヴィクトル様を眺めながらギギギと首を傾げてしまいました。


魔法(『身体強化』)を使っている人から魔法が使えたら凄くないかと言われた場合…どういう風に答えたらいいのでしょう?)

 よくわからないのですが、とにかくラークジェアリー聖王国で“魔法”が使える人は数万人に一人くらいの割合で生まれるものだと言われており(ごく一般的には)、そういう人達はエリートとして持て囃された後に王宮の近衛騎士や貴族お抱えの私設騎士団の団長職に就くのが一般的でした。


 とはいえこれは見栄えのする“魔法(中級以上の魔法)”が使えるという割合であり、人より力が強いとか人より風邪をひきにくいといったレベルの魔法(不思議な力)であれば大体の人が習得できて……小さな火を出したりちょっとした水を出したりというレベルで考えても10人に1人とか100人に1人という割合になるので魔法が使える事が凄いと思った事はありませんし、特別な力だという訳でもありません。事実、ヴィクトル様が率いている騎士達の大半は中級レベル(火や水を出す)以上の魔法を使う事が出来て……。


「レティシア様も何か言ってやってください!」

 そんな事を考えていると、ヴィクトル様(40代男性)がはしゃいでいる姿に何とも言えない顔をしていたマリアンさんが話を振ってきたのですが……2人のやり取りが微笑ましくてついつい笑ってしまいました。


「そう、ですね…では…折角ですし、少しだけ魔法の練習をしてみますか?」

 これだけ『身体強化』を使いこなしているヴィクトル様ならコツをつかむのも早いと思いますし、“魔法が使えない”という演技をしてまで頼み込んで来ている以上何かしらの意味が……魔石の浄化のようにテストの一環みたいな感じなのかもしれません。


(抜き打ちテスト…でしょうか?)

 何故聖女である私に魔法のレクチャーをさせようとしているのかはわかりませんが、魔法に対する一般的な教養といいますか、どの程度の知識が有るかという学習レベルの確認だと思って背筋を伸ばします。


 とはいえ火を出したり水を出したりといった魔法使いらしい魔法が使えない(聖女)の場合はどこまでいっても一般論レベルの話しか出来ないのですが、その事を悟られないように気軽な口調で請け負うと……マリアンさんは呆れたというように頭に手を当てていたのですが、ヴィクトル様はうっきうきな様子でパチンと指を鳴らしました。


「ああ、頼む!で、どんな修行をすればいいんだ?」


「え、っと…修行というほど大げさな事は」

 食い気味に迫るヴィクトル様に対して少しだけ体を引きながら、私は昔教わった知識を思い出しながら口を開きます。


「聖女の奇跡も魔法使いの魔法もやる事は同じです…魔力で術式を描いて核となる言葉を発音する事に変わりはありません…し、後は…そう、ですね…初めて魔法を使う場合は何かしらの触媒…魔力伝達効率の高い物があった方がやりやすいのですが」

 魔法使いの魔法は『術式』や『構成』……人によっては『回路』なんていう人も居るのですが、そういうモノに魔力を流す事になります。


 これは聖女でいうところの『聖印』や『呪文』の代わりとなる作業を経て不思議な力(魔法)を扱う事になるのですが、中には『身体強化』のように術式を必要としない魔法もあって……そういうのは魔法使いらしい魔法に含めない人が多いのですが、いったいどういう事なのでしょう?


(分類学上の問題かもしれませんが…よくわからないのですよね)

 この辺りの学術的なお話はお偉い学者先生達にお任せするしかないのですが、とにかく魔法に慣れていないと体内の魔力を外に出す事が苦手な人が多く……それを補うのが触媒と呼ばれている物であり、杖とかアーティファクト(魔導具)と呼ばれる補助具の数々でした。


 とはいえ触媒はあくまで魔力を流しやすくなるだけですし、初心者用の道具という域を超えない物が多いのですが……国宝級のアーティファクトになると編み込んだ術式が解けにくくなったりするのだそうです。


 そういう一部の例外を除けばごくごく初心者向けの道具であり、補助具を使わずに魔法を使えるようになるのが一人前の証ではあったのですが……。


「触媒…触媒、か?」

 説明を聞いていたヴィクトル様がキョロキョロと辺りを見回していたのですが、都合よく魔力伝達効率の良い物が転がっている訳もなく……と、いうより、周囲では着々と野営の準備が進んでいますし、その手伝いをしなくてもよいのだろうかと思ってしまいました。


(と、言えるような空気ではありませんね)

 よくよく見てみると、周囲の騎士達もこちらの様子をチラリチラリと見てきているようで……一挙手一投足を見張られている以上、何かしらの抜き打ちテストであるという私の推理が当たっているのかもしれません。


「そう、ですね…では…これを使ってみてください」

 私は剣帯に下げていたリヴェイル先生のナイフ……ミスリル合金製の多目的ナイフを引き抜くと、柄の部分をヴィクトル様に向けながら差し出します。


「おお、すまん…これを握ったら良いんだな?」


「はい、それで…何度か振って貰ってもいいですか?」

 その方が手に馴染むのが早いかと思って提案してみると、歴戦の騎士であるヴィクトル様は一振りで要領を掴んだのか自然体で握り込んで良い感じになりました。


「まずはゆっくりと魔力を流していきます、ゆっくり、ゆっくりと…自分の手の平の熱をナイフに移すような感じで…」

 私はヴィクトル様の背に左手を添えながら魔力の動きをサポートするのですが、これはラークジェアリーの秘宝(アーティファクト)である『選定の聖玉(せいぎょく)』の独自解釈版みたいなもので……この宝玉があるおかげでラークジェアリーでは聖女が育ちやすいのですが、とにかく一度触った事のあるアーティファクトの力を再現する形でヴィクトル様の魔力を引っ張り出してナイフの方に移動させていきます。


「お…っわ!?な、なんだ!?」

 因みに魔力やマナは第6の感覚器官とも呼ばれており、マリアンさんのようにマナを周囲に飛ばして索敵を行う人がいるくらいで……つまりヴィクトル様の主観としては魔力を流したぶんだけ手が伸びたように感じている筈です。


 そんな奇妙な感覚に驚きナイフから手を離しかけるヴィクトル様なのですが……この状態で手を離すと魔力が暴走する可能性がありますし、私は軽く背を押す事で集中するように伝えました。


「行き成り術式を覚えるのは難しいと思いますので…最初は魔力を動かす感覚を覚えてください」


「お、おう…わかった」

 初心者が一番最初に躓きやすいのは魔力を動かす方法と体の外側で魔力を安定させる方法で、ラークジェアリーではこの辺りの感覚を『選定の聖玉』で学ぶ事になるのですが……。


そういう物(アーティファクト)に頼らなくても、触媒を使って魔力の動かし方を学んで行けば良いと思うのですが)

 因みにこの辺りの技術を自然とできる人を“天才”と言ったり“才能”という言葉で片付けている人が多いのですが、私的にはただただ教え方の問題だと思っています。


(皆さん…倹約家なのですよね)

 触媒が消耗するのを嫌っているのか、この学び方は普及されておらず……私としては1回2回使用しただけで壊れるような高難易度の術式を扱う必要はないと思いますし、そもそもそこまで高次元な魔法は知らないので簡単な術式から始めたら良いのにと思っています。


久しぶりすぎて(10年ぶり)少しだけ自信がないのですが、確か…こういう術式だった…ような?)

 因みに私の描こうとしているのは『初火(しょか)』の魔法と呼ばれるもので、別名『種火の魔法』とも呼ばれているモノでした。


 これは私が巡回聖女をしていた時に教えてもらった魔法であり、意気揚々と薪を燃え上がらせていたシモンさん(同僚の騎士)に教えてもらったものなのですが……残念な事に魔力の代わりにマナを持っている(聖女)には使いこなす事ができませんでした。


 それでも魔法の基礎を教えて貰った事で理解度が深まりましたし、こうして魔法のテストを受ける時に困らないので頑張って覚えた甲斐があるというものです。


(意外と、これ…は)

 そういう事を思い出しながらヴィクトル様の魔力をミスリル合金製のナイフに流し込んでいくのですが、結晶化している状態では筆を持っている人の腕を掴んで無理やり文字を描くような感覚で……思ったより手こずる事になったのですが、描いた術式は初歩も初歩もいいところだったので何とか描き切る事が出来ました。


「こう、して…触媒の中に術式を描き込んで…それからキーとなる単語を発音すれば魔法が発動しますので、私に続いて呪文を唱えてください」

 途切れそうになる魔力の線を補助魔法で補いながら完成させると、ヴィクトル様は自分の手の中にあるナイフを見つめながら唾をのみ込み……淡く光り輝くナイフを握りなおします。


「わ、わかった…で、どんな呪文なんだ?」

 漠然と何かが完成しているという実感があったのでしょう、ヴィクトル様はやや緊張した面持ちで聞き返してくるのですが……。


「イニシヨ(発火)ン…です」


「い、いにしよぅったぁっちぃぃぃっっ!!!?」

 私が術式に干渉しないようにキーとなる呪文を口にすると、ヴィクトル様がやや上ずった声で呪文を繰り返して……思ったより込められていた魔力が多かったせいか、唐突にナイフの先が爆発したかと思うような炎が燃え上がり……私は慌てて補助作業から回復動作に切り替えます。


「だ、大丈夫ですか!?す、すみません…今すぐ治療しますので!」

 ナイフを握っていたヴィクトル様の腕が炙られナイフが滑り落ち……そのおかげで魔力が途絶えて燃え上がった炎が掻き消えたのですが、その一瞬でヴィクトル様の腕は酷い火傷を負ってしまい、シュウシュウと焼けただれた音と酷い臭いを漂わせていました。


「ヴィクトル!?大じょ…じゃなくて、の、前に…!」

 今まで傍観していたマリアンさんも慌てたように回復の聖印を切り始めたのですが、私もペコペコと頭を下げながら回復魔法をかけておきます。


(やって…しまいました!)

 久しぶりの指導という事で張り切り過ぎていたというのもあるのですが、出来るだけ楽に魔法を覚えてもらおうと強めに補助を入れていたのが裏目に出てしまったようで……。


パージファル様(ヴィクトル様)!?今の炎は…まさか!?いえ、それより…ご無事ですか!?」

 静観を貫いていた騎士達も何事かと近づいて来ており、周囲が雑然とした雰囲気に包まれてしまいます。


「い、いや…大丈夫だ、落ち着け…少し火傷しただけだ…そう、“魔法”の扱いに失敗しただけ…なん、だよな?」

 唖然とした様子で魔力の流れや抜けて行った時の感触を確かめるように手のひらを握ったり開いたりしているヴィクトル様なのですが、指揮官として慌てる騎士達を落ち着かせないといけないという思いもあるのか慌てる騎士達を眺めながらそんな事を言いました。


「やはり魔法ですか?今のが!?」

 ヴィクトル様としては状況を落ち着かせたいのだと思いますが、騎士の誰かが叫んだ事で先ほどの騒めきとは違う種類の騒めきが騎士達の間に伝播していき……。


「ま、魔法というのはごくごく一部の天才にしか使えないと言われている…あの!魔法ですか!?」


「あ、ああ…その、筈だ…その、筈だよな?」

 聞き返す騎士の言葉に対してヴィクトル様が頼りなさげに頷き、そのような騒めきの中心に居た私は……笑って誤魔化す事にしました。


(リヴェイル先生…私はまたまた失敗してしまったのかもしれません)

 どうやら私がテストか何かだと思っていたのはただの勘違いで、その事に気がついた時には人に囲まれ身動きが取れなくなってしまいました。


(うっかりしていたのですが…教育に対する考え方の違いもあるのですね)

 体を鍛える事で『身体強化』を学んでいくアインザルフ帝国の場合は魔法使いらしい魔法に対しての研究が進んでおらず……確かにこの方法(アインザルフ式の鍛錬)で魔法を極めようとした場合はかなりの才能と訓練期間が必要となる希少すぎる技術になるのかもしれません。


(ラークジェアリーも教育体制が整っているという訳ではないですし)

 その辺りは意外と実利的なところがあるといいますか、『選定の聖玉』に頼っているラークジェアリーの場合は鍛えるというより才能が溢れすぎている(自力で魔法が使える)人を優先的に育てあげる(専門的な学校に入れる)方針で……ごくごく親しい人達の間では普通に教え合っていたので勘違いしてしまったのですが、基礎から教えていく教育方法はあまり一般的なものではなかったのかもしれません。


(です…が)

 少しだけ反論させてもらうのですが、私が教えた魔法はそこそこの才能を持っている人なら誰でも使えるレベルのものですし……それこそここに居る大半の人が覚える事が出来る程度のモノなので驚かれすぎても困ってしまいます。


 なので「これくらいならすぐに覚える事が出来ますよ?」と言ってあげたい気持ちもあるのですが、伝えたら伝えたらでまた別の意味で大変な事になる予感がして……それでもよくわからないスレ違いが起き続けているのも何だと思い、少しだけ悩んだ後に魔法は簡単に覚える事が出来るという事実を伝えておく事にしました。


「もしかしたら皆様が考えているようなモノとは違うものかもしれませんが、これくらいの魔法でしたらここに居る大半の人が覚える事ができるかと?」

 ここに居るのは皇帝陛下を守る才能溢れる人達ばかりで……攻撃魔法(魔物を吹っ飛ばせる)を使えるような人は流石に少数なのですが、『初火』の魔法くらいならすぐさま使いこなせそうな人が揃っていると思います。


 その事を伝えると「俺も使えるのか?」というような騒めきが騎士達の間を駆け抜けていき……助けを求めるように同業者(マリアンさん)の顔を見てみると、マリアンさんも困惑しきったような顔をしていました。


「それ…は」

 そしてマリアンさんなりに今起きた事や私の発言などを吟味した後、ゆっくりと口を開きます。


「今…レティシア様が行った魔法の伝授方法は画期的なものだと思います…し、確かにその方法なら魔法使いを()()()()事も出来るのかもしれません…が、そんな事が可能なのですか?いえ、可能だから出来ているのだと思いますが…マナや魔力の運用には高い壁があり、マナを動かせるかどうか、聖印を組めるかどうかが全てで…それが揺るぎのない才能の壁だと思っていました」

 マリアンさんの黄金の瞳が信じられないモノを見たというように見開かれているのですが、その瞳には自分の価値観が崩されてしまったという驚きがあって……。


「出来ない人は出来ない、それが素質というものだと思っていました…思って、いたのですが…今…レティシア様はヴィクトルの魔力を動かしていました…ましてそのまま術式を描くなんて…そんな事が出来るのは神の御業の領域だと思うのですが、貴女は…」

 「本当に人間なのですか?」と言いたげなマリアンさんはブルリと体を震わせながら後ずさるのですが、ヴィクトル様はまだまだ呆けていますし、騎士達はザワザワと騒めいていて……どのようにこの場を収めようかと考えていると、魔力が広がりました。


()()()()()?」

 そして広がる圧迫感に騎士達が動き出し、呆けていたヴィクトル様やマリアンさんですら目を伏せ反射的に整列したのですが、このノリに慣れていない私だけがポツンと取り残されてしまい……道中一度も顔を出さなかったヴォルフスタン皇帝が馬車の中から出て来たのですが、皇帝陛下は騒めく騎士達を見回しながら短い疑問を口にしました。


「はっ!そ、それ、は…」

 魔力が込められているヴォルフスタン皇帝の疑問に対してヴィクトル様が反応していたのですが、どこから説明しようと視線を彷徨わせていて……ハッキリとしないヴィクトル様の態度に対して皇帝陛下は少しだけ眉を下げ、それから「こいつが犯人か?」というような感じで私を睨みつけました。


 それだけでヴォルフスタン皇帝の魔力が込められている物理的な視線がグサグサと突き刺さって来るのですが……こんな事でアインザルフ帝国とラークジェアリー聖王国の友好関係が崩れては大変だと気合で弾き返し、濡れ衣だという事を伝えるためにブンブンと左手を振ってから弁明を試みてみます。


「ヴィクトル様に『魔法が使えるのか?』と聞かれて教えていただけで」


「た、確かに、簡単に言えば…そう…で!?ぐッ!?」

 そうして固有名詞(ヴィクトル様)が出た事でヴォルフスタン皇帝の視線がヴィクトル様に向けられてしまい……うっかり視線の矢が突き刺さった事でヴィクトル様がビクリと体を震わせると、皇帝陛下は「やっちゃったー!?」みたいな顔をしながら視線を下げていました。


 そんなやり取りを見ていた周囲の人達がヴォルフスタン皇帝の勘気から逃れるように一斉に頭を下げてしまい……申し訳なさそうにしているヴォルフスタン皇帝に対して皆が一斉に頭を下げるという何処かチグハグな対応(謝罪し合っている)に首を傾げてしまいかけたのですが、今はそれより怪我を負ったヴィクトル様の治療を優先する事にしましょう。


 そう思ってヴィクトル様を見てみると、傍に居たマリアンさんが回復の聖印を切り始めていたのでヴォルフスタン皇帝に向き直ります。


「あれは…」

 私の視線を受けてヴォルフスタン皇帝が「教えて出来るようなモノでもないような?」という疑問を漂わせていたのですが、人間の可能性というのはそう簡単に決めつける事が出来ないものだと思っています。


「出来ます」

 だから断言したのですが、ヴォルフスタン皇帝は少しだけ驚いた(会話が繋がった?)というように私の顔を見て……私はヴォルフスタン皇帝に配慮すべき立場なのかもしれませんが、「頑張って練習したら魔法を使う事が出来る」という事実を捻じ曲げてまで嘘をつく必要がないと思います。


 なので少しだけ強気に押し切ると、ヴォルフスタン皇帝は私の顔を見ながら口を開きかけたのですが……結局何も言わずに口を閉じました。


(「そうか(曖昧な同意)」…でしょうか?)

 口下手すぎるヴォルフスタン皇帝から発せられるパチパチと火花が散るような不思議な魔力が体を打つのですが……夜は深け始め、辺りは肌寒さが増していきます。


 それなのに野営の準備は中途半端な状態で……別にこの時期のラークジェアリーだと風邪をひくという訳ではないのですが、好んで夜露に濡れようという人はいませんし……ヴォルフスタン皇帝は一度辺りに視線を飛ばした後、根負けをしたというように息を吐きました。


()()()()

 言葉にしたのはそれだけだったのですが、魔力を通して「ヴィクトルが魔法を使えるようになったら良いな~」なんて事を呟きながらヴォルフスタン皇帝はこの場を後にしました。


「助かった…が?」

 ヴォルフスタン皇帝が馬車に乗り込み姿が見えなくなると、辺りにはドッと安堵するような空気が流れてザワザワし始めるのですが……言葉が短すぎて何を言っているのかがよくわからないといった表情を浮かべているヴィクトル様が首を傾げていて、騎士達もお互いの顔を見合わせながら?マークを浮かべていて……これで本当にコミュニケーションがとれているのでしょうか?


「とにかく…だ!お前ら、明日はドヌビス(敵国)入りだ!残っている野営の準備を終わらせるぞ!!」


「「「「はっ!」」」」

 とはいえ呆けている訳にもいかず、ヴィクトル様の掛け声で騎士達が動き出すのですが……その動きはアインザルフ帝国の人達とは思えないほど雑然とした動きでザワついており、魔法の事やらヴォルフスタン皇帝の様子ついての話が小声で交わされていました。


「すみません…何かややこしい事を言ってしまったようで」

 私が勘違いしてしまった(テストだと勘違いした)事で色々と引っ掻き回してしまいましたし、ヴィクトル様もいらぬ怪我を負ってしまいましたし、野営の準備をしている騎士達の邪魔もしてしまいました。


 それら諸々に対して頭を下げると、ヴィクトル様は先ほどのマリアンさんと同じような顔(困惑しきった顔)をしながら私を見下ろしており、マリアンさんもよくわからないという顔で考え込んでしまっているようで……。


「いや、それは…いいんだが、そうだな…今は考えが纏まらん、魔法の事は一旦落ち着いてから聞かせてくれ」


「そう、ですね…私も…少し、考えを纏める時間を頂いてもよろしいですか?」

 それだけ言ってヴィクトル様とマリアンさんが離れて行くのですが、周囲の騎士達も遠巻きにしながらチラチラと横目で見てきていますし……私はこの奇妙な空気をどうしたらいいのかわからずへにゃりと笑ってみせました。

※レティシアが勝手に分けている魔法の段階は「初級=魔力の活性化による心身の強化やバフ」「中級=目に見えるレベルでの魔法」「上級=対魔物戦に使えるレベルの魔法」といった感じになります。


※アーティファクト = 『神々の遺産』とか『古代の遺物』とか呼ばれている物で、大雑把にランクを分けると「模造品<古代の遺物<神々の遺産」という順番になり、効果や見た目も千差万別な不思議なアイテムです。


※マリアンさんがナイフを持っていても不自然なのでリヴェイル先生のナイフで練習をおこなう事にしました。


※選定の聖玉 = ラークジェアリーにある聖女の選定に使われている謎の玉です。よくあるマナの保有量が多い人が触ると光りだすという物なのですが、実は無理やりマナを吸い取り光らせる事によってマナの動きが理解しやすくなるという効果があります。


 ラークジェアリーではこの宝玉と聖女の教育体制が整っているおかげで他国より聖女になる人が多いのですが、レティシアの目から見た聖女の数というのはそれほど違いがある訳ではありません(修行したら聖女になる事が出来た人達が別の職業についているだけで、絶対数に違いがない感じです)。


 因みにこの宝玉を人間に渡したのは女神の使徒(代理人)であり、『門』の浄化を頑張る人間に下賜された神々の遺産の一つです。


※魔法の習得方法についてなのですが、レティシアはごくごく普通の事みたいな感じで話していますが、全然普通ではありません。というのも他人の魔力を動かす場合は『簡易魔法』が必須になってくるのですが、使いこなせた聖女が今のところレティシア・リヴェイル先生・ルティナ先輩の3人だけしかいません。


 そしてリヴェイル先生は死亡していますし、ルティナ先輩の得意分野は光魔法(攻撃魔法)なので他者との親和性が低く、ルティナ先輩から教わろうとしたら激痛に苛まれる(斥力が働く)事になるのでこの方法で魔法を教える事が出来る人物はレティシアだけとなります。


※レティシアは『簡易魔法』とか言っているのですが、やっている事は『遠隔発動』『高速化』『無詠唱』『三次元術式』『意味の融合』の合わせ技で、難易度はありえないレベルまで高まり過ぎているので全然“簡易”ではありません。

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