11:ドヌビス王国横断開始と魔力制御
結局ヴォルフスタン皇帝と何か話す前に魔物の解体処理が終わり、私達は硬いパンとネルギー草のスープでお昼ご飯を済ませました。
目の前にこれだけ解体したお肉があるのですから、一つくらいちゃんと浄化して食べれば良いのにと思ったのですが、色々な条件で処理をしたのでその比較結果をできるだけ早く知りたいと、そのまま明日まで寝かせるのだという事です。
まるでこの結果がアインザルフ帝国の今後を左右するという様子だったのですが、どうやらこれには帝国の食糧事情が関係しているようで、話を聞く限りでは食事の質はあまり良くないようです。
というのもアインザルフ帝国は寒さが厳しい国であり、まともな植物は育たず優先的に育てている物と言えば傷薬の材料になるような薬草ばかり。
食の改善は二の次三の次どころか食事に力を入れるという習慣が無く、必然的に食事自体が質素なものにならざるを得なかったそうです。
そんな食生活をしながら浄化不十分の魔物のお肉なんて食べていたら体に悪いのではと思ったのですが、アインザルフ帝国だとそれで死ぬのもまた寿命なのだと考えられているようで、仕方がない犠牲として切り捨てられているようです。
「だがお前が示した方法で瘴気を取り除く事が出来れば、多くの民が救われる」
馬車での移動中、ポツリと溢したヴォルフスタン皇帝の言葉はあまりにも真に迫り何も言えなくなってしまったのですが、アインザルフ帝国は聞きしに勝る大変な国のようでした。
相変わらずポツリポツリとしたヴォルフスタン皇帝の話を聞きながら、私達はザイン様率いる偵察隊に先導される形でドヌビス王国の横断を始めたのですが、この辺りはまだラークジェアリー聖王国の浄化範囲にかかっているそうで、あまり魔物の襲撃もない安全な道だという事です。
それでも周囲は奥深い森で覆われ何処から襲撃があるかわかりませんし、魔の森と恐れられているファンダリア森林に近い所を通る道なので警戒は厳重です。
本隊を率いるのはヴィクトル様で、ヴォルフスタン皇帝と私は基本的に中央の馬車の中でお留守番でした。
これは別に私達が戦力外扱いという訳ではなく、流石に皇帝陛下がずっと先陣を切る訳にも行かないからという理由のようです。
それにヴォルフスタン皇帝は強い事は強いのですが、戦い方は自分の事を顧みない獣のような戦い方であり、1対1であればどんな相手でも後れを取る事はないのかもしれませんが、殴れば拳を痛め、蹴れば足を痛めと、持久力に欠けるというのが欠点でした。
そういう訳で初戦はドヌビス王国の罠を警戒して突撃したヴォルフスタン皇帝なのですが、常時先陣を切るという無謀な戦い方はしないよう自重しているようで、基本的には他の騎士達に任せているようです。
まあ唯一の帝位継承者が常に最前線にいるというのは安全上の問題もありますし、騎士達の存在価値の問題もありますので、そういう周囲の人達の心配に応える意味でも後方に下がっているのでしょう。
ただ魔物の襲撃が報告されるたびに馬車の中で歯痒そうに貧乏ゆすりをしている姿を見ていると、なんだか微笑ましくて私は笑ってしまいそうになりました。
狼皇帝なんていう変なあだ名で呼ばれて恐れられているようなのですが、本当にこの人はアインザルフの事を真剣に考え、皆の願いに沿うように動いているのだとわかり笑みがこぼれたのですが、そんなヘラヘラと笑う私に対してヴォルフスタン皇帝が睨みをきかせます。
視線に乗った魔力の矢がドスドスと私に突き刺さり、魔力の圧によって座席がギシリと軋むのですが、そんなに心配ならご自分が出れば良いと思えて余計に可笑しいです。
「気になるのでしたら出てみればいかがですか?」
流石に先陣切って突撃して来いとは言いませんが、本隊側に流れてくる魔物を倒す程度でしたら、ヴィクトル様達もそれほど心配しなくてすむと思います。
「……そういう訳にもいくまい」
これだけ魔力を垂れ流していますと、普通に攻撃しただけで味方を巻き込んでしまう可能性があります。
そのため騎士達と足並みを揃えて戦う事が出来ず、ヴォルフスタン皇帝が取れる作戦は単独での突撃のみ。
そんな無謀な突撃を繰り返す訳にもいかないとおっしゃるヴォルフスタン皇帝なのですが、問題は魔力を垂れ流している事が原因なので、そこを何とかすれば問題が解決するような気がします。
「少し魔力を抑えて戦えば良いのでは?」
私は単純にして一番簡単な解決策を提示してみたのですが、ヴォルフスタン皇帝は一瞬だけ目を見開き、それから馬鹿にしたように口の端を歪めます。
「出来るのか?」
暗に「何を馬鹿な」とか「出来るものか」という意味を乗せながらそう尋ねてこられたのですが、私は改めてヴォルフスタン皇帝の全身を眺めながら考え込みました。
毛先まで魔力が通った逆立つ黒い長髪と、濃縮された魔力光がそのまま目力となっているような黄金の瞳。
軽く日に焼け鍛えられた体の中には古代竜並みの魔力が内包されており、強い威圧感を放つ赤黒い魔力が漂っています。
ドラゴンの場合はその巨体の維持をするためにも魔力が使われているのですが、ヴォルフスタン皇帝の場合は垂れ流しに近く、制御されていない魔力は陛下の意志や無意識に合わせて動きます。
帝国風に言うとハイニッシュティアーズが常時発動している状態と言いますか、制御されずに溢れ出た魔力が体を覆い、触れる物に影響を与えているような状態です。
そのためヴォルフスタン皇帝は触る人を傷つけてしまうのですが、ドラゴン並みの魔力をもっているのでしたら、ドラゴンと同じように魔力の無駄遣いをすれば問題は解決するのかもしれません。
「流石にこれだけ多いと常人のようにとはいきませんが、十分可能だと思います」
頭の中で幾つか候補となる術式を思い浮かべながら私がそう言うと、ヴォルフスタン皇帝は今度こそ大きく目を見開きました。
「本当か…?」
信じられないという様に呟くヴォルフスタン皇帝を安心させるために、私は努めて何でもないようにヘラリと笑います。
「垂れ流している魔力に方向性を持たせれば十分に可能だと思いますよ」
人を傷つけない魔法となると自己治癒に回すのが一番無難だと思うのですが、これだけ魔力量が多いと魔法が一つだけでは足りないかもしれませんし、今まで無意識のうちに強化されていた身体強化や感覚強化が無くなるのは不味いでしょう。
そうなると自己治癒に大半の魔力を振りつつ、余った魔力で感覚を強化し、残りで身体強化するのが無難なのかもしれません。
3魔法同時運用となるとなかなか大変なのかもしれませんが、これだけ魔力が余っているのなら、強化系の魔法は余力を回すだけでも十分な効果を発揮するでしょう。
そもそもいきなり全てを極める必要はないですし、徐々に慣れていけば良いと思いますので……私がヴォルフスタン皇帝の魔力運用を見た限りでは、大丈夫だと思います。
「っ、それは……いや、そんな簡単に出来るものなのか?」
私が安請け合いしているからでしょう、ヴォルフスタン皇帝は何か酷いペテンにでも引っ掛けられているのではという顔をするのですが、私はただただニッコリと笑います。
いつも無表情で周囲を威圧しているヴォルフスタン皇帝なのですが、こうなるとまるで藁にも縋るような感じで、魔力が泳ぎます。
この揺れは何時も1人で頑張っているヴォルフスタン皇帝の不安の表れなのかもしれませんが、私は頑張っている人はちゃんと認められ、大変そうなら手を貸すべきだと思います。
陛下がアインザルフの為に身を粉にして頑張っているのは皆さんも知っていますし、皆のために頑張っているヴォルフスタン皇帝はもっと皆から感謝され、労われるべきだと思います。
それなのに魔力が多いという理由だけで周囲から距離をとられるのは間違っていますし、悲しすぎます。
これだけ頑張っている人が目の前にいるというのに、また見捨てたとあればリーミエイニィでリヴェイル先生に合わせる顔がありません。
「…大丈夫です、まずは魔力の安定と、それから術式を見せるためにも手を取らせてもらいますね」
つい意気込みが漏れそうになった私は誤魔化すように笑うと、未だ戸惑いを隠せないヴォルフスタン皇帝の手を取りました。
「すみません、右手で私の首辺りに手を添えてもらってもいいですか?」
「それは……」
左手でヴォルフスタン皇帝の右手を、右手でヴォルフスタン皇帝の左手を取り両手で輪っかを作りたかったのですが、右半身が動かないのでどうしようもありません。
だからと言っても胸やお腹を触ってもらうというのも何か変な気がしましたので、首で妥協してもらいましょう。
「私はそう簡単に死にませんので」
掴んだ右手から伝わるピリピリした感触はヴォルフスタン皇帝の戸惑いそのもののようで、揺れた魔力が私の左手からチリチリと伝わってきます。
きっと今まで色々な人に触れて傷つけて来たのでしょう、首筋に手を当ててと言われて躊躇っているヴォルフスタン皇帝なのですが、ヴィクトル様の時とは魔力量が違いすぎるので普通の方法だと魔法を教えられません。
そもそも魔力の運用自体は出来ているので押したり認識してもらう必要はないですし、むしろ流れを調整して術式を教えていかなければいけませんので別のやり方が必要となります。
一番手っ取り早いのが私の体の中に魔力を通して整えながら教える方法で、私は触っても大丈夫という様に掴んだ手を軽く揺すってみせるのですが、それでやっと踏ん切りがついたようで、ヴォルフスタン皇帝は一拍の間を置いてから頷きます。
「…分かった」
恐る恐る、初めて女性に触るというようなたどたどしさで首筋に触れてくるのですが、対流する魔力はまるで燃える火の玉のような熱を持ち、勢い余ったヴォルフスタン皇帝の左手がバチン!と私の首筋に命中し、衝撃で体がブレました。
ヴォルフスタン皇帝なりに自制心を働かせて魔力を押さえようとしてくれているのだと思うのですが、逆におっかなびっくり過ぎて魔力が不安定に揺れています。
「すみません、ちょっと…」
その魔力に合わせて結界と身体強化の強さを調整しているのですが、首筋に当たる魔力の感触がくすぐったくて、ちょっと笑ってしまいました。
「…すまん」
そのブワンブワンとした刺激がくすぐったくて私が笑っていると、ヴォルフスタン皇帝はやっと体の力を抜いたように笑い、魔力が安定します。
「ではまず魔力を整えます」
ヴォルフスタン皇帝の両手から流れてくる魔力に方向性を持たせて巡回させ、飛び抜けたりバラバラになっている箇所を調整して落ち着かせます。
私は出来るだけ気負わず練習できるように軽い口調で説明を続けるのですが、普通の人の魔力が一本の線のようなものだとすれば、ヴォルフスタン皇帝から流れてくる魔力は大河のような勢いで、その辺りはもう良い感じに受け流すしかありません。
「この魔力を術式に流して…」
マナの光で術式を見せながら、私はまず世間一般的には無駄でしかないと言われている自己治癒用の魔法から習得してもらう事にしました。
因みに無駄でしかないというのは魔力を使った魔法では他人を回復させる事が出来ず、効果も低く物凄く燃費が悪いからです。
この辺りが聖女の使う回復魔法と違うところなのですが、詳しく説明しようとすればマナの受動性云々という学術書が必要になってくるので割愛します。
とにかく基本的には魔力による回復は自分しか治せないのですが、治療が必要になる程傷ついている場合は魔法が使えない状態になっている事が多く、そんな時に燃費の悪い魔法をかけている余裕がないからです。
そもそもこの魔法は一種の身体強化と言いますか、体の免疫機能や修復機能を活性化させているだけなので治せる傷にも限界があると散々なのですが、魔力を無駄使いしたいヴォルフスタン皇帝にはおあつらえ向きの魔法とも言えました。
続いて身体強化の応用による感覚強化、残りの魔力を周囲に飛ばした索敵魔法と教えていき、最後に余った魔力を身体強化に回すようにしていきます。
私は荒れ狂う大波のような魔力を何とか制御しながら術式を作りあげ、一つ一つ魔法を教えていったのですが……どうやらヴォルフスタン皇帝は一発でコツを掴んだようですね。
「………」
真剣な様子で魔法を覚えようとするヴォルフスタン皇帝の顔を見ながら私は内心驚いていたのですが、この様子だともう少し練習するだけで何とか形になりそうです。
ヴィクトル様もすぐに魔法が使えるようになりましたし、ヴォルフスタン皇帝もこの様子ならすぐに魔法を覚えそうなのですが、アインザルフ帝国には天才しかいないのでしょうか?
騎士達の皆さんも優秀ですしとヴォルフスタン皇帝のあずかり知らぬ所で私は戦々恐々としていたのですが、とにかく習得が順調なのは良い事だと思います。
そういう魔法の練習が出来るくらいに本隊は落ち着いており、ヴォルフスタン皇帝が急遽出陣しなければならないという状況にはならなかったのですが、露払いとして先行していたザイン様やマリアンさん達は定期的に魔物の襲撃を受けていたようです。
最終的に今日の野営地までの間で出て来た魔物は森林狼が56体、野犬が46体、茶熊が16体、赤熊が4体、木樹精霊が2体、緑蜥蜴が32匹です。
ラークジェアリー聖王国との国境からまだ近い事もあり瘴気は薄く、強い魔物が出てこなかったので手こずる事も無かったのですが、襲撃の回数が多かったので距離は稼げず、今日の野営予定地に到着したころにはマリアンさんに疲労の色が見えました。
この辺りはアインザルフ帝国のお国柄と言いますか、私の目にはマリアンさんがあまりにも丁寧に魔法をかけすぎているので無駄に疲労してしまっているように見えるのですが、同僚として指摘するべきでしょうか?
リヴェイル先生の教えに従うのなら伝えるべきなのですが、戦闘の疲労を残しながらも作業を分担し、夕日に照らされた開けた森の一部にテキパキとテントを張り始めた騎士達を見ていると、まずは野営の準備を手伝った方が良いのかもしれないと思い直します。
(足手まといにはならないようにしないと)
午後からはヴォルフスタン皇帝と一緒の馬車に居ただけなので何の役にも立てていませんので、せめて野営の準備くらいはしっかりと手伝おうと私は気合を入れなおしました。
※「また見捨てたとあれば」の「また」とはリヴェイル先生の事です。レティシアはリヴェイル先生が死ぬ筈がないと思い込んでいた結果何もしてあげられず、無理をさせてしまい亡くなったと思い込んでいます。
※魔法で他人が回復できないのは魔力で相手を攻撃してしまうからです。この辺りはヴォルフスタン皇帝の魔力が他人を傷つけてしまうようなのと似たような効果が発生しています。




