8:森林狼戦とその後の出来事
※欠損等の過激な描写が含まれる為、苦手な方はご注意ください。
『ギャンッ!?』『ギャフッ!!』『ギャッ!?』『ギャイン』『キャン!?』『ギャン!?』『キャンッ!!』
確実に足を止める為に1匹あたり数十発、今まさに飛び掛かろうとしていた森林狼達に向かって光弾を叩き込み……弾けた砂埃のせいで一時的に視界が悪くなるのですが、何となく“生きている”という感じがしているので倒し切れてはいないのでしょう。
(予想通り…では、あるのですが)
結晶化のせいで火力が落ちているというのもあるのですが、私の光魔法だと火力が足りていないのか倒し切れない事が多くて……それでも機動力を削ぐ事には成功したようですし、砂埃が晴れると森林狼達はよろめくように立ち上がろうとしているところでした。
(これで…という訳にもいかないようですね)
邪魔にならないように立ち回ったつもりなのですが、一当てされるのを覚悟していた盾持ちの騎士達は驚愕の表情を浮かべながら足を止めており、攻撃を受け持つ騎士達の初動も遅れているようでした。
「皆さん、今です!」
ごくごく最近入った私には指揮権が無いのですが、森の中を縦横無尽に走り抜けて来るという機動力が武器の森林狼達が街道付近の平地で足を止めているというめったにないチャンスを無駄にしてはならないと棒立ちをしている騎士達に声をかけて……その声に我に返った騎士達が「お、おー!」とどこか気の抜けた声を上げながら攻撃を開始するのですが、完全に攻撃のタイミングを逸していたのかたたらを踏んだりよろめいたりしているような有様です。
それでも瞬く間に立て直すと武器を叩きつけるように致命傷を与えており……一気に5匹の森林狼を倒してしまいました。
これは攻撃に参加した人数を考えると異例ともいえる成果だったのですが、その中で最も特筆すべきなのはヴィクトル様で、付与された大剣で瞬く間に2匹の森林狼に致命傷を与えていました。
「うぉらぁっっ!!!ってなんじゃこりゃぁーーー!!?ふぉぉおおおっ!?!?」
ただ攻撃時の掛け声が独特過ぎるような気がしたのですが、その攻撃力は凄まじく……真っ二つにされた森林狼が豪快に斬り飛ばされていきます。
残った森林狼も大きな傷を負って逃げ出す素振りを見せていたのですが、追撃をおこなった騎士達によって次々と討ち取られていきました。
(流石アインザルフ帝国…というべきなのでしょうか?)
まさに圧勝というべきであり、喜ぶべき成果ではあるのですが……皆はどこかその結果が信じられないというような表情を浮かべており、壊れた武器やら血と瘴気を流しながら倒れ伏す森林狼達を眺めてから……全員の視線が私に集中しました。
こんな時にも練度の高さを見せつけなくてもいいと思うのですが、ほぼ同じようなタイミングで合計76の瞳に見つめられてしまい……。
「さ、さあ…陛下を追いかけましょう!」
引きつりかけてしまった表情を弛めてへにゃりと笑うのですが、光弾を広範囲に降り注がせた後なので魔石の浄化も出来ていますし……早く追いかけなければドヌビス王国の兵士達が惨殺されてしまうのかもしれません。
(アインザルフ帝国に所属する事になった私が言える事ではないのですが、助けられる命なら助けたいと思いますし)
リヴェイル先生ならそう言うだろうと思って提案をしてみるのですが、皆さん戸惑ったように顔を見合わせるばかりで……その視線が指揮官であるヴィクトル様に注がれると、ヴィクトル様は我に返ったような顔をしながら顎に手を当てて考え込んでしまいました。
「そ、う…だな、よし!テファンはマークス隊とブリギッド隊を率いて馬車の護衛!残りは陛下の援護だ!」
ヴィクトル様は色々と聞きたい事があるというような視線を向けて来たのですが、個人的な疑問と皇帝陛下を守るという使命を天秤にかけた結果、ヴォルフスタン皇帝を追いかける事を優先したようです。
「ロルフはマリアンと残りの騎兵を連れて先に行け!パウルは下馬!そんでもって嬢ちゃんは…」
そうして少し考えればわかる事だったのですが、ヴィクトル様は足の速い騎兵を先行させようとしているようで……私は慌ててしまいました。
「あ、あの!私も陛下のご助力に…!」
このままだとドヌビス王国の兵士達が無駄に惨殺されてしまうだけなのですが、だからといって「ドヌビス王国の人達を助ける為に」なんていう事を言えば要らぬ疑いをかけられてしまいそうですし……いかにも「心配なので」という顔を作りながら提案をしてみるのですが、私は自分自身の見通しの甘さが嫌になってしまいます。
追いかける場合は足の速い騎兵からになるのはわかり切っていましたし、そんな事すら失念していた私はやっぱり駄目駄目なのでしょう。
「いや、それ、は…」
そうしてアイザルフ帝国内の人員配置に関しては即断できるヴィクトル様なのですが、私の扱いはどうしたものだろうというように言葉を詰まらせていて……周囲の森林狼達の死体やヴォルフスタン皇帝が駆け抜けて行った方向に視線を向けながら何とも形容しがたい表情をしながら考え込んでしまいました。
(今まで敵国扱いだったのでやむを得ないのですが)
個人としては良い人だと思ってくれているようですし、信用もしてくれているのかもしれませんが……アインザルフ帝国を支える騎士団のトップとして私を荷馬車の近くに配置しても良いものかと悩んでいるようですし、不穏分子は自分の目の届く範囲に留めておきたいというのが本音なのでしょう。
だからといって結晶化している私を先行部隊に組み込んでも良いのかわからないといった様子ですし、聖女である私とマリアンさんは別々に運用するのが最善だと思っているみたいなのですが……その場合は配置がグチャグチャになってしまいます。
(だからといって、ですね)
ヴィクトル様が悩み込んでしまったのですが、うっかりミスのせいでドヌビス王国の兵士達が虐殺されてはたまらないと不退転の思いを込めてジッと見つめていると、意外なところから援護射撃が飛んでくる事になりました。
「レティシア様は馬に乗れますか?」
膠着状態を破ったのは馬に跨りカッポカッポと近づいて来ているマリアンさんだったのですが、流石アインザルフ帝国の聖女というべきなのか目を閉じたまま危なげなく騎乗しており……ラークジェアリー聖王国とアインザルフ帝国の違いを感じてしまいました。
「は…はい、大丈夫…だと、思います!」
因みに今現在の聖女事情がどうなっているのかはわからないのですが、10年前のラークジェアリー聖王国だと馬に乗れない人が大半で……私が知っている中で一番馬術が上手かったのがルティナさんで、意外な事にリヴェイル先生は全力疾走は出来るけど曲がる事が出来ないという不思議な腕前をしていました。そして肝心要の私はというとお2人の中間くらいの腕前で……。
「大丈夫とは言うが…う~む、しかし」
結晶化の影響で色々とバランスが悪いのですが、騎乗するだけなら魔法で何とかできると思って頷くとヴィクトル様は大げさに頭を抱えてしまい……マリアンさんが不敵に笑いながら首を傾げてみせました。
「悩んでいる暇はありません、孤立している陛下を助けに行かなければいけませんし…万全を期すならレティシア様の力が必要だと愚考致しますが?」
「愚考致しますがって、お前は…なぁ、簡単に言ってくれるが」
ヴィクトル様は「やれやれ」みたいな感じで頭を掻いているのですが、私という不穏分子が残るリスク、一緒に行くリスク、それぞれの良い所と悪い所を考えているようでした。
「わかった、良い方向に転ぶ事を祈る…か、マリアン、一緒に乗せてやれ」
流石に単独で馬に乗せるのは不安が大きすぎますし、装備を固めた騎士より軽装備のマリアンさんと一緒の方が良いだろうという事で2人乗りをする事になったのですが、ヴィクトル様は出発準備を終えた騎兵小隊が様子を窺ってきているのを横目で見ながら絞り出すように決断を下しました。
(これでひとまず…なのですが)
私はその言葉に安堵の息を吐き出しかけて……むしろこれからなのだと表情を引き締めました。
「ありがとうございます、足手まといにならないように気を付けますので…どうぞよろしくお願い致します」
同行の許可を出してくれたヴィクトル様と助言を入れてくれたマリアンさんに頭を下げておくのですが、私が馬に乗っていたのは巡回聖女をしていた10年近く前の話で……その頃とは色々と事情が変わってきているという事もあってちゃんと馬に乗れるのかが心配になってきてしまいます。
(当たり前なのかもしれませんが、国によって馬の大きさも馬具の仕様も違うのですね)
アインザルフ帝国の馬はラークジェアリー聖王国の馬よりガッシリしているような気がしますし、やや毛が長くて足が太いというのも特徴といえば特徴なのでしょうか?馬具も戦闘を主体としているようで……移動用と割り切っているところがあるラークジェアリー聖王国とは乗り心地が違うのかもしれません。
(っと?)
そんな事を考えているとマリアンさんが乗っているお馬さんと目が合ったのですが、私がへにゃりと笑うとやや年嵩のいっている葦毛に近い灰色をした軍馬が「ブルル」というように嘶き……自分の名前がグリュースターであるという事を教えてくれました。
「誰か介添えを…鞍の問題でかなり詰める事になりますが、レティシア様は…ば、っと?」
そうしてマリアンさんが私を乗せる為に近くに居た騎士に声をかけてくれていたのですが、誰かの手を借りる前にグリュースターさんの方からしゃがみ込んでくれて……。
「ありがとうございます」
その鼻面を撫でると「ブルルッル」と嘶かれたのですが、スカートの開きを気にしながらマリアンさんの手を借りて後ろに乗り込むと、グリュースターさんがよっこらせと言うように立ち上がり……介助をしようと近づいて来ていた騎士達が「おぉお!?」っとどよめきながら離れました。
「え、えぇ…?って、コホン…この馬は気性が荒いようですし、レティシア様は振り落とされないようにしがみついていてください、最悪の場合は馬具に固定する事も出来ますが?」
視点が一気に上がり……マリアンさんがよくわからないといった顔で機嫌よく体を揺すっているグリュースターさんの様子を窺いながら確認を取って来るのですが、軽く確かめた感じでは無理やり固定する必要はないと思います。
「強化をかけておきますので、その辺りは大丈夫かと?」
マリアンさんの後ろに乗る事になった私はお言葉に甘えさせてもらい腰の辺りに腕を回すのですが、いくら鎧を着た大柄な騎士にも対応している鞍といっても女性の2人乗りだとギュウギュウで……座り心地を確かめながら水晶化の治癒に回している魔法を脚力の強化に回したり結界魔法の応用で体を固定したりしておきました。
「わかりました…では」
そんな会話や準備をしていたのですが、マリアンさんが軽く合図を送るとヴィクトル様も頷き返して来て……。
「先行部隊の最優先事項は陛下の発見と安全の確保だ!魔物やドヌビスの伏兵が潜んでいる可能性が高い!奇襲には十分気を付けるように…よし、行け!」
「「「「はっ!」」」」
私達が馬上で安定したのを確認してから、ヴィクトル様が周囲の騎士達に号令をかけました。
「申し訳ありません、出遅れておりますので我々が先行します!ピーターはロッシュフォール様の護衛につけ!ついて来れないようだったら後続のパージファル様と合流を!陛下の事は私達にお任せいただければ大丈夫…ですので!」
号令に応じる形でロルフと呼ばれている威勢の良い騎兵が駆け出すのですが、先行する騎兵小隊を任せられるだけあってロルフさんの馬術は見事なもので……。
「ロッシュフォール様…我々も!」
「ええ、わかっています!飛ばしますのでレティシア様は振り落とされないように!」
私達の護衛として残るピーターさんが挨拶代わりに得物であるハルバードを軽く振ってみせたのですが、少しだけ緊張の面持ちをみせているマリアンさんは軽く呼吸を整えてから手綱を握りました。
「よろしくお願いします…グリュースターさんもお願いしますね」
前半はマリアンさん達に、後半は乗っているグリュースターさんに向かってお願いをするのですが……マリアンさんとピーターさんが「あれ?なんで馬の名前を知っているんだろう?」みたいな顔をしてから「まあ、誰かから聞いたのでしょう」みたいに自問自答をしたようで、不思議そうな顔をしながらも先行部隊に負けじと合図を送り……。
(少しだけ…強化をかけますね!)
そんな2人の戸惑いを他所にグリュースターさんに身体強化をかけると「ブルルッ!」と元気よく返事が返って来る感覚があって……アインザルフ帝国の人達はあまり身体強化をかけてもらう事に慣れていないようですし、倍率の低い身体強化とスタミナ回復の魔法をかけておく事にしましょう。
「は?え、ちょっと…!?」
「なっ!?え、ぇええ!?くそっ、どういうッ!?……ッ!?」
そうして強化されたグリュースターさんが元気いっぱいといった様子で駆け出すと、護衛であるピーターさんはおろか先行していたロルフさん達ですら余裕で抜き去って行くのですが……速度差はだいたい5倍程度でしょうか?ロルフさん達が何事かと叫び声を上げながら速度を上げたのが見えたのですが、単なる馬術だけでは覆す事のできない速度差によって距離が離れていく一方です。
(この感覚も久しぶりですね)
猛スピードで後方に流れて行く景色とグリュースターさんから伝わる息遣いや生命の鼓動、馬特有の高い体温や疾走時の不安定さを制御しながら街道まで伸びて来ている枝や茂みを結界で弾いてヴォルフスタン皇帝が残している魔力の残滓を追いかけるのですが、こうして馬に乗っていると巡回聖女としてラークジェアリー聖王国の端から端まで走り回っていた頃を思い出してしまいます。
「も……して、何…奇跡…使って…ます…?」
そんな懐かしい記憶に浸っていると、マリアンさんが話しかけて来ていたのですが……風と振動に掻き消されてよく聞こえませんでした。
たぶん「もしかして、何か奇跡を使っていますか?」だと思うのですが、今喋ると舌を噛みそうだったのでお腹に回している手を軽く揺する事で肯定の意思を伝えておきました。
(伝わった…の、でしょうか?)
返事を返している余裕が無いのかマリアンさんからの反応が無かったのですが……因みに私が使っているのはラークジェアリー聖王国の端から端まで走り続けるという生活をしていた時にリヴェイル先生から教わった魔法であり、先生が編み出したという地味に凄い技術だったりします。
本来の使い方としては部隊全員にかけるものなのですが、ロルフさん達がドヌビス王国の人達と戦闘に入っても困るのでかけているのはグリュースターさんだけで……戦闘が出来るといっても聖女であるマリアンさんと非力な私だけの救援隊では色々と不安が残るのですが、流石にヴォルフスタン皇帝も突出しすぎる愚は犯さないと思いますし、ある程度の距離を進んだら引き返そうとして来る筈です。
それくらいの距離ならロルフさん達が追いついてくると思いますし、何か困った事になっていれば時間を稼いで皆が追いついて来るのを待てばいいのでしょう。
(何も起きていない方が良いのですが…っと?)
そう思っていたのですが、ロルフさん達を振り切るか振り切れないかという辺りでヴォルフスタン皇帝の姿を発見して……木々が倒れて広場になっている場所には森林狼の惨殺死体が3匹、緑子鬼の欠片が16体分、豚鬼のひき肉が7体分転がっており……ドヌビス王国の兵士達の姿は影も形もありませんでした。
周囲の森の中にもそれらしい気配はなくて……佇んでいるのは返り血で真っ赤に染まっているヴォルフスタン皇帝と逆包囲をするために先行していた騎士隊の一部で、ドヌビス王国の人達は本格的な戦闘を避ける為にさっさと撤退してしまったのかもしれません。
(どうやら…先遣隊と接触してしまった辺りで撤退を選んだようですね)
魔物による足止めを食らった陛下達は逃げるドヌビス兵を追い詰める事が出来なかったようで、死体の山が築かれていなかった事に安堵の息を吐く事になったのですが、私達がやって来ている事に気が付いたヴォルフスタン皇帝はとても不機嫌そうで……。
「お前達…」
何故追ってきた?とでも言いたげに胡乱げな視線を向けて来るのですが、戦闘の昂りが残っているヴォルフスタン皇帝の体から強い魔力の塊が放出されており……距離があったので殆ど影響は無かったのですが、不機嫌そうに揺れる魔力に驚いたグリュースターさんがたたらを踏むように急ブレーキをかけてしまい、バランスを崩した私は振り落とされかけてしまいました。
「レティシア様!?」
マリアンさんがすんでのところで服の端を掴んでくれたおかげで頭から落下するという面白おかしい姿をさらさずに済んだのですが、手綱を掴んだままズレ落ちかけている私を引き上げるのは難しいと判断したのかそのまま地面に下ろされる事となり……落ち着きなく足踏みをしているグリュースターさんの制御を諦めたマリアンさんも一緒に降りる事になりました。そうして追いついてきたロルフさん達も周囲の安全を確認してから次々と下馬していき……。
「………」
その様子を眺めていたヴォルフスタン皇帝はとてつもなく不機嫌だったのですが、平伏する騎士達に状況の説明をする訳でもなく軽く目を伏せながら考え込んでいるようで……そんなヴォルフスタン皇帝の様子を一言で言い表すのなら“理解できない”といった感じでした。
というのも本隊の方に迫っていた森林狼は8匹、行き掛けの駄賃に狩ってきたのを除いたとしても37名の騎士と2名の聖女に7匹の森林狼が襲い掛かって来ていた計算で……常識的に考えるのなら今なお戦いが続いていると考えるのが妥当といえる状態でした。
そんな中、追って来たのが騎兵だけとはいえ……むしろ騎兵隊に所属しているような実力者がこちら側に抜け出して来ており、聖女が2人ともこちらに来ているという状態です。
(何か…認識がすれ違っているような気がするのですが?)
ヴォルフスタン皇帝は私達が森林狼を無視して追いかけて来たのだと思い込んでいるようで……「仲間を見捨ててきたのか?」という怒りを込めた視線を叩きつけてきていました。
「本隊の方に迫った魔物は倒しましたので、救援に参りました」
防御魔法を展開しながら魔力を受け流すのですが、ヴォルフスタン皇帝から叩きつけられている濃厚な魔力によってミシミシと地面に亀裂が入っており……誰も口を開く事が出来なかったのですが、私が代表する形で残っている人達の様子を伝えると圧力がフワリと弛みました。
「それ…は?」
「本当なのか?」と、信じられないと目を丸くするヴォルフスタン皇帝を安心させる為にへにゃりと笑い、私は肯定の意味を込めて頷きます。
「嘘をついても仕方がありません、もう少しでヴィクトル様も到着される筈ですので、報告はそちらから…それより」
散らばっている魔物の死骸から瘴気が漂ってきていますし、いくらヴォルフスタン皇帝とはいえ多勢に無勢だったのか、右手にザックリとした傷を負っているようで……。
「浄化と怪我の治療をおこないます」
私はサクっと魔物達の浄化をおこない、続けてヴォルフスタン皇帝の治療に入ろうと思ったのですが……ヴォルフスタン皇帝が纏っている圧倒的な魔力によって阻まれてしまいます。
(魔力が多すぎるというのも良し悪しがあるようですね)
仕方がないので傷口に直接手を当てて治癒魔法を叩き込もうと駆け寄るのですが、後ろからマリアンさん達の息を飲む音が聞こえてきて……その意味を理解する前にヴォルフスタン皇帝が何かを恐れるようにビクリと体を揺らしました。
「!?」
そういう反応には気づいていたのですが、ポタポタと出血が続いている傷口を確認しようとヴォルフスタン皇帝の右手に触れてみると、触られる事にトラウマでもあるのか制御力を失った魔力の渦が勢いよく噴き出してきて……私の左手首から先が消し飛びました。
※レティシアは『ホーリーアロー』の威力が足りないと言っていますが、この場合は比較対象になっているルティナさんの火力がおかしいだけで、力自慢の騎士が寄ってたかってボコボコにしたくらいのダメージが入っています。これは後述するマナの性質によるものが大きいのですが、レティシアの場合は攻撃より支援の方が向いているというのが関係してきています。
※76の瞳 = 40人から陛下が抜けて78ではないかと思われるのかもしれませんが、マリアンさんが目を閉じているので76個です。
※ヴィクトルがマリアンさんを先行させたかったのは治療や浄化を行う為なのですが、マリアンさんがレティシアを連れて行きたかったのは陛下のピンチ?に颯爽と駆け付けて助け出すみたいなシチュエーションを作りたかったからで、何かしらの戦術的な意図があった訳ではありません。
そしてレティシアまで先行させると馬車の周りに散らばっている森林狼の浄化が後回しになるのですが(実はちゃんと浄化されていますが)、その辺りの臨機応変な対応はテファン(第一騎士団副団長)が上手くやってくれるのだろうという判断がありました。というより臨機応変に動けなければ第一騎士団(皇帝陛下が直率する近衛騎士隊)の副団長にはなれません。
※光弾を広範囲に降り注がせた後なので魔石の浄化も出来ていますし → 内包しているマナによって微妙に個人差があるのですが、レティシアの場合は『祝福』が込められているのでその場に留まりやすい(命中した部分を『祝福』していく)性質を持っており、瞬間火力は低いものの持久力に優れるという特性をもっています。なので対魔物用に転用した場合はデバフ(常時浄化)を付与していく効果があり、この辺りの特性の違いは魔法における属性の違いみたいな感じで得手不得手があります。
※馬に関してなのですが、瘴気による魔物化で我々の知っている馬より知能が上がっています(具体的にいうと5歳~10歳程度で、頭の良い馬だと単独で魔物と戦える程度の知能があります)会話についてはこういう事を考えているような気がするというのをレティシアが翻訳した結果であり、あくまで主観上の発言と思ってください。
※馬術(聖女の場合)に関しての補足なのですが、レティシアの馬術はかなり特殊です。というより馬術なのかがよくわからないレベルの謎な技術で馬に乗っているのですが、この辺りはもう少し後の話で説明があるのかもしれません。
因みにアインザルフ帝国の場合は馬上戦闘が出来る力量が必須であり、ラークジェアリーの場合だと移動補助という範囲を超えず、速歩から駆歩が出来る程度の腕前が求められています。
というよりラークジェアリーの場合は巡回聖女(全体の3分の1)でも無ければ馬に乗る事がありませんし、その中でもある程度乗りこなす事が出来るのは7割から8割程度です。ごくごく一般的な聖女の腕前はレティシア以下リヴェイル先生以上というくらいではあるのですが、裸馬に乗っている場合はレティシアがダントツとなり……というより裸馬に乗ったままの全力襲歩(身体強化とスタミナの回復をかけて100km超で突っ込んで来る)を仕掛ける事が出来る聖女がレティシアしかいないといいますか、そんな変態機動を行おうとしたのがレティシアしかいませんでした。




