貴族令嬢VSガスト
「ふぁみれす⋯⋯? いかにも貧しい庶民が群れをなして入りそうなところね」
寒風吹きすさぶ街を、マリーが歩く。
ドレスの裾を北風と共に翻しながら、ふらふらと、どこか力無く。
スカートから上にはダウンジャケットを身につけ、頭にはニット帽を深く被る。完全防寒のフル装備である。背中にはリュックサックと吊るされた警棒。
年度末も近い、マリーは今年も警備員のバイトをやっていた。ガッツリ10時間。
「ぶぁっくしょいっっ!!」
淑女の上品なクシャミが街に響く。されど振り返るものもなく。
「あー、寒っ! 10年に1度の寒波ってなんなんですのこれ⋯⋯今頃日本海側は地獄の大雪なんでしょうけど」
1月も半ばを過ぎれば寒さも最高潮に達する。
「うぅ、なんか暖かいものでいきたい気分⋯⋯でも洋食とも和食とも言えない感じなのだわ。たまにありますわこの食欲の迷子になったような感覚」
いつもはインスピレーションのままに進むマリーにも、なにが食べたいのかわからない、そんな時がある。千々に乱れて揺れるか弱い乙女の心を不意に覗かせるのだ。
「優柔を決められず断ち切ることも出来ない⋯⋯そんな今の私に流れ行き着き、当てはまる場所は──ここね」
見上げる看板。赤と白。
迷える者達の、その漂着の場。
ガスト
「いらっしゃいませーお好きな席にどうぞー」
するりと入店すれば店員が声を掛ける。自由に選べる席を、流されるがままにマリーは腰を掛ける。
「ふふ、頼む予定は無いけれど、ついドリンクバーの近くを選んでしまいますわね」
その身に染み付いた戦場の所作であった。
「貴族子女工業高校時代、よくここで学友と時間を潰したものだけれど、あのころとはまた雰囲気が少し変わったような」
思い出す、24時間営業のガストで無限とも思えた青春を潰し続けた夜のことを。
ドリンクバーのジュースを混ぜてオリジナルの味を見つけ、最強のモビルスーツは何かという議論を4時間繰り広げ、最強のスタンド能力を決める議論を5時間繰り広げ、最強の格闘技を決める議論を3時間繰り広げた。プロレス最強説を唱える令嬢と殴り合い寸前になったこともある。
高貴な貴族、その子女達の微笑ましい青春の記憶であった。
「プロレスが最強のわけないでしょプロレスでは⋯⋯特に変わったものといえば、このタッチパネルですわね」
おひとり様を指で押す。現れるメニュー。さてなにを選ぶか。
「ガスト飲み、世間に周知され初めていますわね。ガストは意外と飲みに使える⋯⋯初手、とりあえずジョッキビールで。ハッピーアワーでお得なのを利用しない手はありませんわ」
まずは王道の初手から。
「そしてつまみ。ガストは安いつまみも充実してるしポテトも量が多くて助かりますわ。まずそこから詰めて⋯⋯?」
視線が動く。飛ばしたページを戻した。
「もつ鍋やってますのガスト!?」
ガストでもつ鍋。想定していなかった鬼手である。磐石の定石を守るか、天外の奇手に委ねるか。
「──ここは、あえて流されましょう」
流されるままここに来た。ならば、とことん流され続けていいはずだ。
選択肢は醤油味か味噌味か。
「ホルモンならば味噌でいきたいわね⋯⋯うどん付きかちゃんぽん付き? あるいはライス、そうきたのですか」
流されたいマリーに、選択を迫るというのか。
「ちゃんぽん、ホルモンとキャベツ増量で」
選ぶということは、足すことだとマリーは考えている。
「あと早く来そうな冷奴とキムチも頼んでおいてと」
▽ ▽ ▽
『おまちどうさまニャア』
響く電子音声。マリーは手を伸ばし自動配膳機からキムチと冷奴を取った。
『ありがとうニャア』
ディスプレイに手を置くと配膳機が戻っていく。変わったもの2つ目である。マリーが学生時代のころはこんなものが出てくると思ってもいなかった。
「もっとこう、ウェイトレスロボというなら人型な感じを想像していたのだけれど未来ってやっぱりこういうものなのかしらね。空を走る車もまだまだ先ですわ」
冷奴に箸を伸ばし、先に運ばれてきたビールを流し込む。
「くぁー」
染み込む。可もなく不可もなく大きな感動もない。しかしだからこそ約束されている。
クピクピとビールを啜る。まだだ。まだもたせるのだ。
「はいもつ鍋セットのお客様お待たせしましたー」
運ばれてくるもつ鍋セット。1人用の鍋に、旅館でよく見る固形燃料とその置き台が下にある。もちろん即座に着火。
「これであとは待つだけ」
待つということ。それがまた難しい。
「ゆっくりとビールをやりながら、昔を思い出して暇を潰すのもいいですわね」
より鮮明に思い出すガストでの青春の日々。毎回開始1分でゴールドエクスペリエンスレクイエムを出してくるやつがいるからそれは最強議論から除外したこと。コロコロ派とボンボン派で揉めたこと。格闘技最強議論が白熱しすぎて警察を呼ばれかけたこと。
どれもみな、過ぎ行く楽しい思い出だった。
「──だから猪木がプロレス最強説の根拠といってもこの時代に通用するわけないじゃないって何度言えばわかるのアイツ! はっ、もつ鍋がもう湧いてますわね」
無駄なことを思い出すとすぐ時間が経つ。
しんなりとしたキャベツと共に煮えたもつをすくい上げ、ガストのお手並み拝見とばかりに箸を伸ばす。
「はふっ、ん、なかなかですわね!」
思ったよりはいい。というかかなり良いではないか。味噌が染み込んだもつは噛むと弾力と共に脂の汁気を溢れさせる。臭みや癖の類はない。
歯ごたえの残るキャベツやゴボウの瑞々しさを楽しむ。またこれも煮込まれれば柔らかく味わいを変えるだろう。
「追ってビール!」
一息で飲み干す。やはり1杯では当然足りない。流れるような指の動きで甘くないレモンハイを注文。
「やはりキャベツともつの増量をしておいて正解ですわ⋯⋯そしてここで着いていた明太子を摘む!」
ペーストタイプの明太子、塩辛さと旨みのダブルパンチ。そこに酒、と思うがビールはない。空を切る手。
「はいレモンハイお待ちどうさまです」
ジャストタイミングで店員が到来する。受け取ったレモンハイを流し込み、一息つく。
「まだまだ、ここからですわ!」
キャベツもごぼうもいい感じにくたってもつの脂を吸い込んでいる。
「選択とは、足すこと。つまり⋯⋯!」
明太子を鍋に入れる。そして一口だけ箸を付けたキムチも追加する。
「もつキムチ鍋爆誕ですわ!」
これだ。これをマリーは狙っていた。激しい流れに流されるまま、しかし最大の好機を静かに逃さない。激流を制するは静水と北斗神拳伝承者候補も言っていた。
「脂っこいものに味が濃いもの、そこに辛味を足せば」
一口、頬張る。熱い。そして渾然一体となる味噌とキムチ味。当然の如く勝利。
「美味いですわこんなん!」
追ってレモンハイ。これも当然のごとく勝利。そして3杯目注文。
ガツガツと熱い鍋を貪る。気がつけば寒気は消えていた。流される無気力は消え、今は食へ立ち向かう力が湧く。生きるための脈動が芽生える。
「こりゃ止まりませんわ!」
▽ ▽ ▽
「ふぅー鍋は空、固形燃料はあと少しで消えそう。となれば当然最後はこれですわね」
手に取るはちゃんぽん麺。計算された筋書き、その結末に至る。
残りの汁に麺を突入させた。
「ダイブインヘル──!」
麺に熱が通る。即座に麺を椀に移して熱々を啜りこんだ。
「ゴートゥヘヴン──! ラーメン、これはもう極上の味噌ラーメンですわ!」
煮込まれたもつと野菜の旨み、凝縮した味噌の味を中華太麺で喰らえばそれはもう一流のラーメンとなるは当然であった。
ズルズルとすすりこみ、レモンハイで口内を冷やす。至福だ。
「ふぅ⋯⋯味良しでなおかつカスタム性や自由度も高い、これは考え抜かれた傑作でしたわね。なかなかの良対戦でしたわ」
箸を置く。満足だ。もう今日はこれでいいか。そんな気分がマリーの胸を埋めていく。
「良対戦でしたが」
埋めていく、はずだろう?
「もうちょいなんか肉食いたいですわね」
タッチパネルを動かす。指が捉える鉄板ハンバーグミックスグリル。テカるハンバーグとチキングリルが雄々しく映っている。
「えい」
肉食べたい欲。略して肉欲が満たすためにマリーは再び動き出した。
▽ ▽ ▽
「ふぅー、結局あれからデザートにフルーツパンケーキにアイスクリームもつけちゃいましたわ」
荒れ狂う肉欲も満たせば、今度は甘味の欲を満たしたい。結局全ての欲望を暴走特急のように満たして、マリーはガストを出た。
外を出れば当然寒気、突き刺す夜の空気の中をマリーはとぼとぼと歩く。
「仕方ありませんわね。ファミレスはなんでもあるから、なんでも頼みたくなるものですわ」
そうだ、ファミレスにはなんでもあった。潤沢に選べる可能性がそこにあること。それがなによりの贅沢。
青春は、可能性の塊だ。だが可能性を失い人は大人になる。ファミレスのように全てを選べる瞬間は、少ない。それに気がつけるのは、いつだって後になってからだ。
だからこそ、過去につい思いを馳せてしまう。
「──いやだからすぐターンエーとターンXだすのは最強議論が終わるからやめようって何度言ったらあいつ分かるのかしら⋯⋯」




