3 4つの名前
身体の軸が傾く。
立て直せなくなる前にどうにかしないと……
とりあえず左足を倒れる方向に持っていけば……
そんなことを考えるうちに手遅れになる。
とりあえず手を着く用意を……
と思い左を向いた。
そこには見慣れた女子の制服があった。
次の瞬間、視界は真っ暗になり、1秒立たずして、それなりの衝撃と「ひゃっ」という声がした。
恐る恐る顔を上げる。そこには、今朝の美少女、ポニテの子の顔があった。
「ちょっ、2人とも大丈夫?!」
誰かが駆け寄ってくる。見ると、ゆかたちだ。
「いったた……あ、お兄ちゃん、大丈夫?」
ポニテの子が少し心配そうに言う。
一応、いま状況的にいえば半分押し倒され多様なものって気づいてる?気づいてないか。そりゃよかった。
──にしても、胸、割とあったな……
っていかんいかん。他人に思えてもこの子は妹なんだ。しっかりせんと。
とりあえず、これ以上ラッキースケベを重ねないように身体をどかし、互いに立ち上がる。「制服、汚れてなさそうでよかった」とかいってる。
「すまん、大丈夫だったか?」
「いや、今のは私の引っ張る力が強かったからだから、お兄ちゃんは悪くないって」
「あー、それよりお兄ちゃん、ちょっとこっち来て」
ポニテの子がまた引っ張る。富永達に少し待ってくれと言い、そのまま他の3人と共に少し離れた場所に行く。
「はぁ、何はともあれ、見つけられて良かったよー。居なかったらどうしようかと……」
「えーっと、それで、要件は?」
富永達をあまり待たせるのは良くないしな。早めに用を済ませてもらおう。
「あ、急にごめん。えーと、主に2つ。1つは、入学式に、保護者枠で出席して欲しいというか、出席してもらわないといけないこと。私たちのことを覚えてないなら、多分知らないだろうと思うし」
午後からある入学式は、2、3年生は出席する必要は無い、というか、席がない。ただ、保護者は1人は出席しないといけないらしい。それを俺に頼むということは、父さんも母さんも、仕事で来れないか、あるいは今は家を空けている、ということなんだろうか。
「まあ、分かった。それで?2つ目は?」
「えっと、それは…」
ポニテの子が、ちらりと富永の方を見たように感じた。
「お兄、お昼持ってないでしょ?一緒に食べたいなーって」
ポニテの子の横からゆかがひょっこりと顔を出し、代わりに言った。そして、1歩大きく俺に近づき、耳元で、
「(私たちの名前もわかんないんじゃあ私たちとコミュニケーションもとれないでしょ?自己紹介も兼ねて、ね?)」
と、小声で言った。
自己紹介か……まあ、記憶のどうこうに関わらず、この子達とは生活していかなくてはならないのだろうし……
「いや、富永達と行くつもりだったんだけど……」
ああ、この際、どっちも一緒に、とは行かないのだろうか……無理なんだろうけど……
「やっぱり、そうだよね……」
うわっ、気まずい……
空気が重い、かなり。
「行ってこいよ、彼女とかならともかく、妹なら俺たちには文句言えないって」
いつの間に近くによっていたのか、富永が言った。盗み聞きかよ。
「あー、悪い、すまんな」
「いいって、その代わり、今度課題見せてくれよー」
課題くらいなら問題ない。俺は頷いた。
富永達を見送り、4人の方に顔を向ける。
「それで?これからどうするんだ?」
入学式まではあと3時間程度あるが。
「ワック」
「は?」
「ワックでお昼食べる」
「それで、いいのか?」
「いいの」
いいのか。
ポニテの子の意見に、他の3人も頷いている。ワックでいいんだ……
幸いというか、狙ってそこにした可能性の方があるのだけど、学校からさほど離れていない場所にワックがある。
わいわいと話す4人の後ろを、黙って着いていく。もし仮に俺が私服姿だったら、不審者に扱われたかもしれん……
4人の会話の中から、制服でワックに行ってみたかった、とか何とか聞こえてくる。
ワックは、時間帯が時間帯なこともあって、かなり混んでいた。俺は先に席を探すことにした。4人と並ぶと気まずいしね。
偶然、目の前の席が空いた。4人席だけど。
待っているのも暇なので、スマホを開く。そういえば、珍しく朝から触っていない。校内は使用禁止なので、電源は切ってあるけど。
と、おかしい。電源が入らない。これは、壊れたかな?
それなりに長く使っているし、バッテリーの劣化もかなり進んでいたようだったし……
そうこうしているうちに、4人が席に合流した。
待っても4人席に変わりはないので、ゆかが俺のとなり、他の3人が向かい側に座った。うん、注文、行けないんだけど。
そう言う前に、ポニテの子が切り出してしまった。
「えっと、私たちはお兄ちゃんのことをもちろん知ってるんだけど、いまのお兄ちゃんは私たちを知らない。なら、自己紹介しとかないと、お兄ちゃんが困るし、私たちも困るよね」
まあ、この子らの名前もわからん状態だしな。
「まず、私からね。
私は結愛、高藤結愛。結ぶって字にラブの愛で結愛。ってこれ言うのけっこう恥ずかしい……あ、ああと、私が長女」
ポニテの子が先陣を切った。うん、ポニテの子が結愛、覚えたぞ。
「次は私ねー。
私の名前は、高藤結衣なの。いはころもって字なの〜。そして私は次女〜」
とその隣に座るセミロングの子がさらっと自己紹介をした。
すると間髪入れずに俺のとなりに座るゆかが手を挙げ、
「はいはいはい!次は結香!結香は高藤結香!三女!……あ、かは香るの香だから!」
元気だなあ。セミロングの子が結衣、このショートツインの子が結香だな。えっと、最後は……
「最後は、ボクですね。
ボクは結希です。みんなと同じ結ぶって字に希望の希です。四女です。」
ショートの子が結希、だな。
長女から順番に、結愛、結衣、結香、結希、だな。
よし。おぼえたぞ。
高藤結です。
はい、最初のラッキーイベントですね。
ちょっと弱いですね。
まあ今のところは、公共の場でやらかさせるつもりはありません。公共の場では。
ということで、次回も宜しくお願いします。