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1話 6


城の中には当然だが、風呂はない。では、体を清潔に保つ方法はどうやるのか。

簡単だ。ゴワゴワのタオルもどきを水で濡らし、体に押しあてゴシゴシするのだ。

これは慣れるまで、ホント大変。

めちゃくちゃヒリヒリするから。

勇者の身体能力向上があるので、ヒリヒリする程度で抑えられているのかも。

これがなかったら、速攻で嫌になって帰りたくなってただろう。

だがやはり、あの熱いシャワーがほしい。


そんなことを取り留めもなく考え


ゴシゴシ、ゴシゴシ


と擦る。


と、そこへ目映い光が眼前に広がる。

これは嫌な予感がする。今まで良かったためしがないのだ。

数秒強く光り、やがて収束する。


「…」


絶句してしまう。

はたして、そこにあったのは女の子。小柄な子で眼鏡をかけてる。整った顔立ちでいわゆる美少女というやつだ。

だが、美少女が台無しの表情をその子は浮かべている。

憤怒だ。

しかも周囲をバチバチと稲光が走っている。

いきなり臨戦体勢って、誰と戦う気だよ。

何これ、誰得な状況なの?


ちょっと待って、一旦落ち着こう。幸い、戦闘のスイッチが入ったのか、時間の流れは極めて遅い。

考える時間は、僅かではあるがある。


さて、状況を整理しよう。

自分、全裸、水浴び中。

突然の光。

女の子、突然の登場、憤怒の形相。放電現象。


さぁ、さっぱり分からん。

この言葉だけで推測できたら、人生イージーモードだろ。

自分はどうやらイージーモードではないらしい。

人生観はいいとして、とりあえず前は隠すべきだな。決して変態などではない、紳士なのだ!

ゴワゴワタオルもどきでサッと隠す。

さて、どうしたものか。

と、思っていると女の子がおもむろに口を開く。


「(あの白髭を)引っこ抜いてやる」


恐ろしい。何て恐ろしいことを言うんだ。

記憶が曖昧なのだが、中国の歴史でイチモツをチョン切らないと官僚になれない、ということをしていた時代があったそうな。

出世のため自らのをチョン切る、自分にはムリだ。

それを聞いた時、縮み上がったものだが、これはそんなレベルを遥かに凌ぐ。

直接言われることの恐怖。筆舌に尽くしがたい。

「…誰?」

低い声で誰何したのは、眼鏡っ娘。憤怒の形相で言われるものだから、ますます縮こまる。

縮こまっているだけでは話が進まん。ここは自己紹介するしかないやつだ。

「ナカミチだけど」

「動かないで。…何で全裸なの?」

「いや、入浴中(?)だから」

これ入浴と呼んでいいものかどうか迷うな。沐浴か? いや、宗教的な意味合いであったか、確か赤ちゃんの体を洗う時も言ってた気も…。

あぁ、今はそんなことはどうでもいいんだよ。

状況だ、いっそ面白いくらい状況が分からんのだ。

どうすればいいのだろ。

とりあえず服でも着るか。

「動くな。次に挙動不審な動きをしたら、心臓めがけて雷撃魔法を撃つ」

秒速200kmの放電現象が心臓を直撃か。まず避けられないな。

沸点低そうだし、会話で何とかするか。

「分かった、動かない。君の言う通りにする」

「…ナカミチ、と言ったな。ここで何をしている」

ん? 今してたことではないよな。城の中で何をしているのかってことか?

勇者として活動している、と述べると美少女は物凄く嫌そうな顔をする。

「そう、あなたが勇者、ね。あのくそ爺、いきなりこんな所に飛ばしやがって」

顔に似合わず、結構口悪いな。

まるで妹みたいだな。

人心を掌握する術に長け、大人の受けはすこぶるいいのだ。両親なんかはべた褒めで、いつも比べられていた。裏では大人を虚仮にして、兄である自分すらも嘲笑の対象。

サイコパスみたいな奴が妹だ。

女性に対してあまり良い印象がないのは、奴のせいもかなりある。異世界に来て良かったと思うのは、奴に会わなくてすむところだ。


「ところで、あんたは何者?」

名前を知りたかったのだが、素っ気ない返事が返ってくる。

「魔法騎士団員よ」

それを言ったきり、黙りこんでしまう。

魔法騎士団ってのが、そもそもどういったものか知らん。聞いてみよう。

「魔法を使う騎士団のこと」

そうですか、そのまんまですね。説明にすらなってねぇ。どうすっかな。

「どうしてこんな所に来たの?」

「とばされた」

あー、そうですか。魔法かなんかで来たんですね。

それを聞きてぇんだよ! 何だよ、とばされたって。理由だよ、理由を言えよ。

話たくないってこともあるのか。それとも話す価値のない人間と思われているか。

後者な気がする。そもそも出会って数秒で嫌われるって相当だよな。

あぁ、そうか、全裸だからか?

「服、着ていい?」

「動くな」

「あ、はい」

服はダメらしい。全裸でもいいの?

それじゃあもう嫌われる理由がわかんねぇよ。

どうすんだよ、もう。

魔法騎士団ってのは変わり者ばかりだな。


普段耳に入ってこないような、廊下を歩く足音だったりが静かに響く。

動くなと言われてるから、何かをして気を紛らすこともできない。

自然と目の前の騎士団員サマに視線がいく。

脛あたりまであるオーバーサイズの黒のフード付きロングコートに、白のブラウスとベージュのハイウエストスカート、黒のタイツをはき、足元はボリュームのあるブーツ。

自分自身の魅力を理解している、これだけを見ると。

プライドが高そうだな、こういう手合いは。下手に刺激すると、ますます意固地になるから始末におえない。

それにしても、自分に支給されるあのゴワゴワ服とは一線を画すな。

なぜだろうか。

「なぁ、その服ってあんたの私物なの?」

「何みてんのよ。ジロジロと見るな、変態」

「じゃあ、服着させてくれよ。この状況ってそもそもあんたが作り出したんだからさ」

「はぁ? 私が作り出した? ふざけんじゃねぇよ。あのくそ爺がこんな真似しやがったのに私のせい?」

怒りのボルテージが上がるにつれ、稲光の数と強さが増していく。

危険だな。

この女もこの放電現象も。

やはり可愛い顔立ちの奴ってのはロクなもんじゃない!

「いや、あんたのせいじゃない! うん、あんたのせいではない」

「そうよ! こんな裸体男の動向なんて知ったことじゃないわ。なんで私がこんな男と関わらなきゃならないのよ!」

うーん、関わってきたの騎士団員サマでしょ?

そう思ったが言わない。

フーフーと荒い息を吐く、騎士団員サマ。

バチバチが皮膚に当たって痛いんですけど、そろそろ落ち着いてもらえないかな。

「な、なぁ、落ち着けって、怒ってもしょうがないって。ほら、上昇気流でパンツが見え━」


言い切る前に真っ白に視界が染まる。

バリッ

続いて、轟音が鳴り響く。

が、すぐに音が一切なくなる。


なぜだか分からないが、ふよふよと浮いている感覚だ。三半規管がおかしくなったか?

いや、これは実際に体が浮いちゃってるやつだ。だって青い空が広がっているんだもん。

落下している感じもある。

確か、部屋って3階にあったよな。ということは、着地時の速度って50キロほどだと聞いたことがある。衝撃は相当だ。

勇者の体ってそこまで頑丈かね。怪我は免れないだろう。

とにかく頭から着地とか絶対死亡確実だから回避で。足から着地する、それに集中。


ダンッ


足からの着地は成功した。痺れと痛みを感じる。逆に言えばそれだけ。立っていることができる。勇者って凄いのな。


「男ってのはどいつもこいつも一緒だな! トドメを差してやる!」

上から声が降ってくる。見ると部屋が吹き飛んでいた。崩れた壁面からバチバチを纏った雷女が叫んでいる。

ヒステリー起こしやがって。

これ、自分悪くないよな。


バリッ


雷女が言った通り、雷撃が襲ってくる。

速ぇ!

かわすものの、避けきれない。体を掠める。

「ぐっ」

強烈な痺れに声が漏れる。

「パンチラぐらいで何でこんな目に」

「パッパンツぐらい、だと!?」

おぉ、怖ぇ。めちゃくちゃ怒ってんじゃん。もう一度食らったらやべーよ。逃げる一択だな。

「待ちやがれ!」

完全にチンピラだな。いや、ホントパンツぐらいで何騒いでやがんだよ。こっちは全裸なのに。

「チンピラだとッ、訂正しろ!」

雷撃がそこかしこに突き刺さり爆散する。

今の聞こえてたのか。でも、訂正はせん! ホントのことだからな。


全裸で走る男と雷ヒステリー女が城内をひた走る。シュールここに極まり、だな。

まだ、致命的な傷を負っていないからいいものの、これは時間の問題だな。

先程から憲兵が騒乱を鎮めようと必死になっているが、はっきり言って実力不足だ。通路を封鎖することすらできない。しかしこの雷撃飛ぶなか向かってくる奴は、忠義に厚い奴らだ。

死屍累々を見ながら、ひょっとしたら気のいい奴等なのかもしれないな、等と考えてしまった。


結局、この争乱乱痴気騒ぎはアスのおっちゃんと白髭爺が納めることとなった。

ちなみにこの一件で自分の評価はマイナスに転じた。まぁ、どうせ部外者だし評価はどうでもいい。

ただ、アスのおっちゃんには悪いことをした。おそらく自分にかかるはずだった罰を代わりに受けてくれたのだろう。自分は謹慎処分だったからだ。

おのれ、魔法騎士団許すまじ。

一週間の謹慎だと? そんなの関係ねぇ!

鉄は熱いうちに打て、その言葉通りにする。

その日の夜、魔法騎士団の中枢である団長の蔵書庫に忍び込むこととなる。

だが、これがいけなかった。争乱ってのは場所や時など選ばない。まぁ、自分がやったことなのだけれども。

物凄く後悔することとなるのだが、そんなこと盛り上がってる時に気付くはずもない。

ただ、瀕死になって初めて分かることもある。それが分かっただけでも意味はあったのかもしれない。

二度とごめんだけどな!


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