1話 5
SIDE 魔法騎士団団長 ヘテカ
ところ狭しと並べてある蔵書庫に灯りをいれる。紙に術式がかかれており、触れて魔力を流すだけだ。ろうそくの火のような、仄かな色が広がる。
簡単な魔道具だが、魔力がない者には扱えない。施錠から日常品まで、あらゆるところに魔道具が使われている。
本を開き読もうとするが、気が散っているため内容がはいってこない。
原因はわかっておる、最近の日常についてだ。
勇者への教育、これには毎回辟易する。魔族なんてものが悪だとか関係がない。悪と断ずるなら人族にも数えきれぬほどいる。やつらはただ魔力が多いだけの種族というだけの話だ。
一元的に語るのは愚か者のすること。
その愚か者を演じなければならぬのは屈辱よ。王からの直の命令であるから拒否できないのが尚のこと悔しい。
あの小僧も分かっているのか、まるで聞いていないのだ。
できることなら今すぐにでも辞めたい。後任を探せども、欺瞞にみちた事を言わねばならぬのは誰であろうと嫌なものだろう。
本を片付けるのに、複合魔法を発動する。本と本棚の距離をゼロにして元の場所に戻す。
例えて言うのなら紙を折り畳んでAの点とBの点をくっつけてしまうという考え方だ。
距離が開けば開くほど集中力と膨大な魔力が必要になる。この魔法を使えるのは国内では我だけ。
勇者といえども使えぬ。これをみた小僧の驚きの顔は見物であった。
あの小僧もそうであったが、召還者というのは揃いも揃って魔法に興味をもつ。
魔法は選ばれた者だけが扱える尊きもの。興味本位で触れてよいものでもないし、まして扱えてはならぬ。
選ばれた人間だけが、研鑽を重ねてたどり着くのが魔法。
だからこそ勇者という機能は忌々しい存在なのだ。
魔法騎士団に入団してから我は勇者という存在を数々みてきた。
大抵は子供が多い。中には大人も混じっておったが、精神的にはまだ未熟者が大半であった。
推測ではあるが、勇者と子供は親和性が高いのだろう。
そして召還者たちにはある共通している事柄がある。備えている、と言い換えてもいい。
それは自分こそが特別である、と思い込んでいることだ。
完全にランダムで召還しているにも関わらず、そこに意味を見出だす。
選ばれたのだから特別だ、勇者だから特別だ、と。
勇者が特別か…面白い冗談だ。
勇者という機能に特別も何もない。断じてだ。
経験を継承できるよう術式を組み込んでやっているということも忘れて、我が物顔で力を奮う。
結構なことだ。我が敵を打ち滅ばす剣の役割を十全にこなしてさえくれれば。
それだけを忠実にこなしていれば、なるほど勇者というのは実に使い勝手がよい。
後は魔法を使うことをしなければ尚のことよい。
勇者という機能に特別を抱いている者がまだいる。それは王だ。
勇者を使って政治をするのは勝手である。王は政治的権力を持ちたいようだから、尚のこと執心しているようだ。都合のいい存在にするために我が教育係なぞを…。
忌々しい、他人の野望に付き合っている義理などないのだ。
政治をしている首相なども王と変わらぬ。
あ奴は召還者の知識を欲している。だが召還者からもたらされる知識の恩恵に与るのは愚の骨頂。
異なる文化から持ち込んだ知識、それが全うであれば話は違ってくるが、にわか知識ばかりである。
我らには魔法という絶対的な知識があるのだ。なぜ、それらを理解しようとしないのか、わからない。
にわか知識なぞと違って歴史的背景もあるのだ。ここで絶ちきられてたまるものか。
それでなくても新設された空挺騎士団などという、にわか知識の集合体が組織されてしまったのだ。
あんな連中に予算なぞ出すぐらいなら、我らに研究費をだせばいいものを。
忌々しい。全てが忌々しいと感じる。
「ヘテカ団長、お呼びですか?」
腹立たしく思っていると部下のポロンがやって来た。小柄な娘で最近城下町で流行りだしたという眼鏡をかけている。
整った造形をしているため、魔法騎士団の中のみならず王都においてもかなり目立つ。
抜けている発言をしたりするが、演技であろう。優秀な魔法使いなのだが、それを隠そうとする癖がある。意図がどこにあるかはわからないが、優秀なので重用している。
この娘なら適任かもしれぬな。
「お主に任務がある。勇者の動向を監視せよ」
「え? 何でわたしが?」
「優秀だからだ」
「優秀な人、いっぱいいますよ。例えば、チャンドラ先輩とか」
「あ奴は腹芸ができぬ。ポロンよ、お主は得意であろ?」
「で、できませよっ! 何言ってるんですか」
苦笑いしながらポロンは言う。
何を言っている、と言いたいのは我のほうだ。得意なものを得意と言わないのはどうかしている。我には考えられぬな。
勇者に関わりたくないのは、皆一緒ということか。強制的に命令することも出来るが、それは悪手であろうよ。ならば、
「この任務を受けてもらえるなら、城中勤務を考えてやる」
以前から文官志望だったはず。魔法特性が高かったため、希望叶わず魔法騎士団に入団した経緯をもつはずだ。
「ホントですか? 約束してください、城中勤務にするって」
ぼかして言ったのだが、釘を刺されたな。ポロンの魔法戦力が失われるのは惜しいが、研究のほうに回せばよいか。
「魔法騎士団団長ヘテカとして約束しよう」
しばらくポロンは我の顔をじっとみる。ほんの僅かポロンの眼鏡に魔力が流れているのが感知できた。
魔道具か…術式は隠蔽されているので読み取れないが、かなり精緻な作りをしている。ポロンが作ったのか、やはりこの娘を手放すのはないな。
「…団長、約束は必ず守ってもらいますから」
監視の任務をお引き受けします、と付け加える。
我だけでは出来ることに限りがある。ポロンの助力があれば色々と捗るだろう。
「ところで、ポロンよ。その眼鏡、魔道具だろ? どのような術式を組み込んだ?」
「え、そうですけど。教えるのは嫌です」
嫌、か。嫌なら仕方なし。後でこっそり解析すればよいか。
「動向を監視って、何をすればいいんですか?」
「一緒に行動を共にし、報告してくれればよい」
「へー、簡単な任務ですね、それならチャンドラ先輩でいいじゃないですか」
「勇者に魔法を使わせたくない。魔法は我らの知識。部外者なぞに使わせてやる義理などないのだ。できれば余計な魔法の知識を仕入れるのを阻止してほしい。これはチャンドラでは難しい」
「えー、監視だけじゃないですか。なんで阻止しなきゃならないんで? 別にいいと思うけど、それくらい」
「魔法から意識をそらせればよいだけ。チャンドラでは難しいのは男だからだ。ポロンなら造作もなかろうよ」
これを聞いたポロンの顔が真っ赤に染まる。
「ビッチじゃないですよ、私! そういうのホント迷惑なんでやめてください」
「まぁ、体の関係になれとは言っとらんよ。方法は任せる。生娘でもあるまいし、いちいち騒ぎ立てなくともよい」
この一言がいけなかったのか、ポロンが益々感情を昂らせる。
魔力が漏れでて、ポロンの回りをバチバチと稲光のような閃光が走る。これはいかんやつだな。この娘、ここを燃やす気か。
仕方無いので、複合魔法を発動。ポロンを外に追いやった。適当に繋げてしまったので、どこに行ったのかは定かではない。
後で面倒なことになりそうだが、まぁよいだろう。
勇者のことは頼んだぞ、ポロンよ。