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 文乃は本気でくつろいでいるように見えた。

 リビングのソファに寝そべり、雑誌のページをめくりながらポテトチップスに手を伸ばしている。

 光太郎はずっと管理人室に籠もっている。

 ペンションは営業していると言っていたが、光太郎以外にスタッフは誰もおらず、これでは客が来るはずもないように思われた。

 響たちはここに来る途中にあったコンビニでお弁当を買ってきて夕食にすることにした。

 弁当の包を開きながらーー

「文乃さん、さっきのって何ですか?」

「何が?」

 文乃は顔をあげた。

「美奈子さんって言ってましたっけ?」

「ああ、あのこと? 篠崎さんの別れた奥さんの名前だよ」

「別れた奥さん?」

「うん、2年前、篠崎さんは会社のリストラにあってね。それがきっかけになった……かどうかはわからないが、その頃から夫婦仲も悪くなった。仕事を失って酒浸りで愚痴ってる男が一日中家の中にいるんだ。奥さんの気持ちもわからなくもない。その結果、奥さんは子供を連れて出て行っちゃったんだ。篠崎さんのほうはまだ未練たらたらでね、その後、ここの仕事を見つけた後、興信所を使って奥さんの居場所を捜しているらしい」

「奥さんのこと、知っていたんですか?」

「調べたさ。もちろん妹さんからの情報も含めてね」

 文乃はしたり顔で言った。

「はじめからそのつもりで?」

「キャンプも楽しいけど、今夜はここに泊まる必要があったからね」

「なんか……いいんですかね」

「何が?」

「こんなかたちで泊まらせてもらって」

 どこか光太郎を騙したようで、申し訳ない気がしてくる。

「響君、目的を忘れちゃいけないよ。私たちは別に遊びで来ているわけじゃあない。うかれちゃいけないよ」

 いや、そういうあなたこそが一番うかれているじゃありませんか……と言いそうになるのをグッと抑える。

 ふいに外のほうで何かが吠えるような声が聞こえた。

(今のは?)

 犬の遠吠えのように聞こえたが、それは少し普通のものとは違っているようだった。

 周囲には明らかに妖かしの気が漂っている。

「何の声だ?」

 ドアが開き、顔色を変えて光太郎が姿を現した。

「犬みたいね?」

 と、平然とした顔をして文乃が答える。だが、文乃がこの妖かしの気に気づかないはずがない。

「犬?」

「どうかしました? ただの犬の鳴き声にずいぶん大げさじゃありませんか。何か気になることでも?」

「いや……別に……」

 光太郎が口ごもる姿を見て、文乃は小さく笑う。

「あなただって感じているんじゃありませんか? あの声がただの犬の声ではないと」

「何を言ってるんだ?」

「だったらどうして慌てているんです?」

「……別に」

「素直じゃないなぁ。わかってますか? アレ、今夜にはあなたに襲いかかってくるかもしれませんよ」

 さすがに今の文乃の言葉には少し応えたらしく、光太郎は表情を固くして少し俯いた。

「……そうなのか」

「それで? あれはいつから?」

「最近になって……いや……あの声を聞いたのはここに来た頃からかもしれない。あれは何なんだ?」

「あれは妖かしの声ですよ」

「あれが?」

「妖かしにもいろいろあってね。犬に恨まれるようなことは?」

「ないな」

 と光太郎はキッパリと言った。その表情は嘘をついているようには見えない。

「犬と聞いて思い出すようなことは?」

 文乃は改めてもう一度訊いた。

「犬? それならベス……のことくらいだな」

「それは?」

「昔、ウチで飼っていた犬だよ」

「飼っていた?」

「芝犬を……16年だったかな。小学生の頃からずっと……大学生の頃に死んだんだ。あれがきっかけで私は家を出たのかもしれない」

 納得するかのように文乃は小さく頷く。

「いるねぇ。うん」

 と、文乃が言う。いったい彼女はどこまでわかっているのだろう? 今、目の前に妖かしが現れようとしているというのに、文乃にはまったく緊張感がない。

「何のことだ?」

 文乃は響のほうを振り返った。

「響君、わかるかい?」

 響は頷き、光太郎に向かって言った。

「あなたには妖かしが憑いています」

「妖かし? 何を言っているんだ? 私が恨まれているっていうのか? まさか……ベスに? それも仕方ないのかも知れないな。最後は腫瘍が出来て、アッという間に動けなくなった。十分な面倒も見てやれなかった。それを恨まれたってことか」

 その理由は響にもわからなかった。だが、確実に光太郎の中にその気配がする。それは響にも感じられた。

 だが、何かがおかしい。

 再び外のほうから犬の遠吠えのようなものが聞こえてくる。

 それに呼応するように、光太郎の中のソレが膨らむ。それにはハッキリとした攻撃性を持っていることが感じられる。

「梢ちゃん」

 文乃の声にあわせ、梢の視線が光太郎に向かう。それは初めからそう決められていたかのような自然な動きだった。

 途端に光太郎の中にあったソレの力が消える。いや、封じ込められたというところだろうか。

 それが梢に憑いている『七尾の白狐』の力だということは、響にもすぐに理解出来た。だが、周囲に感じられた妖気が消えはしなかった。

 次の瞬間、さっきのものとは違う強い妖気が窓を突き破ってきた。

(妖かしは二体いたのか)

 皆の視線がそれへと向けられる。

 もちろん、そこに実体はなかった。

 怨念の塊だ。それがまるで炎が燃えさかるかのように吹き上がっている。

(犬)

 それは巨大な犬の形をしていた。

 それは真っ直ぐに光太郎へと向かっていく。

 文乃の動きは素早かった。すぐに梢の身体を抱いてその妖かしの突進を躱す。だが、光太郎だけは部屋の奥で身動きが取れずにいる。

 思わず文乃のほうを見た。文乃は梢の身体を抱いているが、その表情は決して焦っているようには見えない。

 むしろーー

(笑っている?)

 光太郎が襲われるのを放っておくつもりなのだろうか? 驚きながらも響が動こうとした時、 強い衝撃と共に一人の男がその前に立ちはだかっていた。


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