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今日の昼前、文乃は七尾梢を連れて再び現れた。
仕方なく、響は二人と共に福島に行くことになったのだ。
梢は、会うとすぐに響を巻き込んだことを本当に申し訳なさそうに何度も謝った。
何よりも予想と違っていたのは、梢自身がさほど詳しい事情を知らなかったことだ。
梢の言う友達というのは、SNSで知り合った歳上の女性で名を篠崎満江と言った。実際に会ったことはなく、相手の顔すら知らないらしい。
もともと、梢はネットで友達を作るなどと考えてもおらず、ただ趣味で習いたいと思っている書道について調べていただけだった。そこへどこで知ったのか『七尾』の名を知っていた篠崎満江から声をかけられ、今回の件を無理やり頼み込まれたのだそうだ。
そんなわけで、梢はまったく気が沈んだような表情をしている。
一方、文乃だけは完全に旅行気分のようだ。
「文乃さん、ひょっとして楽しんでます?」
「たまにはこういうのもいいじゃないか、ねえ、梢ちゃん」
と後部座席に座る梢に声をかける。「家族以外の人との旅行なんて滅多にないんだろ?」
それを受けて、梢がーー
「何度もすいませんが」
と小さな声で梢が言う。「今回のこと、兄には黙っていてくださいね」
「言っちゃダメなんだっけ?」
まるで忘れていたように文乃が聞き返す。
「SNSで人と知り合ったなんて言ったら怒られそうなので」
「友達って妹さんのほうでしょ? 女の子同士なんだからどうして怒るのさ?」
「兄はそういうことには厳しいんです」
「大学生になっても相変わらずシスコンは治らないのね」
と文乃が笑いながら言う。
「今日のこと、お兄さんにはどう話しているんです?」
響も気になって梢に訊く。
「今日は一条さまのところに泊まると言ってあります」
「それなら大丈夫でしょ」
まるで何も考えていないように文乃は言った。
「一条様には話してあるんですか?」
「もちろんさ。でなきゃ響君を借りられないじゃないの」
まるで犬猫と同等のような言い方をする。
「いえ、ボクのことじゃなくて、もし梢さんのお兄さんから一条家に連絡があったら口裏を合わせなきゃいけないでしょ」
「あぁ、それは言ってないね」
あっさりと文乃は言った。
「じゃあ、嘘がバレたら?」
「うん、きっと響君はボコボコにされるね」
「どうしてボクが?」
「そりゃあ、この中で男の子は響君だけだしね。あのシスコンの兄貴のことだもの。響君が誘惑したと思うに決まってるじゃないの。今回の件は響君の担当だしね」
とんでもないことを言うものだ。
「でも、どうしてボクに?」
「だって響君は一条家の手伝いをしてるんでしょ? 私の手伝いもさせてあげようと思ってね。綺麗なお姉さんは好きでしょ」
どうやら自分への好奇心ということらしい。
「止めてください。誤解されたらまた大変じゃありませんか」
「誤解? 誰に?」
「……いや……いろいろと」
そう答えながらもすぐにミラノのことを頭に思い浮かべる。彼女には話しても黙っていても、知られれば面倒なことになることが予測された。
「兄が一条様に連絡するとすれば夜になってからだと思います。それまでに一条様の誰かに伝えておいてもらえれば」
梢が少しだけ声を大きくして言った。
「二人とも心配症だなぁ」
「面倒事が嫌なだけですよ。ところで今夜はどこに泊まるんですか?」
このまま行けば、おそらく福島に着くのは夕方以降だと思われる。
「篠崎さんは今、ペンションの管理人をしているんだ。だから、今夜はそこに泊まらせてもらうことになってるからね」
「その篠崎さんとは話がついているんですか?」
響は念の為に確認をいれた。どうにも文乃の言うことは曖昧すぎる。
「もちろんだよ。歓迎してくれるって。ちょっとした小旅行って感じで行ってみようよ」
弾んだ声を出して文乃は言った。