賢者の刻限3
「……構いません」
「たった一日、二日のために?」
「違いますヴェルター。これは『最初の約束』ですよ」
わたしはきっぱりと言い切った。
一週間。わたしはヴェルターと『七日間過ごす』と共に決めたのです。
この程度の約束すら守れず、何を契約というのでしょうか。
「わたしはたしかに何を犠牲にしてでも手に入れたい、と魔法を待ち望んでいました」
そう、わたしは常に魔法を自分の手足のように扱う他の学生たちを見て、いつかはわたしもと憧れ、その『いつか』がいつまでも来ないことに焦れ続けていました。
そして学長の最終通告で目の前が真っ暗になり、必死で足掻いた結果が彼です。
ただ現れてくれただけで、わたしの努力が初めて報われたのに、魔法を教えてくれさえする。
それも約束した、たった一週間の内に身になるように、手を回してくれた恩人の約束すら守れないだなんて、自分が許せません。
たとえそれが二日でも。たった一日にしかできなくとも。
夢見ることすら奪われかけたわたしに機会をくれた恩人にすら努力を怠れば、罪悪感を一生抱えて生きていかなくてはなりません。
ヴェルターが気にしないと言っても、これはわたしの問題ですから。
「けれどそれは絶対に届かなかった高みに引き上げてくれたヴェルターが居たからです。
貴方が来てくれなければ、わたしは今も真っ暗な遥か水底で雲をつかむ夢ばかりを見ていたはずです」
「いやはや、師匠として実に嬉しい言葉だ。いや、人として、かな」
「わたしは本気ですよ?」
「君の覚悟の強さはよく知っているよ」
真剣だった表情は少し緩ませて笑ってくれます。
その優し気な顔はやはり安心してしまう。
ついでに撫でてくれませんかね? 心地良いんですよね。
なんて思っていると、
「それならまずは契約条件の確認からかな」
ふぅ、と息を吐いてヴェルターが折れてくれました。
なんだか初めて勝った気がします。
あ、でも最初からこの流れにする気だったんですかね?
そうじゃなければわたしは気付かなかったわけですし……。
起き上がってベッドに腰掛けていたわたしは、気を引き締めてヴェルターの講義を待ちます。
「召喚獣を維持する魔力をティアナが払うことになるけれど、それでも今の保有量では難しいだろう」
「えっ、それではわたしに切り替えた瞬間ヴェルター消えちゃいませんか?」
「そこを上手く誤魔化すのが異界の賢者の仕事さ。
まずは私とティアナの魔力を足し合わせ、一つの容器にしてしまう。
後はそこから代償を支払えば、私の顕現期間は少しだけ延びる、という寸法さ」
「二人の異なる魔力を一つの容器に入れるなんて大丈夫ですか?」
「誰でもできるわけではないけれど、君は私を召喚できるほど相性が良い。心配する必要はないよ」
「さっきわたしの魔力は少ないって話しましたよね? ヴェルターにわたしの分を足すだけで期間が延ばせるってどういうことです?」
「良い質問だ。
召喚主は世界に認められた召喚魔法を行使したため、補助を受けることができる。
この補助は強力なもので、たとえばティアナが私をこの世界に一日維持する魔力は十としておこう。
対して召喚された側の召喚獣は補助の恩恵を受けられず、居座るためには一万の魔力が必要になるわけだ」
「そんなに違うんですか?!」
「たとえ話だけど、少なくとも召喚獣は世界に歓迎されているわけではなし引き戻し分もあるからね。
それともうひとつ。君の魔力は未だ十にも満たず、このまま消費をそちらに回せばほとんど変わらないか、もしくは短くなってしまう」
「だから足す?」
「そうだね。正確にはティアナが消費しただけ私の魔力を足していくようなものかな。
けれど異界に属する召喚獣は、やはり存在が希薄になってしまい、ここでも魔力の『交換レート』が低い。
たとえば私の持つ魔力一万をティアナに渡しても、還元されるのは十五にしかならない、みたいにね」
「え、そんなに小さく!?」
「そんなものだよ。私はこの世界の住人ではない存在だからね。
そして問題はここからだ。魔力を『足し合わせる』ことは、共通の持ち物であるとも言える」
魔力の容器を一つにするわけですからね。
あれ、そうなるとどちらが魔法を使うかで『レート』が変わる?
だとしたらわたしが使えば消費がとても少なくなるのでは……?
まるでわたしの考えを見透かしたように「しかし実際はそうはならない」と声が入りました。
「世界のルールにさえ則っていれば、魔力と魔法の行使は各自の裁量に任される。
私とティアナで同じ魔力十の魔法を使えば、技術の高い方が……私の方が大きな結果を得られることになる。
しかしさっきも言ったように容器を一つにしてしまうと、効率の悪いティアナが使った分だけ、私の魔力から補充されてしまって消費が一段と激しくなる」
「ではヴェルターは変わらず使えるのですか?」
「私の持つ魔力ならば、ね」
「……あれ、でもそれおかしくありません? というより魔力欠乏の症状が抑えられないのでは?」
「覚えていてくれたんだね。けれど大丈夫だよ。私は改めて『ティアナの召喚獣』になるのだから」
はて、と首を傾げると想像が付かない不肖の弟子に苦笑が届きます。
だってどういうことかさっぱりわかりませんし。
「君の調子が落ちれば私も引きずられて悪くなる。特に魔力的なものはほぼトレースしてしまうと思っていい。
要は私の状態はティアナに依存するということだね。ただしその逆はあり得ない。
何かを成すために呼んだ召喚獣のフィードバックを一々受けていれば、術者は気楽に召喚など使えなくなってしまうからね」
「わたしの安全性はわかりましたが、ヴェルターの魔力欠乏症状の解消とは違いませんか?」
「いいや? 容器を一つにした上で君の魔力的状態をトレースするからね。
さっきも言ったように、ティアナの魔力が減れば私も魔力欠乏を発症する。
しかしティアナに魔力欠乏が出なければ、私は全魔力を消費しても発症しないし、維持の魔力は術者が受け持つので存在し続けることも可能になる」
「わたしの魔力量が増えればずっと居られる……?」
「そうだね。そして足りないとわかっている今は、召喚を維持するために召喚獣から君に魔力を補充するわけさ」
わたしの魔力量が問題なのですね。
うぅ……最初から最後までわたしの資質の問題だなんてひどい話です。
「ついでに言うと魔力欠乏が始まると私の送還が始まる」
「な、何故です!?」
なるほど、と相槌を打っていたところに急展開を持ち込むのはやめてくださいませんか!?
わたしを驚かせて楽しいのかもしれませんが、毎回ドキドキさせるのは本当に心臓に悪いですよ!
けれどヴェルターからは「これはただの安全機構の話だよ」と静かに返答がなされました。
「魔力欠乏は危険な兆候だ。特に魔法士にとっては致命的と言ってもいいほどにね。
そんな時に維持する魔力まで使い切り、最終的に召喚獣が送還されてしまえば最悪だ。そこには魔力のない魔法士が残されるだけになるからね」
「で、ですが今回の件は別では……」
「いいや。変わらない。いつか来る別れを引き延ばすだけの理由で、魔力欠乏に陥るのは魔法士失格だ。
だから私の魔力はティアナに預けて共に居る。しかしそれは君の魔力が二割を切るまでの制限時間つきでの契約だ。
ティアナは魔法士になりたいのだろう? であれば、師匠を気遣うよりも前に実力を付けなさい。それが何よりも私の喜びだよ」
魔力のないわたしの『魔法士になりたい』という、無謀な願いを叶えると言ってくれた異界の賢者は、今も変わらずわたしの成長を願ってくれる。
大きな喪失感と共に、大事にしてくれるヴェルターにわたしは「……はい」と頷くことしかできませんでした。
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