落ちこぼれのお嬢様
本日2話目の更新です。
ヴァルプルギス家は王家に連なり、代々優秀な魔法士を多く輩出する家系として有名です。
けれどわたしは十二歳になる今でも魔法が使えたことがありません。
ひたすらに学んでも、過去を紐解き秘伝とされる手法を用いても。
ただの一度もわたしの思いに魔法が答えてくれたことはありませんでした。
「――ティアナさん、聞いていますか?」
「はい。つまり自主的に退学しろということですね?」
呼び出され、長々と聞かされた話をまとめるとそうなってしまう。
泣き出したいほどの現状に呆然とする間もなく、現実がわたしを押しつぶしに掛かっていました。
「そうは言っていません。今一度、進退を考え直しては、との助言ですよ。
現にあなたの成績は目を見張るものです。さすがはヴァルプルギス家と言ったところでしょうか」
立場的に強く言えない王立のガーディエル魔法学園長は、はぐらかすようにわたしに言い聞かせに来ます。
あくまでも自主的なのは、ヴァルプルギス家を恐れてのこと……結局ティアナに向けた言葉は一つももらえません。
「この学園の評価は全てあなたの実現できない結果……魔法に著しく偏っています。
どんなに優秀でも、魔力のない貴女を評価する物差しがない。むしろ貴女の才をこんなところで無駄にしている場合ではないのです」
「……ですが」
「えぇ、基礎理論、構築式の整然さ、運動能力と何一つ申し分ありませんよ。
しかし唯一欠けている『魔力』こそが、この学園に在籍する限り貴女の足を引っ張り、少なくとも現時点では進級もままなりません」
わたしはここで魔法を学びたいのに反論も許されない。
ただ時間の無駄だと切り捨てられたわたしは「そう、ですよね……」と思ってもいない同意を口にしてしまう。
あぁ、なんて意思が弱いのだろうと自己嫌悪していると、学長は「期間はまだあります」と話を終わらせに入っていく。
「あなた自身の進路を今一度考えてみてください」
「はい……ありがとうございます」
ぼんやりとしたまま頭を下げ、学長室から廊下に出る。
このガーディエル魔法学園に入って二年も経たずに学長直々に退学を進められてしまった。
どうしよう……これじゃ今までのように誰にも認められないまま……思わず涙がこぼれそうになる。
いや、やることは決まっている。
ただ魔法を使えさえすればいいんだ。
どんな小さな可能性でも、とっかかりさえあればきっと何とかなる! いや、する!
わたしは縋るような思いでこぶしを握り締め、決意を新たに行動を始めました。
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魔法とは、世界に満ちる魔力を使って世界を書き換える技術の総称です。
この技術を扱う者を『魔法士』と呼び、なるためには魔法学園と呼ばれる専門機関への参加が不可欠になります。
例外として魔法士に直接教えを乞う場合もありますが……どちらにせよ独学での習得は非常に難しいと言われています。
わたしは飛び切り優秀な魔法士が生まれやすい家系にありながら、その魔力量は測定不能。
そして成長によって魔力が増すはずが、わたしは今も変わらず測定不能のまま。
代を重ねるほどに力が増すはずの魔法士において、わたしはまさに失敗作の烙印を押されてしまいました。
これはヴァルプルギス家が『魔法士の代名詞』と扱われるようになってから初めてのことのようです。
魔法を扱うことなどできるはずもなく、練習しようにも発動すらしなくては上手くなれるはずもありません。
結果、ヴァルプルギス家を名乗ることを許されず、社交界に顔を出すこともなく学園に入学して今に至ります。
学園長から直々に退学を勧められたわたしが取れる手段は多くありません。
いえ、ただ一度でも目の前で魔法を見せれば事足りるのですが、それが果てしなく難しいことでもあります。
そうしてあれこれ考えた結果、道具と行動によって事象を書き換える呪法にたどり着きました。
しかし今必要なのはあくまでも魔法です。
だから一般的な儀式魔法の一端に呪法の要素を取り入れることにしました。
使い捨てられる借家をヴァルプルギス家から仕送りで借り、学園へ出る間も惜しんで呪法と魔法を調べ尽します。
今まで魔法にばかり固執していたので知りませんでしたが、呪法も魔法も身に余る結果を得るのには『魔力』が必要なのは変わらないということ。
ただ魔力の抽出方法や導線の引き方、継続性や効果内容が技術によって異なるそうです。
日に日に増える情報を元に、呪法を魔法に置き換えて重ね合わせていきました。
こういうことをしていると『魔法研究もいいかもしれない』 と思ってしまいますね。
「やっと、できた――」
達成感に頭がくらくらと揺れてしまいます。
七日間ほど引きこもっていたために、周りから随分な噂が聞こえてきますが仕方ありません。
時間を費やすにしては少し思い切りが良すぎたかもしれません。
でも散らばる要素を繋ぎ合わせるにはこれくらいしないと無理ですよね。
それと時間もお金も限られていますから、多くの材料は周囲で手に入るものを量や混合で代用しています。
たとえば『金縁の鶏の卵』は『魔鋼の上澄』と『海馬の胆嚢』で代用できます。
『海馬の胆嚢』は『魔女の涙』と『醜悪な爪』で、『醜悪な爪』はすぐに手に入ります。
『魔鋼の上澄み』は『核鉄の煮汁』という面倒ながら安価な代用品をあてがい、『魔女の涙』は『ゴーレムの核』と『スライムの核』を掛け合わせて代用品が作れます。
全て完成品を手に入れられば最高ですが、さすがに学生の身分では手が届きません。
結局、こうして連想と組み合わせで手に入る材料になるまで調べ尽すのが大変でした。
けれどやってしまえば補充も簡単なので、失敗はどんとこいです。
一度試してみてから微調整を繰り返せばいつかは……いやいや、それでも難易度の高い古代竜の髭なんかは代用品がありませんでした。
この高級素材が尽きるまでに何とか成功させなくては。
というより次の試験までが最終期限ですよね。
そういえばこの七日間で学長が何度か訪ねて来られましたね。
忙しかったので適当にあしらってしまったような気がしますが……なんの話だったのでしょうか。
そんなことよりも。
「詠唱は『異界の門よ――万物の障害を越えて顕現せよ』だけで本当に良いんでしょうか?」
練習がてら詠唱を諳んじてみましたがやっぱり短い。
この部屋を作るための材料や資料は膨大でしたのに、なんだか拍子抜けしてしまう詠唱です。
これで魔法が使えれば疲れも吹き飛ぶというものです。
目を瞑ってうんうん頷いて完成を噛み締めていると、なんだか身体が温かく感じ始めました。
「高揚しているのかしら?」
思わず口にした言葉ですが、単純に寝不足でしょうかね。
この七日間、まさに寝る間も惜しんで調査と作業に没頭しすぎていましたし。
「体調不良で失敗してもつまらないですね」
そうと決まれば食事も用意しなくては。
自覚していたのは眠気でしたが、今日一日作業の追い込みで何も口にしていません。
ですが用意するのも、食事を取りに寮に戻るのももどかしいので外で食べるとしましょう。
「えぇ、魔法成功の前祝というものです!」
ご機嫌なわたしは一つ頷き、部屋を後にします。
さあて、何を食べましょうか?
お読みくださりありがとうございます。
場面とともに視点も転換しました。
彼と彼女が交差するまであと少しですよー。
今日はもう1話更新する予定ですので、しばらくお待ちください。




