79話 お稲荷様と調味料2 その2
熊野歴四月中旬
耕一さんとの話を終え土岐に向かう前に仕入れた服を売って置こう。
「耕一さん、少し買って貰いたい物があるんだけど」
「ほお、これは綺麗な染め物ですね。この位の米でどうですか」
岐阜では米はまだまだ高級品だ、相場は天音さんの奉納舞と言うチートを使って居る伊勢より高い。くくりが奉納舞を覚えてくれれば、岐阜の米相場も落ち着くと思う。ここは米以外の物と交換して置いた方がよさそうだ。土岐や恵那に行くのに手土産の類も持っていかないとな。
「支払いは和紙と酒でいいや。紙は証書として使うから狩猟協会に届けておいて」
「それではそうしましょう」
紙の材料のになる植物は岐阜の特産物で伊勢より安く手に入る。耕一さんも食料と交換されるより紙と交換した方が良いだろう。腐る物じゃないしそのまま伊勢で売っても儲かる。一番利益率が高いのは、その紙を魚の干物と交換してもう一度岐阜に来て、狩猟協会で調理して売る事だけど少々面倒だ。ほぐした干物を出汁茶漬けにしたら、さっと食べれるグルメとして労働者階級にウケそうだな、ご当地名物としては鮎の一夜干しを使った鮎茶漬けの方が良さそうだ、レシピを店主に教えて置くか。
それでは出発するとするか。ここからは荷物も無いしタマの背中に乗せてもらおう。
岐阜から少し南下して木曽川に出てから、川を上流に向かい途中で分岐する支流を遡ると犬山に出る。ここに山に囲まれた池が有り獣人達の縄張りだな。辺りは草木が伸び放題で視界が悪い。この前はココに来たら会えたんだけどな。
ここには京都で仕事をしているサクラ達と同じ犬の獣人が住んでいて、人と共に生活するべきか今まで通り自分達で狩りをして生活するか迷っているようだ。実際に人と生活出来るのか試験的にサクラ達が出稼ぎに来ている。
「お~い、誰か居るか?」
俺が山に向かって叫ぶと、草むらがガサガサと揺れ獣人達が出て来た。
「おお、あなたは伊勢の若様じゃねぇですか、サクラ達は元気にやってますか?」
「元気過ぎて困っておるわ、眷属達から遠吠えがうるさいと苦情が出ておるぞ」
へえ、そうなんだ、何で犬は遠吠えするんだろうな
「見知らぬ土地で自分たちの仲間が居るか探してのでしょう。暫くすれば落ち着くはずです」
犬ならそこら辺の山に居るかもしれないから、サクラ達が仲間探しをする気も分からなくは無い。暫くしたら知らないうち増えて居るかもしれないな。
「人と共に生活するのには問題ないよ、今は京都の山科の開拓を手伝って貰っているし、近衛さんも凄く助かると言っていたな。今回は町の間で手紙や軽い荷物を運ぶ仕事をしたいヤツが居ないか探しに来たんだけど、やってみたい人居る?」
「必要とされて居るなら断る理由は有りません。里の若者を見繕っておきましょう」
「それじゃ、帰りにまた寄るからその時まで行きたいヤツを決めといてくれ」
犬の獣人達との交渉も終わったので目的地に向かおう。
木曽川を遡れば中津川や恵那に着くのだが、今回は土岐に用事が有るので犬山から山を迂回し東へ向かい川の有る場所まで出る。確かこの川の名前は土岐川だったと思う。川を遡って移動すれば土岐に着く。川を下ると何処に着くのかは分からないな。海に出るのは間違い無いだろうが……
小高い山に囲まれた渓谷を抜け、草の生い茂る平野部を進むと集落が見えて来た。あそこが耕一さんの生まれた土岐かな? 集落に入り一番立派な竪穴式住居に足を運び戸を叩く。
暫くして出て来たのは30代の小柄な男だった。長く伸ばした髪を横で結んだ、古代の日本人の挿絵とかで良く見る髪型をして居た。本当にこの髪型している人が居るんだな、夏場とか暑くないのだろうか?
出て来た男は里長で名前を源一郎さんと言うらしい。早速、耕一さんに書いて貰った手紙を渡し暫く待つと驚きの返事が返ってきた。
「領主様に頼んでいた、この地の開発をしてくれる人がようやく来たずら、これで隣の可児市のヤツ等を見返せるずら」
「えっ、何言ってるの? 俺開発なんかしないよ」
ココを開発するくらいなら、伊賀を徹底的に開発するよ。
「この手紙には、この者に任せれば万事上手く行くから全てまかせよと書かれてあるずら」
うわっ、やられた、確かに人を貸して欲しいとはいったが、この地の問題を解決するとは言ってないぞ。その手紙の書き方だと開発もやると取られても仕方がない。しかも、その人手も岐阜への行商の本数を増やすための物だし。俺の利益無くね?
「かっかっか、やられたの主様よ、契約書を確認しないとは商売人の風上にも置けない行為なのじゃ、これは大人しくココの開発をするしかないのじゃ」
「俺、商人じゃないんだけどな。まあ、経営者として甘かった事は認めようか。ここは手痛い授業料としてあきらめて、開発の案を出すとしますか」
「どうせ主様は転んでもタダでは起きんのじゃろ?」
それは期待し過ぎじゃないかな。幸い俺の生産している物は必ず売れる商品だ、物の流れが良くなれば俺の懐も温かくなる。この完全には損にはならない所がミソだな。こうやって人を上手く使うのか、耕一さんも伊達に領主をしている訳では無いと言うことか。
源一郎さんの話を聞くと、土岐は平地は有るが農業用水の確保が難しく狩猟で得た獲物を、木曽川流域の関や可児などの農業主体の町と交易する事で細々と生活しているようだな。耕一さんもそうだが都会に憧れて獲物を売りに行ったまま帰らない若者も居るのが頭痛の種だそうだ。
俺だってこの地に生まれたら逃げ出すかもな。清々しいほど何も無い。ココで何を主体に儲けろと言うのか、街道整備をすれば岐阜と長野を結ぶ宿場町としての目は有るが、恵那から木曽川を下った方が速いだろう。船が小さく大量に物が運べないのが不幸中の幸いか?
この辺りは現在で言う所の国道19号が走っている場所のハズだ。まっすぐ北に進むと長野県の塩尻・松本方面に出る。南に進むと名古屋市の熱田神宮の前まで出るな。ん? 土岐川は名古屋市を流れる庄内川に出るのか。ふむ、少し希望が見えて来たな。
岐阜と共同開発している濃尾平野の反対側は名護屋だ。人口の増加により木材が不足している。秀吉の墨俣一夜城じゃないが、上流で切り倒した木材を川に流して名古屋市で回収すれば利益が生まれると思う。確実に届くように筏にして人を乗せて運ぶ必要が有るかな。
三重県民としては名古屋が潤うのに複雑な物が有るが、利益を名護屋で吸い上げてやろう。ふっふっふ、開発を他県民に丸投げした事を後悔させてやる。たしか土岐にはアウトレットパークが有ったな、ここに来れば何でも揃うようにして隣の可児市からも人が流れるシステムを作りたい所だな。それには諏訪の領主のタケミナカタさんの協力が必要だよな。
少し時間がかかるが長期的に見れば利益が出そうだな。少しやる気が出て来たぞ。
「くふふ、主様の目に光が戻ったわ、皆の者この地は必ず繁栄するぞ、大船に乗った気持ちで居るがよい」
だからハードルを上げるんじゃないバカタレが。しかし、やるべき事の方針が決まったな。おっと、ここに来た理由を忘れる所だった。
「耕一さんから、ココに来たら水晶が手に入ると聞いたんだけど有る?」
「コレかの?」
「ああ、それそれ」
後はこの水晶が魔術的な価値が有るかどうかだな。
外に出て少し試して見る事にした。水晶に得意の土魔法をイメージして魔力を込めると水晶に魔力が溜まって行く感覚が有った。おっ、これは行けそうだな。魔力を込めた水晶を地面に投げると着地点から土の杭が生まれた。これは凄いな水魔法が得意な阿部さんがコレを使ったら干ばつ対策とかにもなりそうだ。
「これは面白そうじゃ、ワシにもやらせるのじゃ」
「タマ、火属性魔法は込めるなよ」
タマが魔力を込めた水晶は下手な手榴弾より威力が有りそうで怖い。
「なんじゃ面白くないの」
そういってタマが水晶を投げると、何も無い所から大豆が生えて来た。
「何もない所から、食物の苗が生えて来ただ、これは神の御業ずら」
「まあ、何も知らない人が見たらそうなるか」
「なぁ~はっはっは、もっとワシを褒めたたえるがよい」
大豆は今から植えると12月には収穫出来る。この地の食料事情の改善の役には立つかな。別に枝豆で食べてもいいしな。食物は育てられる物から育てて行くとして。何か特産品の一つや二つは欲しい所だ。何かないだろうか?
土岐か…… 何が名産なのかさっぱりわからん。
ここから北に70kmほど行くと御嶽山が有るな。火薬の材料の硫黄が取れるがタマを見ると、もう一つの材料で有る硝石を肥溜めを掻き出してまで取る必要が見当たらない。
後は御嶽百草丸か、くっトヨウケを連れてこれば良かった。
そう言えば明智光秀は土岐源氏の出だと言われているな。
近衛さんに聞いたら何か分かるかもしれない。
補足説明
犬の獣人達の住むのは明治村周辺で池は入鹿池ですが、入鹿池は人口に作られた物なので現在より規模は小さい。
生前の仁の地元の高台から、名古屋方面を見ると眼下には田園風景、遠目にはビルが立ち並ぶ風景が見えコンプレックスになっている。
正確には土岐市と可児市の間に多治見市が有るが、作中では未開発地帯となっています。




