外伝 滋賀侵攻 その三
熊野暦四月上旬
接収した大中の湖湖畔に有る集落を斉藤と物部連に任せ、一度忌部隊と共に大津の拠点に戻りましょうか。奇兵隊から荷物の受け取りもしないといけませんからね。それにしても、この集落の場所が安土山の麓に有るのは何かの因果ですかね、私はかつて謀反を起こし少しだけ安土城を拠点として居た事があるんですよね。そして私が率いている忌部隊はかつての上司の祖先だと言われていますね。何の因果か私と織田は切っても切れない関係なのかもしれません。そう言う物と諦めて越前周辺を押さえたら適当な人材に織田氏を名乗らせましょうか。
「斉藤、ここの守備は任せましたよ。ここでは米だけでは無くエゴマの栽培も予定しています。くれぐれも敵に奪われる事のないようにしてくださいね」
「はっ、命にかえましても」
「相手の射程外から狙い撃ちに出来るので苦戦することは無いと思いますが死ぬ事はなりませんよ。せっかく第二の人生を歩むのです貴方も一介の油売りから領主に上り詰めてはどうですか?」
「道三様みたいにですか? それは良うございますね。私も年甲斐もなく夢でも見るとしますかね」
ニニギ様はエゴマ油を食用にしたいとおっしゃっていましたが、私たちの時代では明かりを灯すのが主な使用方法でしたね。確実に売れる商品なので、この地の主要産業として町を発展させて行きたいですね。後はこの地の南に信楽と言う良質の土の取れる場所が有りましたね。抹茶は有りませんが茶道具や壺などを作ったら売れるかもしれませんね。幸い伊勢には釉薬の材料となる長方石が一部の地域で石器として使われている位で、青銅器が流通している今では砥石にしか使われていない様で安く仕入れて加工すれば儲かりそうですね。
それはさておき、大津に帰り琵琶湖の北西部に有る坂本の様子を見にいきましょう。可能であれば水晶の採取もしましょうか。大津の水晶はやや黄色がかっていますが、貴重な鉱石はニニギ様が買い取っていますから何かの役には立つでしょう。
考え事をしながら鹿車に揺られて居ると大津に着いたので、奇兵隊より木材の受け取りをして彼らを労いました。
「近衛の旦那、何か必要な物は有るか?」
「酒が飲めれば部下の指揮も上がると思います。聞く話によると養老で出来る酒の出来が良いようですね。関ケ原を越えて岐阜に抜ける道が有れば輸送も楽なんですが、道を作るのにも人出と米が必要です」
「それは近衛の旦那のこれからの頑張り次第だな、安全が確保されるなら伊勢や岐阜から人を派遣して道を作ることも可能だと思うぜ。和歌山に優秀な土木工事の集団が居るらしいな、あそこは山ばかりで米の生産が厳しいから出稼ぎに来るかもしれないな」
「それはいい案ですね。ニギハヤヒ様に文をしたためますから、帰るついで大和に送ってもらえませんか?」
「ああ、そのくらいなら朝飯前だ、人出が欲しいなら狩猟組合にも話をつけとくぜ」
「ぜひお願いします」
たしか和歌山の土木集団は奈良から吉野山の麓を通り熊野と和歌山の境に抜ける道を作っているとの話でしたが人手を貸してくれるでしょうか? 人手は欲しい所なので、大津にも狩猟組合を作り広く忌部隊の募集をかけましょう。
なんとしても田植えの始まる前にこの地を安定させたい所ですが、小競り合いは常に起こると予想できます。天然の要塞になっている安土の防衛は楽でしょうが、大津から北に有るの坂本周辺はどうなっているのでしょうか?
忌部隊の演習がてら私の部下を付けて斥候に出してみましょうかね。元々狩猟をして居た人達ですから、方法さえ教えれば熊や猪を追うより人間の足跡を探る方が楽でしょうし直ぐに仕事を覚えてくれる事でしょう。
――数日後
斥候に出した部隊が戻ってきました。部下の話では忌部隊の追跡能力は素晴らしく、現地人の経験として集落の有る場所の見当を付けるのも上手く、逆に教えられる事が多いとの話でした。即戦力として使えるのは嬉しい誤算ですね。
どうやら私のかつての居城の有った坂本周辺に人が集まり不穏な空気が有るとの事でした。物部隊は後方の守備として安土に置いて来たので呼び寄せる事ができません。ここは稲荷山と桃山の獣人達に応援を要請しましょう。彼らを投入すると考えると相手が可哀そうになります。犬の獣人は元々狩猟を主とする一族なので追跡能力は抜群で山の中に逃げ込もうとも確実に追い詰めるでしょうし、狐の獣人の操る火の魔法は山岳地帯では脅威です。もう敵にはご愁傷様と言うしかありませんね。なんとか言葉は通じるそうなので矢文でも打ち込んで合戦で型をつけるとしますか。
翌日、坂本周辺の比叡山の麓に人が集まっているとの報告を受け、私たちも迎え撃つべく坂本に向けて進軍し部隊を展開します。おや、獣人達の見た目が子供なので、何やら敵の陣営から笑い声が聞こえますね。彼らはタマさんの吐き出す炎の話を聞いてないのでしょうか?
我らの守護神を侮辱するとはいい度胸です。比叡山に追い込んで山ごと燃やし尽くしてやりましょう。比叡山の焼き討ちの指揮を取るのはこれで2度目ですね。これも何かの因果でしょうか?
敵が矢じりの様な陣形で雄叫びを上げながら突入してきますが息が有ってませんね。足の速い者と遅い者の差が激しくここに到達する以前にバラつきが出てきました。そんな陣形では衝撃力が足らずこちらの陣形を崩す事はできませんね。正面から受けても大丈夫そうですが弓矢で相手の足を止めますか。
「弓矢隊、前へ、奴らをハチの巣にしてやりなさい」
「おぉぉぉー」
しかしながらニニギ様の考案した複合弓は凄いですね。もしかしたら短弓であるのにも関わらず三十三間堂の端から端まで矢を飛ばす事が出来るかもしれません。私の部隊は修練を積めば弓の名手と名高い那須与一を超えるかもしれないと考えると何やら胸が熱くなってきました。
「敵の足が止まりました、もういいでしょうこちらも突撃しますよ。サクラさんとモモさん達は両端から相手を追い込んでください」
「やっとサクラ達の出番なの、一杯ブッ殺すの」
「サクラさんあんまりはしゃぐとケガしますよ」
忌部・近衛隊から少し遅れて迂回して獣人達が向かいますが、元々の身体能力に差が有るので衝突の瞬間はほぼ同じな様です。身体強化を使える近衛隊は建材の丸太を振り回し相手をなぎ倒して行きます。下手に槍で攻撃するより丸太の方が破壊力が有り、弾き飛ばされてザクロの様に潰れて行く敵を見ていると、部下たちが何故丸太の装備を希望したのか理解出来ました。あれは何とも気持ちが良さそうです。私ももう少し若ければあの輪の中に加わり先陣を切って駆けて見たい衝動に駆られます。
サクラさんたちも敵陣を縦横無尽に走り回り、すれ違いの瞬間に首筋に噛み付き一人また一人と仕留めていきます。うずめ様もそうですが早さが段違いに違うので、敵が攻撃した場所にはもうそこには姿は有らず相手の攻撃は空しく空を切るばかりです。既に前線は崩壊し逃げ出す人間が出てきました。
「サクラさんあの山に敵を追い込んで下さい。山ごと焼き払います。モモさんは燃えやすそうな枯れ木を集めといて下さいね」
「わかったの、みんな行くの」
「了解しました」
犬の獣人達に追い立てられ比叡山に敵は逃げ込んで行きました。延暦寺への道はどの辺りでしょうね。効率的に燃やすには参道の有った道から攻めるのが効率的です。更に敵を追い詰め一か所に纏めていきましょう。
「そろそろ良いでしょう、モモさんサクラさんに撤退指示を出した後に薪に火を付けて敵を燻していきましょう」
「燻製を作るのですね。それは美味しそうです」
「人間は食べられなくは無いでしょうけど、美味しく無いと思いますよ」
「食べないのに殺すのですか? 人間は不思議な生き物ですね」
ふむ、これは一理有りますね。人は何故争うのでしょうか?
時と場合によりますが、水や食料が原因じゃない争いが有るのも確かです。ニニギ様達の生まれた時代には我々の様な武士は必要ないのかもしれません。会話や交易で分かり合えるのならばそれが一番効率的な方法だと思いますが、私達は問題を暴力的な方法で解決する事が当たり前になっていて疑問にも感じませんでした。この年になってもまだ学ばねば成らぬ事が有るとは面白い事です。天下が安定するまでは我々武士は必要なはずです、不要になるまで戦いつつ新しい世の中の作り方を学んでいくとしますか。
サクラさん率いる犬の獣人の撤退を確認してから、薪に火を付けていきましょう。モモさんたち狐の獣人は口から吐き出して山に火を付けて行きますが、タマさんの様に一人で山を焼き尽くす威力は出ないのでそこは私達で補助して行こうと言う訳ですね。
しばらくすると炎は山の木々に燃え移り始め煙が充満してきました。これでは私達も煙に巻かれてしまいますのでそろそ撤退しましょう。
山の麓で逃げ出して来る敵を待ち伏せしていましたが、数刻経っても出て来ないので全滅したのでしょうね。全滅させずともこれは抵抗する気力を折る戦いなので、むしろ生きていて彼らの本拠地に状況を伝えてもらった方が効率的だったかもしれませんね。
この坂本の地は船や陸路で敵が攻めて来やすい場所の様ですね。ここに立派な要塞を築き防衛拠点を作るとしますか。
補足説明
大津南部で取れるのはトパーズ、現代でも握り拳大の物が取れるらしいので近くに住む人は一攫千金を狙って見てはいかがでしょうか?
三十三間堂は平将門が後白河上皇の離宮を改装して作ったそうで、廊下の長さは122mです。
明智光秀は比叡山延暦寺焼き討ちの実行犯、なお家老の斉藤利三と共に岐阜で斎藤道三に仕えていた事が有るのと、光秀の出自は不明ですが岐阜県に明智と言う地名が有るのでその辺りの出身ではないかと思われます。




