外伝 滋賀侵攻 その二
長野の蓼科と京都の山科を素で間違えて書いていました。前の話を書き換えて有りますが、京都に在るのが山科です。どちらとも蕎麦が有名なのでお立ち寄りの際には是非ご賞味ください。
熊野暦3月下旬
ニニギ様が伊勢に向かい旅立たれました。斉藤の話では岐阜で水晶の採掘をするとの事でした。私の領地で有った坂本でも水晶は取れたはずです。何に使うかは分かりませんが、大津周辺に拠点を建てる許可もいただきましたし、ここはニニギ様のためにも早く滋賀を平定し水晶を献上するとしましょう。
「殿、ニニギ様のお見送りが終わりました」
「じゃあ、行きましょうか」
それでは、ニニギ様の私兵の奇兵隊に留守を任せ、大津に向けて出発しましょうか。山科から大津の中間に有る山はタマ様の炎で焼かれハゲ山となっていますね。6月の長雨にさらされれば土砂がこちら側に流れ込み道が出来るんじゃないかと踏んでいます。豊富な栄養を蓄えた山の土は山科から大津にかけてに大きな恩恵をもたらす事でしょう。
しかしながら草木一本も生えて居ないとは人智を越えた力とはまさにこの事です、是非坂本を繁栄させて稲荷山に立派な社を建てるとしましょうか。確かエゴマの栽培で財をなしたのは近江八幡周辺でしたか、大津周辺を足掛かりに琵琶湖南部を平らげてしまいましょう。
「しかし、木が全て燃えてしまうと建築資材の調達に手間取りますね」
「物部氏に頼んで土魔法で土塀を築くしかありません」
「土魔法の名手で有るニニギ様が居れば良いのですが」
「今回の侵攻はニニギ様の意に反します。助力は願えない物と考えましょう」
「どうして意に反しても侵攻するのですか?」
「この地を足掛かりに若狭までの海岸線まで侵略すれば近畿地方の守りは安泰でしょう。ニニギ様も後顧の憂いを絶って出雲まで足を延ばせると言う物、急ぎでは無いとおっしゃっていましたが人の人生は短いのです。のんびりしているとあっと言う間に死んでしまいます。第一に天寿を全う出来るとは限りません」
「それを殿が言いますか……」
「いえいえ、この国の為に天下の統一は不可欠で有るとの考えは、かつての上司と同じでしたよ。ただ色々なしがらみの為、やむおえず凶行に及んだまでの事です。私自身は天下を治める技量でないのは重々承知していましたしね」
そんな私は幸か不幸か第二の人生を歩んで再び天下統一の夢を追いかけている。ニギハヤヒ様は甘いとおっしゃるが、ニニギ様の言う日の光のもと上下の隔たり無く集まろうと言う指針は嫌いでは無い。陰謀渦巻く朝廷と手柄を求める身内の足の引っ張り合いには辟易していましたからね。故に私は影になり薄汚れた世の中を知る物として、心を押し殺し人目にはばかれる仕事を遂行するのです。私も齢50を越えました。ここは後進の為に一肌脱ぐのも悪く有りませんね。
――数日後
以前制圧した村を接収し、拠点へと作り帰る作業は順調に進んでいた。水堀や物見やぐらは有る物をそのまま使い、今は居住区に有る茅葺の建物は木造の高床式に改装する作業をしている。そんな時に敵襲を知らせる銅鐸が鳴らされた。
「殿、東側から敵襲です、ただいま物資を運んで来た奇兵隊が対応しています」
「奇兵隊はニニギ様の子飼、消耗させる訳には行きません。物部連にも連絡して下さい、準備出来次第こちらからも打って出ますよ」
慌てて戦支度をして外に出ると、戦いの趨勢はすでに決まりつつ有りました。私が遠目に見たのは、横一文字に並んだ状態から中央の部隊が後退し谷の字の陣形になり両側から弓を射かけて倒す所でした。補給部隊と侮っていましたが予想外の強さですね。
特に隊長の獅子奮迅の戦いが素晴らしい、盾を竹槍で叩き挑発して上手く相手を引き付け最小限に被害を食い止めていて、他の隊員も盾を使い攻撃を受け流しています。隊長の名前は藤堂でしたか、確か浅井家の足軽大将からサルの弟の家臣となった人物と同じ苗字ですね。ニニギ様は津城の大名から取った名前だとおっしゃってましたが、私の居ない間に出世でもしたのでしょうか?
このままだと私の部下たちはまた手柄無しとなってしまいますね。見たところ被害も無さそうですが、間に入って盾役位は買ってでましょうか。その位の事をしなければ我々は武人として立つ瀬が有りませんからね。
「奇兵隊の皆よくぞ持ちこたえてくれた。後の残党は我々が引き受けます。緩やかに後退して荷を守って下さい」
「近衛の旦那か、じゃあ言葉に甘えさせてもらうぜ」
窮鼠猫を噛むと言う言葉も有りますが、逃げ場が無くなった時に敵は死兵となって襲いかかって来るのです。功を焦って引き際を見誤るかと思いましたが見所の有る若者ですね。
「近衛隊は前進して奇兵隊と交代!! 一気にすり潰しなさい。忌部の騎鹿隊は側面に回りこみ横槍を入れなさい。後方を封鎖する必要はありませんよ」
「おぉぉぉー」
ここからは奇兵隊と交代して身体強化を修めた我々の出番です。逃げ道だけはわざと残しておいて攻撃しましょう。人間と言う物は少ない確率でも助かるとしたらそれに賭ける生き物です。わざと逃げ場を残して置き追撃で後ろから攻撃して倒してしまいましょう。もちろん彼らがどこから来たのか探るために様子を見る意味合いも有りますね。
戦闘もおおむね終わり敵は散りじりに逃げていきました。騎鹿隊に残党を追わせ動向を探ると、近江八幡に向かう途中の野須川の流域に集落が点在しているそうですね。早速その村に赴き追撃しに行きましょう。
「この集落群が反抗勢力の村ですか」
「殿、どうなされるおつもりで?」
「一番近くの集落を囲み火矢を中に打ち込みなさい。集落は茅葺ですから、さぞ景気良く燃えてくれるでしょうね。おびき出された来た人間の始末は任せましたよ」
私達は大和でエゴマの栽培をしていますが、食用に限らなければ松などから油は取れます。これを麻布に染み込ませた物を弓矢の先端に巻き付け打ち込もうと言う手筈です。上手くいけば煙に巻き込まれ被害を拡大する事が可能でしょうね。ニニギ様はなんとおっしゃってましたか……
そうそう一酸化炭素中毒でした。後世では我々が生きる知恵として口伝で伝えられて居た物が学問として広く子供でも知る事が出来る様ですね。何と素晴らしい事でしょう。願わくば私もその時代に生まれて心向くまま知識の探求に没頭して見たいですね。
取り囲んだ集落からは弓矢が飛んで来ましたが我々の使う物と違い飛距離があまりありませんね。届かぬ矢は無視して遠間からこちらの火矢を打ち込む事に専念しましょうか。しばらくすると集落から火が立上り辺りには煙が充満し始めました。
「殿、集落から人が出て来ましたが様子がおかしいです」
「そうですね、何か士気が低そうなのが気になりますね。取り囲んで動向を探り降伏する様なら受け入れましょうか」
「はっ、かしこまりました」
なにやら幽鬼の様な足取りで出て来た村人たちは、取り囲まれても抵抗する様子が無いので配下を派遣して見るとなにやら身振り手振りで話しかけ、しまいにはひれ伏してしまいました。この時代の籠城戦は火計に弱いと言う問題を何とかしないといけませんね。
「ニニギ様も被害を最小限に抑えろとおっしゃっていましたので、この集落の住人を使い周囲の村の説得をしてもらいましょうか?」
「何か条件でも提示しますか?」
「ふふふ、それは降伏か死かの二択で良いでしょう」
部下の話では住人の言葉は酷い北陸訛りで聞き取り辛いですが、この世界に来る前に越前方面で食料の調達をした事が有るので何とか会話ができるとの事でしたね。
「殿、集落の意見は二つに割れて要るようですがいかがいたしましょう」
「もう一つ集落を焼けば彼らも素直になるかもしれませんね」
「はっ、ではそのように致します」
後世で悪逆非道の鬼と呼ばれようとも反抗の根は絶やしておかねばなりません。身体能力強化とニニギ様の考案した複合弓が有れば一方的に攻撃する事が可能です。ここで徹底的に叩いて心をしっかりと折砕いてさしあげましょう。
「殿、東側より援軍です」
「集落から打って出てくる人間がいないので不信に思っていましたが援軍がきましたか、どうやらこの地方を治める豪族が居るようですね。忌部隊は引き続き集落の包囲、物部隊と近衛隊で援軍を叩きます」
戦法は今まで通り遠間から弓を射かけて数を減らす方針で行きましょう。卑怯と言われようともこれが一番効率的なので仕方ないですね。
「相手の間合いに入りました。全員身体強化を使用!! 5分で片を付けますよ」
私は近衛隊の身体強化の限界を示す砂時計をひっくり返して指示を出します。ニギハヤヒ様の作られた砂時計の砂が完全に落ちると5分と言う単位らしいですね。これは竹の節に穴を開けた物で上から覗く事で時間の経過を確認する物ですが、本来はギヤマン製で下に落ちた砂を目視できる代物の様です。
身体強化を使えは矢が目にでも入らない限り少し痛い位で怪我をする事はありません。突撃して一気に蹂躙してしまいましょう。
我が軍と援軍に来た集団が激しくぶつかり合いますが、力の差は歴然ですね。人間はあんなにも吹っ飛ぶ物なのかと味方の攻撃なのに唖然としする位です。案の定一方的に野戦は終わり今まで籠城していた集落の住人たちが出てきました。部下に話を聞きに行かせると,この先に住む豪族では無くこちらの勢力に属したいとの事でした。基本的に長いものには巻かれろと言う考えの人達なんでしょうね。
私は快くそれを了承し撤退した援軍の後を追います。しばらく東に進むと大きな湖がいくつも連なる場所にでました。眼前に有る山は信長様の居城の有った安土山ですね。大中の湖はこの時代には安土山を取り巻く範囲で幾つもの湖が連なる形で存在したのですね。
その湖と湖の間に天然の要塞の様な大きな集落があります。ここが豪族の納める集落なのでしょうね。取り囲んで兵糧攻めにしようとも背後の湖から船で食料調達されれば意味が無いですね。長雨の季節が来るので川の流れをせき止め水攻めにする手もありますが、あまりにも時間をかけると我々の悪行がニニギ様の耳に入ってしまいます。そしてなにより私がサルの真似をしているのが納得できません。
ここは正攻法で正面から行くしかありませんね。私は近くの山で大きな丸太を切り出して貰い、それを抱えて門に突撃する方針を取りました。見た目には無様ですが身体強化を使う我々には弓が効かないので簡易型の破城槌になります。門を破ったら力自慢の部下に近くの建物にその丸太を投げ飛ばして貰いましょう。きっと相手の戦意を削ぐ事間違い無しです。
我々の居た時代にこの不可識な力が在ったらと想像するとぞっとしますね。相手からすると我々はまるでおとぎ話に出て来る鬼のような存在でしょうね。少ない兵で城門をこじ開けて侵入し猛威を振るう人間など悪夢でしか有りません。ここはしっかりと我々の雄姿を敵に焼き付けておきましょうか。
両手でようやく囲える位の太さの丸太を5人で持たせ突撃させます。元から薄い門は紙の様に破られ力自慢の兵が一人で丸太を振り回して内部の兵を蹂躙していき、最後に大きく振り回し集落の一番大きな建物に投げ飛ばしました。集落の長を殺してないでしょうね?
停戦協定を結ぶ相手が居ないと皆殺しにするしか手が無くなりますよ。
しばらくすると集落から逃げ出す人が続出し後方からも船で逃げ出して行きました。後でこの集落を取り返しに来るかもしれないので、斉藤の兵を駐屯させて様子を見てみましょうか。
桃山と稲荷山の獣人達はアリバイ作りの為に山科周辺の開拓作業をしています。報酬は秋口に収穫される蕎麦ですね。
面倒なので次回も琵琶湖の北側を責める話になりますが、丸太無双するので話に山が無いと思います。戦力差があり過ぎるのも考え物ですが、こうでもしないと話が前に進みません。主人公は西に全く行って居ないしタイトル詐欺も良いところです。




