75話 伊勢神宮の完成
史実での伊勢神宮(内宮)は紀元前一桁年代に出来たと史書には書かれています。
ちなみに外宮は西暦460年代です。
熊野暦3月下旬
俺が奈良で仕事をしている間に伊勢神宮が出来上がっていた。俺と熊野さんの記憶を頼りに作ったので、五十鈴川を跨いだ小高い山に建てられては居るが、川の流れが現代と違っていれば少しずれた場所となってしまう。環境の変化とか有るので何回か式年遷宮を繰り返せば現在の場所に落ち着くだろう。
伊勢市から5km程離れたこの場所は杉林が広がっており建材の確保には困らなかった。余った杉の木は近くに住む猿田彦の家に集められ門前町を作るのに使われている。残念ながら門前町のおかげ横丁が出来るのは秋口になるそうだ。
天音さんのお願いで伊勢の学校の建設だけは急ピッチで進められている。取り合えず青空教室でいいなら今すぐ始められるが、伊勢は漁師町なので雨の日に手習いに来る人が多そうだ、梅雨入りする前には学校を始めたいと思っている。
「天音さん仕事の調子はどうですか?」
「9月に取れたお米と12月に取れた大豆に加え、加工食品の計算はあらかた終わりました。残っているのは6月に収穫される麦の試算位ですね」
「ごめん、俺が色々と作ったばっかりに仕事を増やしてしまって……」
「いえ、仁さんの作った物で伊勢の人々が幸せになるならこの位の苦労は安いものです」
天音さんは少しやつれていたので奈良で5月にえごま油が取れる事と、それにともない天ぷらやフライ物のメニューが増える事を言い辛いな。せめて適当な人材が居ればいいが……
「そうだ天音さんトヨウケ姫を好きに使っていいよ。読み書きと計算は出来るようだし、補佐の仕事位なら任せてもいいんじゃないかな」
「トヨウケさんは、仁さんのお弟子さんなんじゃないですか?」
トヨウケは料理に使う五法(煮る・焼く・蒸す・揚げる・生)の内、煮るのと焼くのは既にマスターしている。今はせっかく漁師町に来たので刺身の練習をしているがすぐに習得してしまうだろう。蒸し料理もさほど難しい物では無いし、食用油が出来るまで教える事が余り無い。魚のさばき方は熊野さんが教えるだろう。以外にうずめも魚を下すのが上手いから張り合いが有るだろうしな。
「トヨウケに教えるのは、あとは山菜のアク抜き位だからこれなら天音さんでも教えれるでしょ? 後の空いた時間に仕事を手伝ってもらえばいいさ」
「うふふ、私は仁さんのお姉さん弟子なのでしっかりと教えておきますね」
そう言えばそうなるのか……
はっきりと弟子にすると名言はしてないが、俺が最初に料理を教えたのは天音さんが最初だったな。俺はどっちが一番とか拘るつもりは無いが、二人とも仲良くしてくれればそれで良い。
天音さんも丁度手が空いたと言って居たので出来たばかりの伊勢神宮を見に誘って見た。鹿車に揺られ15分程の道のりだが、天音さんは途中で道ゆく人々に声を掛けられてそれに手を振り答えていた。その中で突拍子もない事を言う奴が居た。
「天音様、お二人のお子はいつ頃にお生まれになるんですか?」
「もっ…… もうっ、私と仁さんはそんなんじゃないです」
あれ? 俺は遠まわしに振られたか?
「そうだぞ、天音さんが困っているじゃないか」
「私は困りませんが、仁さんに迷惑が掛かります」
ここで「私は一向に構わん」と答えられれば良いのだけど、その言葉が喉に詰まって出てこない。これでは俺が本当に迷惑しているみたいじゃないか。どうでも良い相手なら口が饒舌に回るが、意中の相手となると上手く喋れないのがうらめしい。町の人達に熊野領の安定のため次代が渇望されているのは確かだ、これに上手く乗っかって口説き落とすべきなのは重々承知しているのだが……
天音さんも口では否定はしているが、顔が赤いのでまんざらではないと思いたい。さっきの人も悪びれもなく「はいはい、ごちそうさま」と言って去っていった。お互い忙しい中ようやく出来た二人きりの時間だ、何かウイットに富んだジョークでも飛ばさなければ……
くっ、構えてしまうと中々良い案が浮かばない。というか緊張して口の中がパサパサで喋っても上手く舌が回らないだろう、何と情けない事か。
「喉が渇いたな」
「あっ、私お茶を持ってますよ」
天音さんが竹筒から出した物は緑茶だった。トヨウケめ、ゆうなに殴られたのに懲りてないな。しかし話のネタになりそうなので良しとするか。
「それって、トヨウケが口から出したお茶じゃない?」
「ええでも、とっても美味しいですよ」
そう言えば天音さんとうずめは神事として口噛み酒を造っているんだった。もしかしたらトヨウケ茶を抵抗なく飲めるのかもしれない。以前は納豆菌で苦労したので断ったが、俺は普通に納豆を食っているので飲んでも飲まなくとも一緒だな。
「じゃあ、せっかくだから貰おうかな」
「やっぱりダメです」
えっ? なんで?
何故かは分からないが天音さんはお茶をしまいだした。女心と言うのはサッパリわからん。もうじき伊勢神宮に着くのでそこまで我慢するか。道中言葉に詰まる事はあったが特に気まずくなる事も無く目的地に着く事が出来た。
「おお、これは見事だな」
「立派なお社ですね」
五十鈴川に掛けられた橋を渡り鳥居をくぐった先に広場と居住区が有り、そこから延びる参道には巫女の詰め所が三か所ほど有る。詰め所と言ってもお札やお守りを売っている場所をイメージして貰えば早いだろう。恐らく天音さん・くくり・ゆうなの三人分の詰め所だな。一つ一つの建物が大きいので増員も考えているかもしれない。詰め所の間には神楽殿も有りここではうずめや佐瑠女君が練習をするのだろう。
さらに杉林に囲まれた参道を歩いて行くと蔵が有った。
熊野さんの話ではこの蔵の守り神がタマらしいが、蔵の中身が食べ物だったら食べてしまいそうで怖いな。それよりもアイツは口から食べ物を出せるので、蔵の中身が別の物にすり替わってしまう可能性を考慮しないといけない。元々キツネはネズミを狩る習性が有るので倉庫の番や農耕の神として崇められているらしいけど、ネズミよりタマの方がタチが悪いとは何たる皮肉か。
有る意味使っても減らない蔵の管理者ならば守り神と言われていても不思議ではないが、口から出した物だとバレたら暴動がおこりそうだ。何か策を考えて、お稲荷様らしく商売の神様として別の場所に祀ってもらおう。
「仁さん本殿が見えてきましたよ」
「こりゃすごいな、俺の知るお伊勢さんとまったく同じだ」
神事を執り行う本殿の前には白い玉砂利が敷かれ、主な柱の先端には真鍮で装飾がされている。熊野さんと猿田彦はかなり力を入れて本殿を作った事が伺えるな。貨幣制度が導入されていないので賽銭箱が無い以外は現代の伊勢神宮と遜色は無い。
「こんなにも立派な建物だと物怖じしてしまいますね」
「何いってるんですか、天音さんは伊勢の希望の光なんだからこの位の建物が有っても普通ですよ。もし分不相応だと感じるなら、みんなに認めて貰えるように頑張れば良いんじゃない?」
「それもそうですね、私頑張ります」
「所で熊野神社からのお引越しはいつ頃になりますか?」
「お父様はいつでも良いと言っていましたが中々調子が合わなくて出来ずしまいですね」
「ここは思い立ったが吉日と言うし今週中にやってしまおう」
「それもそうですね、では明日までに仕事を片付けちゃいますね」
「俺も手伝うよ」
じゃあ熊野神社に帰り仕事を終わらそうか、そろそろ海から熊野さんとトヨウケが帰って来る頃だから二人も捕まえて天音さんの仕事を手伝ってもらおう。熊野さんは戦争のせいで小学校までしか出てないが地頭は悪く無いんだよな。家業が漁師のために面倒がってやらないだけで、天音さんの話では天音さんが小さい時には奥さんを手伝っていたらしい。
天音さんが成長してからは熊野さんの仕事を肩代わりして現在に至る見たいだな。その肩代わりする時に少し生意気な事をいってしまったと天音さんは後悔している様で、俺は天音さんにも反抗期が有ったのかと少し安心した。今はうずめが反抗期に突入して熊野さんは苦労しているな。
俺たちが熊野神社に帰るとトヨウケ達は戻って来て居たので、さっそくトヨウケ達を捕まえて天音さんの仕事を手伝うべく広間に集まった。
「所で仁よ、お前とトヨウケがココに居て晩飯は誰が作るんだ?」
「ゆうなかくくりじゃない?」
「くくりはまだしもゆうなの料理の腕は酷いぞ、お前の居ない間は俺が料理を作って居た位だからな」
「えっ? なんで? ゆうなはプリンとか販売出来る位の物を作ってたじゃない?」
「あらかじめ分量の決まって居る物は出来るがそれ以外は全くだな。いくら旨くても同じ物を毎日出されたら飽きるだろ?」
「なんかゴメン、俺が居ない間そんな事になって居たとは思わなかったよ」
「伊勢の学校に料理部門も作るしかないな、こっちは御婦人たちからも頼まれて居るし頼んだぞ」
「マジで? 俺こう見えても忙しい身なんだけど……」
そういっても誰も適任が居ないしな、くくりにも料理は教えて居るが煮物で苦戦しているな。いや火力調整が難しいこの時代にさらっとやってのけるトヨウケが異常なんだ、薬の抽出に火を使うのに慣れていたと本人はいっていたが……
「その仕事私がやるッス、師匠の料理をもっと広めるッス」
「トヨウケがやりたいと言うならば別に良いが……」
調理学校の講師は週2位でやれば、天音さんの仕事を手伝いながらでも出来るのかな? そうなると調理学校は比較的調理器具が整っているココに作るのが適切なんじゃないだろうか? ココには赤福とプリンの加工工場も有るし完全に伊勢神宮に機能を移転するのにも時間がかかるだろう。
「熊野さん、伊勢神宮に機能を移転したら熊野神社はどうするんですか? 隣にちょっとした食品加工工場もあるし勿体無いじゃない?」
「お前はここに調理学校を作れば良いと考えているのか?」
「まあそうだね、これだけ広いなら立て直す必要もないんじゃない?」
「それも有りだな」
そういえばココは現代の地図で言うとどの辺りなんだろうか?
伊勢神宮への距離を考えると北へ4km位離れた場所なんだけど、海岸線が現代とは違うから判別が難しいな。
「熊野さんの居た時代だと、この辺りに何がありました?」
「国鉄の伊勢市駅だな」
「じゃあこの辺りに外宮があったの?」
「今さら何言ってやがる、裏山が外宮の有る所だ」
なんでココが市街地(港)から少し離れている所に建っているのか疑問だったが、そう言う事だったのか、風水とか詳しくなくても神社の建っている場所に建てれば安心とかの理由だろうか? それはともかく熊野一家の荷物だけなら引越しは楽そうだ、細々したものは後日に回しても良いし2~3日有れば大方終わるだろう。ちゃちゃっと終わらせて岐阜に水晶を取りに行こう。
天音さんは食料品の計算だけと言っていましたが、建築や服飾などの計算も担当しています。トヨウケ姫は衣食住の神なので、将来的にはそちらの経理の仕事の担当になるかと思います。この世界でも決算は3月末になりそうですね。
実際の紀元前の地形は川の周囲に湿地帯(天然の田んぼ)が広がっているので、風水とかの理由では無くそこにしか建てられなかったのが大きいかと思われます。




