72話 お稲荷様と調味料 承
今回、お稲荷様はあまり活躍しません。
熊野暦3月中旬
みんなで夕食を食べてる時にうずめから質問が有った。
「おに~ちゃん、たいが~ってなに?」
意味も解らず阪神タイガースの応援歌を歌っていたのか、正式には複数系のSが付くのだが難しい事を言ってもうずめは理解出来ないので地面に虎の絵を書いて説明した。
「こういう生き物がいるんだ、うずめ位素早いかもな?」
「うずめとたいが~さん、どっちがつおい~」
難しい質問だな、恐らくうずめが勝つとは思うが、正直に答えて調子に乗らせるのも教育上良くないよな。
「たいが~さん、じゃないかな?」
「そうなんだ~ うずめ、がんばる~」
本音を言うとあまり頑張らず女の子らしく危ない事をして欲しいが、俺の意見は男女平等の精神に反するのだろうか? しかしウチの妹はドコに向かっているのだろうか?
うずめは気を良くしたのか余興として六甲おろしを歌いだし、周囲が淡い光に包まれていく。そしてサビのタイガースの部分で白いトラが出て来た。トラと言っても手乗りサイズの猫ちゃんなんだけどな。
「おに~ちゃん、なんかでた~」
「あ…… ああ、そうだな」
空いた口が塞がらないとはこの事だろうな。
発現したトラは30秒程で消えたが、元々がトラを応援する歌なので歌が続く限り発現し続けるだろうな。考え方を変えると危なっかしいうずめを守る盾となってくれるかもしれないが、要らない事を教えたのかもしれない。
「ニニギ様、今のは虎ですか?」
「猫の見間違いじゃない?」
「いえ、あの見事な縞模様は虎に違いありません」
ちっ、はぐらかすのに失敗した。と言うか空気読めよ。
「おじちゃん、たいが~さんを知ってるの~」
「ええ、もっと大きく、大体この位の大きさですかね?」
その後うずめはもう一度六甲おろしを歌ったが、出て来るトラは小さかった。
何が原因か判らないが、妹がこれ以上凶悪にならない事にほっとした。
「兄貴この近くに居ると力が漲って来るんだが、姫様の歌と関係が有るのか?」
魔法に適応していない人間にもうずめの歌は効果が有るのか、そういえばバフの効果については検証していなかった、余興ついでに相撲でも取ってもらおうかな。実力が拮抗している武藤と兵藤を呼び出し兵藤にうずめの歌を聞かせて立ち合ってもらった。
「若、初めて武藤に勝てましたぞ」
「なんだったんだ、まるで別人じゃないか……」
武藤はキツネにつままれた様な顔をして呆然としていたが、うずめの歌による身体強化の証明は出来たな。歌を聴いてから30秒程は効果が有るみたいだ、もちろんうずめが歌を歌いつづければ効果は持続するだろう。以前朱里さん達と儀式魔法は可能かと問答したが、魔法適正者による合唱で同じ現象は起こせないだろうか? 毛利の3本の矢ではないが一人ではダメでも複数人で行えはうずめと同じ事が出来るかもしれない。
そう言えば以前うずめと奈良の人たちで、鎮魂の歌を歌った時に不思議な現象が起こったな。あれがうずめの力だけじゃないとしたら、可能性は多いに有る。
「斉藤さん、この歌は魔法適正者が複数人で歌えば効果がうずめじゃなくても有るかもしれない。試して見る価値は有りそうだよ?」
「確かに戦を有利に運ぶ事が出来そうですね。検討しておきましょう」
「四面楚歌と言う言葉も有るし、昔の中国人も使ってたかもね」
「まさか…… いや、あるいは……」
料理人の観点から見ると、あの民族の本能に忠実な部分の執着は異常だ。
なにせ普通の味付けでは飽き足らず、化学調味料を作った奴らだからな。
そして中世に錬金術が流行る2000年以上前からその研究をしている。
伝わる成功例は怪しいが有っても不思議ではないな。
さて、うずめの歌の有効活用について話合って居たいが明日に備えて寝るとするか。
――翌朝
俺たちは奇兵隊の宿舎を後にし一路伊賀を目指す。言い方は大げさだが山を一つ越えた直線距離にして20km程の道のりだな。その山を越えた場所には俺とタマの掘った温泉が有るので、そこで休憩しようと思う。鹿車は何事もなく山道を進み2時間程で目的地に着いた。
「なんなんッスか、池が温かいッス」
「苦しゅうないぞ、トヨウケよ、コレはワシが掘ったんじゃ」スパン
「お前だけじゃないだろ」
「主様は、妹分に見栄を張りたいワシの心を理解しないのじゃ」
いや、タマは調子に乗るとタチが悪いからな。
俺たちは旅の垢を温泉で流した後早めの昼食を取り伊賀北部の農場の視察に向かう、昼食が川魚の塩焼きだったのでタマが肉が食いたいと良い始めたが、夕食は肉だからと堪えて貰った。
入浴に関しては特筆する事は何もないぞ。
悲しいかな全員がペタンコだ清々さを感じる程にな。
しいて言えば子供が出来たらどうするのだろうかと少し心配した位だな。
うずめとくくりはまだ希望が有るがトヨウケは絶望的だろうな。
腕立て伏せでもやらせて胸筋で誤魔化すか?
平泳ぎの方が効率的だろうか?
回想はこの位にしてモクモク手作り農場に向かおう。伊賀の里は平地が少ないのと土地が痩せてるので観光収入を得られないかと思案している。伊勢と奈良の中間地点に存在し距離的にはここで一泊しないといけない。京都・大阪も距離で言うなら滋賀県を経由するよりこの道が早い。水運を利用しなければの話だけどな。宿場町として盛り上げるためご当地グルメと温泉と闘牛の興行を企画しているが上手く行くといいが今後の事を考えると不安は残る。温泉なんか日本中どこでも有るからな。
「夕飯はタマのリクエスト通り肉だぞ」
「ドコに向かっておるのじゃ」
「農場と食肉加工工場だな、去年仕込んだ加工肉の味を確かめに行くんだ」
「言葉の意味判らないッスが、何か旨そうな予感がするッス」
仕込んだサラミと生ハムが旨く出来てるといいな。
鹿車は伊賀上野を越え去年から開拓された田園地帯を進んで行く。この辺りは流れる木津川のおかげで稲作が可能な少ない地域だ。それ以外の地ではため池を作るとかの工夫が必要だが、今の所水が少なくていい麦を育てている。その田園地帯を抜け進路を北に取り小高い丘の多い地域に入っていった。小高い丘と言うと芝生の生えた場所をイメージしがちだがここには雑木林が広がっている。その雑木林を切り倒して作った場所に農場が有る。
「みんな着いたぞ~」
「長い事座っておったから尻が痛いのじゃ」
「うわ~ オークが一杯いるよ~」
「うえ~ 伊賀にもこいつら居るんッスね」
丹波と言うとイノシシが有名だがやはり居たか。
「ああ、食肉用として飼育しているんだ」
この農場ではイベリコ豚を手本にドングリのみを食べさせて飼育している。
沖縄のアグー豚とかは海草とかも食べさせている様だが、ワカメは出汁で使うので使えないので不人気食材のひじきでも育つなら試して見たい所だな。
ここの職員は和歌山・愛知・岐阜から料理に興味を持った人間が集まり、地元の食文化の発展のために頑張ってくれている。今のところフランクフルトとベーコンが人気商品だ、羊の腸が手に入ればウインナーソーセージも作れるんだけど羊の原産国はどこだろうか、日本に居ないのは確かだろうけど……
今日の晩飯はこの地の名物料理のソーセージとキノコのホワイトソースピザでも作ってもらおう、副菜は栄養のバランスを考えてサラダが良いかな、やっぱりオリーブオイルが欲しい所だが食用油すらないのが現状なのが痛いな。ドレッシングを作るにしても米酢じゃ辛いしどうしようかな。あまり作りたくないがアレを作るしかないのか?
その前にサラミの様子をみに行こう確か山の中腹で製造しているハズだったな。興味深々なトヨウケを連れて山を登り、人工的に作った洞窟内に有る保存場所へ向かうと案の定と言うか麹カビが生えていた。
「やはり日本で作るとこうなるよね」
「これはもう食べられないんッスか?」
「わからん」
「師匠にも判らない事が有るんッスね」
とあるフランス人のシェフが日本文化に触れて鰹節を手本に鴨節を作ったと言う話は聞いた事は有るがイノシシ肉でも大丈夫だろうか? 取りあえず食えば判るか……
「意外と旨いな」
「これのドコが失敗なんッスか?」
ふむ、麹カビにはタンパク質を分解してアミノ酸に変える能力が有るが、鰹だけではなく鴨でも出来る共通点はなんだろうか? どちらも血の味が濃い事か?
もしかしたら鴨節にはブレス産の血抜きをしないタイプの鴨を使用しているかもしれないな。そうすると既に血抜きを終えているイノシシではパンチが弱い。
いや、待てよ? 元々イノシシはクセが強いので丁度いいのか、あとはどれだけ上手く発酵させられるかが鍵となってくる。そう言えばどちらも一回茹でるなりの加熱処理をしているな。それで一度燻製加工したサラミは味がいいんだな。生ハムの方はどうだろうか?
こっちは普通の塩漬けだな、カビが生えると言う事は塩分濃度が少し足らなかったのだろう。こっちは表面しか発酵してないので味の変化はさほど無い、デカい尻の肉を内部まで発酵ささせようとすると中心部分以外全て腐敗するだろうな。腕(前足)の肉を塩漬けにしたものはどうだろう?
こっちも中々いけるな。試しにスープでも作るかドイツの郷土料理にアイスバイン・ポトフが有るからソレをアレンジして作ってみようか。見た目はけんちん汁だが中身は洋食と言う遊び心満載の一品ななるだろう。長い思考をやめると視線を感じたので、ふとトヨウケの方を見ると何故かキラキラした目でこちらを見ていた。
「ん? トヨウケ俺の顔に何か付いてるか?」
「いっ…… いえ、今日はどんな物を作るのか気になったッス」
そんなに期待されたらしょうがない旨い物でも作るとするか。
戻って調理をしよう、まずは時間のかかる塩漬けした前足を煮て行くこの時気をつけないといけないのは沸騰させない事だ。
「何で、沸騰させないんッスか?」
「昨日のおでんの汁の様に白く濁って来るんだ、豚骨だと色は乳白色になってしまう。あえて沸騰させて白湯スープを作る場合も有るが、雑味が強いから今回は沸騰させずにあっさりとした味にしよう」
「主様よ、また食材を持ってきたぞ」
「これは、ウドとタラの芽じゃないか、タマありがとうな」
「苦しゅうないぞ、主様よもっとワシを頼るがよい」
タラの芽は苦みが有るが触感はアスパラに似てるからベーコンと一緒にバター炒めにしてみよう。ウドはサラダにしようかな。
「トヨウケ苦みを取るから酢水を用意してくれ」
「酢水で苦みが消えるんッスか?」
「浸透圧を利用して苦みを消すんだ、別に塩水でも良いが基本的に味の薄い場所に濃い味が入っていくから、ウドの苦みの成分より濃い味の物に漬ければその味に押し出されて苦みが消えると言う寸法だ」
今回はウドをサラダにするから酢を使用したけど別に塩もみしてもいいぞ。
肉が柔らかくなるまで時間が有るからけんちん汁に入れる豆腐を作ろうか、豆腐に旅をさせるなと言う格言も有る位に豆腐は時間経過と共に味が劣化する。豆腐の旨味が水の中に逃げて行くんだ。真空パックの無いこの時代ならなおさらだな。
「トヨウケ、この液体を温めた豆乳に入れてくれ」
「師匠何か固まってきたッス、まるで魔法みたいッス」
固まって来た豆腐を布の上に取り出し軽く絞ってから水に落として木綿豆腐を作る。次は煮物用の野菜の切り出しだな。切り出した野菜は肉を煮た煮汁で煮て行く、そうすることで肉と一緒に煮るのと同じ効果が有るぞ。煮汁に塩味が付いてるので後はみりんとかで味を調えて完成だな。
次はサラダを作ろうか、アク抜きしたウドを千切りにしてサラミと共に合えて行く。問題は上に掛けるドレッシングなんだけど。卵黄に調味液を入れ湯せんにかけながらかき混ぜていこう。これを甘味のみで泡立てずに作るとカスタードクリームになるのだが、少し塩味を付けて泡立ててクリーミーな触感にしよう。泡立て機は竹を割いた特大サイズの茶筅だ。シャカシャカと湯せんに卵黄かけながら混ぜて行くと質量が3倍程に増えた。
「師匠、すごいッス、量が増えたッス」
「それは空気が入って居るからで、魔法じゃないぞ」
その泡立てて加熱したカルボナーラのソース様な物に酢を加えるとドレッシングの完成だ、名前をサバイオンソースと言う、本来は洋酒などで風味を付けるが今回は蜂蜜と醤油で代用した。完全な洋食より日本人の口に合うだろう。後はタラの芽とベーコンのバター炒めを作り、農場の職員に頼んだピザ取りに行って夕飯は完成だ。
「主様よ、ワシはもう待ちきれんぞ」
「すまない、もうじき出来るからみんなを呼んできてくれ」
せっかく作ったから職員たちにもおすそ分けして新な名物のヒントにして貰おう。ドレッシングは日持ちしないからこの辺りでしか食べられない物になるだろう。
食べてる描写は要りますか?
補足説明
うずめの呼び出すトラは、うずめの成長と共に大きくなります。
一般人の魔力は垂れ流しなので、うずめの魔力でコーティングする事により内部に溜まり身体強化の効果として現れます。強化率は2倍弱です。
中国では3000年以上前から不老不死を求め練丹術を作り派生で火薬などを発明しました。
伊勢ひじきは特産物ですが、あまり知られていない不人気食材
仁の作りたくない物はマヨネーズですが、6話でカキフライが食べたいと言っていたので不本意ながらタルタルソースは作る予定です。
淡泊な豚では無理ですが、恐らくイノシシ節は作れる。
牛節の方が旨いかもしれませんがもったいないですね。
サバイオンソースは作るのが面倒なので温泉卵に粉チーズと調味料を入れてかき混ぜると似たような物が出来ます。ちゃんと泡立ててもすぐに元に戻るので家庭ではこの方法で良いと思います。




