68話 タマの実力
仁は近衛さんと斉藤さんの元々の上下関係をしれません。
熊野暦3月上旬
――奈良・大和地方
今まで雪で鹿車を通すことができなかったが、雪解けと共に伊勢~奈良間の交易が再開され行商を担う奇兵隊の連中がやってきた。今回持ち込まれた物は12月に取れた大豆で作った味噌と酒や毛皮が主流みたいだな。味噌は朱里さんのリクエストで米麹を使用した白味噌を持って来た。まあ白みそと言っても茶色なんだけどな。今度完全に白い西京味噌も作ってみるか。確か米麹の比率を上げれば出来るはずだ。
白味噌が好まれる関西では味噌煮込みうどんは流行りそうに無いな。
味噌カツも厳しそうだし、紅白で田楽にしたら食べてくれるかな?
持ち込んだ荷物を朱里さんの屋敷に有る倉に運ぼうとしたら、伝令の男が慌てて屋敷に入って行くのが見えた。一応俺も事情を聴いて置いた方がよさそうだ。
「朱里さん、何か有ったんですか?」
「それがなぁ、近衛はんが開拓しとる蓼科が、滋賀の方の人間に襲われたみたいやな」
「みんなは無事なんですか」
「攻めて来たのは30人程見たいやし大丈夫やろ、それでな報復処置はどないしようちゅう話になっとるんや」
これは武士である近衛さんの話も聞いた方が良さそうだけど、攻めて攻められを繰り返していると禍根が残りそうだよな、何か良い手はないだろうか? とりあえず現場に行って被害状況を確認しないとな。
――京都東部 山科
慌てて信忠に乗って現地に向かうと斉藤さんが出迎えてくれた。
どうやら開墾されたばかりの田畑が荒らされた位で建物は無事見たいだ。
「これはニニギ様、お早いお着きで」
「人的被害はどのくらいだ!!」
「少し怪我人が出た位で死人は無しですね」
「兄貴心配し過ぎだって、オークや子鬼相手に戦ってる俺たちがそこらの人間に負ける訳ないだろ?」
藤堂の言う通り集団戦の演習を繰り返している俺たちの方が有利かもしれない、それと近衛さん達の兵は全員が魔法適正の有る精鋭部隊だ、正に朱里さんに何か有った時に守る近衛兵だな。
そうそう、近衛さんは大臣の安部さんの直轄の部下で、軍師や新しい土地を開墾する際に人を指揮する仕事についている。その下に斉藤さん達が組み込まれているので、ある意味下剋上になって一悶着あるかと気にしていたけど、武士に文官仕事は面倒だと特に文句が出る事はなかった。
「それではニニギ様、軍議をしましょうか」
「それも大事だが、もうじきトヨウケ姫が来るから怪我人の手当てをさせてやってくれ。それで報復処置についてだったな。意見を聞こうか」
「織田軍の慣例なら歯向かう物は皆殺しですね」
そう言えばそうだったよ。
「いや、もっと調略とか有るだろ」
「あの程度の雑魚相手に調略を用いるのですか?」
この脳筋どもめ。
「いやいや、戦闘力の話ではなく田畑を作るのにも人手はいるだろ? 南蛮人見たいに人質を取って身代金を要求して財政を疲弊させるとか」
「それはこちらが不利な状況で行う物です。それに狩猟を主とする民族にはあまり効果はないかもしれませんよ」
確かに今の日本の人口より猪や鹿の方が多そうだ、それにこの世界の野生動物はデカくなる傾向にあるし物品での支払いとなるとあまり効果は無さそうだよな。そこらへんに転がってる死体をみると黒曜石の槍が主流で青銅器は少ないな。全員竹やり装備の奇兵隊を持つ俺が人の装備にとやかくいえる筋合いではないが……
「捕虜は居るのか?」
「一応、事情聴取のため確保しております。連れてきますか?」
「頼む、それと誰か人をやってタマを連れて来てくれ」
数十分後タマと捕虜達がやって来た。そして京都府と滋賀県の県境に有る音羽山周辺に集めてタマにちょっとしたデモンストレーションをしてもらおうと考えている。
「なんじゃ主様よ急に呼び出しおって、何か困り事か?」
「タマはどの位の火を吐けるんだ?」
「この辺りの山なら1日で焼き尽くせる程じゃな」
「じゃあ、ちょろっと燃やしちゃって」
「了解じゃ、なあっははは、皆の者括目するのじゃ」
そうやって大見得を切ったタマは巨大なキツネの姿に変化すると魔力を貯め始め、タマの体毛が白から金色に輝いてゆく。その姿は美しくも有り人智を超えた恐怖の象徴の様な姿だった。そして魔力は体全体から口の前方に集まってゆき次の瞬間、ガスバーナーの様な轟音と共に青白い炎を前方に放った。
その炎は瞬く間に森を焼き尽くし、木々が連鎖して燃えてゆく。
ドラゴンの吐くブレスもこの位の威力が有るのだろうか?
タマは山一つ燃やすのに一日掛かると言っていたが半日有れば燃やし尽くしそうな勢いだな。タマが仲間で本当に良かった。なんだあのデタラメはコイツだけは攻略法が見当たらない。対抗出来そうなのは家の天音さんの使う水蛇だけど、水蒸気爆発とか起きそうだよな。大量のドライアイスをぶつけて二酸化炭素で消火するとかしか思いつかないが、そもそもあの炎は酸素と炭素の結合によって行われて居るのだろうか?
人智を超えた所業を人は神の御業と呼ぶが、高出力の炎を吐き出すタマの姿は神と呼ばれていても不思議ではないな。俺たちの居た世界では宇迦之御霊は伏見稲荷の祭神として祀られているがタマはすでに神格を得ていそうだ。
「さて君達今のは見てくれたと思うが、今のを見て俺たちと戦いたいと思う?」
「もっ…… 物の怪じゃ、歯向こうては死ぬる」
「んだ、んだ、アレは破壊神じゃ」
俺は見た目が似ているトヨウケ姫を指さしてもう一匹いるぞと脅し、臆さぬならば掛かって来いと軽く煽った後に捕虜達を解放した。あの姿を見て戦いたいと思う勇者様はいないだろう。もし居たら俺が一騎打ちで相手をした後に降ってもらおう。そう考えると身体強化と言うアドバンテージが有るとしてもまだまだ修行が必要だな。
「中々良い手段ですね、感服つかまつった」
「音羽山の一部がハゲ山になっちゃったどね、梅雨時期には土砂災害が起こると思うから近寄らない様にした方が良いと思う」
「以前暮らして居た坂本も木々の伐採で似たような事が有ったのでその手の心配は無用です。すべて我々にお任せください」
「ニニギ様、山を越えた大津周辺に拠点を築く許可を頂きたいのですが」
「確か誰も住んで無いんだったけ? じゃあ良いんじゃない?」
近衛さんには今後の事を考えて、琵琶湖~巨椋池~奈良湖を流れる川の運河としての利用を頼んでおいた。戦国時代では琵琶湖から川を使い大阪まで物資を運んでいたので、近衛さんの理解は早かったので助かるな。
近衛さんが言うには集落の争い事は水利権とかが原因だけど、海と見間違う位大きな琵琶湖が有る地域ではそれが起こりにくいとの話だ、よっぽどの事が無い限り殺人を禁止して共存を図りたいとお願いしてこの地を後にした。
奈良へ帰る途中奇兵隊の拠点(現奈良市)に有る場所に人だかりが出来ていたので、何か面白い事でもやっているのかと覗いてみると、フツヌシさんとタケミカヅチさんが相撲を取っていた。
「うわ~ もったいない、大和で興行したら儲かるのに」
「おう、小僧か勝負するかコノヤロウ」
「いや、大和に帰って朱里さんに報告する事が有るからパス」
相撲の興行に際して何かデモンストレーションの類は必要だよな?
確か相撲の横綱は神の依代として神降ろしをして戦うと聞いた事があるな。二人には土俵入りでも教えておこうか、雲竜型と不知火型と二つあるし丁度いいな。
雲竜型と不知火型の違いは四股を踏んだ後に、じりじりとせり上がって行く時の手の位置だな。左手を伸ばして右手を胸の前に持って行くのが雲竜型で、両手を伸ばした状態でせり上がるのが不知火型だな。ちなみに今では珍しい不知火型の土俵入りは白鳳がやっているぞ。
試しに二人にやって貰うと四股を踏むたび体に力が漲って来ると言っていたので、俺も試して見た所どうやら大地から魔力を吸い上げている感覚が有った。これは盲点だったな天音さんの奉納舞やさっきのタマが炎を使う時もそうだったが、大気中から何らかの形で魔力を集めて居る感覚が有ったな。
これを上手く使う事が出来れは、自分のキャパシティーを超えた魔法を使う事も可能になって来るな。この案件は大臣の安部さんに持ち込んだ方が良さそうだし、実際に使っている天音さんからも事情を聴きたい所だな。
土俵入りをした後の二人の試合は、身体能力が上がり明らかに危険な攻撃を正面から受ても傷一つ負っていない。それに気を良くした二人の放つ技は段々と過激になってゆく、観客は大盛り上がりだがこれはもう相撲と言うよりプロレスだな。
そういえば今気付いたんだけど、タケミカヅチさんは身体強化を使って居なかったのか? 今うずめと試合したらタケミカヅチさんの方が勝つかも知れないな。
土俵入りや舞を舞う事で自然から魔力を集める方法はためになりそうなので、独自に研究を進めていくとしよう。日本は広いから将来的にはタマの様な化け物と戦う機会が有るかもしれない。せめてアノ攻撃の直撃を食らっても即死しない方法位は考えておかないとな。
伊勢神宮では豊受姫と宇迦之御霊は同一で有ると言われていますが、豊受姫が伊勢に来た際に一緒に来たのが宇迦之御霊らしい。平安時代に熊野山中で修行をする弘法大師空海と出会い、京都に有る東寺で接待を受けた後に伏見稲荷に祀られたとウィキに書いて有った。本作品では見た目が似ていると言う事にしておきます。
インドの破壊神と言えばシヴァ神ですが、日本ではイザナミと同一視されています。
破壊と創造を司る神なので、ゼロから日本列島を作ったのが由来らしいです。




