外伝 滋賀侵攻
熊野暦2月下旬
私はふと考える、ここはどこなのか? 私の仕えている人物は何者なのかと、私の知る日本神話ではニギハヤヒとニニギは確かに兄弟ではあるが、姉ではなく兄のはずだ。まるで着物の左右を間違えた様な違和感を感じる。先日あらわれた豊受姫もそうだ、彼らの知る日本と私の知る日本は似て非なるものなのかもしれない。
ニギハヤヒ様の話では私の娘の玉は、細川忠興の尽力で死罪を免れたと聞いて安堵したがその後については歯切れが悪く教えてはくれなかった。なにやらキリスト教とやらに傾倒していたと聞くが、細川家は禅宗を信仰していたはずだ。私の娘が改宗して切支丹になったというのだろうか? 何がどうなっているのか訳が判らない。
この地に来た経緯は山崎の合戦の後に逃げ延びて、確か高槻周辺で雑兵に囲まれてあわやと言う所で立ちくらみが起き私は死んだ物だと思っていたが、次の瞬間見知らぬ雑木林にぽつりと立っていた。不幸中の幸いは、家老の斉藤利三や部下たちと合流できた事だ。訳も分からず位置情報だけでも掴もうと辺りを散策していたら突然得体の知れない人型の化け物に襲われ、そこをニニギ様に助けられ現在に至る。
ニニギ様が連れて居た娘は熊野うずめと言うらしい、ニニギ尊の従者と言えばアメノウズメのはずだが結婚か養子入りして苗字でも変わるのだろうか? 確かニギハヤヒ様の本名が雨野だと言ったか……
困った事に私の知る日本神話にはアメノホアカリと言う神も居る、ニニギ尊の父親で天照大神の息子に当たる神である。もしここに幽斎殿がいてくれたら私の疑問を解決してくれただろうか?
そしてこの地には、驚くべき事にフツヌシとタケミカヅチも存在している、奈良の春日大社に伝わる話に聞く通り白い鹿に乗っており、日本神話でも数少ない軍神と言うのに相応しい体躯をした益荒男であった。私の部下達も、そのご利益にあやかろうと相撲に興じたが勝てる所かまるで子供をあしらうかの如く投げられた。そのタケミカヅチをうずめ様は降してしまった。
その勝負は部下の間でも動揺が走り、努力次第では軍神に勝てると訓練にいそしんでいるので良しとしよう。
ニニギ様達のおっしゃられる魔法と言う面怪な技も引っかかる。
平安時代の安部晴明は陰陽と式神を使っていたので、昔は有ったのだろうとニギハヤヒ様はおっしゃられておられたが、私は多くの坊主どもを誅殺して来たが妖術の類を使う輩は見た事が無い。
斉藤には深く考える事は殿の悪い癖だと言われ、有用ならば練兵に取り入れるべきだと諭された。幸いな事に私の部下たちは魔法とやらの適正が有り、大臣の安部氏の元で訓練を受けている。
今回の日本建国に際して大和朝廷が発足し、安部氏は名乗りを安部朝臣と変えた。安部朝臣と言えば安部清明の祖先に当たる人物だ、やはりここは私の知る日本の歴史とつながっているのだろうか?
そうすると私の仕える相手は皇族の祖である。
一度は諦めたかけた日本の統一を図るに際して、仕えるには申し分ない相手だと私も斉藤も考えていた。ニニギ様はスサノオの出身である出雲に興味を持たれていたが、サルの援軍に中国地方に行く予定であった私には奇妙な星の巡り合わせと言えよう。後は一から作り上げた坂本を召し上げると言う無茶を言わない事を祈るばかりだ、まだ坂本は私の領地ではないので考えるだけ無駄な事かもしれないが……
「取らぬ狸の皮算用か……」
後世の人間も中々とんちの効いた事を言う物だ。
あれこれ考える事よりまずは動く事を考えようか、私は部下達とニギハヤヒ様に借りた物部連を引き連れて京都南部に有る桃山を目指した。そこで犬の獣人に会って助力を得よとニギハヤヒ様に言われたので従う事にした。
「おじさん、ご主人様の匂いがするけど知り合いなの?」
「私はニニギ様の部下の近衛と申す。今回はご助力を願いに参上つかまつった」
「ご主人様の言いつけなの? 判ったの~」
正式にはニニギ様の言いつけでは無いが、言わぬが花と言う物か。
手土産替わりに渡した松皮の様な牛肉の干物を、頬張りながらサクラと言う獣人は協力する事に賛成してくれた。よくあの硬い食べ物を水で戻さず食べられるな、見た目は童女のようだが犬神の一種だと言うことをまざまざと思い知らされた。
サクラと六人の獣人達を連れて稲荷山の東側から滋賀に入ろうとすると、今度はキツネの獣人があらわれた。確かタマ様の眷属だと記憶している。聞く話によると食べ物を提供するならば協力する事もやぶさかでは無いとの話だったので、我々の給米から月賦で支払う事を条件に協力を仰いだ。
キツネの獣人を束ねる者はモモと名乗った。
花の名前を付けるのが習慣なのだろうか?
キキョウは居ないのだろうか?
居たら従者として専属で雇いたいところであるが……
また詮無い事を考えてしまったな。
稲荷山の東部に有る音羽山を越えるとそこには琵琶湖が広がり、湖に沈んだ集落と湖岸に面した集落が存在した。今も昔も琵琶湖周辺の洪水は変わらぬようだ、私の生きた時代も治水には悩まされたがこの時代ならなおさらであろう。
ちょうど良いので、かつての上司を見習い皆殺しにしておこう。ニニギ様には琵琶湖の水位の上昇が原因でどこか別の場所へ移住したと伝える事にしよう。
中国のことわざに殺一儆百と言う物が有る、一人を惨たらしく殺す事で百人に警告すると言う物だ、以前の上司に指示され数多の仏教徒を根切りにしてきたが効果は絶大である。禍根を残さないと言う意味合いも強いであろうが実に合理的な方法だと思う。やや性格に難が有る御仁だったがそこだけは尊敬していた。
「おじさん、あそこの人達殺してもいいの?」
「そうですね、一人のこらずやっちゃってください」
「わかったの、ブッ殺してくるの~ モモちゃんどっちが多く殺せるか競争なの」
「ああ…… もう!! 待ってください」
元気に走っていく獣人達に遅れを取る訳にもいかないので我々も後に続く、集落の周辺には堀と塀が存在したが獣人たちはそれを軽く飛び越えていった。素晴らしい身体能力であるな、是非我が軍に編成したい。集落の人間は自分で張った塀と堀が仇となって、逃げる事も能わず蹂躙されて行った。私達は残念ながら出遅れたので、後詰に回り討ち漏らしを仕留める事にしよう。
それから半刻程で集落の中は制圧され獣人たちに招かれ我々も内部に入る。集落は4~5人ほど入る竪穴式住居が軒を連ね、そこには惨たらしく殺された元住人達の残骸が転がっていた。或るものは引きちぎられ、或るものは腹を食い破られて臓物が四散し、到底人間では出来ない殺害方法で仕留められたのが一目で判る。
「殿、次のご指示を」
「そうですね、回収できる物は回収して狼煙を上げなさい。釣られて見に来た人間にこの惨状を見せれば憤慨して攻めて来るか、恐れをなして逃げるかのどちらかになるでしょう」
「はっ、承知しました」
久しぶりに見た以前の領地に哀愁を感じたが、一度引いて様子を見る事にしましょう。相手が攻めてくるならば、こちらも大義名分が出来堂々と攻められると言う物です。国境にはキツネと犬の獣人達が居るので返り討ちになるのが関の山でしょうか?
部下達を撤収させて様子を伺うと、近隣の集落から人が来たのを確認たので私もその場を後にした。今回我が軍は何もしておらず戦利品はすべて獣人達に渡して遠征は終了した。集落の惨状を見た部下達から取り分が無いとの文句は出なかったが、不満が無いわけではなかろう。
ここは京都東部に有る山科の地に部隊を駐屯し手柄の一つでも立てさせないといけない。
ニニギ様には蕎麦の栽培を名目にこの地に息のかかった物を駐屯させる事に許可をいただこう。稲荷山と桃山には祠を建てて我らの軍神として祀るのも良いかもしれない、今も昔も日本の民はゲンを担ぐ物らしい。春先になったらニニギ様が縁起の良いカツ丼なるものをご馳走してくれるのが、私の密かな楽しみで有る。未来の勝負事のゲン担ぎの食べ物は如何なる物なのだろうか?
補足説明
明智光秀の娘の玉子は、古今伝授の名高い知識人である細川幽斎の息子の忠興の嫁で、一説によるとかなりの美人、忠興が溺愛のあまり玉に見惚れていた庭師を切り殺したり、玉が擁護した家臣を嫉妬のあまり切り殺したりすることが有って鬱病を発症する。神仏に願えど状況は変わらず、当時流行っていたキリスト教に傾倒していきガラシャ(ラテン語で恩恵の意)の洗礼名を貰う。豊臣秀吉の死後、石田三成に人質として捉えられる前に家臣に介錯を頼みこの世を去った。(キリスト教では自殺は厳禁)
辞世の句は
「散りぬるべき 時知りてこそ 世の中の 花は花なれ 人は人なれ」
要約すると、人も花も散り際を知ってこそ美しい。
史実の安部朝臣の子孫には、現在首相を務める安部晋三が居る。
二世議員所の騒ぎではないな。
安部晴明の親戚筋の家系にあたり、残念ながら晴明の子孫では無い。
京都府山科区は京都と滋賀県の県境に有る場所で蕎麦が有名。
作者も長野県の蓼科とよく間違える。




