67話 豊受姫
今更ですが1~7話加筆してあります。
熊野暦2月下旬
俺は最近マイブームになっている八咫鴉へのお供え物をするべく京都市北部に向かっていた。鞍馬山に東屋を建ててそこにお供え物をして居るが、最近返礼の品として八咫鴉の尾羽が置いて有ったりする。その羽は魔力を帯びており弓矢の後ろに付いてる羽飾りに使うと飛距離が伸びそうだと思いつつも、消耗品に使用するには勿体無いなと感じていた。
あまり期待はしていなかったが代金を置いて行くとは、何とか八咫鴉とも交流が出来そうだ。この羽自体は価値が有るから、もう少し集まったら矢に使うかな。それか弓の方の飾りに使うのも有りだよな。
お供え物をした後は、現在の京都駅から東に少し外れた川の近くに拠点を築くべく、雑草を刈ったり岩をどかして更地にしたりする作業をしていた。洪水が運んで来る土砂の影響で少し荒れていたが、少し整備するだけで更地になったので、以前誰か住んでいたのかもな。
帰りにタマやサクラの顔でも見て帰ろうと伏見に有る桃山へ向かうと、サクラ達に混じって見慣れない人間が居た。それはタマと同じで銀色の髪をした女性だった。歳は俺よりちょっと下位だろうか?
「なあサクラ、そいつは何なんだ?」
「あっ、ご主人様、この子は最近お友達になったのです」
「はじめまして。トヨウケ姫って言うっス」
何かノリが軽いな。
そのトヨウケ姫の話ではどうやらマレビトで、京都南部の集落の長の養子として働いていたが、その長が他界したので見聞を広げるため出て来たらしい。サクラとは狩りの途中で出会い意気投合したそうだ。
そして豊受姫と言えば、伊勢神宮(外宮)の祭神だけど偶然かな?
以前天音さんが天岩戸に引き篭もった時に、うずめと無茶な事をした後熊野さんに、こってりしぼられた事を思い出した。神様にあやかって子供の名前を付ける事も有るかもしれない。外人の名前にマリアさんやミハイルさんが多いとかそんな感じかな?
「それは何というか…… 色々と大変だったな」
「お爺さんもお婆さんもいい人で苦労はしなかったっス、村を出て来たのも狩り一本では発展が頭打ちになって来たから、何か良い方法がないか探しに来ただけっス」
「へぇ、物々交換で良ければ穀物と交換しても良いかな」
「マジっスか? 出来れば食べ方も教えてほしいっス」
まあ、それもそうか……
「ん? お前は料理は出来無いのか?」
トヨウケ姫は何時代の人か分からないが、代々薬師の家系で転移前は親の手伝いをしていて、転移後もその知識を生かして薬を作る事に専念していたので料理とかはしていなかったようだ。薬師と言う技術職だと、料理とかの雑用などはしないのかもな。薬草の調合などは朱里さんの指導の下試行錯誤が繰り返されているが難航しているので奈良に来てくれると助かるな。
今後の人口の増加を見越して伊賀で棚田や段々畑を作ろうとして居たので、トヨウケ姫の故郷の山間部でも出来るなら作り方を教えても良いかな。棚田の大まかな構造は俺も知っていたが、実際に作れる見通しが立ったのは、戦国時代から来た近衛さん達の影響が大きい。
基本的に城の石垣と棚田の石組みは同じで応用が利いたんだ。
最初は土魔法で固めようと思っていたんだけど、有る程度の水捌けがないとダメだと朱里さんに言われて途方に暮れて居た所に近衛さん達が来たので助かったな。
今現在、伊賀は試験農場として伊勢と奈良の合同で開発をしている。
奈良と言ってもほぼ俺のポケットマネー(米)なんだけどな。
俺の作った『伊賀の里もくもく手作り農場』もその一つだ、オーク肉を万人ウケするようにエサにこだわり飼育して、その肉をベーコンやソーセージに加工している。長期熟成の必要な生ハムやサラミなども作って居るが、高温多湿の日本で出来るかが心配だな。一応標高の高い場所に横穴を掘って貯蔵しているが、後は出来てからのお楽しみだな。
俺達には薬の知識は無いので、農業技術とのギブ&テイクと言う話でトヨウケ姫と手を打った。早速朱里さんに相談すべく奈良に向かうとしよう。
「お~い、タマ~」
「何じゃ主様よ、今度はワシと同じ毛並みをしたメスを連れて来たのか?」
その言い方じゃ俺が女をとっかえひっかえしてる遊び人みたいじゃないか、そんな事をしなくても俺はいつでも賢者にクラスチェンジできるぞ?
「そういえばタマの毛並みは珍しいよな」
「ついに主様もワシの美しさに気づいたか、数万匹に一匹の珍しい毛並みなんじゃぞ」
なんだアルビノか日本だと白蛇とか白兎とかが有名だよな。
タマの発言にヒントを得てトヨウケ姫を見てみると、タマと同じで透き通るような白い肌と赤みがかった目が特徴的だった。
「なんっスか? 私の事をじろじろ見て何か変な物でも付いて居るっスか?」
「いや、こうして見るとタマと姉妹みたいだなと思ってな」
今度ケモミミカチューシャでも作るか? うずめとかも喜ぶかもしれない。
「なぁははは、トヨウケとやら、なんならワシが妹として可愛がってもよいぞ」
見た目はタマの方が妹だけどな。
トヨウケ姫は少し困惑していたが、俺がタマは百歳を超えると教えてやったら、納得したのかタマに「よろしくお願いするッス」と言っていた。俺としては二人が仲良くしてくれればそれでいいかな?
妹分が出来て上機嫌のタマに橿原まで送って貰い朱里さん達にトヨウケ姫を紹介すると、俺と同じで名前だけは聞いた事が有るけど同一人物だろうかと話になった。
「トヨウケ姫と言えば衣食住の神だけど、主に食の神様だよね。でも彼女の職業は薬師だから別人なんじゃない?」
「ニニギ様、元々トヨウケ姫は老夫婦のために薬を作って居たそうですよ?」
「水浴びしてる最中に羽衣を盗まれてしぶしぶやな」
「お爺さんとお婆さんはそんな事してないっス、雨でずぶ濡れになった私の服を洗ってくれただけっス」
朱里さんは紙に京都府の地図を描いてどこから来たのか尋ねたら、トヨウケ姫は丹波周辺を指差してココだと答えた。俺と朱里さんはもしやと思ったが、近衛さんは奈良県の葛城山の出身のはずと答えていたので訳が分からなくなった。
「トヨウケ姫は保食神(ウケモチノ神)と同一視されてるから、スサノオかツクヨミに斬殺されているはずだし違うんじゃない? スサノオが絡むなら出雲出身じゃないとおかしいし……」
「日本書記だとツクヨミ、古事記だとスサノオですね」
「まあ、うずめと一緒であやかって付けた名前だと思うよ」
「それが現実的やなぁ」
「……」
近衛さんは黙って考えこんでいたが何か引っ掛るのだろうか? 職業が薬師だと薬草の取れる山の近くが良いだろうと、橿原から南西に5km程離れたの葛城山の麓の村を紹介した。葛城山の麓は最近開発された地区で近衛さんの作った棚田もココに有る。トヨウケ姫の出身の丹波は山間部なので田畑を作るには棚田を作るしかないので丁度いい勉強になるだろう。
話も纏まった事だし晩飯にでもしようか、せっかくだからトヨウケ姫にも飯の作り方でも教えとくか。最初から難しい事を教えても覚えれないだろうから塩焼きとかからにしようかな。
「じゃあトヨウケ姫、今日は鴨の塩焼を作ろう」
「わかったっス」
今回使うのは鴨の背中の肉だ背ロースとか言われているな。
「まず、その肉を包丁で刺して筋を切る」
「何でそんな事をするんスか?」
「これをする事により肉が柔らかくなったり火の通りがよくなったりするんだ、肉料理ではこれをしっかりするだけで大分違ってくるな。そして塩加減はこの位だ」
俺は塩を握り、人指し指と中指の隙間から塩をパラパラと振った。くくりとゆうなはこれが出来無いので、竹に穴を開けたものを作らされた事が有るな。さてトヨウケ姫は……
「こうっスかね?」
「そうだな、塩加減も悪くない」
中々筋が良いようだ。
次に焼き加減だが、鴨肉は完全に火を通すと堅くなり過ぎるので、ローストビーフの様に全体がピンク色になる様に仕上げないといけない。これが結構むずかしいのだがトヨウケ姫は一度でコツを掴んだ。
「仕上げに山椒の葉をちらして完成だ」
「料理にふさはじかみを使うんっスね」
「なんだそれは?」
「その草の事っス、実が咳止めの薬になるんっスよ」
山椒の実にそんな効果があるのか知らなかった。
食えば違いが分かるだろうと、山椒の葉が乗って居る物とそうでない物を両方食べさせて見た所、「これで獣臭さが消えるんっスね」と言っていた。トヨウケ姫は飲み込みが早いので教えるのが楽しいな。
ついつい欲が出てしまい、汁物まで教えてしまったがこちらの腕も申し分ない。
彼女が言うには、薬の調合で目分量で量を測るのには馴れているそうだ。
料理も調味料と食材の調合と言えば似た様なものだな。
「基本は和食を教えるが、馴れて来たら遥か海の向こうの料理も教えよう」
「ほんとっスか? 師匠と呼ばせて欲しいっス」
まさか弟子を取る事になるとは思わなかったがトヨウケ姫の料理の才能は確かだ。素質だけなら俺を上回るかもしれない、まあ弟子はいつか師匠を越える物だ、現代の固定観念に縛られない自由な発想で何が出来上がるのかが面白そうだ。コイツは仕込みがいが有るな。
補足説明
序盤、仁が整備した場所は四条烏丸。
豊受姫は日本全国に有る舞い降りた天女が羽衣を隠される伝承の一人で、老夫婦のために寿命が延びる薬を作っていましたが、逃げて来たそうです。仁達と近衛さんの認識が違うのはその兼ね合いです。
伊勢神宮の外宮が作られたのが西暦478年なので出す必要は有りませんが、月読に斬殺された保食神と同一視されているので居たかもしれませんね。
京都に有る丹波市の由来は豊受姫の作った、魚の鱗の様な半円が連続する田んぼを田庭と呼びそれが訛ったのかららしい。
仁が賢者にクラスチェンジ出来るとほざいていましたが、2大RPGと言われる物の3作目で遊び人をLV20まで上げると賢者にクラスチェンジ出来るのが元ネタです。
賢者タイムについての説明は面白そうなので、ゆうなに突っ込ませます。
「私にも賢者のなり方を教えるです」
マジか俺が手取り足取り教えるのか? 男女で満足の仕方が違うと聞くが……
と言う流れですね。
余談では有りますが、第22代天皇の清寧天皇は幼名を白髪の皇子と言いアルビノで有った可能性が高い。




