66話 日本建国
熊野暦2月中旬
俺は以前、奈良でもお祭りの類をして皆を楽しませたらどうかと提案した。
それが、何の因果か俺が豪族連合の長としてのお披露目に変わっていた。
これじゃあ、祭りじゃなくて政じゃないか、訳がわからないよ……
俺も人の事は言えないが、朱里さんは適当な人物が来たらその地位を譲りたくてしょうがなかったんじゃないかと邪推してしまうな。
「私はアイドルを止めて普通の女の子に戻ります」みたいな?
「仁はん、演説の原稿が出来たで」
「えっと、なになに、少し長くない」
「カンニングペーパーでも用意しとこか?」
「朱里さん俺の隣で囁き女将やってよ」
「何やのそれ?」
囁き女将とはとある飲食店で、食品の使いまわしが発覚した時の謝罪会見で、息子の社長の隣で記者の質問の回答を囁いていた人物の事だ、母親からすると子供は何歳になっても子供だなとか、ドコの家も母親が出しゃばってウザいのは一緒だなと感じさせてくれる人物だ。
何はともあれ俺の提案により、朱里さんは俺の隣で入れ知恵をしてくれる事になった。午前中は原稿の暗記に勤め、午後にお披露目する運びとなった。橿原町には事前に領主が何か発表すると言う触れ込みが有ったようで、多くの人が集まっていた。
人が集まれば各自が品を持ち寄り市が開かれ、橿原町は活気に満ち溢れていた。去年の夏にはオークの被害が有り絶望的なダメージを受けた奈良で有るが、俺たちの支援によって何とか立ち直った様だな。俺もせめて今年は良い年になると期待出来る位には頑張るとするか。
――午後(現藤原宮跡)
橿原町から少し外れた広場に作られた特設ステージの前には多くの人が集まっていた。これには動じない性格をしている俺も少し緊張してきた。人と言う字を書いて飲み込むと良いんだったけ? アレは人の字を書くのは1回か3回はどっちだ? ヤバイ俺テンパッてるわ。少し酒でもひっかけておくか?
「仁はん、そろそろ出番やで」
前座で行われた、うずめの歌が終わり俺の番が近づいて来た。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
俺は顔を手で叩き気合を入れて壇上に登った。
「奈良の民よ良く集まってくれた。俺が去年の秋から領主を勤める天野仁だ、
去年この地はオークにより蹂躙されたが、
一人の餓死者を出す事無く春を迎えようとしている。
それは何故か!!
奈良と言う狭い地域だけでは無く多くの人々と手を取り合えたからだ!!」
横で朱里さんが俺のわき腹をツンツンとつつき台本と違うと小声で言っていたが、少しオリジナリティーを出した方が良いかなと思ってアドリブをいれている。
「去年行われた領主会議により、東海・近畿地方は纏まり国として成立した。
国号は日本と言う、太陽神アマテラスオオミカミを祀り、
その太陽の元、一つに纏まろうと言う願いが込められている」
「しかしながら、国家の基礎を培い、国力を養い、
永久に維持しようとする事は極めて難しく、その道たるや甚だ遠い。
それゆえその任務は俺個人の能力だけで無く
君たち国民の双肩にもかかっている。
君たちはその気概を尊び、恥を重んじ
古今の史実に学び、地域内外の時世を鑑み
その思索を確かにし、その識見を磨き
行うことは中庸を失わず、向かうところ誤らず
それそれがその本分を謹んで守り
学問を修め、武術を練り、質実剛健の気風を盛んにして
皆が一丸となって艱難辛苦に取り組む事を切に願う」
何とか用意された原稿を噛まずに、暗唱する事が出来た。
何か少し偉そうだなと思っていた原稿も、俺に拍手を投げかける住人の反応を見る限りでは杞憂だったようだ。今回「国」と言う言葉を使って、奈良だけでは無く他の地域も含めて日本と言う国だと言う事を強調している。
今年の不作を伊勢・尾張からの支援で立ち直った奈良には、狭い地域だけではなく近隣の地域と手を取り合って苦難を乗り越える事の大切さを知ってもらえば良いかな。
「朱里さん、演説の内容がやたら堅苦しい感じがしたけどアレ何?」
「ウチの行っとった大学に伝わる、青少年学徒に賜る勅語やな」
勅語って…… コレを言ったのは天皇陛下か……
流石帝国大学と言うだけ有ってそういった言葉が残っているんだな。
そして日本は中庸(中立?)とか、古今の歴史を学べと言われているのに無謀な戦争をしたんだな。時代背景は俺には分からないが、もう少し天皇陛下の意思を汲み取っても良いんじゃなかろうか?
そして側で控えていた近衛さんは、朱里さんから昭和の帝の言葉だと聞き、原稿を眺めながらうんうんと唸っている。遥か未来の事を知ってどうするのかとも思ったが、基本的に知的好奇心が旺盛な人なのかもしれないな。
演説を終えて帰る途中で、カモシカに乗った武さんとフツヌシさんに出会った。
「小僧ココに居たか探したぞ」
「武ちゃん、だから小僧は失礼だって……」
「タケミカヅチさん久しぶりです、そしてフツヌシさんも」
「ほら小僧、面白い物を見つけてやったぞ」
「うわっ、生姜じゃないですか!! 有り難うございます」
「あの…… ニニギ様、宜しいですか?」
近衛さんに、タケミカヅチとフツヌシとは何かと問われたが、俺には二人の名前としか答えようが無いよな。近衛さんは信じられない物を見た様な表情をしながら震えていたがどうしたのだろうか。
「それで二人はどうしてココに来たのですか?」
「その生姜を届けに伊勢に行ったら、ココに居ると聞いたから、届けついでに相撲の巡業をしようと思ってね」
「弟のタケミナカタが相手だと弱すぎて相手にならないんで、強い者を探しているのも有るな、何なら小僧がもう一度相手してくれてもいいぞコノヤロウ」
武さんの提案にその時に時間が空いて居ればと答えてはぐらかし、とりあえず奈良でデモンストレーションをした後に奉納相撲の大会を開いたらどうだと提案してみた。大会を開くなら優勝景品が必要だよな。
先に屋敷に帰っていた朱里さんに事情を説明して宿を手配してもらい、田原町のタタラさんの下を尋ねた。
「演説見てたぞ、中々様になってたじゃねぇか」
タタラさんは俺が領主だと知っても態度は変わらないんだな、まあタメ口の方が気楽でいいけどな。さっそく田植えの前に、相撲と言う格闘技を奉納する大会を開く事と、その優勝商品を作って欲しい事を伝えた。
「それでどんな武器が良いんだ?」
「以前奈良を襲った猪の化物を切り殺せる位の刀が良いな」
「また無茶を言う…… が、その刀は一目で邪を払うご利益が有りそうだな」
タタラさんは俺の無茶振りに心よく答えてくれた。
俺は謝礼の米とは別に地元の養老・多度の名水を使った最高級の地酒とつまみを用意する事を約束しその場を後にした。
俺が橿原町に戻ると、地面に縄を張った即席の土俵で相撲の興行が行われていた。近衛さんが連れて居た兵士たちも、相撲の心得が有るようで前座を務めている。
「朱里さん、ただいま~ もう相撲のデモンストレーションしてるんですか?」
「近衛はんの連れとった、武士たちが是非タケミカズチの胸を借りたいと言い出してなぁ」
そういえば、織田信長は大の相撲好きで身分を問わず相撲の大会を開いていたんだっけ。謀反を起した明智軍とは言えその風習は推奨されて居たのかもな。
「おに~ちゃん、うずめ達もアレやろ~」
うずめに誘われ相撲の立会いをする事になった。今の所名前は相撲だけど着衣でする空手や柔道に近いので女性の参加者に文句を言う者は居ないな。うずめはすぐ全裸になりたがるため、上半身だけ脱げと言われても困るだろう。
ルールも少しだけ違う、塩や水で土俵をお清めした後に土俵内に入ったら、その場で試合開始の合図がなされる。現代の中心でしゃがんで開始される方法とは少しちがうな。あと投げ技だけではなく蹴る殴るが有るが張り手や蹴たぐりは、従来の相撲にも残っているのでそう変わらないかな。
俺とうずめは土俵の両サイドに立ち開始の合図を待つ。
「おに~ちゃん、うずめ負けないよ~」
「俺も簡単にやられるつもりは無いな」
開始の合図と共にうずめの姿が消えたが、ドコを通過するかの予想はついている。
俺はすぐさま横に逃げると、俺の居た場所をうずめのドロップキックが通過し土俵の外に出た。何やら「避けちゃダメ~」とうずめは言っていたが、うずめの蹴りを顔面で受ける気にはならないな。頚椎を圧迫骨折しかねない。
「ちょっと、今のは無しや、お客さんも白けとるで」
朱里さんからダメ出しを受けて、現在の相撲と同じように中心でしゃがみ込んで開始する方式にルール改正された。
「今度は負けないからね~」
「そうなるといいな」
対うずめ必勝法は既に構築済みだ、開始の合図と共にうずめの姿がぶれて見えたが、俺はすぐさま足を引きうずめの通過するであろう場所を手で、上から押しつぶした。
次の瞬間うずめは地面に横たわっていた。
うずめは根が正直と言うか真っ直ぐにしかこないので目で追えなくても予想は付くんだよね。
「勝者、天野仁」(天野仁○―熊野うずめ● 決まり手 叩き込み)
「小僧、中々やるじゃねぇか、俺とも勝負しろコノヤロウ」
「うずめに勝てたらね」
正直な話、勝ち逃げしたい俺はうずめに勝てたら相手をすると約束してお茶を濁した。うずめには少し入れ知恵をしておこう。
タケミカヅチは仁王立ちし、ココを打ってこいと言わんばかり胸をパンパンと叩く、うずめの蹴りの威力を知っている者達からどよめきが起こった。
「おに~ちゃん、どうしよう」
「受けてくれるんだ、一発かましてやれ、後は作戦通りだぞ」
「うん、わかった~」
開始の合図と共に、タケミカヅチの胸板にうずめのドロップキックが突き刺さる。
助走を付けないため威力は減少しているが、地面にくっきりと残る足跡からかなりの力が込められて居ると推測される。うずめのスピードの源は最初の踏み込みか? 地面に足跡が残るとはなんちゅう力で踏み込んでやがる。
タケミカヅチは「ぐはっ」と息を漏らしながらたたらを踏んだが土俵際で残して反撃に移る。しかしながら身長差が激しいので責めあぐねているようだ。そこからうずめは俺の作戦通り左右の動きを重視して相手を翻弄するスタイルに変更していた。
つかみ掛かるタケミカヅチの手を掻い潜りうずめのローキックが炸裂する。身長差が有るため太ももを狙った物では無くふくらはぎに当たっているが、打つたびに「ばちぃん」とかなり痛そうな音を立てているので効果的だろう。
「全然効かないぞコノヤロウ」
ウソだアレが効かないなんて人間やめてるよ。
口では強がっちゃいるが、タケミカヅチのふくらはぎは既に内出血で紫色をしている。もう少し攻めさせて足を破壊したら、今度のドロップキックは耐えられないだろう。
タケミカヅチは掴む事を諦め、拳による打撃を放つがその拳はむなしく空をきる。身長差の有るうずめとは最悪の相性だ、その試合はあまりにも一方的で俺でさえ発射から着弾の時間の短いジャブの打ち方を伝授したくなる程だった。いつの間にか周囲はタケミカヅチを応援する声で埋め尽くされた。
その声援にノッてきたタケミカヅチはもう一度ココを打てとうずめに合図し、うすめもそれに答えてしまった。うずめの攻撃はそこに来ると分かっていれば対処できる。そして打てと合図した胸元はタケミカズチの手が届く範囲だ。これで勝負が分からなくなったぞ。
うずめは3歩ほど後ずさり助走を付ける様だな。
対するタケミカヅチは弓を引くように半身に構え左腕を伸ばし右手は耳の辺りまで引き絞った。どちらの攻撃が先に当たるのかが勝敗の鍵だな。うずめはその場で跳躍してリズムを取る。そして次の瞬間視界から消えた。
待ってましたとばかりにタケミカヅチの拳が前に突き出されるが、その拳がうずめに当たる事は無かった。うずめは律儀に半身になったタケミカヅチの胸を狙い横に位置取りしたためタイミングがずれた。時間差を置いて横からうずめのドロップキックを受けタケミカヅチはくずれ落ちた。
う~ん、蹴りで迎撃しようとしなかったタケミカヅチの失策か、それとも先に足にダメージを溜めたうずめの作戦勝ちかは分からないが、勝負はうずめの勝利で幕を閉じた。
うずめには俺のために勝ち続けてもらおう。
「まさか、子供に負けるとは俺も修行が必要か……」
タケミカヅチさんは、奈良の狩猟協会の近くの山で修行をすると言って立ち去ってしまった。その後、崖からカモシカに乗って飛び降りるタケミカヅチさんを見た近隣住民に、神が白い鹿に乗って空から舞い降りたと言う噂を立てられる事になる。
宮内庁発表では約2700年前に初代天皇が即位したとされていますが、大阪周辺の戦いの後から紀元前1世紀位の話のようですね。攻めたくなるような国が既に有ったので攻めて来たわけで、橿原周辺の遺跡は縄文後期(3000年前)から存在します。初代天皇の即位が政権交代と言う見方をするのであれば、奈良周辺は2700年以上前から国が有ったのでは無いのでしょうか?
その後天皇家によって時間をかけて日本が統一されたのでしょう。
仁が演説をしてる際に朱里さんが隣でわき腹をツンツンしてる訳で、見方によっては仲の良いカップルに見えるかもしれない。
日本神話に出て来るアメノウズメはそこまで強くありません。
奈良県の春日大社には、タケミカヅチが白い鹿に乗って、高天原から光臨した伝承が有ります。




