63話 仁の悩み
熊野暦1月下旬
最近日課になって居る八咫鴉への送り物をした後、橿原に戻ると朱里さんから呼び止められた。何やら2月に発表する今後の方針に関する事で相談が有るようだ。
神道を軸にして纏まる東海・近畿地方の豪族連合の名前は去年行われた領主会議で日本となった。熊野さんは大日本帝国にしたいと言っていたが、朱里さんに植民地を持って無いと大の字はつけられないのと帝は誰がやるのかと言われしぶしぶ意見をひっこめた。
今後の方針とは日本を東海・近畿地方だけでは無く、
中国・九州地方も傘下に治めるために何を持ってそれを成すかと言う話だった。
奈良のように領主がマレビトなら話合いで何とか纏まれるとは思うけど、
そうでは無い場合武力衝突は避けられないのではないかとの話だ。
堺に住んでる人間は好戦的で、実際に奈良と和歌山には小競り合いが起こって居る。
個人的には俺達の生み出す文化に価値を付けて、仲良くした方がいいですよと思わせたい。相手を喜ばせれば、その相手は自分を喜ばしてくれる相手を攻撃出来ないと思うんだけどな。
そう言った俺に朱里さんは「塩の生産が出来無い長野・山梨の戦国武将である武田信玄は、海辺の静岡や新潟の人間とはさぞ仲が良かったんやな」と言われて間違いに気付いた。
奪わないと餓死するのも有るかもしれないが、あの辺りは取ったり取られたりの繰り返しだよな。新潟と言えば米所で有名だけど上杉側も攻めてるよな?
戦国時代は小氷河期で平均気温が現在より6℃位低かったらしいので冷害とか有ると、気温が高くなりがちの山間部は豊作にになる。敵に塩を送ると言うと美談に聞こえるが、もしもの時に奪える土地を確保すると言う意味も有るのかもしれない。
今現在奈良周辺の土地はまだまだ空きが有る、羨ましかったら移住してこれば良いのになとは思うが、海が無いから漁業を中心といてる人間には住み辛いかもしれない。とりあえず攻めてきたら撃退する力は必要なので、国の方針は富国強兵でいいんじゃないかと答えておいた。
少し調子に乗って「天下布武で行こう」と言ったら、朱里さんに「当時天皇はんの住んでいた周辺の京都・奈良・大阪を押さえる方針で良いのか」と言われ少しビックリしたのは秘密だ、天下とは天子様のお膝元と言う意味だったのか知らなかった。
「ほなそれでいこか、2月11日の建国記念日に発表する演説の原稿はウチが作っておくわ」えっ? それ俺が読み上げるの?
扇動家と言うか演説の上手いので有名なのだナチスのヒトラーだけど、韻を踏んだりして記憶に残り易い言葉を使って人心を掌握したらしい。ラップで自己紹介の練習でもした方がいいだろうか?
「俺の名前は天野仁、典型的な日本人、イェ、実家は料亭、今は住所不定で暫定領主だゼ、任期は未定でやめたら無職のごく潰し、ヤァ、目指すは都会、舟を作って渡海するゼ……」
「仁はん何やっとるんや? MCハマーの真似かいな?」
「MCハマー? 誰それ? エミネムとかじゃないの?」
「ジェネレーションギャップやなぁ、石橋貴明のMCタカーとか香取慎吾のMCカマーを知らんののかいな」いやその二人の芸能人は俺の世代でも現役だけど……
平成3年から飛ばされて来た朱里さんと、平成29年から飛ばされて来た俺では流行物の認識が少し違うが、ラップとかのB系文化は平成初期には入っていたんだな。
「いやね、国営放送のドキュメントでヒトラーの演説が韻を踏んでると、言っていたので練習をしていたんだ」
「母音が5しかない日本語で韻を踏むのは難しいんやないの?」
くっ、母音が26有る英語がうらやましいぜ、ドイツ語の母音数は知らないがな。
一応、俺のやっている事は理解されたので、原稿は韻を踏む形で作ってはみるけど、余り期待しないでくれと言われた。
富国強兵を目指すなら俺自身も強くならないとな。
物部連の戦闘訓練をしている斉藤さんに相談してみようか。
橿原から北西に10km程にある演習場に行って見る事にした。
朱里さんの話ではそこは天理市になるらしいが、
現在天理教は存在しないので、橿原と合わせて大和にしようかと言っていたな。
俺もココに来るまで橿原と言う地名を知らなかったので、
有名な大和や飛鳥にした方が良いなとは思っていた。
地名は大和市橿原町になる予定だな。
「こんにちは斉藤さん、少し稽古をつけてもらえませんか?」
「これはニニギ様、喜んでお相手いたしましょう」
今回使用する武器は竹刀だ、八咫鴉との戦闘で気がついたが小回りの効く武器も習っておいた方が良いかなと思ったんだ。朱里さんから失敗談を聞いていた俺はイチローが打席に入った時の様に、顔の横に竹刀を立てる構えで対峙する。
「変わった構えですね」
「何が出るかはお楽しみだ」
俺はチェストーと掛け声をかけながら全身全霊で相手の頭に向かい打ち込んだ。
斉藤さんは右に半歩避けたが、それは折込済みだ打点を少し左側にして避ける方向を誘導しているぞ、V字に切り返し胴を狙うと竹刀で防御されたが、斉藤さんは1mほど後方に追いやられた。
この剣術は薩摩の剛剣で知られる示現流を模している。
本来なら二の太刀いらずで一撃必殺を狙うのだが、
付け焼刃の俺では何かが足らないな、
避ける隙もないスピードで振り下ろせば当たるかな?
俺は格闘漫画を参考に全身を脱力させた状態から、
一気に踏み込み一撃必殺を狙う……
今度は斉藤さんは避けきれず竹刀で受けていなされた。
竹刀をへし折る位の威力が無いとダメだな、
加速させる距離が足らないのかな?
そう思った俺は竹刀を背中まで倒し、両腕が十字に交差する構えに変えた。
「これは又面妖な構えですね」
「九鬼無双流の斬馬剣だ」
漫画から拝借した技なので実際に有るかどうかは分からない。
「それは物騒な名前ですね」
完全に防御を無視した構えだが避ける事に専念して何とか一撃を入れたいと思う。
「それでは、こちらも行きますか」
そう言った斉藤さんは、素早い突きを放って来た。
朱里さんの話では後の先と言われるカウンターを狙うタイプだと聞いていたが、
この構えの危険性が理解されたのか一度突いては離れると言う戦法に出て居る。
身体強化は斉藤さんも使えるが、強化率と習得率には俺の方が一日の長が有る。
相手の突きを交わし虎視眈々と隙を狙う、その間も大きく避けたりして、
相手のリズムも狂わして行く小細工を仕掛けている。
次はどう避けられるか予想しながら攻撃しないと俺の間合いに入る為、
相手にストレスを与えてミスを誘う戦法だな。
予想外の方法の動きもアリかな?
さっきから俺は時計周りに避け続けているが、そろそろ逆方向の選択肢も入れてプレッシャーをかけて行こう。俺が右に避けた瞬間に斉藤さんも右に避けた。
日本人に有りがちな道を譲ろうとしたらフェイントの掛け合いになるアレだ、
その動きに虚を突かれた斉藤さんに隙が出来た。今がチャンスだ。
いままで、こちらから攻められないストレスを発散するが如く、
後の事を考えずに全身全霊で打ち込むと、
見事斉藤さんの竹刀を破壊し一撃を入れる事に成功した。
「お見事です」
「これは1対1じゃないと使えない戦法だよね。乱戦で使用すると後ろか横から槍で刺されるよね~」
「やはりお気付きでしたか、戦場だと中々使えないですね」
乱戦になると受けられても良いから横薙ぎで引っ叩き、複数の人間の将棋倒しを狙った後に、誰かに槍で突いて貰って止めをさして貰う戦法になるのかな。
「古代中国の戦法みたいに五人一組で行動して、受け役・崩し役・攻撃役を分担させた方が良いかな? 一応奇兵隊には導入しているけど……」
「その倍の十人で組んで、完全な盾役と盾の間から突く役を作るのも有りですね」
「あれ? 戦国時代には盾の文化は無かったのにその戦法を知っているんですね」
「兵法書の暗記は武家の嗜みですからね」
驚く事に古代中国だけではなく、カンネエの戦いに代表される古代ローマとカルタゴの戦いも知っていた。逆に俺がそれを知って居る事に斉藤さんは驚いていたが、なろう小説の西洋史物でハンニバル・バルカが登場する作品は多々有るからな。有名な包囲殲滅作戦位なら知っているぞ。
そして戦国時代でも弓矢用の設置型の盾と、攻城戦の時には鉄砲の弾避けに盾は使って居た見たいだ。後者の方は竹を20本程まとめた物らしく、戦国時代でも竹は軽くて丈夫なチート植物だったんだな。
「じゃあ諸葛孔明が使っていた、空の町に相手を引き込み、町ごと燃やす戦法とかは有用かな?」
「火計ですか? 奈良と大阪の国境付近で試してみますか」
たしか敵を惹き付けて町を突っ切って逃げないと行けないんだよな。
そして町を出た所で反転して火矢を放つと言う訳だ、町の中には燃え安い藁とかを多数用意して置くと良いんだったかな、屋根を茅葺で作ればそれは大丈夫だと思う。煙の出やすい杉や桜のチップを撒いて置くのも有りだな、強盗相手に手加減はいらないよな、まるごと燻製にしてやろう。
新品の町だと怪しまれるので、有る程度使って生活感を出した方が良いらしい。
正直な話争い事は避けたいが、攻めて来るならばしょうがない。
俺にも織田信長のような野心と刃向かう物は皆殺しと言う苛烈さが有れば、最終的な被害は最小限に抑えられるのかもしれないが、優柔不断な俺には中々踏ん切りがつかない。今出来るのはその中で被害を抑える戦法を立てるだけだ。
斉藤さんや近衛さんは内心俺の事を甘いと思って居るよな。
現代人からすると人の命の価値観が違うんだよな~
何とか対話が出来れば良いのだけど、その対話のテーブルに着かせるためにも血を流す必要が有るようだ。世界中で人間の歴史は戦争の歴史で、どんな有名なアーチストが反戦を訴えても戦争が無くなった例は無い。相手に攻撃されたくなければ、攻撃したら痛い目を見るぞと言う事を知らしめないと行けないんだ、頭じゃ分かっちゃいるが心がそれを否定する。
俺が現代に居た時も憲法を改正して自衛隊を軍隊にしようと言う話が出ていたが、自分の生活が他人の不幸の上に成り立つのは抵抗が有る。今だに野心の有る国が有りそれに備えるのは必要だけど、自衛隊には災害救助や人道支援のスペシャリストとして存在して欲しいと願うのは間違いなのだろうか?
人を不幸にして手に入れたお金で食べる飯は美味いか?
出来れば相手に喜んで貰って得た金で飯を食った方が良いよな。
現代にも詐欺師とか居るから俺の言うのは理想だと言うのは分かっている。
こんなに甘いのは俺がサービス業に従事して居たからかな?
親にお天道様を真っ直ぐ見れないような事をしちゃいけないと教育されたからと言うのも有るか、俺の家は代々サービス業だからかその手の意識が高いのかもしれない。
この世界が現代の世界地図と同じなら、海外の脅威が大きいだろう。黒船が来てから行動していたら遅いんだよな、日本人だけでも早く団結しないといけない。被害を最小限に抑えて日本を早めに統一させる必要は有る。四方を海で囲まれている日本は、最速で国内統一を成し遂げるには立地条件は良い場所だ、このアドバンテージを生かして早い所日本を統一したい所なんだけどな。
その辺りは俺の手には余るから、みんなと相談して二人三脚でやって行くしかないな。




