61話 それは正月太りだよ?朱里さん
熊野暦1月上旬
おせち作りを終えた俺はその後泥のの様に眠り、早朝に初日の出を見に行くぞと熊野さんに起こされるまで夢の中に居た。初日の出を見に行く場所は去年と同じ二見浦に有る夫婦岩だな。
二見と言う地名は、第11代天皇の娘が八咫の鏡を安置する場所を探して流浪の旅をした際に訪れ、あまりの景色の美しさに二度見した事から名付けられたらしい。条件がよければ富士山も此処から見ること出来る絶景スポットだ。
ご来光に向かい何か願掛けをと言われたので、早く九州に行きたいと願った。
日記に極東西遊記と中二臭い名前を付けているのにまだ奈良までしか行っていない。これではタイトル詐欺も良いところだな。
俺の知るかぎり東海近畿地方では、宗教は何らかの自然信仰なのだが伊勢では太陽信仰が強いようだ。
今現在伊勢神宮を建てて架空の天照大神を祭ろうと画策しているが、町の人達は巫女で有る天音さんと同一視している傾向がある。俺達マレビトは地域に技術革新をもたらした事から神の使いではないかと囁かれているが、俺が最初に会った神らしき奴が関与しているならば、あながち間違いとは言えないな。
そんな俺は今正月の定番の凧を作っている。
縦2m横1mの大きな物でこれを皆で引き、うずめを空に飛ばせるかが今回の目的だったりする。素材は竹と和紙で少し心もとないが、これが上手くいったら皮製のグライダーを試してみよう。
無人状態で凧を上げると無事空に上がったので、うずめを乗せてみよう。
「うずめ危ないと感じたら直ぐ飛び降りるんだぞ」
「何馬鹿な事をやって居るのです。うずめ様が怪我をしたら如何するのですか」
「何か有った時は俺が責任を持って受け止めるから大丈夫だろ」
肉体的耐久度の高さは俺かうずめが一番だろう(熊野さん除く)
成功率を考えると体重の軽いうずめの方が分があるからな。
「おにいちゃん、うずめお空飛べるの~」
「ゆうな、うずめもこう言ってるし良いじゃないか」
「何故か正しい事を言ってるはずなのにコッチが間違ってる風に聞こえるです」
ゆうなはうずめの耐久力を知らないからな、以前俺がオークにやられそうになった時10m以上ある所から飛び降りて一撃を食らわせたのだが、着地に失敗して脳震盪を起した位で目立った外傷は無かった。その後も高い所から飛び降りてはいるが足から着地すれば問題が無い事は確認済みだ。
「じゃあ、凧を上げるからしっかり捕まってろよ」
「うん、わかった~」
俺とゆうなで凧から伸びる綱を引くとうずめは空高く舞い上がった。
「おに~ちゃん、うずめお空飛んでる~ おもしろ~い」
実験は成功だな、後はカイト型の凧の形状を煮詰めて行く訳だけど、これは伊勢市のみなさんにお願いして喧嘩凧でもやって貰い、最適な形状を模索するとしよう。
「ふう、無事に終わったです」
「何言ってるんだゆうな、鳥人間コンテストではお前が飛ぶんだぞ」
「う~ 忘れてたです」
滋賀県にある琵琶湖で予定している鳥人間コンテストは着地点が水の中なので、夏場に行ないたいとは思っているがそこまで行けるだろうか?
聞く話によるとタマの住んでる稲荷山から西に行けばすぐらしいので大丈夫だとは思うが、何が起こるか分からないので早めに行動した方が良いかもしれない。
今年取れすぎたコメは備蓄分を残して酒にしているがその製造も終わり、12月に取れた大豆を使った醤油や味噌の仕込みも俺の手を出す部分は終わっている。要するに暇なんだなこれが。
「よいしょ~ よいしょ~」
なにやら町の方から威勢の良い掛け声が聞こえて来た。
覗いて見ると熊野さんが町の人達と餅をついていた。
「どうしたんですか? 餅なんかついて」
「正月と言えば鏡餅は必要だろ? あと町の連中に餅を食わせてやりたくてな」
醤油と海苔が有れば安倍川餅みたいな物が出来るか……
どうせなら甘い味の方が良いよな、蜂蜜は数に限りがあるしどうしようかな?
そういえば、水飴は企画だけして作ってなかったな。
「熊野さん、餅を食べるの明日まで待ってて」
「ん? 何かやるのか?」
「それは明日のお楽しみだよ」
さあ、水飴(麦芽糖)を仕込んでいこうか。
伊勢市でビールを作っている場所にお邪魔して、発芽した麦を乾燥した物を貰い石臼で細かく粉状にして行こう。後はもち米でお粥を作り麦芽で作った粉を混ぜ合わせて一日放置する。
これを麦で作るとビールの原料の麦汁になるが、もち米の方が糖度が高い。
このもち米を使用した粥を、麦芽に付着している酵母で炭水化物から糖分に分解しようと言う訳だ、さらに放置すると糖分からアルコールを精製してみりんに近い物が出来るが、今回必要なのは糖分なので1日程寝かせれば良いかな。
翌日麦粥を布で漉して水分だけにして、これを煮詰めれば水飴の完成だ。
飛騨高山風の醤油味も好きだけど、やっぱり焼き餅は甘くないとね。
せっかくだから、大豆を粉状にしたきな粉も作っておこうか。
「熊野さんお待たせ、水飴が出来たよ」
「水飴だと…… 懐かしいな、子供の頃は紙芝居屋に並んで良く食べた物だ」
「簡単に作れるから、紙芝居屋もやってみたら皆喜ぶかもよ?」
「そうだな、猿田彦に絵でも描かせるか」
猿田彦は忙しすぎて禿げるんじゃないか?
まあ猿田彦は代々続く大工の家系の棟梁だから、上手い事下の人間に仕事を割り振れば何とかなるだろう。
餅を七輪で焼いて甘めのタレに付けて提供して行く、海苔はお好みで巻いてくれと言うスタイルにしては居るが多くの人が海苔を求めた、潮の流れのせいか伊勢市では海苔は取れ無い様で皆新しい味に魅せられていた。
きな粉味も水飴を上から垂らすため少し湿けってしまうのが玉に傷だが、大豆のコクと甘みの相性は良くこちらも人気になった。
今年はこういう物が出回りますよと言う宣伝は上手く行ったようだ、俺も人の事は言えた義理じゃないが、目の前の人参がぶら下がってないと仕事を頑張ろうと言う気にはならないからな。伊勢から発信される食べ物はその役割を果たしている訳だ、良く働き稼ぎを出せば美味しいものが食べれると言うのはこの地に住む人のやる気を促進させているな。
ただ去年はそれが行き過ぎて米が取れすぎた。比率にして2・5倍の収穫だな。
調味料やビールの需要が増し米と麦がぼぼ同等の価値にまで引き上げられ、需要に対して供給が足らない状況に陥って居る、このままでは米より麦の価格の方が上回ってしまい米農家が大打撃を受けてしまう。麦を量産すれば価格の変動は落ち着くと思うが、麦の類は連作障害を起すとなろう小説で読んだ事が有るな、輪裁式農法と言うのが必要らしい。
輪裁式農法とは畑を四つの区分に割り、麦・大根や蕪・クローバー・休耕地の四つをローテーションさせる事により安定した収穫を得る方法らしい。白詰草は根っこに有るバクテリアが窒素酸化物を生成を生成するらしく必要であるとなろう小説には書いて有ったが、これは大豆などの豆類でも同じ事が起こるのでそちらを栽培しよう。
熊野領では田んぼのあぜ道で大豆(枝豆)を栽培して居るが、それは日本人が代々口伝で伝えて来た生活の知恵なのだろう。
それとアンモニアや硝酸も窒素酸化物に分類される。
これを有効利用しようと考えたのが肥溜めだな。
熊野領のトイレは汲み取り式でこの作業をするのは、比較的抵抗が無いと言うか何故か逆にテンションが上がる子供達が小遣い目当てに汲み取りの仕事をしているな。
雑穀需要による農地の拡大計画は進んでいるのと、米の取れすぎによる価格の暴落を防ぐ為、輪裁式農法を取り入れていこうと思う。ちなみに米に関しては稲の栽培に必要なミネラル分を川から引き込む水に頼っているので、輪裁式農法は必要ないが価格調整の為に少し田んぼをローテーションを組んで休ませようと言う事だな。
巷ではエロの伝道士と言われているので、子宝の現人神と呼ばれるのではとビクビクしていたが、どうやら農耕のご利益が有ると認識されて居るようで安心した。
醤油やビールの製造により、見向きもされなかった大豆や麦の価値を引き上げた功績が大きいのだろう。よかったエロ神様とか呼ばれた日には天音さんに嫌われてしまうではないか……
そういえば奈良方面の米の栽培計画はどうするかな?
何か有った時の為に各地で備蓄米は持って欲しい所だけど、賞味期限の近くなった米の有効利用も考えないとな、朱里さんに相談してみるか。
――翌日
ちょっと奈良に今年の打ち合わせをしに行って来ると告げると、ゆうなが頬を膨らませ「また奈良に行くのか」と怒っていたが、米の生産についての打ち合わせだと説明したらしぶしぶでは有るが納得してくれた。いつもは俺に悪態をついて居る癖に何がそんなに不満なんだろうな。
もしかしたら反抗期と言う奴か? それならしょうがないな。
ゆうなの成長を暖かく見守ってやろう。
今回は猿田彦が興味を示したので、うずめが座長を務める演劇集団の佐瑠女君も興行をすることにした。団員で有るくくりには奈良に連れて行くと約束していたので丁度良い機会だな。
伊勢を出発し二日後には奈良に着き、朱里さんに宿泊施設の手配を頼んだ。
「奈良には客人を持て成す風習が有るからええけど、先の事を思うと宿屋の経営も考えんとあかんなぁ」
「狩猟組合の奈良支部を置かせてくれるなら宿屋の問題は解決できるよ」
「伊勢で料理に興味を持った人を集めてやっとるんやったっけ」
「別にこっちでやりたい人がいれば従業員を募集するけど?」
「それで行こか、奈良にも料理に興味をもっとる人はぎょうさんおるしなぁ」
狩猟組合は猟師の収入の安定から始まったのだけど、獣の他に鉱物や山菜の採取の依頼をおこなって居る。酒場と宿泊施設も併設し酒に酔ったら泊まって行く人が多く狩りの拠点として利用されて居るみたいだな。情報収集を行う奇兵隊の下部組織で、地方の猟師から聞く取れる獲物の情報や噂話の共有は「今の季節はあそこに獲物が居る」と中々に重宝されているようだ。
正直な話、原価で食材を仕入れる事が出来るので利益率は高い。
奈良の名物料理は何にしようか、たしか竜田川と言う紅葉の名所が有り、その風景を料理で表現したのが竜田揚げの起源なので、春先にえごま油が取れたら鳥の唐揚でも作ろうと思う。アレが嫌いな奴は居ないだろう。キラーコンテンツになる事間違いなしだ。
この地域は飛鳥とも呼ばれ居るくらい鳥が多く、種類を選ばなければ鳥は取り放題だな。奈良はカタクリや吉野葛の産地なので、片栗粉や葛粉を使い他の地域と差別化を図れると思う。
「そういえば朱里さん、髪の毛切ったんですね」
「せやで、どうや似合うやろ」
朱里さんは長い髪を肩口より少し高い所で切りそろえたショートボブになっていたが、それ以上に気になる事が有った。
それは朱里さんが一回り大きくなって居る事だ、恐らく丸くなった顔を髪で隠して目立たなくしているに違いない。これは食事の責任者である近衛さんを問い正さないといけないな。
案の定と言うかタマの顔もまん丸に膨れており、どれだけ食べさせたのか疑問は膨れるばかりだった。近衛さんに話を聞くと、「私達の時代はぽっちゃりさんが人気」との回答だった。
忘れてたよ中世では、西洋東洋の垣根を越えて富の象徴として女性は太っている方が好ましいとされていた事を……
朱里さんも太ったのでは無いかと、少しは気にして居るみたいだけど、手鏡で顔回りの確認しかしていない様だな。全身を写す姿見は存在しないので当然だと思うけど如何した物か?
そんな事を考えながら自室に戻ると、うずめが粘土で何か作って遊んでいた。
「うずめ何を作っているんだ?」
「えっとね~ あかりおねえちゃん」
どこから見ても土偶です本当に有り難うございました。土偶の大きな目は眼鏡をデフォルメした姿だったんだな……
「そっ…… そうなんだ……」
「今から、おねえちゃんに見せに行ってくる~」
そう言い残して、うずめは走って行ったけど朱里さん怒らないかな?
この後、土偶を見た朱里さんはダイエットに駆り立てられる事になるが、それはまた別の話……
竜田川の中流の川原には紅葉が流れ着いて、石の白と紅葉の赤が綺麗なコントラストを描く場所が有るそうです。それを醤油の赤と片栗粉の白で表現したのが竜田揚げの起源と言われていますね。
土偶は縄文時代に流行し弥生時代には廃れていました。日本最古の土偶は三重県松坂市から出土した1万3千年前の土偶だそうです。一度画像検索してもらうと分かりますがかなり精巧な作りをしています。我々の祖先は1万年と2千年程前からフィギュアを愛していました。他にやること有っただろ縄文人!!




