60話 おせちを作ろう ~デスマーチ風味~
熊野暦正月
熊野暦は一月30日で12月で360日で、残り5日を正月としてカウントしている。朱里さんの話ではうるう年は4年に一回ではなく400年で96回有るらしい。先回の領主会議で少し暦がずれてるらしいので4回分の16年うるう年を辞めて様子を見てみようと言う事になった。
それはさて置き、あまり作りたく無いが大晦日に向けておせちを作っていこう。
「仁と~」「天音の~」
「3日間クッキング~、徹夜もあるよ」ペフォ ペフォ(うずめの笛の音)
「さて今回は人手か足らないのでゆうなとくくりにも手伝って貰います」
「うずめは何するの~?」
「うずめはリーサルウエポンだ、どうしようもなくなったら頑張ってもらうぞ」
「何それ~ カッコイイ~」
うずめは料理が出来無いからな、食材はたっぷり用意したが万が一に備えて待機してもらおう。
一の重
1田作り
2栗きんとん
3黒豆
4伊達巻
5きのこの煮しめ
6たたき牛蒡酢の物
7ブリ照り焼き又は大和煮
5花れんこん酢の物
9手綱コンニャク
2の重
1ナマコの酢の物
2海老の艶煮又は伊勢海老の酒蒸し
3姫さざえ煮物
4鱒子醤油漬け橘釜仕立て
5かまぼこ
6慈姑の煮物
7里芋のきぬかつぎ
こんな物か意外と出来る物だな、以前サクラが取って来たコンニャク芋はこっちでも栽培しようと持ち込んでいるぞ。今回はこれを奈良に10セット、伊勢に50セット作る事になる。順調に行けば俺以外は徹夜をせずに済みそうだ。
あと黒豆は大豆の変異種である黒大豆だ、黒枝豆とか聞いた事あるだろ?
俺の実家では地方都市の場末の割烹料理屋だが枝豆は丹波産の最高級黒枝豆を使っているぞ。
三日に分けたのは、材料の切り込みと下処理で一日、煮物の仕込みで一日、盛り込みに半日仕様する。奈良にも届けないといけないので最終日は昼までに仕上げよう。
さあ、切り込みをしていこうか、きのこ類は良く洗い少し茹でてから真水にさらしてアクを抜く。慈姑とかも皮を剥いたら水に漬けないと色が変わってしまうな。
あとコンニャクも一から作らないといけないので、先に作って水にさらしておこう。
「仁さん出来ました。これで良いですか」
「ええ、良い感じですね。とりあえず水に漬けておこう」
「意外と早く終わるです、これなら楽チンです」
そう思うだろう?
だが本当の地獄はこれからだ、ゆうなには希望を持たせておこう。
「栗は今日から煮るんですか?」
「栗は大きいから味が入り難いんだ、浸透圧を利用して徐々に味を付けるんだ」
味と言う物は濃い所から薄いところに入って行く習性が有る。
味の入り難い食材は少しずつ煮汁を濃くして行く事により中心まで味をいれていくぞ。栗きんとんの綺麗な黄色はクチナシと言う樹木の果実を乾燥させた物を一緒に煮ると出来る。現代のスーパーで売ってる物はサツマイモも使用しているようだな。
二日目――
さあ煮物をにて行こうか、熊野神社の境内には沢山の壷が並べられそれで煮物を作って行く、今日の為に近所から借りて来たんだ、口は災いの元と言うか正月に俺が何かを作るのがバレ注文が来たのは痛い所だ、物々交換の先払いなので食材を買いに行く手間が省けたので助かってはいるが……
蒲鉾も作って置かないとな、以前捕まえたシュモクザメは半身を熊野さんから貰い、湧き水で臭みを抜いている。サメとエイの類は泌尿器官が退化しているため身がアンモニア臭い、これを綺麗な水にさらす事によって匂いを消そうと言う寸法だ。
すり身にした後、板に練りつけて蒸し器で蒸して行こう。
残念ながらフツヌシさんたちが持って来たシソは青ジソだったので赤色を出す事は出来無い。天音さん達の着ている巫女服は硫化水銀(賢者の石)で赤色に染めて居るが食紅として使うと体に悪いな。
「へぇ、蒲鉾には卵白を入れるんですね」
「ああ、入れなくても出来るが口当たりがボソボソするからな。食用油も入れると良いが無いから生クリームで代用しよう」
「牛さんは大活躍です」
それは俺もそう思う、居なかったら料理の幅が何割か減ってしまうな。
「仁さん、卵焼き? が出来ましたよ」
「天音さんすり身が入っているが卵焼きで有ってるよ」
江戸前寿司ではコッチが主流だな。
これで伊達巻きを作って行こう、巻いた形が巻物に似ているから今年もしっかり勉強しろよと言うことらしい、綺麗な黄色をしているので彩りもいいしな。
「仁様、田作りが出来ました」
田作りは取りすぎた鰯を乾燥させて田んぼに撒いた所、稲が良く育った事から五穀豊穣を祈願するために食べる習慣が出来たそうだな。
うずめが仲間になりたそうにこちらを見ていたので、栗きんとん用の栗を潰して貰う事にした。半分をすり潰して一口大に切った栗と合わせたら完成だな。栗きんとんは金運向上とかの願掛けだな。
今俺が煮ているのは黒豆だ、これは黒大豆を煮た物で、正直まだこちらには無いと思っていたが熊野さんが和歌山から取り寄せて来た。黒豆の煮物は地方によって皺をあえて出して長寿を祈願したり、綺麗に煮る事でマメに生きる事を祈願しているらしい。
一度軽く煮た後に80℃位で沸騰させずに煮て行かないと皺が寄るので、温度調節の難しい焚き火調理の時代にそれが出来ればその人は既にマメな性格をしているだろう。
俺は大雑把な性格をしているが、鉄板の右側だけを加熱して鉄板の余熱で調理するプラックストーブを使っているので比較的楽に調理させて貰っているな。
後は酢の物の類か、一度茹でてから作っておいた甘酢に漬けると出来る。
なまこはさっと火を通す程度でいいぞ。
さて、煮物が苦手なゆうなに任せたブリの照り焼きは出来たかな?
ブリは出世魚なので、今年は出世出来ますようにと言う願掛けだな。
「仁様、海老はどうします」
「くくりは伊勢海老を蒸してくれ、車海老は俺が煮よう」
照りを出す為にはギリギリの見極めが必要だからな、下手すると焦げてしまう。海老には髭が生え腰が曲がっているので長寿を願ったり、脱皮する事から出世を祈願するぞ。
「仁さん、こんにゃくは真ん中に切れ目を入れて穴の中を一度通せば良いのですか?」
「うんうん、そんな感じで良いよ」
きのこ(しいたけ)の煮物と手綱コンニャクは武家社会の名残だな、陣笠と馬に着ける手綱を料理で表現した様だ。
煮物関係はこんな物か、後はきぬかつぎ(蒸した里芋)だな。
里芋は親芋の周りに小芋が沢山出来る事から子孫繁栄を祈願するぞ。
地域的に数の子が取れないから芋で我慢するしか無いな。
「煮物関係は冷まさないと盛れ無いから、少し休憩しようか」
「疲れたです」
「すべてのお料理が60個分となると大変ですね」
暫く休んでいると熊野さんがやってきて、とんでもない事を言い出した。
「おう仁、順調か? まだ盛って無いなら丁度良い、後20個作ってくれ」
「はぁ~ 何馬鹿な事言ってるの熊野さん、もう材料は仕込んじゃったよ、ここから20個は無理だって」
「そうは言うが仁、外を見てみろ」
そう言われて外を見てみると、門の前や塀の上にはブレーメンの音楽隊の様に熊野町の人達が顔を覗かせて居た。野外で調理している俺達も悪いが、情報が駄々漏れだな。
「なっ、断り辛いだろ? 少しずつ取り分けて出すだけで良いから作ってくれよ」
「縁起物に手を抜けるわけないだろ、まあ何とかするけどさ、頼むからこれ以上は追加を取ってこないでくれ!! それと熊野さんにも手伝ってもらうからな」
「おっ…… おう」
拙いぞ、このままではスカスカの御節を出すハメになる。
そんな物を出したら料理人の名折れだ、何か良い手はないか……
「みんな集まってくれ、少し献立を変更をする。このままでは大晦日に間に合わないかもしれないから、ゆうなとくくりは盛り込みに掛かってくれ、熊野さんは底引き網で手の平サイズで良いから鯛を捕まえて来て、あとカレイが卵持ってたら数の子の代用品にするからそれもお願い。天音さんは鰻屋に行って鰻を買って来てください」
「仁、鰻なんてどうするんだ?」
「うなぎ登りとか言うだろ、縁起の良さそうな物を詰めるんですよ」
「うずめは何するの~」
「うずめは海に行ってなまこを捕まえてくるんだ」
「うん、いっぱいやっつける~」
この子は何故ナマコを敵視してるんだ?
俺の指示で各自作業に取り掛かっていった。
冗談で徹夜も有るよと言っていたが、この調子で行くと本当に徹夜作業になるな。
もう昼は回っている。3時位だろうか?
少し休憩を挟んでも翌日の12時まで20時間か、奈良に届けるのは10時位に仕上げたい所だな。
立ち止まって考えても仕方ない今は手を動かそう。
鱒子を入れる橘で作った器を作って行く、本来なら柚子や酢橘の果肉を取った物に入れるのだがその二つは無いな。日本人以外食べて無さそうな気がするから四国には有るかもしれないが、無いものねだりは辞めて置こう。
――3時間後(タイムリミット17時間)
夕方を過ぎ辺りは既に真っ暗だ。
篝火をたいて光を確保するが、盛り込み台の近くで火を使うと気温が上がり食中毒の原因になりかねないので少し離れた所で盛り込む。幸いな事に以前作った八咫の鏡が魔力を流すと光る性質が有るので天音さんには光源の確保に協力して貰っている。
「仁、魚がとれたぞ」
「待ってたよ熊野さん」
生憎鯛は5匹程しか取れなかったが、子持ちのカレイとアナゴが取れた。
アナゴは牛蒡にに巻いて八幡巻きにしよう。
確か関西の方では御節料理に入ったはずだ。
縁起物を焦がす訳には行かないので魚を焼くのは俺の仕事だ。
くくりにはカレイの卵を煮てもらおう。
「ううっ、寒いです」
「ゆうなあまり無理するなよ、体が冷えそうなら火に当たってこい」
「でも、盛り込みが間に合わないかもです」
「下手に我慢しても作業効率が悪くなる、ローテーションを組んで休憩を取って行こう」
カイロの類も作れば良かったのだけど、アレの作り方わからないんだよね。
焼いた石を布で巻いて懐にでも入れて貰うしかないな。
「熊野さん、懐石を作るから石を焚き火に入れといて」
「焼けた石を湯たんぽ代わりにするんだな」
さすが戦中派話が早くて助かる。
魚も焼けたし俺も盛り込みを手伝おう。
くっ、こんな所でうずめの限界が来たか、頭がグルングルン回っている。
せっかく盛ったおせちに頭から突っ込まれたら叶わない。
「天音さん、うずめを部屋で寝かせてやって」
「おにいちゃん、うずめまだ頑張れるよ」
「うずめには、明日の朝一番で笹の葉と松の葉を取って来て貰うから今日は休んでくれ」
「ごめんね、おにいちゃん」
「うずめは良く頑張ったから気にせずに休めよ」
一番の戦犯は熊野さんだからな。
それにしても今日は冷えるな、天音さんが帰ってきたら風邪よけに卵酒でも造ってもらうか。今何時なんだろう、こういう時は時計がないと不便だよな。
追加を合わせて80セット160段か一気に盛り込めないのが痛いな。早朝までに半分仕上げて出来た物から順に配って行くしかないな。寒さと眠気のせいかみんなの作業速度が落ちているな、交代で仮眠を取ってもらおうかな。
「交代で休憩して行こうか、各一時間程休んでくれ」
「ありがとです、正直疲れたです」
「体も冷えているだろう、温かいところで休憩してくれよ」
そして日が昇り始めたころ最初のロットが出来上がった。今は6時位かタイムリミットはあと6時間かこれは延長戦も有りそうだ、なんとしても元旦までには仕上げないとな。
「おはよう、おにいちゃん、うずめは笹と松を取ってこれば良いの?」
「そうだな、お願いするよ」
笹の葉には抗菌作用があるからな。
後、松の葉は井の字になるように組んで中心に置く、これは誰も手をつけてませんよと言う封印の役目と、冬でも枯れない松や竹などは生命力の象徴として、陰陽道では邪を払うおまじないとなっているな。正月飾りの門松はそう言う意味だ。おせちは縁起物だから食中毒対策と共にそのあたりの縁起も担いで置こうと言う事だな。
一時間後にうずめが戻って来たので、採取した葉っぱは良く洗い最初の分を仕上げて行く。
天音さんに頼んで空気中の二酸化炭素からドライアイスを作って貰った。
「耕太、出来上がったおせちを奈良まで運んでくれ、まだ時間は有るから急がなくていいからな。あとカモシカの信忠を使ってくれ」
鹿は跳ねるからな、中身が崩れない様にするには、まだウシ科のカモシカの方がマシだろう。
これで朱里さんには義理立て出来たな。
後は伊勢市の人達に配る分を今日中に仕上げれは完成だ。
少し油断したら立ち眩みがして俺は膝をついた。
「仁、大丈夫ですか」
「ちょっとふらっとしただけだ、どうと言う事は無い」
「昨日の朝から休んでないです、少し休むです」
とは言われても指揮を取るヤツが居ないと駄目だろう。
「仁さん大丈夫ですよ、一度全て作りましたから手順は私が覚えています」
マジか、おせちの盛り込みはちょっとしたパズルだぞ。
隙間無く詰める為には盛り込みの順序を正確に把握する必要が有る。
天音さんならやるかも知れないな。
お言葉に甘えて少し休憩させて貰おうかな。
「兄貴、何やら面白そうな事をしてるじゃねぇか、俺達も一枚噛ませてくれよ」
「お前達、正月は暇を出しただろ? 彼女とイチャイチャしてろよ」
「頭が仕事してるのに朝から飲んだくれてどうすると家を追い出されてな……」
藤堂の彼女には今度何か送っておこう。
「水臭ぇですよ若、姫様たちも働いてるのに俺達に声を掛けないなんて」
うずめも働いてるのは昨日集まっていた人達から聞いているか……
正直助かるな、時間は少しオーバーするが何とか昼過ぎには盛り込みが完了しそうだ、コレが絆と言う奴か、一人で抱えこまずに最初から声を掛けて置けば良かったかな。
まあ、隣で一升瓶を抱えて酔いつぶれてる熊野さんが働いてくれれば、もう少し楽だったかも知れないが……
明らかに料理に向いて無さそうだし居ても邪魔になるだけか。
熊野神社の女子達も限界が近いから奇兵隊の助けは渡りに船だ、休憩のインターバルを長く取っても大丈夫そうだな。
こうして何とか昼過ぎまでには無事お節を作られ、奇兵隊の手によって各家庭にお節は配られて行った。仁は自室に帰ると倒れるように布団に入り翌日の早朝まで目覚める事は無かった。
だいぶ前に名前だけ出ていた耕太君が出てきます。
うずめの友人として情操教育でもしようと思っていたのですが完全に出オチですね。
今では熊野領の鹿の調教をして貰っています。




