59話 マグロのお味は?
熊野暦12月下旬
昔の偉い人が言った。
新しいご馳走の発見は人類にとって、
新しい天体の発見よりも人々を幸せにすると……
(ブリア・サヴァラン著 美味礼賛より)
「そう言う訳で和歌山沖で取れたブリを使って料理をして行きたいと思います」
「仁さん、マグロはどうするのですか?」
「余興で解体を披露しようかな」
「それは楽しみですね」
昨日は少しそっけ無かった天音さんも、今日は料理を手伝ってくれるみたいだな。少し嫌われたかと思ったが気のせいだったようだ。
肉料理の方は、伊勢婦人会に去年作った物のレシピを伝え作って貰って居る。
保存の関係で大体が塩漬けや沖漬けになった状態だが、1匹だけ生食が出来そうな奴が居たのでコイツはブリしゃぶにしよう。ブリ一匹からしゃぶしゃぶ用の切り身は400枚位しか取れないからな。
三重県でも神島沖でブリやカンパチの類は釣れる見たいだから、食べ方だけでも知っていれば後は勝手に真似するだろう。これでまたポン酢と豆腐が飛ぶように売れるな。
今回調理するのは簡単な物で塩焼き・照り焼き・ブリ大根だな。ブリカマは塩焼にするけど、これ奪い合いに成らないだろうか? 誰が食べるかはクジで決めるかな、余興にもなるし丁度良いな。
まずはブリの鱗を取って行こう。鱗の目に逆らって包丁で漉いて行くと綺麗に取れる。
漉き引きと言われる方法だが、金だわしで擦った方が早く取れる。
そういえば金だわし作って無かったな、作れば売れると思うんだよね。
今回はブリが12匹も居るから鱗を取るだけでも大変だ、この辺りの生活用品の開発は盲点だったな、来年はそう言う物も作って行くか……
何とか下処理を終て焼き物用の切り身を作って行く、竹串を刺す所まで行ったらブリ大根の仕込みに移ろう。
「天音さん、大根の方は切れました?」
「これで良いんですよね」
うわ~面取りまでしてるよ、別にやらなくても良いのに几帳面な人だな。
ブリの頭と中骨を一口大に切って、一度鍋で煮込んでからその水を捨てた。和食で言う霜振りと言う技法で本来ならば、切り身にお湯をかければ良い。臭み消しの生姜が無い為少し煮込んでから水を交換する方法を取った。
臭みと旨みは紙一重と言うが、万人ウケを目指すのが料理人の仕事だろう。
現代では激辛とか言ったマニアックな需要も有る様だが、忘年会で振舞う物では無いな。
鍋にブリと大根を入れて、醤油・酒・みりんで味を付けて行く、酒にはコハク酸と言う旨み成分が有るのと、アルコールが蒸発する際に煮汁の臭みの成分を一緒に蒸発させる作用が有る。磯釣りで釣った名も知らぬ魚を煮魚にする場合は、大概磯臭いので酒を多めに入れると良いな。
通常は水9:酒1の割合だけど、水6:酒4位の比率で入れると良いかも知れない。この比率はスッポン鍋の応用だから酒の量はもうすこし少なくても良いと思われる。
まあ、煮ても焼いても食えない魚は居るから気をつけろよ。
ブリ大根の仕込みは出来たな。もう一つのメインの寿司の仕込みをして行こうか、地元の漁師から貰った魚に紛れて穴子と真桑瓜が有った。
「何で、こんな所に真桑瓜が有るんだ?」
「ゆうなさんが穴子と胡瓜? を巻いた物が食べたいと言ってましたね」
穴きゅうとは渋いチョイスだなオヤジかっ。
しょうがないから作ってやるか、真桑瓜とはメロンの原種なんだが、うずめが育ててる奴は網目の無いメロンに進化しているが、それ以外はスイカの青い所みたいな味がする。これを胡瓜の代用品として使えと言う事なのだろう。
どうでも言い話しなのだが、日本人で始めに胡瓜を食べた人物は水戸黄門だと言われている。食べた感想は「毒にも薬にもならない」だそうだ、世界一栄養価の無い食べ物としてギネスブックに載る胡瓜だが、その本質を一口食べただけで見抜いた黄門様は神の舌を持っているな。
それはさておき、江戸前寿司では穴子を煮るだけだが、名古屋の方では表面を少し炙って提供する。ゆうなもそれを望んでいるのだろうが、ガスバーナーの類は無い。タマを連れてこれば良かったな。
焼けた炭を近づける方法にするか、火箸でやるのはしんどいよな~
トングの様な物も作っておけば良かったな。
今回の寿司は握りと細巻きは始めに出して、あとは自由に手巻きで食べて下さいと言うスタイルにしようと思う。ドリンクバーで作るミックスジュースじゃないが、色んな組み合わせを楽しめるからそちらの方が喜んでもらえるだろう。
「仁、会場の用意が出来たです」
「喜べゆうな、穴きゅうは名古屋風で作ってやったぞ」
「何言ってるですか、穴きゅうは穴きゅうです」
コイツ、人の苦労を解かって無いな。
「でも、ありがとです……」
そう言放ったゆうなは、宴会会場に向かって走っていった。
変なヤツだな声のトーンもおかしかったし、便所でも我慢してたのか?
伊勢婦人会に頼んで置いた肉料理も出来たようだ。
料理を搬入して宴会をはじめよう。
「皆、良く集まってくれた、今年は奈良とも縁を結ぶ事が出来て伊勢は益々発展して行く事だろう。今回は新しく開発された志摩で取れた海苔を使った料理を用意した。来年はこれが食卓に並ぶ事になるだろう。志摩で海苔の養殖をしたい奴は言ってくれ歓迎するぞ。長々と講釈を垂れるのも野暮だな、大いに飲んで騒いでくれ、乾杯」
熊野さんの挨拶と共に宴会が始まった。
俺は何をしているかと言うとブリを焼いている。この後マグロの解体ショウが待ってるのでさっさと焼き物を焼いてしまおうと言う訳だ。並んだ人には一本竹串を引いてもらい、竹串の先端を朱色に塗った物を引いたヤツにはブリカマをプレゼントだ。
「兄貴、竹串に赤い色が付いてるんだがこれは何だ?」
「藤堂が一番乗りか、それは当たりクジだブリカマを持っていけ」
「おお~、そう言う仕組みか、俺達にもクジを引かせてくれ」
伊勢は漁師町だからな、カマが美味い事は知ってるよな。
この調子だと焼き物の方はすぐ吐けそうだな。
一時間後――
「コレが熊野さんと俺が釣ってきたマグロと言う魚だ、今から下ろしていくぞ」
「仁様、早く食べさせてください」
くくり心配しなくてもマグロは逃げないぞ。
60Kg超の魚は誰も見た事が無いようで、マグロの登場と共に大きな歓声が上がった。さあ、下ろしていくぞ。俺の後ろでは竹笛を使い、うずめがオリーブの首飾りを演奏しているな。口で伝えたリズムだけで演奏出来るとは、ウチの妹は天才なのかもしれない。
マグロを三枚に下ろすと歓声が上がった、見事な赤身をしているので今年から流行り出したカツオの味を知っている人は何かを期待してしまうのだろう。足の速い(腐り易い)トロの部分から提供して行こうか。
「なんだ、このねっとりした味わいは」
「醤油を弾くなんてなんと言う油の乗りだ」
すでにカツオが出回ってるからな、この系統の味には慣れているのだろう。江戸時代には不人気商品で猫のエサと呼ばれてたのが信じられないな。関東の地方名がシビウオで死を予感させるので縁起が悪いと言うのも有るらしいな。
ちなみに、鰹節は勝夫武士と当て字を使い、鎌倉時代の武士の携帯食料として人気だったらしい。
さあ、中トロと赤身を切り分けていこう。
油の乗りの好みは人それぞれだから、中トロ位がちょうど良いと言う人も居るだろうしな。
「大将、遊びに来たよ」
「また何か美味そうな物作ってやがるなコノヤロウ」
「フツヌシさんとタケミカズチさんお久しぶりです。今まで何処に行っていたんですか?」
「武ちゃんの実家に相撲を伝授しに行くついでに、こっちで売れそうな物を探してきたよ」
「確か長野の諏訪でしたよね、蕎麦とか有ると…… 有った、それと大葉と胡麻も」
「小僧、探すのに苦労したんだぞコノヤロウ」
「有り難うございます!! 来年は蕎麦を打ちますから食べに来て下さい」
「蕎麦を打つ? 普通だんご(そばがき)にして食べる物だろう。小僧が作るなら間違いは無いんだろうがな、蕎麦は諏訪の上の安曇野の特産物だが必要なら持って来てやるぞ」
おお、マジか安曇野と言えば山葵も有名だよな。山葵農園とか作って貰うか?
是非交易商品として取引したい、今年は豊作で米が余っているから丁度いいな。
刺身を切り終え、巻き寿司を作って行く。
鉄火巻きと穴子(穴きゅう)瓜巻きだけの予定だったけど、タケミカズチさんが大葉を持って来てくれたので、イカしそ巻きも作ろうかな。
「さあみんな、おあがりよ」
俺は某漫画の主人公よろしく頭に巻いた布を外しながらキメ顔でそう言った。
何やらゆうなが口をパクパクさせていたが、俺がこれを知っていたらおかしいのか?
俺の実家は客が居れば終電まで営業するからな、手伝いを終えて風呂に入ったら深夜1時を回っているぞ、見れるテレビはスポーツニュースかアニメ位な物だろう。
ようやく仕事も終わった事だし、食べるほうに回るとしますかね。
「よっ、くくり、どうだ? 鉄火巻きの味は」
「こんな美味しい物を食べたのは初めて、仁様有り難うございます」
喜んでくれて何よりだ。今回は対価は受け取っては居ないが、料理は金を払ってなお有り難うと言われる稀有な仕事だ。その一言で疲れが吹き飛ぶな。
「や~れん そ~らん そ~らん そ~らん」ハイハイ
余興のうずめの歌が始まったな、北海道の民謡のソーラン節か、この歌でニシン漁に興味を持ってくれば、数の子やニシン蕎麦が食べられるんだけどな。今回は北の方にニシンと言う魚がいて取ると儲かると言う事だけ知ってくれれば良いや。
数の子……
ああ、おせち作りたくないな。やらないとダメなんだろうな。
作中に登場した神島は、三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となっています。
鳥羽から舟で渡ると行けますが、何も有りませんよ。
釣りをする方は、磯で大物が狙えるので楽しめると思います。
ちなみに名物料理はたこ飯です。
次回はおせちを作ります。




