58話(2/2) 黒いダイヤを狙え
黒いダイヤこと、ホンマグロを釣るため勝浦に来た仁達、果たして釣れるのか。
主人公は釣りが好きと言う設定なのに本格的に釣りをするのはこれが始めてですね。
熊野暦12月下旬
昔の偉い人が言った。「求めよ、されば与えられん」と、そう神は全能では無い。求めなければ与えられないのだ、ならば求めようではないか黒いダイヤを……
――深夜
「熊野さん起きて」
「何だ仁、まだ早いだろ」
「エサのイカを取りに行くんだよ」
「マグロのエサなんてサバで良いだろう?」
「後から説明するから取り合えずイカ釣りにいこう」
「もう少し寝かせろ」としぶる熊野さんを、起してイカ釣りに出かけた。マグロの有名な産地は青森県の大間だな、津軽海峡の名産と言えばイカも有る。イカめしや姿造りは函館の名産だけど、青森でもホタテの影にかくれてイカメンチなどが密かな名物だったりする。
ココから導き出される答えは、マグロの好物はイカであろうと推測される。
イカの取れる所にマグロは寄って来る。
そしてイカは夜行性の生き物だから日が昇る前に釣りに行かないといけない。
熊野さんに船を出して貰い沖に出て船先で篝火を焚く、イカは光に寄って来る習慣が有るので寄って来た所を疑似餌で釣ろうと言う寸法だ。
「すまん、仁 うぷ……」
あ~ 熊野さん、海にコマセ撒いちゃってるよ。
「昨日名草さんとどれだけ飲んだんですか?」
「いや、コッチの酒は強いだろ? 何時ものペースで飲んでたらやられちまってな、もう大丈夫だ吐いたらスッキリした」そう言う熊野さんは、流石海の男と言うか漁師の顔になっていた。
熊野さんの巻いたコマセのせいか解からないが、イカが寄って着たようだ。
篝火に照らされた海面に黒い影が見える。木を削って造られた猿田彦謹製の疑似餌は伊勢でも人気の商品だ、細部までこだわり抜いた仕事は本物と見間違う程の出来だな。
イカは獲物を抱きかかえてからゆっくりと食べる習性が有るので、当たりが来てもじっくり我慢する必要がある。エサが偽者だとばれると逃げられるのでさっさと釣りたい気持ちは有るが、このギリギリの駆け引きがイカ釣りの醍醐味だと言えよう。
釣果はまずまずと言った所か、釣れたイカは水槽に入れておこう。
「仁、仕掛けを取りにいったん帰るぞ」
「そうだね、この位が限界かな?」
あくまで今回の狙いはマグロだ、釣れたイカには高級食材のアオリイカも居たためつい時間を忘れてしまった。一度勝浦に戻って延縄の仕掛けを取りに行こう。
――3時間後
名草さんと合流し補給をした後に再度出港した。
「ねえ、熊野さん」
「なんでい 仁」
「延縄漁法ってなんなの?」
「延縄漁法はいわば釣りに使う道具を大きくしたものだな、ソコの素焼きの玉が浮きだ、で……」 へぇ~ このビーチボール位の大きさの物が浮きなんだ、そう言えばこれのガラスで作ったバージョンは見た事が有るな。
今回の糸と言うか縄の長さは300m位だけど、本来は数十kmに及ぶらしい。各浮きの下に重りと餌(疑似餌の場合も有り)をつけて暫く放置してから巻き上げる漁法らしい。縄の長さが足りない分は船の数で補おうと言う寸法だな。
「良く縄なんて大量に有りましたね」
「正月が近いだろ? 伊勢を真似て注連縄飾りを作ろうとして居たのを拝借した」
良く名草さんソレを快諾したな、意外と現実主義者なのかな?
「仁、あっちを見てみろ四国が見えるぞ」
「あれが四国なんだ、台風中継で有名な室戸岬かな」
「俺の親父が言うには、天気が良いと宮崎県の山が見えると言っていたな」
まあ、200km先に有る富士山が夫婦岩から見えるんだ、条件が整ったら見えるかもしれないな。
「仁、陸が見えなくなったら遭難する、ここらで仕掛けを落とすぞ」
熊野さんそう言われて、陸から20km程の場所に仕掛けを投入していく。
今回は坊主だと目も当てられないので、鰺や鯖などの小型の魚を利用した仕掛けと針を仕掛けて有る。流石の熊野さんも和歌山県の漁場には詳しくないようだな。
「さて、仕掛けをまいたらやること無いから俺は寝るぞ」
「朝は早かったからね、昼過ぎになったら起すよ」
さて、俺も暇だな釣りでもしよう。この辺りは何が釣れるのかな?
まず疑似餌を使って釣りをしてみよう、猿田彦に頼んでリールも造って貰ったぞ。竿は竹製で心細いが、強化魔法で補えば何とかなるだろう。
――以下、仁の妄想も含まれます。
「あっ、かかった」
☆4赤むつ(のどぐろ)
「俺様を釣り上げるとは、中々やるな大人しく食われてやろう」
マジか、和歌山に赤むつ居るんだ日本海でしか取れないと思ってたのにな。現代だとkg4500円超の高級魚だ。幸先良いスタートだなこの調子でどんどん行くこう。
「よし、ヒット」
☆3サワラ
「痛いでゲス、何するでゲスか?」
鰆と書いてサワラと読むが冬場が油が乗って旨いな。
コイツは皮目を炙ってポン酢で食べたら美味しいが、今手元に有るのは醤油だけだ。俺の昼飯にしよう……
ちょっと待てよコイツの切り身を餌にしたら何が釣れるだろうか?
「その尖った物は何でゲスか? やめるでゲス…… アァ-」
さて、気を取りなおして次へ行こうか
「来たっ」
☆3金目鯛
「あら、かわいいぼうやね。食べられてもよろしくてよ」
お前深海魚だろ何故浅いところ(水深100m以内)に居るんだ?
知らずの内に深いところまで仕掛けが流されたか?
まあ、これも旨い魚だな。
切り身を軽く炙って塩を軽く振って酢橘をちょっと垂らして食べたいな。
日持ちを考えると残念だがお前は煮魚にクラスチェンジだな、取り合えず氷水に漬けておこう。
言い忘れていたが、一度魔力を限界まで溜めてから氷魔法を使うと握り拳大の氷を精製する事が出来る。ゲームの攻略本の説明が正しければ俺はヒャドを使えるな。まあ、当てるのは人力だが…
そんな俺の恥ずかしい話は置いといて、生餌を使ってみようか。朝釣ったイカを使おう。
☆2イカ
「僕は悪いイカじゃないよ~」クネクネ
煩いお前イカサマの語源だろ大人しく餌になれ!!
「おおっ、今度は引きが強いぞ、大物か?」
☆3ブリ
「チーすっ、ブリっす」
ああ惜しい、ココが富山湾沖か能登半島沖ならお前は☆4に成れたがここは和歌山沖だ、味が少し落ちる。大人しく煮魚か塩漬けになって貰おう。
この海域には、大型の魚が居るのは理解した。10kgほどのメジマグロ(ホンマグロの幼魚)でも居ないかな、勝浦港はマグロの水揚げで有名なんだけどな。
「おっ、今回も引きがいいぞ」
魚をたぐり寄せると、丸っこいフォルムの魚影が見える、これは念願のマグロか?
☆3カツオ(小)
「てやんでぇ、ちくしょうめ、お前なんか豆腐の角に頭をぶつけて死んじまえ」
お前こそ、味噌汁で顔を洗って出直して来い。なんで俺がそんなエクストリームな死に方せにゃならんのか、もし某小説投稿サイトの「ブクマしてる方は他にこんな物を読んでます」の一行目が豆腐の角に頭をぶつけて転生したとか書いて有ったら、思わずポチってしまうな。江戸っ子の煽り文句はセンスが有るな。
「おい、仁外道ばっかりじゃないか、そろそろ延縄を引き上げるぞ」
釣りに没頭して熊野さんを起すのを忘れてた。結構な時間が経ってたんだな。
一本釣りは諦めるか? 舳先に竿を固定してもう一回だけ試そう。餌はさっき釣ったカツオで行こう。
ウインチの様な巨大なリールを手巻きで巻き上げ延縄を回収して行く、そうすると大きな魚影が見えた。これは期待が持てるな。
「チーすっ、ブリっす」
「チーすっ、ブリっす」
「チーすっ、ブリっす」
「チーすっ、ブリっす」
ウゼェーよ、12月末からブリの季節だからな、しょうがないちゃしょうがないが。おっ今度は大物だ。
☆2シュモクザメ(ハンマーヘットシャーク)
「なんじゃいワレ、いてこましたるぞ!!」
「熊野さんこれどうする?、蒲鉾の材料位にしかならないよね?」
「伊勢名物のサメのたれ(干物)が出来るぞ、最近みりん干しも出来て中々の人気だぞ」
熊野さんが夏場に作ったアレ人気なんだ……
「じゃあ、〆とくね」
「ちょ…… ちょっと待て小僧、それをどうするつもりだ…… アッー」
サメは半分貰って蒲鉾でも作って雑煮にでも入れるかな。
その後も延縄を引き上げるが、見事にブリばかりだった。一応、忘年会のメインはブリで考えてたけどマグロがどうしても欲しい。
「熊野さん、もう一回やらない?」
「馬鹿を言え、灯台の無い状況で日が暮れたら帰れなくなるぞ」
「お願い、もう一回、もう一回だけだから」
「駄目に決まってるだろう」
くそっ、ここまでか、くくりに「私にマグロを食べさせて」とお願いされてるんだ。
きょうび、野球漫画の主人公ですらヒロインの甲子園に連れて行けと言う無茶ぶりに答えて居るんだぞ? 何故出来無いんだ。もしかして俺はモブなのか?
そんな訳あるか!! 俺と言う物語の主人公は俺でなければならない、諦めるな、考えろ、何か良い手はないのか?
どうするべきかを考えていたら、船先が大きく沈み込んだ。
「うおっ、何が起こった?」
「仁、船先の竿に何か掛かっているぞ」
あっ、忘れてた。
急いで竿を取り、巻き上げようとするが抵抗が激しく中々引き上げれない。
「仁!! 糸が切られるぞ!!」
くっ、その可能性も有ったか
「熊野さん変わって!!」
俺は竿から伸びる糸を掴み魔力で強度上げた。熊野さんは緩急を付けてマグロの体力を消耗させる作戦に出た、ここは本職の人の指示に従おう。糸を時には緩めて少し泳がし、巻ける時は一気に糸を巻く。そうやって糸を少しずつ手繰り寄せると大きな魚影が見えた。あと少しだ。
「熊野さん、影が見えて来たよ」
「よし、銛を持って来る。お前はそのまま引き寄せろ」
こうなったら全力全快だ、体中から魔力を搾り出し手と糸に集中させて、糸を手繰って行く。幸いな事に魔力強化した俺の身体能力の方が少し上みたいだな。少しずつ糸を巻き上げると流線型の魚体が見えて来た。マグロだ、あんなでかいカツオなんている訳がない。
「でかした仁、マグロだぞ」
そう言った熊野さんは、顔を見せたマグロの脳天に銛を突いた。
「よかった、何とか釣れた」
☆4メバチマグロ(60kg)
「……」
返事が無いどうやら屍のようだ。
「なあ、仁、お前漁師やらないか?」
「何言ってるの、俺の家業は料理屋だよ」
「まあ、そうだがココでマグロを釣る運が有るなら向いてるかと思ってな」
「熊野さんが居なければ、もう一回延縄を試して帰れなくなって居た所だよ」
「それもそうか」
何とか伊勢で待つくくり達にマグロを食べさせられる。早く持ち帰って忘年会をしよう。
勝浦漁港周辺から出航する釣り船の1/4の釣果を基準に書いてますので、書いて有る魚は全て釣れます。GPSや原動機の付いた船の話なのでもう少し沖合いに出てるかもしれません。
熊野さんは男の子が生まれたら一緒に漁がしたいと常々思っていました。
関東地方では縄文時代からマグロ漁をしていた形跡があります。どうやって釣っていたのでしょうね。
次回 「忘年会」
次々回 「死の行軍 おせち作り」 を予定しています。




