34話 夏の風物詩
熊野暦7月下旬
思ったより今年は梅雨の時期が長びいた様に感じたが、熊野暦は年間の最終月で日にちの微調節をするためこんな物かと思い過ごしていた。
4日前に井村屋がオープンした。初年度は無理をせず月間1000枚の農村の母の販売をすることにした、6日ごとに200枚の生産だ蜂蜜には抗菌作用が有るので消費期限は長そうだが、早めに食べた方が美味しいのはどの食べ物も同じだな。
以外に暇そうに思われるかもしれないが伊勢市で販売される赤福用のあんこも井村屋製になるので結構忙しい、酒とかの製造方法は秘匿していないがあんこと醤油に関しては数年は秘匿事項だ。
あんこと醤油は北畠の発展の起爆剤にしたいと思っているので、井村屋で加工された小豆は熊野神社の横に併設された食品加工工場へ運ばれ赤福に加工され販売される、北畠にも赤福は送られ井村屋の店頭で販売をしているな
あんこで得た利益を赤福の購入で使い、俺と熊野さんの間で利益の共有がなされているな、下種なやり方と言われるかもしれないが借金を返さないといけないのでしょうがない、現代と違い家賃がないため値段的には問題はないだろう。
現代の価格を参考に米500g(250円相当)の販売にしようとしたが倍の値段が付いた。まだ希少価値が高いのでこの値段だが、材料の入荷が安定したら徐々に値段を下げて行きたいと思う、この手の嗜好品は多くの人に食べて貰いたい。
あんこと牛乳を主原料とした氷菓の、あずき棒も作って見た。作れるのが天音さんとくくりだけと言うのが痛い所だな。こちらは熊野神社での販売で日に20本の期間限定販売となっている。冬には肉まん・あんまんも作るかな。
オープンから暫くした日、店を休業して皆の慰労を兼ねて海に行く事にした。真珠の養殖をする為熊野家のプライベートビーチになって居る鳥羽湾でのバーベーキューを企画し、奇兵隊と食品加工工場に勤めるご婦人たちも招待して50名ほどの規模になった。
肉以外の食べ物は現地調達だ、合コン的な要素も有るのか奇兵隊の連中は気合を入れて海産物の採取にいそしんでいる。本当は女性の方が本職の人が多いため効率的なんだけど、休みの日位はのんびりしてほしいと男達に任せる事にした。
俺はもちろん調理担当だ、さあじゃんじゃん持った来てくれ片っ端から焼いていくぞ。
「仁さん、お疲れ様ですコレをどうぞ」
天音さんが竹筒に入った冷水を持って来てくれた。
「助かります、俺に構わず泳いできても良いですよ」
「ええ、でも仁さんの作ってくれた水着を一番に見せたくて……」
そういって天音さんは上着を脱いで見せてくれた。ゆうなが考案したボタンで前で止めるタイプのビキニタイプの水着だ、色は辰砂を利用した鮮やかな赤色を上下で揃え、絞り染めでグラデーションを施した布を腰にパレオの様に巻いていた。
「とっても 似合ってますよ」
そう今年の天音さんは水着を着用している、熊野神社の人間だけならあえてスルーして天音さんの裸を拝みたい所だったんだけど、他の男達も呼ぶ事になったので着用してもらう事になった。
なんでと疑問に思う天音さんには、伊勢のファッションリーダーとして伊勢婦人会の作る物を着る義務が有ると言って誤魔化した。
俺はこの説明をする時血の涙が出そうになった。
タダで見せてくれるんだ、存分に拝みたいと思うが他の男には見せたくない。激しい葛藤の末この結論に至った。
水着自体はゆうなが喚くので、デザインと型紙の製作まで済んでいたのですぐに出来た。うずめとくくりの水着は紺色のワンピースだ、俗に言うスクール水着だな。白地の布で平仮名で名前を書いてある。
これは、お約束の好きなゆうなと悪ノリして作ってみた。
麻布を漂白するのに手間取ったな、まさか海水を電気分解して塩素系漂白剤を作らされるとは思いも寄らなかったが魔法のスキルが上がったので良しとしよう。
人に漂白剤を作らせてる間にゆうなは自分の分の水着のデザインをしていた。横をボタンで留めるタイプのワンピースの水着だが腰周りからフリルがついているタイプだな。こちらも天音さんの水着を作った際の余った生地を使用したためすぐ出来た、色は一度赤に染めたあと薄めた漂白剤で色抜きをしてピンク色の生地にフリルは天音さんと同じく赤から白のグラデーションの物を使用している。
まあ色々と苦労は有った物の、水辺では全裸に成りたがるうずめに女の子らしさを教育するのも必要と思っておくか、教育はゆうなに丸なげしておこう。
教育は難しいとは思うが言いだしっぺだからな、自分の発言には責任を取ってもらわないと、おしとやかなうずめとか想像も出来ないが……
奇兵隊の連中がサザエやらアワビやら取ってきたので順次焼いて行く事にした、サザエには醤油ベースのタレで味付けしアワビはバター焼きにしよう。誰だ蛸取ってきた奴は、ぬめりを取るの大変なんだぞ。
「おい、仁これのヒレを焼いてくれ」
熊野さんがエイを取って来た。
「エイは干物にしないとアンモニア臭がしますよ」
エイとサメは泌尿器官が発達していないためアンモニア臭がする。
「それが旨いんじゃないか」
熊野さん臭い食べ物好きだったな、異臭騒ぎが起きないよう丁寧に水洗いして別の場所で焼こう。
「おに~ちゃん、おっきな、おさかなとれた~」
うずめが1mほどのネコザメを取ってきた。
「捨ててきなさい」
この親子は何で変な物ばかり取って来るかな。
「仁、もったいないから干物にしよう」
「責任もって食べてくださいね」
「サメの干物は天音も好きだぞ」
へ~ 知らなかった以外と旨いのかもな。
このあとなし崩し的に酒宴となった一応こうなることを予想し、事前に天音さんに頼んでビールを冷やして貰っていた。特性の木の樽で作ったビールを鏡開きの要領で蓋を叩き割ると勢いよく炭酸が吹き出てきた。奇兵隊の誰かがビールの泡まみれになっていたが余興としてはウケていた。
ビールの発酵で出来る炭酸ガスを利用して蓋してるから当たり前の出来事だが、店で出すときはこれじゃあダメだよな、ラムネの栓みたいな物を開発しないといけないのか、陶器製の徳利と球で良いのかな?
古代の人達はどうしてたんだろうな、気の抜けたビールなんて美味しくないだろう。
「仁、私たちにも何か飲み物をよこすです」
「大人たちばかりずるい」
ゆうなとくくりかこんな事も有ろうかと伊賀から天然炭酸水を取り寄せていた、味は梅と蜂蜜で付けて有る。
「それ炭酸入ってるから開ける時気を付けろよ、微炭酸だから大丈夫だとは思うが」
「いつの間にこんな物作ってたのです」
こちらは竹筒の蓋をがっちりしているだけなので、プッチンプリンの要領で指で押して蓋を開ける様になっているな、ちゃんと伊賀の特産物も考えているぞ。
「そういえばプリンも作れるのか?」
「私の問いに答えるです」
「ああ、すまない梅と蜂蜜の時期だから先月だな」
「プリンとは?」
明らかに失言だったな仕事が増えるぞ?
「くくり石鹸を思い出せ、あの苦労をしたいか?」
「思い出したくない」
よし誤魔化すことに成功したぞ。
「ゆうなは作れるんじゃないか? 茶碗蒸しの要領で出来る訳だし」
「その手が有りましたか、くくりちゃん私が作るです」
「壁に耳あり障子に目ありと言うからな、作る際には十分気をつけるんだぞ、うずめの口にチャックをするのが一番の難題だと思うが……」
ダークホースの天音さんのうっかりも有りうるな、バレるのも時間の問題の様な気がする。作らないのが一番だけど女性に甘い物を我慢しろと言うのも酷な話か?
この時点で既にマークされていて、周りに諜報部隊がいる事を仁達は想像していなかった。
近い将来熊野神社にプリン地獄が訪れる事になるがそれはまた別の話。
酒宴も酣になって来たので、俺も仕事からはずれ皆と遊ぶ事にした、オークの膀胱を加工してビーチボールを作って有る、何で出来ているかは女子達には内緒だ。
ゆうなと俺をのぞき皆初心者なのでビーチバレーはやめて、円陣でトスをしたりする簡単な物にとどめておいた、なんだかんだ言って水着を作って置いて良かったな、トスをする天音さんの胸元がはだけていたら中座して何回賢者にクラスチェンジしないといけなかった事やら。
日が暮れてきたので皆で片付けてお開きとなった。
翌日ゆうなとうずめは小麦色に日焼けしていたが、くくりは赤く軽い火傷状態になっていた。
天音さんは色白なのに何ともなさそうだ、UVカットの魔法とか有るのか?
「熊野さん」
「なんでぇ、仁」
「今回の件で思ったんだけど、休日を作った方がいいんじゃない」
「曜日はどうするんだ」
子 丑 寅と十二支で分けて行き半分の6日間×5で30日でどうかと、一般職は週末休みでサービス業は週中休みだ漁師もこっちに入るかもしれない。
「試して見るか、所で土曜の丑の日は有るのか?」
「その習慣やるの? うなぎの旬は冬だよ」
「それは知ってるが、ゲンは担ぐものじゃねぇか」
「市場の中に食品加工工場が要るよ、少なくとも捌ける人育てないと」
話をしていたら何だか食べたくなったので、熊野さんとうなぎを取りに行き神社にある池で三日ほどドロ抜きをして捌いて見た。アレ開く時にかなり暴れるんだよね一度延髄を切って〆てから捌く事にした。塩を使い丁寧にぬめりを取って焼いて行こう、三重は関西圏なので腹から裂くし一度蒸したりしない、名古屋は尾張徳川家の影響か両方存在するな。
まあ生煮えのうどんを食す位せっかちだから、さっと出てくる関東風が好まれると言う説も有るが人の好みはそれぞれだ。
うなぎを焼く時は皮がかなり縮むのでWの字みたいに少し垂れた状態から焼くのがコツだ、言い忘れてたがうなぎの血には毒が有るから良く水でさらすのを忘れるなよ。
後は醤油ベースのタレで味付けしてお好みで山椒を振りかけて完成だ、一応白焼きと鰻作も作って置こうか、夏だしさっぱりした物が食べたくなるかもしれない。
「旨そうな匂いがすると思ったら、やっぱりココか何時来ても飽きないねぇ」
「名草さんこんにちは、そんなに匂ってました?」
「そりゃ数軒先までやな、また若様がなんぞ作っとると噂しとったで」
マジか、鰻は煙で食わせると言う格言を失念していた。
この手の噂はすぐに広まるな。
「まあ、せっかく来たんだから食べて行ってよ」
「そら悪いな兄ちゃん、名草領で出来た酒持って来たからこれでかんにんな」
飲めない体質だが一杯位は頂いておこう
皆を集めて試食をする事にした。初めて食べる人達はこれがウナギなのかと驚いていたが、俺達マレビト組みは久しぶりに食べる蒲焼の味に感動していた。
やはりウナギは旨いな、絶滅危惧種だし今の内から養殖しておくのも悪くないが浜名湖まで遠いな、三河湾の沿岸部当たりが現実的かな、それはおいおい考えていくとしよう。
ちなみに名草さんの持って来た酒は日本酒の原酒(アルコール度数20%以上)だったので俺は飲めなかった。
「誰か土曜の丑の土曜って何か知ってます?」
「それなら聞いた事が有るな、なんや大陸の方でな五行ちゅうたか何かで、四季を四つに分けて季節の変わり目の月の何日かが土曜やったな」
意外と名草さんが知っていた。五行思想から来てたんだな、そして和歌山市の方では瀬戸内海を通じて大陸(中国)の文化が入って来てるらしい。米もその類だと言っていた。
名草さんから色々聞いている内に興味が抑えきれなくなり、少し早いが奈良に行って見たくなった井村屋の従業員が馴れて来たら早速行くとしよう。
伊勢名物のさめのたれ(干物)は4m位のサメを使います、鳥羽で海水浴をすると実際に小型のサメが居ますが食用に向くかは不明、そういえばまだクラゲの酢の物作って無いな、ごま油を精製出来たらくらげの中華和えを作ろう。
次回ようやく奈良に行きます




