19話 年末年始の出来事
作品の指針としたいのでご意見ご感想お待ちしております。
山椒・山葵・芹・三つ葉・あさつき・うど、などは日本固有種です。芹とあさつきはトリカブトと間違えて食べて、死亡事故が出ているので山で見つけても食べない方良いと思います。
紛らわしいですが伊勢市熊野町です。旧宇治山田市の海辺の何処かに熊野神社が有ると思って下さい。
熊野暦12月下旬
今年も後わずかになってきた、熊野領に来て9ヶ月になるが俺にはどうしても許せないことが有る。
それは牛肉の調理の仕方だ、丸太を加工した串を刺して丸焼きにしているんだ、働けなくなった老牛を料理して筋張って硬いとか言っている。食材に対する冒涜も甚だしい。
しかも内蔵は肝臓以外捨てている。肝臓も焼いておきながら、もさもさするとか言っている始末だ。
俺は松坂に有る酪農家に向かい、牛を一頭分けて貰う事にした、最近バターを作り始めたのでお得意様となっている。
「これは若様、今日はどうしました?」
「子牛を一頭分けてくれないか」
「いつもお世話になってますし構いませんが、オスは止めて下さいね」
熊野領では牛は農耕用や山を切開く時の土木作業に使っているため、オスの価値が高い。
メスは主に繁殖用だったが、俺がバター作りを始めたのでその価値が見直されている最中だ。
生後半年以内の乳飲み子牛を一頭貰って解体する事にした。残酷だと思うかもしれないがフォンド・ヴォーのヴォーが子牛の意味だ。イタリア語だとアバッキオになる、直接食卓に上がる事は無くても間接的には食べている食材だと思う。さすがに俺も子牛を殺すのは可愛そうだとは思うが、柔らかくて旨いんだ。
奇兵隊の猟師の息子達を集め解体を手伝って貰う事にした。川原まで行き俺は腰に挿した短刀を抜いで子牛の頭蓋を一突で仕留める。こう言う奴は一思いにやらないと血まみれの牛を追いかけ回すと言うかなりスプラッタな光景になる。後の解体作業はプロに任せよう。
「内蔵は全て取っておいてくれ」
「若 これを食べるんですか?」
「ああ 川で良く洗って置いてくれ」
日本でも昭和初期まで余り内蔵を食べる文化が無かったと聞く、確か連れて来られたか移住してきた韓国人が始めたのが起源だ、最初は鉄板で焼いて提供していたがジンギスカンを真似て今現在の焼肉のスタイルになったそうだ。
なおスキヤキは安土桃山時代から有ったが、今のスタイルではない明治以降からだな、世に広めたのは福沢諭吉先生の出したパンフレットらしい。ジンギスカンも有りそうだが武将達の立派な兜で焼肉して居る姿は想像出来ないな。愛と書かれた前立て部分で米沢牛を焼く直江兼続とか嫌過ぎる。
肉は1週間ほど熟成させて正月に振舞うとして、内蔵はさっさと食べてしまおう。
センマイとミノは茹でて酢醤油で食べようか、今回は強発酵した漬物の汁を使用する。何故か最近天音さんが料理酒用の酒を売ってくれないんだ。俺も口噛み酒を調理に使うのは躊躇うので余り気にしてないが……
後は味噌味で鉄板焼きかな? モツ煮も良いが砂糖が無い。たまり醤油の味を調節して誤魔化すしかないな。今度みりんと水あめと米酢も作るとするか……
肝臓は刺身だなこの世界にО-157は居ないはずだ。胡麻を見つけていないので不本意ながら醤油で提供しよう。
とりあえずこんな所か? 子牛と言えど俺達じゃ食いきれないから町人にも食べてもらおう。
皆で試食した所、評判はまずまずの様だ。特に人気なのは生レバーだった、ごめんなそれ胡麻油と塩で食べるのが一番旨いんだ。不完全な物を出して申し訳無くなった。
この後、子牛でなくとも食肉用に飼育すればホルモンに関しては成牛の方が旨い事を伝えた、所食肉用の生産が決定された。俺も餌に今後予定されるオカラと酒粕の提供を約束した。
1週間後に予定される肉はどうしようか?出来る限り旨い物を出したい。
調味料が限られるのが痛いな、日本においては香辛料が乏しいのも悩みの種だ、山椒と山葵は日本固有種だからある筈なんだけど、今の所見ていない探しに行くか?
翌日奇兵隊から有志を募り山に入って行った。まずは山葵からだな川の上流に有ると良いが……
とりあえず伊勢市を流れる宮川を上流に向かい登って行こう、オーク戦を想定し盾も作ったぞ。木を円形に加工し皮を貼り付けた物だ。これに竹槍装備が奇兵隊の基本装備だナ。古代ローマのファランクスに憧れるが、奇兵隊は20人しか居ないので断念した。だがこれでオークの突進を受けても即死は免れるだろう。
生存率の確保は俺に取って最重要課題だ。こんな所で奇兵隊の連中を一人として失いたくない。
「兄貴 熊ですぜ」
「無駄な殺生は避けよう、しばらく待機してどうしようもなくなったら戦おう」
三重県南部は熊が出るのか? そう言えば志摩地区の斜め下が熊野市だったな。文字通り熊が出ると言う訳か……
俺達は熊との戦闘は回避した、今の所別に生存圏が被っている訳ではないからな。
オークは奈良に向かう道の途中に居るため個人的な理由で排除している。利己的だろうと俺には都会に行くと言う夢があるからな。
おっ、アレは―― 山葵より先に山椒が見つかった。葉っぱに特徴が有るので直ぐに解った。良く煮物とかに乗って居る木の芽がそうだ。山椒の木は生命力が強く、適当にひっこ抜いて植えなおしても実を付けるので、木ごとお持ち帰りする事しした。
「若、オークが前に」
こんな所にも居るのか、熊とは共存してるのか? と思ったが先ほど居た熊と戦闘となり逃げて行った。熊の方が生態系の上位なんだな以外だ。
しかしこの辺りオークが多いな、元々現代でも紀伊半島は猪が多かったが、この様子だと神戸周辺もオークの巣の可能性が有るな。つくづく人の行く手を阻んでくれる。
進むこと2日半(多分多気郡の何処かの)宮川上流に山葵を発見した。出来ればこの辺りを開拓して葵田を作りたいが、来年は無理だろうな。しばらくは自生して居る物の葉や茎で凌ぐか、これ現代と違い川の水が綺麗だから何とか成らないかな、夏場の気温が問題か?
とりあえず戦闘をする事も無く帰ってきた、出発から5日経ち牛肉の熟成もちょうど良いころあいだろう。
さて何を作るか、肩とバラ(背)は煮込みだな薄く切って牛丼風にするのも良いな。腿はタタキだスペアリブとハラミは、蜂蜜を利用した甘めのたれに漬け込んでバーベキュースタイルで提供しよう。
ロースとヒレはどうする? ヒレは余り量が取れないから串焼きかカツにしたいが食用油が少ししかない。
食用油は大豆を絞って作ってみたが勿体無いので1ℓ程しか作っていない。10kgから1ℓだと割りに合わない。逆に水で量の増える豆腐に使用した。この時期外に干しとくと高野豆腐もどき(かなり寒い所じゃないと完全な物はできない)が作れるからな。しばらく油は熊野家内だけのお楽しみの予定だ。
「若、こんなの取れましたけど使いますか?」
「芹じゃないか」
春菊の代わりに使用してスキヤキも作るかな。
腕と首は叩いてハンバーグでも作るか?パンと牛乳は有るが玉ねぎはないぞ、臭み消しに木の芽を使うと和食系になるしケチャップもない。誰か南米まで行ってジャガイモとトマトを取って来てくれ。久しぶりにジャンクフードが食べくなってきたぞ!!
無いものねだりしても駄目だな、味噌松風焼き(和風お肉のパテ)でも作るか、鶏肉で作るのが主流だが伊勢に鶏肉は存在しない。つなぎに卵が使えないのは痛いが自然薯とかで何とかしよう。
後はロースか少し面倒だがローストビーフもどきでも作るか、オーブンで作るには熟練の技が必要なので無理だ。
表面を焼いて湯せんに掛ける方法で行く、電子ポットが有れば楽なんだが天音さんを5時間以上拘束するのは気が引ける、年末年始は巫女の仕事が忙しいからな。
今回は真空パックの代用品として牛の膀胱を使用する。汚いとか言うなよ、古代では水を通さない特性を活かして水筒とかにしてたんだからな。もちろん牛乳で消臭してから良く洗い、天日に干して紫外線消毒もしている。
と言っても抵抗が有るな、笹の葉に包んで食べる所に当たらない様にしておこう。牛もまさか自分の膀胱に肉を突っ込まれるとは思っても居なかっただろうな。、
俺は鍋を二つ使い、湯煎で70度をキープしながら密封した牛肉を入れ5時間ほど調理した。付け合せは山葵の茎を細かく刻んだ物にしよう。余ったロースはしゃぶしゃぶだな酢醤油で申し訳ないが十分旨いだろう。
さあ熊野町の住人も誘って食べようか――
「なんだこれ、本当に牛か?」
「こんな旨い物食べた事ないわ」
「なにこれ~ おいし~」
「俺、生きててよかったぁ」
反応は上々のようだ、うずめお前は少し自重しろ一応お姫様なんだから。
「みんなスキヤキの〆にうどんを用意したから食べてくれ」
「若 俺一生ついて行きます」そんなに感動するほどには旨く無いだろう、調味料もそろって無いし。
天ぷらとか食べさせたらどんな反応するんだろうか?
油を量産が出来たら、奇兵隊の連中と天ぷらパーティーでもしよう。俺は心の中で最高の天ぷらを作る事を決意した。
ここに来てから何が出来たか解らないけど、これが今年の集大成だ来年はもう少し先に進めるかな?
数日後の早朝
「おい 仁起きろ」
「何ですか熊野さん」
「初日の出見に行くぞ」
今日元旦だったか、熊野一家と俺は歩いて二見ヶ浦まで行き、夫婦岩の前に着いた。
「もう少しで日が昇るぞ」
そう熊野さんが言った数分後、日が昇り明るくなってきた。
「あっ、富士山が見える」
初日の出に照らされた富士山がうっすらと見える縁起がいいな。
「仁 何か願掛けしておけ」
そうだな何にしようか、来年は奈良まで行けますようにでいいかな。
その日の昼、地鎮祭と起工式が執り行われ志摩地区への街道工事が始まった。
天音さんはとうずめは神楽を奉納して厄除けを祈願し、俺と熊野さんで最初の鍬入れをした。
かなりの難工事になると思うが、熊谷組の人たちには頑張ってもらいたい。
そうそう、熊野領では皆一律に元旦に年を取るようだ。
俺が18歳 天音さんが17歳 うずめは9歳だ、熊野暦21年はいい年でありますように。
おまけ 「こんな物も作りました」
年明けから暫くした日、頼んでおいた子牛のなめし皮が出来た。
熊野領では柿渋を使ったタンニンなめしが主流だが、これがまた時間が掛かる。今回試作品と言う事で日持ちは度外視して最低限のなめしをしてもらった。
今後牛革の流通が始まる事を見越して、少し仕掛けをしようと言う魂胆だ、裁縫は苦手なので以前お世話になった伊勢婦人会の協力の元鞄や小物入れと、ある物を作った。毛の有るタイプと完全に脱毛した物の2種類用意した。
ある物とは下着だ。縫い糸には絹糸を使用した贅沢な一品となっている。
欲を言えば総シルクで行きたかったが生産が追いついていない、婦人会に協力を仰いだのも大半が女性の意見を聞きたいと言う意味合いが含まれている。
以前から計画だけはされていたが、革のなめし作業の為今まで掛かってしまった。あと通気性が悪いんじゃないかという問題解決に手間取った。
革―麻布―革と、三枚構造にして革部分は隙間を空けて編み込んだ物になった。パッと見はチェック柄に見える。早速試着して貰うことにした。
「藤堂・犬飼、確か彼女居たよなこれを試して欲しいだけど」
「何ですかそれ」
「女性用の下着上下セットだ、女性の意見もだが男性の意見も聞きたい」
そして数日後
「兄貴、昨日の晩は燃えましたぜ」
「さすが若、俺達とは考える事がちがう」
そう言う意見を聞きたいんじゃ無いんだが……
どうしてこうなった?
子牛の革は柔らかく肌触りがいい為つい触って見たくなり、いたす前の遊戯的な物の時間が長くなるらしいのと、最初から見えてるより隠されてる物を脱がすと興奮するようだ。現代人だとそれが当たり前なので理解に苦しむが……
女性の意見としては、上部の下着が好評だ農作業時に胸が邪魔にならないらしい。
さてこれをどうやって熊野姉妹に渡すのかが最大の課題だ。
うずめは問題ないが天音さんだよな……
「お~い うずめ」
「何 お兄ちゃん」
「お前下着履くの嫌いだったろ、これを試してくれないか?」
「うん わかった」
素直で実によろしい、どうやって天音さんに切り出すか答えが出ず、数日後天音さんに呼び出された。
「仁さん、部屋を掃除してたらこんな物が・・・」
何故隠しておいた女性用下着が天音さんの手に有るんだ?
しかもよりによってTバック型のやつだ。
アレか? 女性には隠してあるエロ本を見つける、お母さんセンサーでもついてるのか?
ヤバイ何とかしないと、下手に言い訳するとまずい気がする。
「この前、伊勢婦人会の人に手伝って貰い女性下着を作ったんだけどその試作品です」
「秋口に何やら破廉恥な物を作っていましたね」
何故それを知っている。裏伊勢コレクションは深夜に行なわれたはずだ、人の口には戸が立てられないと言う奴か? 俺は完全にテンパッた……
「仁さんは そうゆうのが好きなんですか?」
まずいまずいぞ、このままだと変態扱いだ。
「女性の意見を取り入れた結果そうなったと言うか、おれ自身は女性の下着にはそれほど頓着してないよ」 悪ノリはしたけどな。
「そうですか…… とりあえずコレは預かって置きます」
納得は行ってない感じはするが、なんとか誤魔化せた。当初の天音さんに下着を渡す目的は達成された。
後日もっと何か無いかと奇兵隊の連中にせがまれ、ネット動画で得た性知識を教えた所隊の指揮が上がったようだ。
それと最近天音さんの様子がおかしい、また何処からか耳に入った可能性が有る。天音さんの中の俺のイメージがド変態出ない事を切に願う。
発端は下着を履いてくれと言う常識的な所から始まったのにどうしてこうなった?
スキヤキは農具の鋤で焼いたのが、語源ですが定かではありません。
細川家の史書によりますと小田原城攻めの時に、高山右近が蒲生氏郷や細川忠興に牛肉料理を振舞ったそうです。
あと誤解されがちですが、直江兼続の愛の前立ては愛染明王から来ていて、愛に生き愛に殉じた訳ではありません。
春菊は10世紀頃から中国で栽培されたので日本伝来はその後、多分茄子とかもこの時期に日本に来たと思われる。平清盛が宋から銅銭を輸入していた時期かな?
日本の最高紙幣に使われているため、仁は歴史上の人物の中で福沢諭吉だけは先生をつけますが、実際何をした人なのか知らない設定です、多分学問のすすめの一節しか知らずに意味を曲解しているタイプ。
今回作ったローストビーフの作り方は、鶏肉のベッシィ包みを画像検索するとわかり易いかと思います。
鳥松風焼きはおせち料理に入る事が有るためスーパーとかで買えるかもしれません。




