18話 今年の遣り残しはもうないか?
全国の田中さんと山田さんごめんなさい。
熊野暦12月中旬
今年もあとわずかとなってきな。今年中にやれる事はやって置こう。
この前の野外演習で感じたのは弓矢の威力の弱さだ、オークの皮を貫く事は出来ても致命傷にはならず挑発効果しかなかった。多少なりともダメージを与え戦闘を有利にしたい。
熊野領で使われいる弓は竹製の短弓だ。威力を上げるとなると弓道の弓のように2m弱の長さが必要になる為、山林では使い辛くなるし使える人間も限られてくる。扱いやすい弓と誰でも使える弓の2種類を作ろうと思う。
複合素材のショートボウとボウガンだな。
オークを見つけたら全員で弓を射掛け、前衛と後衛に分かれ対応する方針だな。肉が食べられなくなると言うデメリットが有るが、フグ毒を凝縮した物も視野に入れたい。今まで食べて居なかった物が食べられなくなっても余り文句はでないだろうからな、そっちは後日牛肉の美味しさを伝えることで勘弁してもらおう。使用する毒の量の見極めが出来れば食用にする事が可能だろう。
早速俺は猿田彦の元に向かい相談してみた。
「旦那、今日はどんなご用件で」
「竹弓の内側に、動物の骨や金属を貼り付けて威力を上げたいんだけど、どうしたら良いかな」
「あっしが思うに、腕力で金属をまげて弓を放つのは難しいんじゃないかと」
まあ、道理だな。
「こんな形じゃどうだ? 上下で素材を分けるのも良いかもしれない」
俺は地面に「弓」の字を書いて説明した。この文字で弓と言うなら昔はこんな形をしてたんじゃないか?
じゃないとCの字で弓と呼ばない事の説明にならない。
「ああ、それなら行けそうです、弦はどちらに張るので?」・
やはり引くと言う文字が有る以上、右側に弦を張るのがが有力かな。ありがとう象形文字を採用した中国人、何とか光明が見えそうだ。
「こっち側で試してみよう、あと人力で引くのは難しいと言っていたがこんな感じの物はどうだ?」
俺はボウガンを地面に書いて説明した。
「中々面白い事を考えますね、試しに作って見やしょう」
試行錯誤の末両方の試作品が出来上がり、俺は奇兵隊を集め弓の試射をする事にした。複合弓の方は、木の板を3枚ほど打ち抜いた。
結構な威力だな、これならオークに根元まで刺さるかもしれない。
ボウガンの方は、矢が木製のため弾け飛んだが銅板を貫く事が出来た。
「若、恐ろしい物を作りましたね」
「ああ、俺もここまで威力が有るとは思わなかった。矢の素材を変えれば更に凶悪になるな。これを奇兵隊の標準装備にしよう」
ちょうど奇兵隊の連中が集まったので小隊長を決めようか。
「これから小隊長を決める試験をする、我はと言う奴はかかってこい」
試験の結果 田中・山田・加藤・犬飼の四人に絞られた、犬飼は近接戦闘は標準的だが弓の名手だ。
「田中と山田名前が締まらんな、今日から藤堂と兵藤と名乗れ」
「良いんですか兄貴」 誰が兄貴かお前の方が年上だろ、まあ満足してくれたのならそれでいいが
奇兵隊は現在20名5人ずつの組を作り1番隊を藤堂隊、2番隊を加藤隊 3番隊を兵藤隊 4番隊を犬飼隊とした。
「まだ武藤と俺の親衛隊の近衛の名が残っている、皆励むように」
そう伝えると奇兵隊の連中は雄たけびを上げて歓喜した、武功を上げれば新しい名前がもらえる状況にやる気が出た様だな。
今の所奇兵隊の連中に給料は支払っていない、俺の作る料理を振舞うくらいだ。たまに天音さんが手伝いに来るけど……
「こんな旨い物が食えるなんてここに来て良かった」とか「姫様の手料理が食べられるなんて俺は幸せ者です」とか言って無償で手伝ってくれる。こんな良い奴等一人も死なせたくない、そのためにも俺は鬼にでもなろう。この時、密かにフグ毒の使用を決意した。
後で天音さんにも何かサービスしとかないとな。
性的な意味じゃないぞ、そっち方面に興味が無いと言えば嘘になるが怖いお父さんがいるからな、天音さん自体も魔法の腕なら化物の類だ。正直この二人には勝てる気がしない。
仁はヘタレだった。
隊の編成を終えたので新兵器を試しに行こうか、少し実験したい事もあるし。
俺達は隊ごとに別れ山に入りオークを探した。俺に付いて来たのは一番隊の藤堂隊だ、近接戦闘を得意とするが、全員竹槍装備だと締まらないので今度盾と長剣も作ろうか。
しかし、何故日本には盾の文化が無いのだろうか?弓矢による致死率が大きく変わるのにな。あと三国志にはボウガンが出てくるのに、日本に無いのもおかしい。絶対に伝わっているはずだ、まあ鎌倉時代にモンゴル兵が爆弾を使っていたのに、普及しなかったから武士道とかそんな感じか?あいつらモンゴル兵に「一人に対して多勢で向かって来るとは卑怯な」とか言って苦戦したらしい。
日本の歴史を魔改造する事になるが、俺は躊躇する事をやめた。俺がやらなくても現実世界で織田信長辺りが戦争のスタイルを変えるので、結果としては同じ系統になるだろう。この世界の未来に織田信長がいたら今川義元に勝てるだろうか?桶狭間の戦いがナイトメアモードになるが頑張ってもらいたい。いや伝来したての鉄砲を息子のおもちゃに買えるほど織田家は金持ちだから逆にイージーモードになるのか?
「兄貴、いたぜ」
藤堂の合図に俺は思考を止め、前方に目をやると一匹のオークが居た。突撃しそうな藤堂を静止し毒矢を試すことにした。
「今回はこれを使おう」
「何ですかそれ」
「ぶぐの内蔵をすりつぶして煮詰めたものだ」
「エグイ事するな、兄貴」
熊野領において冬場にふぐを食って死ぬ人間は何人か居るので、その危険性は広く知られている様だ。煮詰めた内蔵はぬめりを帯びており、矢の先端に塗る事が出来る。もちろん壷に矢を突っ込むだけだ。手で塗ったりして、手を洗わず食事したら死ぬからな。
うっかり殺さないように、オークのケツ目がけて矢を放ち逃げ回る事10分オークが倒れた。遅効性なのが難点だけど、その間動きは鈍るので十分な効果といえよう。
「この毒矢はオーク以外には使わない方が良いな、肉が食えなくなる」
「そ……そうだな」
藤堂達は若干引いていた。俺の思考がズレてるのか?
毒矢の効果を確認し、戻ると犬飼たちも戻ってきたので結果を聞いてみると、ボウガンの方はオークの頭蓋を貫通して即死、複合弓は内蔵に当たると致命症になる。特に肺を潰すと効果が高いらしい十分な効果だ。この武器が量産される事が決定した。
その日の夕方俺はもう一つの遣り残しをしに熊野邸に向かった。
「熊野さん今から俺と立ち会ってくれ」
「いきなりどうしたんだ仁、まあいいが」
魔王に挑む勇者の様な表情をした俺に、熊野さんは何も言わず付き合ってくれた。
「今日こそ一本取るぞ」
「そう簡単にいくかよ」
相手は手ごわいが俺にも意地が有る。
「じゃあいくよ~」
うずめの気の抜けた合図と共に戦闘が開始された。
熊野さんの突進を素早い突きで牽制しつつ、時計回りに移動して一定の距離を保つ。
それでも抑えきれない時が有るので、左斜めに一歩下がり反動を付けた強い一撃で押し返す。
このままだと千日手か? いや体力の差で何時か押し返される。何か手は無いか?
俺は左脚に魔力を集中し、放出1m四方の土の壁を築いた。
「はん、そんなもので俺を止められると思ったのか?」
「思っちゃいないさ」
熊野さんが石壁を破壊して突進して来る。律儀に真正面から来るなんて優しいな、でもそれが命取りだ。俺は僅かに生じるタイムラグを利用して左足から腰そして肩と勢いを乗せた一撃を放つが、防御されてしまった。
熊野さんは3歩ほど後ろに、たたらを踏み持ちこたえた。
「中々 良い突きを放つ様になったじゃねぇか」
攻撃は防御されたが、何かを掴めた様な気がした。格上に勝つには奇襲しかないな。
俺は今度は両足に魔力を溜めつつ応戦し機会を伺う。
「石壁!!」
「なんとかの一つ覚えだな」熊野さんはかまわず突っ込んでくる
「もういっちょ」
俺は真下に石壁を生成し飛び降りる力を利用し足から腰へそして肩と力を伝えて行く
「……なん……だと」
「もらった!!」
俺の意表を突いた一撃に熊野さんの防御が遅れ肩をかすめた。
「よし、一本取った」
「そこで油断するのが甘いな」
この後おれは、本気を出した熊野さんにボコボコにされ、まだ娘は遣れんなと言い残し、熊野さんは去って行った。
え? 今回そう言う戦いだったの? と言うか天音さんと結婚したければアレを倒せと……
ハードル高すぎでしょ。うずめは大の字に倒れる俺に回復魔法を掛けながら「娘って私の事?」って顔をしてるが、残念ながら姉の方だ。
可愛いとは思うが、YESロリータNOタッチが俺の基本だ。
すっかり回復した俺は、うずめの頭をなでて礼を言い自分の離れに帰った。
おまけ 「螺鈿細工を作ろう」
翌日、天音さんとうずめを伴い猿田彦の所に行った。
こっそり作って渡そうと思ったが、娯楽の少ないこの世界ではみんなで作った方が楽しいかなと感じ、林間学校で作る木工細工をイメージした結果そうなった。
螺鈿細工とは木を彫って、そこにアワビやサザエなどの内側がキラキラした貝を貼り付けて作る。九州南部から生息する夜光貝と言う、サザエの化物見たいな貝を使うと良いらしい。
夜光貝は沖縄の牧志市場で売ってるから、味が気になるなら食べてみてくれ、それなりに旨いとだけ言っておこう。
「猿田彦廃材を分けてくれないか?」
「旦那 今度は何を作るんで?」
猿田彦に概要を説明し、螺鈿細工作りを開始する。
カリカリと貝を削る音だけが場を支配する。
「や~ 面白くない~」
案の定うずめがリタイヤ、猿田彦にうずめと積み木遊びでもして貰い作業を続行する。
うずめ程ではないが縁日の型抜き見たいな作業は精神的にこたえる。人には向き不向きが有るな、天音さんはどうかなと思い声を掛けるが反応が無い。ちょっと寂しかったのと悪戯心が働き、ほっぺをつついて見た。
「ひゃっ」パキ
天音さんが可愛らしい悲鳴を上げたと同時に貝が割れた。
「もう、仁さん何ですか」
「いや、楽しんでるか気になって声を掛けたんだけど反応が無かったのでつい」
「あら、気付きませんでした没頭していたようですね」
このあと少し叱られたが、俺に取ってはご褒美みたいなものだ。天音さんクラフト系が好きな人なんだな、楽しんでくれて何よりだ。
俺は気を取り直し、天音さんにプレゼントする予定のペンダントを作成すべく作業を開始した。柄はスズランの花で行こう。この花の様な可憐さが天音さんのイメージにぴったりだと思う。
作業の途中ふと横を見ると巨大な積み木の城が出来ていてギョッとしたが、余り騒ぐとまた怒られるので作業に集中しておこう。そして2時間後、何とか出来上がった。これに紐を通して完成だ。どうやら天音さんの方も出来たみたいだ。
「天音さんこれをどうぞ。きっと似合うと思いますよ」
「ありがとうございます。私も仁さんにこれを」
何か気恥ずかしい気分になるな。天音さんの作ったのは鳶か鷹かの猛禽類を模した腕輪だ、女性らしいデフォルメがされているが、かっこいいデザインになっている。これを大切にしようと思う。
なお、この腕輪を身に付けて奇兵隊の元に顔を出した時に反響が有り、事の顛末を伝えた所、年末にカップルで贈り物をする習慣が出来たとか聞くが、今後定着するかは定かではない。
あとうずめも欲しがったので猿田彦に依頼した所、何処の無双キャラだと言いたくなるような、立派な腕輪と言うか篭手が出来上がった。猿田彦気合入れすぎだろプロの意地か?
もうここまできたら具足も作らせよう。うずめは強いけど危なっかしいからな。
奇兵隊隊長の名前は、最初日本七本槍で行こうと思ったのですが、本多忠勝の名前を鹿に使ったため断念。
津城を治めた藤堂高虎と、名古屋市中村区出身の加藤清正から取りました。後の名前は何となく藤の字で統一しました。魔法兵は奈良で阿部さんが出てくるまでおあずけ。
この世界における恋愛は、女性を拝み倒して一発ヤらせて貰う所からスタートしますが(俗に言う夜這い)、まだ仁はその事を知りません。




