閑話 豆腐と納豆と三重の裏名物
何時か入れようと思っていたけど時期を逃していた物その一
その二は「牛肉を食べよう」です、近いうちに入れます、冬場に仕込まないと腐るんだ。
熊野暦12月上旬
今年の大豆の収穫が終わった。大半を醤油造りに回すとして、少し造りたい物が有る。それは豆腐と納豆だ、じゃあ製作に取り掛かろう。
まず、蒸した大豆をすりつぶし水を入れて煮沸させると豆乳が出来る。それを漉して豆乳とおからに分ける。おからは肥料や家畜の餌になるが、食べても美味しいぞ。
これに、にがりを加えると豆腐になる。にがりは熊野領で海水を特殊な方法で濃度を上げてから煮詰めて塩を作って居るのだけど、塩の結晶を取り除いた後の水分がにがりだ。別名かんすいとも言う、これでラーメンや沖縄そばが作れたりするな。
豆乳ににがりを入れ、蒸したりして固めると絹ごし豆腐。
鍋で火にかけながらにがりを入れ、固まった所を布の上に上げ絞って水に漬けると木綿豆腐になる。ざるにそのまま上げるとざる豆腐や朧豆腐になるな。
ちなみにこの豆腐の作り方を日本に伝えたのは弘法大師空海だ。うどんとかもこの人の発明で、和食業界のレオナルド・ダ・ヴィンチと呼ばれている。いったい何しに中国に行ったんだろうな。
じつは、豆腐は枝豆でも作れる。翡翠豆腐と言う、枝豆の独特な旨みとコクが有り、俺はこっちの方が好きだな。
夏場にデパ地下の高級な豆腐屋さんで売ってたな。成城石井でもいいから、こっちに転移してこないかな?
ついでに湯葉も作っとく? 牛乳の膜の豆乳版、これも上記のお坊さんが日本初で造った。
続いて納豆も作ろうか。
と言っても、茹でた大豆をわらで包むだけの簡単な作業なんだけど。
一度わらを茹でて加熱すると、納豆菌が繁殖しやすくなる。松ぼっくりと一緒で加熱すると胞子が破裂して広がるらしい。
これを40度位の所に20時間放置するのが、現代の造り方だけど今は冬だ、囲炉裏の近くに置いて2日位放置してみようか。
「よお、仁何造ってるんだ」
「納豆ですよ」
「お前正気か?」
「あれ熊野さん納豆嫌いな人ですか?」
「俺は大好物だが、娘たちがな……」
何かトラウマを持っている様だった。
「意外と食べたら好きに成るかもしれませんよ」
俺も子供の時は、アレは人の食べる物では無いと思っていた。だって糸引いてるんだぜ、あからさまに腐ってるじゃん、何時からか食べれるようになっていたが……
――それから、2日後――
食卓の俺達の向かいに座っている姉妹は、鼻を摘んでいる。
「仁 だから言ったろ」
確かに、人の食ってる納豆のにおいは不快だ。俺も吉野家のカウンターの向かいで納豆定食、食ってる奴が居たら張り倒したくなるもんな。だがこちらに一歩踏み出せば、未知の世界が待って居るるんだ。
俺は納豆を良く混ぜ、ワザとらしく伸ばしてみた。
「わ~ なにそれ~」
「なっ、面白いだろ? 騙されたと思って食べてみて」
「あっ、食べるとそんなに臭くない。おいしいよ」 うずめが陥落
さっきから天音さんが、ちらちらこっちを見ている。仲間にしますか?
→ はい
いいえ
「天音さんも食べて見てよ、人は選ぶけど好きな人は病みつきになる味だよ」
「そこまで言うなら・・・」
目を閉じて恐る恐る口に運ぶ姿は、男心をくすぐる何かがあるな。
「あらおいしい私これ好きかも」 天音さんも陥落した
「意外と何とか成るもんだな」
「まあ、どちらかと言うと納豆は日本人の口に合う味ですし」
日本人にしてみれば、納豆は人を好む食べ物初級偏だろう。くさやも作ろうと思えば造れるけどアレは上級偏の食べ物だ。と言うか俺が食えない。
翌日、熊野さんが怪しい桶を片手に食卓に現れた。なにかイヤな予感がする。
「仁、俺も少し前から晩酌用に仕込んである物が有ってな」
「なんですか?」
「それは食べてのお楽しみと言う奴だ」
熊野さんが蓋を開けると、ツンとした臭いが部屋中に充満した。
ああ多分アレだ。
二人の姉妹も涙目だ。
「お父様、それを近づけないで下さい」
天音さんが露骨な拒否反応を示した。気持ちは解る。俺も苦手だ。どうしてこの人は上級偏の食べ物持って来るかな?
「秋刀魚のなれ寿司なんて何時作ったんです?」
秋刀魚寿司は三重県の裏名物だ。秋刀魚の内蔵を取り、手で開いて、米や野菜と一緒に漬け込み乳酸発酵させる。類似品に滋賀のフナ寿司・富山の鰤のかぶら寿司がある。
ますの寿司は普通の押し寿司だから安心して食べてくれ。
こう言ったが好きな人にはたまらない味らしい。
「お前が岐阜の方に行ってる時だ」
くそっ、秋刀魚の塩焼き食べそこねたぞ!
「おとうさん、臭い!! あっちいけ~」
うずめの毒舌が炸裂した。熊野さんはしょんぼりして部屋に帰って行った。泣いてないといいけど……
三重県の秋刀魚漁獲量は、日本9位何故か和歌山より多い。




