第三話 旅立ちの前に
いや……我が家のノートパソコン君が壊れてしまいました。
まぁ仕方ない!皆の為に頑張りましょう!
「……おっと、もうこんな時間か。だいぶ話込んでしまったのう」
もうこんな時間?不思議に思って窓の方へ視線を向けると、外はもう暗くなっていた。俺達が話し始めた時はまだ日が昇って少しだったから大体半日程話していたのか。
「そうじゃ、もう体は大丈夫かね?」
「……体ですか?」
そう言われてみると確かに倦怠感は無い。試しに右腕で支えるようにして体を起こそうとすると、今度は腕にしっかりと力が入り簡単に立つことが出来た。……でも今までずっと寝ていたせいか、体の動きが凄く鈍く感じるな。
「大丈夫みたいです。ただ……少し体が鈍ったように感じますね」
「そうかそうか。……だったら少し浜で夜風に当たってきたらいい。今は海に星の道、天光の道標が現れる時期じゃからのぉ。運が良ければ見られるかもしれん。気分転換に行ってみたら」
……気分転換か。思えば今日は龍の契約者としての使命だの世界を廻る大きな旅だのと、俺は起きたばかりだってのに、容赦ない急展開で息つく暇も無かったからな。少し頭を整理しておこうか。……それに今までの自分を振り返る事もな。
「分かりました。じゃあ少し散歩してきます」
俺はソファーの近くに置かれていた靴を履き、何も持たずにその部屋から出て行った。
廊下に一歩踏み出すと、ギィーッ……と床が軋んだ。少し驚いたが、どうやら床板古くなっているようで、歩くたびに不気味な音を立てて軋む。面白くなり強く踏もうとしたが、ふとここが夜間の診療所であるということを思い出し、病室に居る患者の迷惑にならないようにそっと足を忍ばせながら出口へと向かった。
外に出ると浜辺から強い潮風吹き、辺りに砂埃を舞わせていた。両手で目の前を覆いつつ、薄く目を開けて周りを確認すると、そこにはいくつかの木造の家と横たわっている小さな小舟……そしてロープや網を持つガタイの良い男達が5~6人程いた。こんな風の強い夜に男達は一体何をしているのか……と思ったが、ここは漁村だってメイティアが言ってたし多分漁師なのだろう。恐らく明日の漁に向けての準備をしているに違いない。そう思いながらゆっくりと浜辺の方へと歩いていく。すると、
「………ん?おい、アレ見ろよ!」
「あぁ何だぁ?おぉ、……あいつがあのプギーマン三体を倒したっていう旅人か。その内一体は首を素手で引きちぎったっていうから驚きだぜ」
「素手でだと!?……うむ、確かに結構良い筋肉を持っているみたいだが、あんな柔な腕じゃあ赤ん坊の腕みたいに軽く捻られそうな物だが……」
「俺見たぜ。あいつが戦っているとこ!鬼神みたいな面で奴らを殺してたぜ」
「まじかよ!?……なっ…なぁそこのアンタ!」
あの漁師達、どうやら俺に気付いたようだ。手に持っていた道具を地面に置いて、二人の男がこちらに駆け寄ってきた。……うわっ、近くで見ると身長差がスゲェな……。
「カケルとかいったな。……プギーマンの時の事、村人達皆の代わりに言っておきたい。………ありがとな。アンタのお蔭でこの村は救われたんだ」
「それに俺達の道具もな。アンタが倒してくれたお蔭で大部分が無事だったんだ。最初は商売が出来なくなるかもしれねぇと焦ったが、これで漁を続けられるぜ」
…………。思わず声が詰まる。確かに戦ったのは俺かもしれない。でも俺は自分が生きることしか考えてなかったし、奴らを倒せたのは他でも無いドラゴンの力だ。それにメイティアも……少し沈黙の後、俺は絞り出すように答えた。
「……ううん。俺の力じゃないよ。メイティアが居てくれたから俺は生き残る事が出来たんだ。実際、彼女の魔法が無ければ今の俺はここには居ないよ」
「……力だけは確かにそうかもしれんな。でもお前の勇気があったからこそじゃないか?」
「え?」
「メイティアが言っていたよ。お前、武器も持たずに奴らに立ち向かって行ったんだってな。……そんな馬鹿みたいな真似、誰にもできねぇよ」
「………。」
「でもな、その無謀な勇気のお陰で救われた命があるんだ。それを忘れんなよ」
男達はじゃあな、と軽く手を振ってまた作業に戻っていった。
……俺は彼らの言葉を頭で何回も繰り返した。……そして自分を情けなく思った。自分の取り柄はその『無謀な勇気』しか無いのだから。
「……本当に、俺って無力なんだな」
思わず本音が口に出てしまう。悪い癖だと分かっているのに、どうしても自分を卑下してしまう。……俺はそんな考えを否定するように首を大きく振り、俯きながら浜辺の方へと走った。
ふと空を見上げればそこには曇の無い雄々しい月が、蒼い輝きを放ちながら天に座していた。そして海を見れば月の輝きを写し光の道となっている。まるで幻想の世界にでも迷い混んでしまったようだった。………実際に迷い混んでいるのだけど。そんなくだらない考えに苦笑いしていると、海を遮る影に気付いた。……どうやら先客がいるらしい。
「………誰だ?」
振り返った影の主の姿が月の光に照らされる。……年齢は俺と同じくらいだろうか。質の良さそうな白いシャツと長袖のズボンを着て、金色の髪と氷空を宿したような青い瞳を持ち、人形のように整った顔立ちと白い肌をした青年がそこにいた。
「……俺を連れ戻しに来たのか?……こんなことになるならば早く出ていけばよかった」
青年は手にしていた蒼い背広のコートを羽織ると、身構えながら鋭い目つきで俺に声を掛けてきた。……一体何を言っているのか分からないが、明らかに俺は彼に警戒されている。ここは身の潔白を証明するべきか。
「連れ戻しに?どういうことだ?俺はアンタを知らないぞ」
「……お前、診療所の連中じゃないのか?………無さそうだな。すまない、急に変な事を言ってしまって」
……よし、相手の顔つきが和らいだ。思わずホッと息が漏れだすがまだ安心出来ない。もしかしたらやべー奴かも知れないし。
「いや、大丈夫だよ。大丈夫」
俺がそう言うと、青年は言葉を返さず砂浜に座り込んだ。……何もしてこないか。彼に対する警戒心を消し、今度は俺の方から彼に近づいてみる。
「……隣、座ってもいいかな?」
「……あぁ」
ズボンが汚れるとは思ったが、別にいいだろうと思い、そのまま座った。
「……綺麗だな。」
青年は海を見つめてそっと呟いた。心なしか、その表情は悲しく見える。
「アンタはこの村の人なのか?」
そう聞くと彼は首を振り、前を見つめたままゆっくりと話はじめた。
「分からない。目が覚めると俺はここにいたんだ。……それだけだ、それ以外は覚えていない」
「覚えていない?……記憶が無いって事か」
「そうだ。俺には名前以外の記憶が無いんだ」
いわゆる記憶喪失なのか。俺が続けて聞こうとすると、今度は彼の方から聞いてきた。
「そういうお前は?見たところ他の連中と違う服をしているみたいだが……旅人か何かか?」
「俺か?俺はだな………まぁ旅人かな」
「……どうしてはっきりと言わない?」
「いや、だって俺まだ旅してないからさ。旅するつもりではいるけど」
……まぁ旅って言ったて、思い描いていた自由なものじゃなくて無理やり行かされるような物だけどな。俺がそう答えると、青年は俺の方へと顔を向けてこう言ってきた。
「旅、か。羨ましいなぁ」
「そんな良いものじゃないよ。………まぁ、世界中を旅するってのはいい経験だとは思うけど……」
「………お前はなんで旅に出ようとするんだ?そんな良いものじゃないと分かっているはずなのに?」
「……うーん。色々あるけど、やっぱり自分がいた場所に戻りたいからかな」
「ふーん。……俺も同じようなものだな」
「えっ?」
「俺、診療所から逃げ出したんだよ。自分の事が分からないのに、じっとしているだけってのが嫌になってさ」
「それで俺が連れ戻しに来たって思ったんだな」
「………そうだ」
自分の事が分からないのに、ただ与えられた居場所にじっとしているだけ……。昔の自分がそうだった。当時の俺も彼のような気持ちだったにちがいない。遠い目で海を見つめる青年にかつての自分が重なる。俺は彼にこう問いかけた。
「俺と一緒に旅をしないか?」
「……はぁ?」
俺の突然の言葉には青年は困惑した。その顔は嬉しそうな迷っているような複雑な表情だった。……とりあえずだ。今の正直な気持ちを伝えておこう。
「俺ともう1人で旅に行くことになったんだけどさ、正直な話不安なんだよな。あんたが一緒に来れば少し安心するし、あんたの記憶を取り戻す切っ掛けにもなる………と思うし」
俺は笑顔を笑顔で「どうだ?」と聞いたが、心の中では様々な感情が混在していた。……やっべぇ、勢いで聞いちまったよ。でも不安なのは本当だし。よくよく考えて俺じゃなくてメイティアが考える事じゃないのか。………でも一応彼の意見は聞いておくべきだよな。
「勿論だ。出来る限りの事は俺に任せてくれ」
よっしゃぁ!早速旅の仲間(未定)が出来たぜ!そう思っていると、浜辺の向こうから人影が見えた。……偶然にもそれは、
「む?カケルじゃないか。やはりお前も天光の道標を見に来たのか」
「メイティア!あぁそうだよ。リハビリも兼ねてね」
「……そいつは?」
「彼の事?彼は……ええと、そういえばまだ名前を聞いてなかったよな。俺の名前は葛城翔。カケルって呼んでくれ。………あんたの名前は?」
「俺はエンデだ」
「エンデか。カッコいい名前だな」
そんなやり取りをしていたら、メイティアが不思議そうな顔をして俺達に聞いてきた。
「お前達、さっきまで知り合いのように話をしていたくせに、お互いの名前を知らなかったのか?」
「そういや……そうだな。なんていうかさ、途中から昔からの馴染みみたいな感覚で話してたんだよな」
「俺もだ。……もしかしたら俺達一度会っていたのかもしれんな」
「そりゃないぜ」
確かに彼の言う通り、どこかで出会っていたのかもしれない。そう思う程に不思議な事だ。
「なんとも、不思議な話だな」
「だな。……そういえばメイティア。君はなんでここに来たの?」
「私か?私も天光の道標を見にな。……見ろ、まるで私達が行くべき場所を差しているようだ」
そう言われてまた海の方を見ると、光は更に鮮明になって向こうに小さく見える大陸と此方を繋ぐ橋のようになっていた。
「あそこが私達が最初に行く場所、港町のアルナイルだ。聞いた話によれば、多くの冒険者とアルカーヌ教の宣教師が集まるらしい。まずはあそこで情報と同行者を得よう」
おぉ、やっぱり彼女も旅の仲間は欲しいのか。よしここはエンデを。
「メイティア」
「うん?」
「エンデも連れていっていいか?」
「そいつを………か?」
「カケル……。本当に俺を連れていくつもりなのか」
「あぁ。確かにどこのどいつかは分からないが、俺はお前をしんじてるぜ」
「……。まぁ、カケルが言うのであれば良いだろう。とにかく明日は漁師の舟に乗せてもらって行く。朝早くに出るから二人とも遅れるなよ」
「わかったぜ」
「理解した。置いてきぼりにされるのはごめんだからな」
「よし、それでは私は家に戻る。………そうだった、渡したいものがあるからカケルは来てくれ」
そう言い残すと、彼女は海に向かって小さくお辞儀して帰っていった。
「それじゃあ俺も大人しく戻るとしよう。……カケル、待たせるなよ」
「お前もな!明日は俺が一番に来てやるよ!」
エンデは俺に軽く手を振って、診療所の方へと向かう。さて、俺も帰ろう……としたいが、その前にメイティアの所に行かないとな。俺は尻に付いた砂を叩き落とすと、メイティアの小屋へと急ぎ足で向かった
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