第二話 契約の真実 後編
最近忙しすぎて………やっと全部終わりましたよ……
「………カケル、大丈夫か?」
目を開けるとメイティアが俺の横に立っていた。
「あまり無理はするな。今のお前の体は……」
「……大丈夫だから。少し横になってただけだし……」
そうは言ったものの、まだ体には強い倦怠感が残っていた。だが彼女の手前、俺はその事を言えずにいた。今の俺は彼女を心配させたくないという気持ちで一杯だった。無理にでも元気そうに見せなくちゃ……。そう思いつつ左腕で体を支えながら少しずつ体を持ち上げていく。だが、
「……うぐぁっ!」
「大丈夫か!?」
左腕に全く力が入らず、体勢を崩した俺はソファーから大きな音と共に転げ落ちた。……なんでだ?体が俺のいうことをきかねぇ……。どうしてこんな……。
「……ふぅむ。やはり並の『契約者』等とは違うようじゃな。異形の力を与えるのではなく、『器』としての……」
メイティアの隣に居た痩せ細った爺さんが俺の顔を覗き込むように見てきた。薄い布のような服を着ていて、顔の皺や手足の肉付きを見るに八十代後半だろうか?俺と目線が合ったのに気付いたらしく、気まずそうに顔を背けてわざとらしく咳払いした。……なんだこの爺さん?
「……ゴホン!メイティア、彼をソファーに寝かせてあげなさい。それと儂と分の椅子を。今の彼と儂には立ったまま話せられる体力はないからな」
「分かりました。……立てるか?」
「……あぁ」
メイティアの腕にだらしなく引っ張り上げられる。今の俺は、悔しいが爺さんの言うとおり自分の足では立つことすらままならなかった。彼女の手を取りつつ、ふにゃふにゃと力の入らない足を無理やり動かしながらやっとの事でソファーに尻をついた。
「……ありがとう」
「礼はいい。今は自分の心配だけをしていろ」
この時の彼女は初めて会った時とは違って、焦っているような不安そうな……とにかく余裕が無さそうな顔をしていた。……もしかして、俺の事で?
「……村長、どうぞ椅子です」
「木製のモノはあまり好きではないが、ありがとう。………よっ!こらしょっとぉ!!……うぅむ、やっぱりちと硬すぎはせんかのぉ。クッションじゃ、クッションを持ってきてはくれんか?」
村長と呼ばれた爺さんは大きな声で座ると、座り心地が良くなかったらしく子供のように駄々をこねてクッションを要求しはじめた。……この人本当に村長なのか!?どうみてもただの近所のおっさんかなんかだぞ!?
「……申し訳ありませんが、今の私には一族の名を継ぐ者として彼を導くという役目があります。お言葉ですが、出来れば村長自らで取りに行ってください」
対するメイティアは心の底から嫌そうな顔で答える。……あっ、爺さんの顔から笑顔が無くなった。こんな爺さんとはいえ相手はこの村の長だ。流石にそんな事を言うのはマズかったか?
「やっぱりメイティアちゃんは気が強くて怖いのぉ……」
……純粋に傷付いたらしい。しょんぼりと頭を下にしていたが、やがて気が付いたようにこちらに話しかけてきた。
「おっと、つまらない寸劇を見せてしまったな。すまなかったのう」
「……いえ、そんなことは」
思わず声が詰まった。さっきまでとは違い彼の声には力……というよりも威厳が宿っていたのだ。
「さて、まずは簡単な自己紹介から始めようかの。儂はこのソルマの村長をしているファージー・ストリクスじゃ。そして……既に知っているとは思うが一応紹介しておこう。彼女はメイティア・ブラッディノーツ。たまにだが、この村の呪い師をやってくれておる。……君は誰かな」
「……俺は葛城翔………です。こことは違う場所にいました」
「違う場所……。彼女から聞いたが、君の世界の魔法は遊戯や物語の中だけでの存在でしかないそうだね」
「……はい」
俺がそう答えると、村長は椅子に頬杖をついて黙り込んだ。悩んでいるのか時々「うぅむ」と唸っている。
「次は君に聞こうかの。なぁドラゴン君?」
………っ!?この人は俺がコイツと契約していることを知っているのか!?
《……生意気な老いぼれめ。言っておくが我は知らぬぞ。この者は元より『器』であった》
……『器』?……そういえばこの爺さん、さっきそんな事を口にしていたな。
「……そうか。それはおかしい話じゃ。しかし今は別の事の方が大事だろう」
……別の事って一体?爺さんは俺の右手を指差しながらこう言った。
「カケル君、君は普通の契約者ではないのだよ」
「普通の契約者ではないって……」
「契約は大いなる力と引き換えに、その者にとって何よりも大事な物を失う。君は契約の代償として何かを失ったのかな?例えば体の一部や大切な人……君は何も無くしてらんじゃろ。それは『器』としての使命を持つが故になかったのだよ」
『器』としての使命?それって一体……。俺が困惑した表情を見せたためだろうか。メイティアが俺達の間に割って入ってきた。
「……すまない。これ以上はメイティア、君の口から説明した方が良いじゃろう」
「……メイティア、『器』って何なんだよ。俺の体はどうなってんだ!?」
俺はあまりの不安と恐怖に思わず声を荒げてしまう。自分が、少しずつ知らない自分になっていくようで怖かったのだ。だが彼女は優しい目で俺を見つめながら、静かに喋りはじめた。
「……少しこの地に伝わる伝説を話そう。『龍の契約者』と呼ばれた英雄の話だ」
「『龍の契約者』……?」
「あぁ。お前と同じようにドラゴンと契約し、共にこの世界を闇から救ったと云われている」
英雄、勇者という言葉に思わず鼓動が速くなる。昔から俺はゲームやあの人の影響でそういったヒーローに憧れていたからか。だが今はそれよりも、
「……その英雄と俺に何か関係でもあるのか?」
「勿論だ。私たちが言っていた『器』とはモノリスを解放し繋げる宿命を持つ者のこと。伝承によればそれは『龍の契約者』の肉体に証となって現れるという。……それが何か分かるな」
証……。そういえば彼女は俺の右手の甲を睨んでいた。恐らくこれだろう。俺が分かったように右手を彼女へ向ける。そうすると彼女は両手で覆ってきた。
「……現在この世に存在するモノリスは全部で十個、それぞれ名を『ケテル』『コクマー』『ビナー』『ケセド』『ゲブラー』『ティファレト』『ネツァク』『ホド』『イェソド』『マルクト』。そして隠された最後のモノリス『ダアト』。『龍の契約者』の役目は全てのモノリスを解放し、『ダアト』を完成させること」
そう言うと呪文……だろうか?何やら小さな声で唱え始めた。
「我が呪われし血よ。全ての因果を我が眼に映せ」
その途端、俺の右手の甲が紅い輝きを放ち始める。驚いて無意識に右手を引っ込めようとしたが、メイティアが強い力で引っ張り返してきた。
「……よく見ろ。これがお前の運命だ」
彼女の低い声に再び驚きつつ、俺は大きく深呼吸をして手の甲を見つめた。紅い光は線となって何かを描き始める。……魔方陣か?……いやこれは、
「やはりそうか。……まさかとは思ったが」
そこには俺が見た紋章と全く物があった。これが『龍の契約者』の証?どうしてこんな物が俺に……。
「……ふむ。君がここに来た理由も何となくわかったわい」
今まで椅子に座っていた村長が立ち上がってこちらに近寄ってきた。声にはさっきのように威厳が宿っていたが、その表情ははどこか悲しげな……年相応の弱弱しさが現れていた。
「君は向こうの世界のモノリスと接触し、この世界に来たそうだね。それは恐らく、モノリスが君の中に眠る力に反応してこちらへと飛ばしたからじゃろう。きっとこの世界に『龍の契約者』の力が必要となる時が来ると感じてな」
「俺の中の力。……どうして俺は『龍の契約者』に選ばれたんですか?」
「……何故君が『龍の契約者』として選ばれたのかは我々にも分からん。何故君の世界に光の柱が出現したかも、君が元の世界に帰る術も……。すまないがこれ以上は言えぬ」
「どうして?どうして言えないんですか?」
俺がそう問うと、彼は小さく唸りながら答えを絞り出すように言った。
「……教団の者以外が話してしまうと異端と呼ばれるからじゃ。この話はアルカーヌ教団の上層部にのみ許されておる。観測者である彼女ならともかく、ただの村の長である儂にこれ以上話す権限はない。どうか許してくれ」
……アルカーヌ教団。話から察するにこの世界の大きな宗教で、かなりの権限を持っているようだ。……これ以上は流石に聞けない。さっきまでもかなりの無茶をしていたように見えるし、詳しい事は教団に聞くしかないようだ。
「分かりました。俺がその……『龍の契約者』?……であることが分かっただけでも十分です。帰る方法とかは俺が自分で探しますから」
「……ありがとう。……ではメイティア、あとは頼むぞ」
「はい。……カケル、お前には『龍の契約者』として世界をまわり、全てのモノリスを解放する役目……いや、運命がある。勿論私も同行するが……過酷な旅になるとは思う……もしかしたら道半ばで死んでしまうかもしれない。それでもお前は」
……死んでしまうかもしれないか。まだこの世界に迷い込んで少しだというのに、いきなり世界を旅する事になるなんてな。……でも、正直言って旅は子供の頃からしてみたかったし、もしかしたらその旅で俺が帰られるようになるかもしれない。ならば、
「行くよ。ここでずっと帰る方法を探しているよりも、世界を旅して探す方が良いと思うからな。……正直、動かないのは性にあわないし」
「……分かった。じゃあ私は家に戻って荷造りをしてくる。お前は体が馴染むまでもう少し寝ていてくれ」
……また寝ていろか。正直もう眠る事が嫌になってきたんだけどな。……ちょっと村長と話でも……ってあっちの方からこっちに来た。
「さて、やっと難しい話が終わったのう。そうじゃ、君に暇があるなら儂と話でもしないか?……外の世界の話には興味がある」
「勿論。俺もこっちの世界の事を知りたいですし……。じゃあまず俺の方から一つ、動く大きな鉄の塊の話でも……」
俺達はお互いの世界の事、そこに住む人々や乗り物の事を時間を気にせず話し続けた。……やがて日が沈み、空には蒼い満月が浮かび始めた。
明日にでも次回を上げたいと思います




