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とある一夜の短編

鉄屑はクズである。

作者: ちゅーぼー

この作品は青羽シナリオラボのイベントに参加させていただいたものとなっております。



 夜も機械のいびきが鳴り止まぬ金属の街――コランダム。

 至る所で熱処理された銑鉄が街灯の無いこの街をオレンジに照らし、打ち付ける金属音が周囲を浸食する。視界までもがうるさい街の風景はガラクタの巣窟。いびつな金属を寄せ集めた鉄くずどもの墓場。栄えてるものと言えば人間関係だけ。少量の食料と大量の金属の他に何も無いスラム街。当然、仕事と呼べるようなものは無くて、日課と言えば家の壁にしていた鉄を引き剥がして、溶かしてブレスレットに加工して売るのみ。

 そんな鉄くずしか無い野郎どもの唯一の至福といえば――酒場。

 ぎこちない金属のテーブルを囲み、金属音に負けじとゲラゲラと大声で語る。熱気にあふれる大団円は溶炉に負けず悲しみを溶かし、人柄と言えば街の何よりも明るい。

 その中の一人が酒をぐいと飲み干し、酒の肴を持ち出した。

「なぁ、お前ら聞いてくれよ。この間、隣町の男がふらっふらになりながら来てよぉ。猛毒を喰らったから『解毒のブレスレット』をくれって言ったんだぜ」



  ※※※※※※※※※※※※


 鉄屑の街コランダムの隣町に位置する緑の集落――セイレン。

 緑とは名の通り、作物の国であるセイレンではすべての国民が農業に勤しんでいる。自然を愛し、自愛に恵まれた国である。豪邸が建ち並ぶコランダムとは真逆の世界。至福が永年に続くであろう物資の行き交う何でも揃った巣窟。


 ――それでも僕はこの国が嫌いだ。



「いやぁあ、今日も働いたなぁ」

 昼間からビールを飲む男二人組。優雅なベランダに腰掛け、自然香る広い敷地を一望しながらジョッキを空にする。

「親父さん自ら作ったんすから、おいしくって当たり前っすよ。このうまさ、間違いないっすよ。店出しちゃいましょうよ」

 深々と腰掛ける大男をひたすらによいしょをしながら、青年はおいしそうにビールを飲む。

「そうだなぁ、一杯十万なんてどうよ?」

 酒に酔ったか自分に酔ったか気をよくした大男は莫大な額を嬉嬉と語りだした。

「いやいや、親父さんそんな高値、誰も買わないっすよ?」

「まぁあ、そうだろうな。売れないのは当たり前よ。自給自足がこの国のルールだからな。他人のものを勝手に盗るのはよくない」

「確かに親父の言うとおりっすね」

 青年が二、三杯酒をあおったところで、親父はニヤリと口角を上げて、眉をひそめた。

「ほら、一杯十万な?」

「えっ!? 親父さん冗談きついっすよ」

「金がないなら、土地でいいや。お前のとこの土地で許してやる」

 大男の冗談とは捉えられない目つきに態度。青年の首を取ったようにすでに決したやりとりにけりをつける。

「待って下さい。親父さん、俺にだって家族がいるんですよ」

 青年は苦笑いとともに冷えきった汗がかすれた声の代わりに吹き出す。


「知るかそんなもん。俺だって、大事な命奪われとんやぞっ!」




 人の命と植物の命どちらが大切かと言われれば答えようが無い。どちらも同じ生命であるから。


 ――――だったら、自分の命とそれ以外の命どっちが大切?


 僕は一部始終を目撃した上で子供のように無邪気かつ無垢な態度で二人に走り寄った。

「おじさん、おじさん。もしかしてこれ飲んじゃったの?」

「誰だ? ぼうず」

 親父と呼ばれた男が反応を見せるのに対して、青年はすでに気が気じゃないようでまるで僕のことが見えてない。

「僕が誰かなんてどうでもいいんだよ。このままじゃ、おじさん死んじゃうよ」

「どういうことだ?」

「これ、毒草だよ? 知らずに育ててたの?」

「なっ…………」

「そうやって、人の土地と畑を奪ってるから他愛を持って育てた作物がわからないんだろ?」

 僕はあえて、逆鱗に触れるように立ち回る。

「なんだと、このガキぃ」

「僕に構ってる暇あるの? 猛毒で死んじゃうよ。ほら目が真っ赤だ。自分じゃ見えないから症状に気づけないんだよ」

 大男が目を充血させ見開いても、見ることはおろか、他人を信用出来ないものに自分の姿を知る術はない。

「ど、どど……どっ…………どうすれば助かる?」

「東にまっすぐ行った隣町のコランダムに『解毒のブレスレット』がある。それがあれば、なんとかなるかも」

「コラン……ダム? 東ってどっちだ?」

「そんなこともわからないの。向こうだよ。日が明けるまでにたどり着かないと間に合わないからね」

 僕は親切に方向を導き、生きる術を照らしてあげた。

「わかった、わかった。帰ったら、話の続きだからな。待ってろよ。逃げんじゃねーぞー」

 青年に向かって捨て台詞を吐いて、血相をかえて一目散に走って行った。


「お兄さん、助かったね?」

「俺も飲んじまった。どうすればいい?」

 やっと僕を認識したと思えば、頭を抱えこんでしまった。

「百円で治してあげる」

「ほ、本当か?」

「本当だよ」

 僕は百円を受け取り、今度は嘘偽り無い、真実話した。

「この麦に毒なんて無いよ」

 たったその一言で、苦しみから解放される。



 本当は毒なんてないのさ。だけど、この国は自分の命が何よりも大切で慈愛の無い自愛の国だ。他人からの利益になる情報を疑い、有害な情報を鵜呑みにするマヌケばかりだ。

 コランダムには物資は何も無いさ。無機質な金属だけだ。だけど、もし試練を乗り越えて、コランダムにたどり着けたのなら、あの人たちが身をもって人間の温かさを教えてくれるだろうな。


 ただし…………僕は殺し屋。


 隣町だからなんだ。どんなに急いでも半日はかかるコランダムへと導く。距離はきかれてないからね。

 大河に架けられた桟橋、底の無い沼が行く手を阻み、疲弊しきった身体は夜を迎える。


 そして夜道には猛毒を持つジャックウルフが出るのさ。その牙に触れてしまえば毒が回り死を迎える。僕が毒殺のプロであることは闇商売の中では有名な話だ。ただその手立て知る奴は同業者でもいない。自分しか信用できない奴に情報は意味を持たない。疑心が盛られてもいない幻の毒を生み出す。故にいつ毒が盛られたかわからないと噂が先立つのだ。


 物資が充実したがために人間のクズどもしかいないガラクタの国だ。



 時折、僕の毒を信じて殺しを依頼してくるクズもいる。

「人を殺せる毒草があるんだろ」

「これのこと?」

「おぉ、助かるぜ」

「あぁ、だめだよ。直接触ったら猛毒が全身に――――あっ! もう…………遅かった…………」

「何だよ、ボウズ? どうすりゃいいんだよぉ?」

「日が明ける前にブレスレットをつけないと」

「それはどこにある?」

「コランダムっていう……………………」


 今日も死ぬために三途の川に飛び込む奴を見送って、一言添える。

「あぁ、お気の毒に」

 僕は自称正義の暗殺者。同業者だろうと関係ないエゴで気に入らない人間に毒を盛るただの殺し屋だよ。


  ※※※※※※※※※※※※


コランダムでは男が一人。

「いやぁぁあ。『解毒のブレスレット』って面白いだろ。まったく、バカな話だぜ。セイレンの周りに生えてる野草はすべて解毒草だって言うのにな。結局、その辺のブレスレットを十万で売ったよ」



 この世は屑であふれてる。そして人間誰しも常に毒を吐く。


間違いを裏切りととらえ、そういった観点から描いてみました。みなさんの予想を裏切る結末として印象を与えられたのなら本望です。


お読みいただきありがとうございました。

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