雪の向こうに 4
絶句した。
雪を消す? 街一つ焼いてしまえる兵器があることは存じているが櫛井田たちの荷物は行李一つのみだ。とてもそんな恐ろしい兵器があるようには見えない。
「私はかつて、『火』と『星』を司る神霊を宿されてな。お陰でこうして体温が常に高いし、この、これだ」
荒々しい音を立てて櫛井田の片手から火が燃える。
マッチもライターも火打ち石もないのに。
手の平が燃えているというのにまるで熱そうでもない。
これには腰を抜かした。
「あわ、あわわわわっ」
「よっ妖術!」
「そう怖がらないでもいい、私は別に生贄もいらないどころか飯も本来要らないからな」
櫛井田は灯した火を握りつぶして消した。
焦げた臭いと黒い煙、櫛井田の困ったような笑みに緊張が解ける。
仁美はまるで気にする様子はなく、空の茶碗に緑茶を注いで下している。
「あまり見せびらかすものではありませんよ。秋実。あなたのそれは人にはやはり恐ろしいものです」
「ああ済まない。だがこれで分かってもらえただろう、私があの雪を溶かすに足る者だと言うことが」
確かに、私は腰を抜かしながらも納得しかける。
この豪雪の中まるで冷えてなかったこと。
この男が入ってから妙に暖かくなった屋敷。床を裸足で歩いて丁度いいくらいに。
そして何もない手の平に燃やした人の頭ほどもある火の玉。
何もかも人智を超えている。
まさに火の神。
「火の神ね。いい呼び名だ。『ファイヤーマン』よりもよっぽど良い呼び名だ」
秋実は笑って立ち上がると足元から蒸気が上がる。
近寄れない。
近寄りがたい恐ろしさに足が竦む。
「仁美、この屋敷の周りを一掃する。外に誰も出ないようにしていてくれ」
「承りました。して、方法は?」
「熱波に限る」
櫛井田が戸を開けると吹雪が入ってくる。
が、櫛井田の体温でそれも即座に溶けてなくなる。
それからは凄まじかった。
閉まった戸の向こうから吹き付ける風、一方向から、櫛井田の進んで出た方向からのみ壁を揺らすほど床が震えるほどの風が、きっと肌の焼けるような風が吹きつけている。
恐ろしくなって窓に近寄ると仁美の言葉が叱咤した。
「止めておきなさい。貴方が外に出ればたちまち燃えて焼け落ちます。雪が蒸発するような熱ですから、人には到底耐えられはしません」
「…………あんたは、平気なのか」
「いえ…………だからこうして家にいます」
「一緒にいて平気なのか?」
「だから、探しているのです。あの人と対等になれる手段を」
瞼を開いた仁美の眼は薄い色素が光を跳ね返して琥珀色の虹彩を強く輝かせている。
私にこのような強い意思があっただろうか。
何が起ころうと連れ添って歩いて行けると信じていた、手を伸ばすように真っ直ぐ好意を抱いていたと思っていたが、私はあの時逃げた。逃げてしまった。
あの雪の日、平地の雪に足を飲まれたアケビを見て、逃げろと言う彼女の声を聞いて私は。
一目散に逃げて、家の者と彼女の両親に知らせ、戻った頃にはもう彼女の影はなかった。
取りかけた山菜が雪に散らばるだけ。
「待ちなさい! 今外に出てはいけません!」
私は、彼女と
「三四郎! いかないでおくれ!」
母でも、この少女でもない、あの暖かな春のような…………